【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純

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ロイスナーに来て、二度目の冬

再び雪が降り積もる 5

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 ベルンハルトが仮面の下に隠したものを、リーゼロッテに見せたくないと思っているのはわかっている。だが、看病するにはどうにも不便である。

「奥様。それは……」

 アルベルトが言いづらそうにしているのは、ベルンハルトの気持ちを汲んでのことだろう。ただし、リーゼロッテのベッドに運び入れられたベルンハルトを再び移動させるのは負担がかかるだろうし、まさかリーゼロッテをこの部屋から追い出すわけにもいかない。反対の言葉を最後まで口にできなかったのはそういう事情わけだ。

「良いと思いますよ」

「父上!」

「ヘルムートさん!」

 反対し切れなかったアルベルトに対し、あっさりと肯定の意を示したのはヘルムートだ。

「夫婦なのですし、いつまでも隠しておくわけにもいかないでしょう。アルベルトもそれぐらいのことは理解していますね。しかも、今はこのような時です。ベルンハルト様のお気持ちだけを優先させるわけにはいかないのですよ」

「それは、そうですが」

「ベルンハルト様には、お二人が看病されたと話せば良いわ。内緒にしておいて下さいな。もし気づかれてしまった時には、わたくしが勝手にしたことだと、そうお話しください」

 リーゼロッテはロイスナーに来た日のように、人差し指を口元に当てて微笑んだ。


 イレーネとクラウスを退室させ、ベルンハルトが回復するまではこの部屋に出入りする者は三人だけと、決めごとを作る。素顔を見せたくないベルンハルトの気持ちを汲んで、それ以外の者に見られることのないよう最善を尽くす。

「わたくしが勝手にしたことになるよう、わたくしが外しますね」

 リーゼロッテはそう言って、ベルンハルトの仮面に手をかけた。

 ベルンハルトの顔を覆っていた仮面は、思ったよりも簡単に外れ、その下に隠されたままの素顔が露わになる。
 意識のないベルンハルトに黙って、素顔を盗み見るような、そんな真似をする予定ではなかった。ベルンハルトが自ら、素顔を見せてくれる日を待つつもりだった。
 それでも、そんな真似をしてでも、ベルンハルトのことを看ようと、そう決めた。

「奥様。大丈夫ですか?」

 ヘルムートが気にしたのは、ベルンハルトのあざにリーゼロッテがショックを受けることだろう。確かにベルンハルトが隠していたあざは、赤黒く、噂話の通り龍の鱗のようにも見える。

「大丈夫です」

「そのあざは、私のせいなのよ」

 ソファの上で横になっていたはずのレティシアが、上半身を起き上がらせ、後悔が混じったような声色でそう言った。

「レティシア様、起きても大丈夫ですか?」

「えぇ。傷も治してもらったし、もう平気よ」

 レティシアの強気な発言も、普段に比べ声に張りがなく、笑顔もいつものような自信に満ち溢れたものではない。

「レティシア様のせい、というのは?」

「私がね、印をつけたの。初代ロイエンタール当主に。私の命尽きるまで、ロイエンタール家と共にって。それがまるで呪いみたいに、消えないあざになって、引き継がれるようになって……顔に出たのはベルンハルトが初めてなのよ。こんなに気に病むことになるなんて、思ってもなかった。ごめんなさい」

 一言一言、噛み締めるように話したレティシアは、自分のしたことを悔やんでいるようにも、責められることに怯えているようにも見える。

「それ、ベルンハルト様は?」

「知らないわ。言えるはず、ないでしょう? こんなこと知られたら、どんな顔で会えば良いの……」

「そしたらそれも、内緒にいたしましょう。ここにいる、わたくしたちだけの」

 当主であるベルンハルトへの隠しごとが増える。それは間違いなく好ましいことではないけど、レティシアを責める必要も、無理してベルンハルトに聞かせる必要もない。

「奥様は、よろしいのですか?」

「わたくし? 隠しごとがあること?」

「いえ……その、あざです」

 ヘルムートが言いづらそうにしているのは、ベルンハルトが隠そうとしていたあざのこと。それを見て、リーゼロッテがどう思うかが気になったのだろう。

「あぁ。これのこと。痛くは、ないのでしょう?」

「はい。痛みやかゆみがあるとは、聞いたことはございません」

「そう。それなら良かった。わたくしは特に何も……いえ。違うわ。感謝してるのよ」

「感謝ですか?」

「えぇ。ベルンハルト様にあざがなければ、わたくしなど、相手にもされてないもの。こうしてロイスナーに来ることも、夫婦になることも、なかったでしょうね」

 ベルンハルトが仮面をつけていなければ、あざがなければ、魔力の強い辺境伯。結婚相手など星の数ほどいたに違いない。

「そのようなこと」

「わたくしとの結婚に利点などありはしないわ。王族といえども、家族にすら疎まれて……だから、感謝してるの」

「あははっ。リーゼロッテ、さすがね。やっぱり貴女、変わってるわ」

 リーゼロッテの話を聞いて、高らかに笑い飛ばしたのはレティシアだ。さっきまでの暗い雰囲気はどこへやら。いつもの自信家の顔が戻ってくる。

「レティシア様」

「ベルンハルトの相手が貴女じゃなければ、私も引いたりなんかしないわ。どんな女にだって譲ったりしない」

「そうなのですか?」

「えぇ。だから、ベルンハルトの相手は貴女しかいないのよ。他の誰でもなく……ね」

 レティシアはもうかなり回復した様子で、ソファから立ち上がり、リーゼロッテの側へ寄る。回復の速さは、やはりその身が龍だからだろうか。

「リーゼロッテ、ベルンハルトのことをよろしくね。私は一度巣へ戻るわ。この城の中で龍の姿になるわけにもいかないし」

「はい。道中、お気をつけてください」

「大丈夫。クラウスがいてくれるもの。もし、何かあればすぐに呼んで頂戴。いつもの広場で呼び出してくれればいいから」

「広場ですか?」

「アルベルトが知ってるでしょ? それじゃ、そろそろ行くわ。世話をかけたわね」

「いいえ。ベルンハルト様のこと、ありがとうございました」

 レティシアが飛び立つためにだろうか。戻ってきたクラウスが窓際に立って、窓を開ける。雪まじりの冷たい風が部屋の中に入り込んだのを避けようと、リーゼロッテが一瞬目を背ける。
 もう一度窓の外へと視線をやれば、二頭の龍がその翼を広げていた。

 クラウスがレティシアの美しい若草色の体の横を寄り添うように飛ぶ。付き従うのではなく、隣で支えるように、守るように飛ぶ様子に、レティシアの体も相当弱っているのだとわかる。
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