58 / 105
ロイスナーに来て、二度目の冬
再び雪が降り積もる 1
しおりを挟む
「ベルンハルト様。今日も暑くなりそうですね」
「あぁ。涼しくなるにはまだ少しかかるだろうな」
リーゼロッテが魔法を使えるようになって、しばらくして始まった朝のこの時間。リーゼロッテの朝食後、ベルンハルトの執務室で二言三言会話をするだけの時間。
あのように冷たく突き放しておきながら、このような提案をしてくるベルンハルトに、リーゼロッテは最初、苛立ちすら感じていた。
だが、毎日少しずつ会話を重ねるうちに、ベルンハルトのことについてわかってきたこともある。この様な季節になってもなお、温かいお茶を好むこと。花好きが城内で知られていない理由。
そして何より、ベルンハルトがリーゼロッテの生み出した魔力石を『必要ない』と突き放した理由。それにはリーゼロッテが驚かされた。
「あ、貴女は、いつ王都に戻ってしまうのだろうか?」
「王都?! 何故でしょうか? 戻らなければならない理由があれば、教えてくださいませ」
いつもと変わらないはずの会話の時間。その日は、ベルンハルトの纏う空気も何となく重たく、言いづらそうに口を開いた先のその言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
『王都に戻る』そう言われた途端、ついにその日が来てしまったのかと、心の中には喪失感や虚無感が広がった。結婚から一年が経つ。それを待って、離婚を突きつけられたのだと。
「貴女はもう魔法が使える。だから、我慢してこのような場所に居なくとも、王都に戻れる。あの袋一杯の魔力石を持って行けば、国王陛下も認めるだろう」
だから、そう続いたベルンハルトの言葉が予想外で、つい吹き出してしまったのも仕方ない。
「ふふっ。わたくし、あんな場所には戻りませんよ。いい思い出も何もありませんもの」
故郷をあんな場所と言ったのが意外だったのか、今度はベルンハルトが目を見開いた。
「だ、だが市場はあんなに栄えていて、温室も素晴らしくて、家族も……そこに戻れるのだ」
「王都の市場ですか? わたくし、一度も行ったことがありません。温室は確かに良いところですが、ヘルムートさんが手入れされるお庭が、今のお気に入りです。それに」
「それに?」
「わたくしの家族は、ベルンハルト様です。ベルンハルト様がどう思われていても、わたくしはそう思っております」
リーゼロッテがそう言って微笑めば、ベルンハルトの目が左右に揺れる。
その態度が愛おしくて、つい悪戯心が湧き上がった。普段なら触れることのないベルンハルトの手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「ベルンハルト様が、わたくしのたった一人の家族です。ヘルムートさんがいて、アルベルトさんがいて、イレーネがいて……そしてベルンハルト様が居てくださるロイスナーが、わたくしの戻る場所です」
少し大げさな言い方も、ベルンハルトの態度に振り回され、気持ちが尖っていたからだろう。やり返してやりたいと思っていたのかもしれない。
照れた顔を隠すように顔を背けたベルンハルトを見て、リーゼロッテの心の中を清涼感が通り過ぎた。
そんな些細なやり取りができるこの時間を、リーゼロッテも楽しみにしていた。
結婚して一年、夫婦として会話が足りていなかったと、今更ながらにそれを思う。
ベルンハルトの執務室で、アルベルトの淹れるお茶をもらったこともある。
それは正直ヘルムートに淹れてもらうものの方が美味しく、元執事長としてのヘルムートの腕を確認するだけに終わり、「美味しいです」と言った言葉に、ベルンハルトが苦笑していた。
ベルンハルトもまた、ヘルムートが淹れるお茶を恋しく思っているのだと、後日庭にベルンハルトを誘ったこともある。
過ごしやすいと聞いていたロイスナーでもやはり夏は夏で、時折吹く風にすら含まれるまとわりつくような熱気に、雪に覆われた冬を恋しく思う。
冬になれば、夏の熱気に思慕の念を抱くのだから、人間というのは何とも都合のいい生き物だろうか。
冬の間はその寂しさにすがりついていた毛布も、この暑さでは手に取ることすら憚られ、引き出しにしまわれたままもう数ヶ月が経つ。
贈り主が本当にベルンハルトだったのか、それすら確認できないままだが、今の関係ではそれを確かめる必要もないだろう。ベルンハルトとの時間が、リーゼロッテの胸元で光る魔力石が、贈り主のわからない毛布よりも強く、リーゼロッテに愛されている実感を与えてくれる。
リーゼロッテはあの日以来魔力石を生み出してはいないし、魔法が使えるようになったという事実さえ、誰にも話していない。魔法を使えるとは言っても、土の魔法であるたった一つを除いて他のことは何もできないのだから、使えないのと何も違わないと、リーゼロッテ自身は何も変わらない。使用人達が日々の暮らしの中で放つわずかな魔法を、羨ましく感じるのだ。
そんなリーゼロッテが、ヘルムートに預けた魔力石のことすら記憶の彼方へと送ってしまった頃、ロイスナーにはまた、雪がちらつき始めた。
