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6章 左目のプルートー
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灯美がその場で痙攣していたのはほんの数十秒ほどだったが、その間に、白衣の男は灯美の体の上から隆一を引き剥がし、拘束していた。なぜか結束バンドと粘着テープを持っていたらしく、それで、目を回している隆一を近くの木に縛り付けていたのである。
「ふう。たまたま荷造り用のテープを持っていて幸いでした。実に便利千万!」
「た、たまたま?」
この男の白衣のポケットは、四次元空間に通じているのかなあ。ふらふらと体を起こしながら思う灯美だった。
「じゃあ、今のビリビリは?」
「これです。僕の秘密兵器、ミヨルニルです」
と、ウロマは灯美のほうに振り返り、それを掲げた。見ると、スタンガンのようだった。なるほど、それで自分は隆一ごと電撃を食らったのか。
「またなんでそんなの持ち歩いて……」
「職業柄たまに使うことがあるのですよ。だから、まあ、念のため常に携帯しているというだけです」
「しょ、職業柄……」
カウンセラーのお仕事って。いや、この男が特殊なだけなのかもしれないが。
「灯美さんに危害を加えるつもりはなかったのですが、二人見事にくんずほぐれつしていたので、やむをえず後ろからまとめてやっちゃったわけなのです。まあ、こういうのはあくまで護身用で、ちょっと痺れるくらいの威力しかありませんし、別にいいかなっと」
「ちょっと?」
いや、けっこうきつかったのだが。というか、電撃食らって倒れるなんて、人生で初めてなのだが。実にいやな初めてだ……。
「お、お前……コレは何の真似だ!」
やがて隆一も我に返ったようだった。そして、すっかり木にぐるぐる巻きにされて拘束されている自分に気づき、ウロマをにらんだ。
「はは、安芸山さん、何の真似とはまた白々しいですね? ご自分が何をやったのか、もうすっかり思い出されたのでしょう?」
ウロマは冷ややかに答えると、隆一から離れ、近くの木の根元にかがみこんだ。そのすぐ前には、くの字に横たわった死体があった。
「死後、一ヶ月ちょっとくらいですね。綺麗に白骨化が進んでいます。いい保存状態です。灯美さんもこっちに来てはどうですか? なかなかこういうのを間近で見る機会はないですよ?」
「い、いいです!」
なぜここで死体の観察を勧めてくるのだろうか、この男は。
「おそらく、この人は、西田ハツさんという八十六歳のおばあさんです。この近くの高齢者施設に入居されていた方です。それが、こんなところでお亡くなりに……。実にかわいそうな話ですね」
「お、お前……なんでそんなことを……」
隆一はウロマの言葉にひどく驚いたようだった。灯美も同じ気持ちだった。なんで、その死体の素性を知っているんだろう、この人は。
「まさか、お前は、ここにあるのが人間の死体だと、はじめから知っていたのか?」
「はじめから、というわけではないですが、ここに来る前までには、まあ」
「なぜだ! 俺だって、ついさっきまで本当のことは忘れてたんだぞ! なんで他人のお前が、俺の忘れている、俺自身の体験を知っているんだ!」
「そりゃあ、先日の安芸山さんの発言には、不自然な点がありましたからね」
「不自然な点?」
「ま、とりあえず、違和感を覚えたのは、安芸山さんの人間性そのものですかね」
ウロマの淀んだ瞳が、ふと、刃のように冷たく鋭く光った。
「安芸山さん、あなたはここに来るまで、一度たりともある言葉を言いませんでしたね。普通の人なら、当然のように口から出てくるであろう言葉がね」
「なんの話だ?」
「僕もついさっきぽろっと口に出したものなんですけどね。かわいそう、って」
「かわいそう?」
「ええ、そうです。死んだ人を目の当たりにして『かわいそう』。あるいは、不慮の事故で小さな動物を死なせてしまって『かわいそう』。誰だって、当然のように口から出てくる言葉です。ところが、不思議なことに、今まで、あなたの口からはそういう類の言葉はいっさい出てこなかった。黒猫を轢き殺した極悪人なのに、あなたは最初から最後まで、自分がその悪霊に取り付かれている被害者でしかないというふうに発言していた。つまり、あなたには死んでしまった他者を憐れむという、共感性がまったく感じられなかったのです」
「共感性? それがどうしたって言うんだ? 今さら、俺の人格を批判しようっていうのか!」
「いえ、人格批判ではありません。この安芸山さんの共感性の低さは、僕が先日、仮に下した所見とまったく結びつかないという話です。僕はあの日、きっと安芸山さんの目の異常は、事故による精神的ストレスによるものだろうと言いました。しかし、果たして、あなたのような共感性の低い人が、猫のような小動物を殺してしまったことに、大きなストレスを感じるでしょうか? 僕はどうにも、そうは思えなかったのです。もし仮に、猫を誤って殺してしまったことぐらいで、なんらかの解離性障害を発症する人がいたら、それはとても共感性の高い人だと言えると思います」
