虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと

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場内は、ありていに言ってパニック状態だった。
先程まで、正義がどうだ不敬がどうだと叫んでいた連中は、愚かに逃げ惑っていた。
我先にと、自分の命を守ろうと。
自分の命だけは守ろうと、出口目掛けて駆けていく。
当然のように密集し、醜い押し合いが始まっていた。

「邪魔だ、そこをどけ」

「俺を誰と思っている、道を譲れ!」

「ゴミどもが」

口々に叫ぶ。
だけれど、あの方は違った。
冷たい目で、私を見つめたまま、動かない。
焦ることもなく、ただそこにいる。

「王子、貴方もお逃げください」

従者に進言され、躊躇いがちにと脱出を始める。

「私たちも逃げるよ」

私は、見知らぬ誰かに手を引かれつつ、脱走する。
そう、私の場合は違うのだ。
脱走。
もうここには戻れない。

でも、この子は誰だろう。
黒いローブに身を包んだ何者か。
目深にフードを被っているため、顔は見えない。
もしかしたら、この人が件の侵入者ーーとも思ったけれど、すぐにその考えは消えた。
私を助けるメリットがまるでない。
このまま私を犯人にしたまま、逃げ果せるのがベスト。
犯人が確定して、処刑されれば、誰も真犯人を探すことはない。

「貴方はーー誰ですか?」

素直に聞いてみる。
考えても無駄なことは、聞くに限る。

「さぁ、誰でしょう?」

悪戯っぽく、その誰かは答える。
声質的には女性、それも歳の近い誰か。
手の感触も、どことなく覚えがある。
だけど、
だけど。
ここまで命をかけて助けてくれる誰かを、私は知らない。
そういう甘い人間関係は作って来なかったはず。
そんな関係があれば、逆の立場になった時、自分が困る。
きっと、私は裏切るだろうけど、それが予定調和ならば、最初から作らない方がいいと。
割り切っていたのに。
それなのに。
助けに来てくれた誰か。
白馬の王子様、とまではいかないが、爆炎と共に助けに来てくれるというのは中々に胸がときめく。
たとえ、女性であっても。

「ーーもう、どうして分からないのさ」

不機嫌そうに、フードを取る。
そこには、見知った顔がいた。

「友達の顔と、声。忘れるのは酷くないかな」

にへら、と子供っぽく笑う。

「え、どうしてーーなんで?」

私は動揺する。

「誰かを助けるのに、理由は必要?」

彼女はいつものように笑う。
無邪気に、無垢に。
それでいて、どこか悟ったような感じで。

「そんなことをいちいち考えてるから、リトアはダメなんだよ」

彼女は続ける、
私の手を握りながら。

「まずは身の安全と美味しいご飯の確保だ。さぁ、このまま行くよ」
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