「あぁ。涼しくなるにはまだ少しかかるだろうな」
リーゼロッテが魔法を使えるようになって、しばらくして始まった朝のこの時間。リーゼロッテの朝食後、ベルンハルトの執務室で二言三言会話をするだけの時間。
あのように冷たく突き放しておきながら、このような提案をしてくるベルンハルトに、リーゼロッテは最初、苛立ちすら感じていた。
だが、毎日少しずつ会話を重ねるうちに、ベルンハルトのことについてわかってきたこともある。この様な季節になってもなお、温かいお茶を好むこと。花好きが城内で知られていない理由。
そして何より、ベルンハルトがリーゼロッテの生み出した魔力石を『必要ない』と突き放した理由。それにはリーゼロッテが驚かされた。
「あ、貴女は、いつ王都に戻ってしまうのだろうか?」
「王都?! 何故でしょうか? 戻らなければならない理由があれば、教えてくださいませ」
いつもと変わらないはずの会話の時間。その日は、ベルンハルトの纏う空気も何となく重たく、言いづらそうに口を開いた先のその言葉に、リーゼロッテは目を丸くした。
『王都に戻る』そう言われた途端、ついにその日が来てしまったのかと、心の中には喪失感や虚無感が広がった。結婚から一年が経つ。それを待って、離婚を突きつけられたのだと。
「貴女はもう魔法が使える。だから、我慢してこのような場所に居なくとも、王都に戻れる。あの袋一杯の魔力石を持って行けば、国王陛下も認めるだろう」
だから、そう続いたベルンハルトの言葉が予想外で、つい吹き出してしまったのも仕方ない。
「ふふっ。わたくし、あんな場所には戻りませんよ。いい思い出も何もありませんもの」
故郷をあんな場所と言ったのが意外だったのか、今度はベルンハルトが目を見開いた。
「だ、だが市場はあんなに栄えていて、温室も素晴らしくて、家族も……そこに戻れるのだ」
「王都の市場ですか? わたくし、一度も行ったことがありません。温室は確かに良いところですが、ヘルムートさんが手入れされるお庭が、今のお気に入りです。それに」
「それに?」
「わたくしの家族は、ベルンハルト様です。ベルンハルト様がどう思われていても、わたくしはそう思っております」
リーゼロッテがそう言って微笑めば、ベルンハルトの目が左右に揺れる。
その態度が愛おしくて、つい悪戯心が湧き上がった。普段なら触れることのないベルンハルトの手を取り、そっと両手で包み込んだ。
「ベルンハルト様が、わたくしのたった一人の家族です。ヘルムートさんがいて、アルベルトさんがいて、イレーネがいて……そしてベルンハルト様が居てくださるロイスナーが、わたくしの戻る場所です」
少し大げさな言い方も、ベルンハルトの態度に振り回され、気持ちが尖っていたからだろう。やり返してやりたいと思っていたのかもしれない。
照れた顔を隠すように顔を背けたベルンハルトを見て、リーゼロッテの心の中を清涼感が通り過ぎた。
そんな些細なやり取りができるこの時間を、リーゼロッテも楽しみにしていた。
結婚して一年、夫婦として会話が足りていなかったと、今更ながらにそれを思う。
ベルンハルトの執務室で、アルベルトの淹れるお茶をもらったこともある。
それは正直ヘルムートに淹れてもらうものの方が美味しく、元執事長としてのヘルムートの腕を確認するだけに終わり、「美味しいです」と言った言葉に、ベルンハルトが苦笑していた。
ベルンハルトもまた、ヘルムートが淹れるお茶を恋しく思っているのだと、後日庭にベルンハルトを誘ったこともある。
過ごしやすいと聞いていたロイスナーでもやはり夏は夏で、時折吹く風にすら含まれるまとわりつくような熱気に、雪に覆われた冬を恋しく思う。
冬になれば、夏の熱気に思慕の念を抱くのだから、人間というのは何とも都合のいい生き物だろうか。
冬の間はその寂しさにすがりついていた毛布も、この暑さでは手に取ることすら憚られ、引き出しにしまわれたままもう数ヶ月が経つ。
贈り主が本当にベルンハルトだったのか、それすら確認できないままだが、今の関係ではそれを確かめる必要もないだろう。ベルンハルトとの時間が、リーゼロッテの胸元で光る魔力石が、贈り主のわからない毛布よりも強く、リーゼロッテに愛されている実感を与えてくれる。
リーゼロッテはあの日以来魔力石を生み出してはいないし、魔法が使えるようになったという事実さえ、誰にも話していない。魔法を使えるとは言っても、土の魔法であるたった一つを除いて他のことは何もできないのだから、使えないのと何も違わないと、リーゼロッテ自身は何も変わらない。使用人達が日々の暮らしの中で放つわずかな魔法を、羨ましく感じるのだ。
そんなリーゼロッテが、ヘルムートに預けた魔力石のことすら記憶の彼方へと送ってしまった頃、ロイスナーにはまた、雪がちらつき始めた。
33
あなたにおすすめの小説
普段は地味子。でも本当は凄腕の聖女さん〜地味だから、という理由で聖女ギルドを追い出されてしまいました。私がいなくても大丈夫でしょうか?〜
神伊 咲児
ファンタジー
主人公、イルエマ・ジミィーナは16歳。
