やさしい・悪役令嬢

きぬがやあきら

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初めての喧嘩

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 けれど、犯人を諌めようにも、残念ながら誰が犯人なのか、わたくしにはわからない。

 特定が困難なほど、可能性のある人物が多すぎる。

 それくらい、マリアナ嬢の行いは貴族社会全体にとって、罪深いものだった。

「これ以上被害を出さないための話を、俺に? それはどういう意味なんだ」

「マリアナ嬢と、適切な距離をお取りください。それで、この件は治まるでしょう」

 ルシアン様は意外にも、ハッと驚いたようなお顔でわたくしを見る。

 ほんの一瞬だけ、頬に赤みが差したようにも、目が潤んだようにも見えた。

「それは……君個人としての意見か? それとも、総括的な見解なのか?」

「総括的な見解ですわ。ルシアン様はこの学院の生徒の頂に立たれるお方。いずれは国さえ背に負われる尊いお立場です。そのお方が右も左もわからぬ子女を傍に侍らせれば、不満はルシアン様でなくその相手に向かってしまうのです。わたくしも、その行為が正しいとは思いませんが、彼らが抱く感情は理解できます」

 わたくしは急に気色ばんだルシアン様に同調しないよう、敢えて穏やかな口調で意見を述べた。

「差し出がましいとは存じましたが、そのような趣旨で本日はルシアン様をお訪ねしました」

「そうか。オデット個人としては吝かでないのだな。分かった、この件はこちらで手を打とう。右も左も分からぬ子女を正しく導くことこそ指導者の役割だと俺は思う」

 ルシアン様は大きく息を吐くと、話は終わりだと言わんばかりに手で促して退室を促した。

 その落胆とも、不満とも取れる態度に、わたくしは戸惑った。

 これは意見を否定されたのだろうか?

 わたくしだって、学友の皆さんにはそれとなく、好ましくない行いは控えるようにと伝えてある。

 わたくしが初めて様子の異変に気づいたのは、移動先の教科室が分からず、うろうろしていたマリアナ嬢を見かけた時だ。

 あの時、わたくしがいなければ彼女は授業に遅刻し、教師の不興を買っていただろう。

 その次は、散らばった印刷物を廊下で集めていた時。

 集めるのを手伝って差し上げたのに、マリアナ嬢の顔は口惜しそうに、真っ赤に染まっていた。

 それで、何かがおかしいと気が付いた。

 それでも隣のクラスのことだし、確証もない。わたくしの学友はわたくしに好意的なため、マリアナ嬢の件からわたくしを遠ざけようとさえしていた。

 だからこそ、マリアナ嬢に忠告したのに。

「悲しゅうございますわ。わたくしに非があると仰りたいのですね」

「そこまでは言っていない。だが、もっとやりようはあるだろう」

「皆様はわたくしが傷つかぬよう、優しくしてくださったのですから、全て無碍にしてマリアナ嬢だけを庇うことはできませんでした。お分かりになりませんか? 皆様はわたくしがルシアン様の婚約者だからこそ、気遣ってくれるのです」

 最近、ルシアン様はおかしい。

 本来ならばルシアン様は、人心の機微に聡いお方だ。

 だったら何故、わたくしの心情にまで思い至らないのだろう?
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