ウロマの口調は理路整然としていて、焦りをあらわにしている隆一とは実に対照的だった。
「ふう。たまたま荷造り用のテープを持っていて幸いでした。実に便利千万!」
「た、たまたま?」
この男の白衣のポケットは、四次元空間に通じているのかなあ。ふらふらと体を起こしながら思う灯美だった。
「じゃあ、今のビリビリは?」
「これです。僕の秘密兵器、ミヨルニルです」
と、ウロマは灯美のほうに振り返り、それを掲げた。見ると、スタンガンのようだった。なるほど、それで自分は隆一ごと電撃を食らったのか。
「またなんでそんなの持ち歩いて……」
「職業柄たまに使うことがあるのですよ。だから、まあ、念のため常に携帯しているというだけです」
「しょ、職業柄……」
カウンセラーのお仕事って。いや、この男が特殊なだけなのかもしれないが。
「灯美さんに危害を加えるつもりはなかったのですが、二人見事にくんずほぐれつしていたので、やむをえず後ろからまとめてやっちゃったわけなのです。まあ、こういうのはあくまで護身用で、ちょっと痺れるくらいの威力しかありませんし、別にいいかなっと」
「ちょっと?」
いや、けっこうきつかったのだが。というか、電撃食らって倒れるなんて、人生で初めてなのだが。実にいやな初めてだ……。
「お、お前……コレは何の真似だ!」
やがて隆一も我に返ったようだった。そして、すっかり木にぐるぐる巻きにされて拘束されている自分に気づき、ウロマをにらんだ。
「はは、安芸山さん、何の真似とはまた白々しいですね? ご自分が何をやったのか、もうすっかり思い出されたのでしょう?」
ウロマは冷ややかに答えると、隆一から離れ、近くの木の根元にかがみこんだ。そのすぐ前には、くの字に横たわった死体があった。
「死後、一ヶ月ちょっとくらいですね。綺麗に白骨化が進んでいます。いい保存状態です。灯美さんもこっちに来てはどうですか? なかなかこういうのを間近で見る機会はないですよ?」
「い、いいです!」
なぜここで死体の観察を勧めてくるのだろうか、この男は。
「おそらく、この人は、西田ハツさんという八十六歳のおばあさんです。この近くの高齢者施設に入居されていた方です。それが、こんなところでお亡くなりに……。実にかわいそうな話ですね」
「お、お前……なんでそんなことを……」
隆一はウロマの言葉にひどく驚いたようだった。灯美も同じ気持ちだった。なんで、その死体の素性を知っているんだろう、この人は。
「まさか、お前は、ここにあるのが人間の死体だと、はじめから知っていたのか?」
「はじめから、というわけではないですが、ここに来る前までには、まあ」
「なぜだ! 俺だって、ついさっきまで本当のことは忘れてたんだぞ! なんで他人のお前が、俺の忘れている、俺自身の体験を知っているんだ!」
「そりゃあ、先日の安芸山さんの発言には、不自然な点がありましたからね」
「不自然な点?」
「ま、とりあえず、違和感を覚えたのは、安芸山さんの人間性そのものですかね」
ウロマの淀んだ瞳が、ふと、刃のように冷たく鋭く光った。
「安芸山さん、あなたはここに来るまで、一度たりともある言葉を言いませんでしたね。普通の人なら、当然のように口から出てくるであろう言葉がね」
「なんの話だ?」
「僕もついさっきぽろっと口に出したものなんですけどね。かわいそう、って」
「かわいそう?」
「ええ、そうです。死んだ人を目の当たりにして『かわいそう』。あるいは、不慮の事故で小さな動物を死なせてしまって『かわいそう』。誰だって、当然のように口から出てくる言葉です。ところが、不思議なことに、今まで、あなたの口からはそういう類の言葉はいっさい出てこなかった。黒猫を轢き殺した極悪人なのに、あなたは最初から最後まで、自分がその悪霊に取り付かれている被害者でしかないというふうに発言していた。つまり、あなたには死んでしまった他者を憐れむという、共感性がまったく感じられなかったのです」
「共感性? それがどうしたって言うんだ? 今さら、俺の人格を批判しようっていうのか!」
「いえ、人格批判ではありません。この安芸山さんの共感性の低さは、僕が先日、仮に下した所見とまったく結びつかないという話です。僕はあの日、きっと安芸山さんの目の異常は、事故による精神的ストレスによるものだろうと言いました。しかし、果たして、あなたのような共感性の低い人が、猫のような小動物を殺してしまったことに、大きなストレスを感じるでしょうか? 僕はどうにも、そうは思えなかったのです。もし仮に、猫を誤って殺してしまったことぐらいで、なんらかの解離性障害を発症する人がいたら、それはとても共感性の高い人だと言えると思います」
ウロマの口調は理路整然としていて、焦りをあらわにしている隆一とは実に対照的だった。
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