聖女ギルド【女神の光輝】に属している聖女だった。
イルエマは眼鏡をかけており、黒髪の冴えない見た目。
いわゆる地味子だ。
彼女の能力も地味だった。
使える魔法といえば、聖女なら誰でも使えるものばかり。回復と素材進化と解呪魔法の3つだけ。
唯一のユニークスキルは、ペンが無くても文字を書ける光魔字。
そんな能力も地味な彼女は、ギルド内では裏方作業の雑務をしていた。
ある日、ギルドマスターのキアーラより、地味だからという理由で解雇される。
しかし、彼女は目立たない実力者だった。
素材進化の魔法は独自で改良してパワーアップしており、通常の3倍の威力。
司祭でも見落とすような小さな呪いも見つけてしまう鋭い感覚。
難しい相談でも難なくこなす知識と教養。
全てにおいてハイクオリティ。最強の聖女だったのだ。
彼女は新しいギルドに参加して順風満帆。
彼女をクビにした聖女ギルドは落ちぶれていく。
地味な聖女が大活躍! 痛快ファンタジーストーリー。
全部で5万字。
カクヨムにも投稿しておりますが、アルファポリス用にタイトルも含めて改稿いたしました。
HOTランキング女性向け1位。
日間ファンタジーランキング1位。
日間完結ランキング1位。
応援してくれた、みなさんのおかげです。
ありがとうございます。とても嬉しいです!
妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。
向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。
幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。
最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです!
勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。
だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!?
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。
鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。
さらに、偽聖女と決めつけられる始末。
しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!?
他サイトにも重複掲載中です。
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。
まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。
泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。
それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ!
【手直しての再掲載です】
いつも通り、ふんわり設定です。
いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*)
Copyright©︎2022-まるねこ
転生メイドは絆されない ~あの子は私が育てます!~
志波 連
ファンタジー
息子と一緒に事故に遭い、母子で異世界に転生してしまったさおり。
自分には前世の記憶があるのに、息子は全く覚えていなかった。
しかも、愛息子はヘブンズ王国の第二王子に転生しているのに、自分はその王子付きのメイドという格差。
身分差故に、自分の息子に敬語で話し、無理な要求にも笑顔で応える日々。
しかし、そのあまりの傍若無人さにお母ちゃんはブチ切れた!
第二王子に厳しい躾を始めた一介のメイドの噂は王家の人々の耳にも入る。
側近たちは不敬だと騒ぐが、国王と王妃、そして第一王子はその奮闘を見守る。
厳しくも愛情あふれるメイドの姿に、第一王子は恋をする。
後継者争いや、反王家貴族の暗躍などを乗り越え、元親子は国の在り方さえ変えていくのだった。
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
無能だと思われていた日陰少女は、魔法学校のS級パーティの参謀になって可愛がられる
あきゅう
ファンタジー
魔法がほとんど使えないものの、魔物を狩ることが好きでたまらないモネは、魔物ハンターの資格が取れる魔法学校に入学する。
魔法が得意ではなく、さらに人見知りなせいで友達はできないし、クラスでもなんだか浮いているモネ。
しかし、ある日、魔物に襲われていた先輩を助けたことがきっかけで、モネの隠れた才能が周りの学生や先生たちに知られていくことになる。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる