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ロイスナーに来て、二度目の冬
再び雪が降り積もる 6
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「ヘルムートさん、お医者様を呼んだ方が良いかしら」
「医者……ですか」
「えぇ。診てもらった方が良いと思うの。だめかしら?」
「いえ。だめではないのですが」
口ごもるヘルムートの態度に、さすがにリーゼロッテもピンとくるものがある。
「まさか、かかりつけ医もいらっしゃらないの?」
「ベルンハルト様は、誰にもあざを見せることを良しとしません。ですから、普段は私が代わりを担っております」
「ヘルムートさんが、そんなことまで」
庭師で、御者で、執事長の代理で、更に医者の代わりまで。いくら人手が足りず、人を寄せ付けたくないとはいえ、負担がかかりすぎだ。
リーゼロッテは予想外の事実に頭を抱えた。
「普段は庭仕事しかしていませんよ。ご心配には及びません」
「いいえ! 来年はわたくしも一人前にお手伝いいたします!」
ふんっと息を巻くリーゼロッテに、ヘルムートやアルベルトが優しい目を向ける。
「それでは、よろしくお願いします」
ヘルムートがわざとらしく深々と頭を下げながら、肩を震わせた。その震えは徐々に全身に広がっていき、ついには口からでる吐息さえも、こみ上げる笑いに震えた。
「くっ。くっ。はぁっ。申し訳ありません」
「ヘルムートさん? どうされたの?」
「いえ、ベルンハルト様が、奥様には変わってほしくないと仰っていた意味がわかります。実に素直で朗らかでいらっしゃる」
目を閉じたままのベルンハルトの顔色は未だに戻りはしない。かと言っていつまでも緊張感が続くものでもない。リーゼロッテとヘルムートの間で交わされる会話にその場が和む。
震えのおさまったヘルムートがベルンハルトの様子を見れば、やはり貧血によるものだという。しばらくしっかり休ませて、目が覚めて必要なのは栄養価の高い食事。
その話を聞いて、リーゼロッテは深く考え込んでしまった。
ベルンハルトに必要な栄養価の高い食事。この城に残された『大事が起こらなければ』足りるであろう食材。これら二つはどうしても折り合いがつかない。この城に残された食材で、特別に栄養のつくものなど、どれだけ用意できるのだろうか。
「食事は少し考えなければなりませんね。まずはわたくしの分を減らしてください。微々たるものですが、できることから始めなければ」
「かしこまりました。それではその旨、調理場に伝えて参ります」
「ヘルムートさん、よろしくお願いします。アルベルトさんも一度お部屋で休んでください。ここにはわたくしがおりますし、ここではゆっくりとお休みされることもできないでしょう」
「奥様。ですが私だけ休むというのは」
「ベルンハルト様やレティシア様がこれほど疲弊される討伐が、生優しいものではないことぐらい想像つきます。アルベルトさんもかなり魔力を消費したのでしょう? もしかしたらその魔力を必要とする時がくるかもしれません。それまで出来る限り回復していただきたいのです」
リーゼロッテの頭の中には、食事の問題を解決するための道すじが薄く浮かび上がっていた。ただその為には必ずアルベルトの協力が必要となる。
アルベルトやヘルムートに力を貸してもらわなければ、解決できない方法しか選ぶことのできないことが悔しい。ロイスナーにとって、必要のないものしか生み出すことのできない自分の魔法に嫌気がさす。
だが、ここでくよくよしても仕方がない。リーゼロッテにはリーゼロッテにしかできないことがあるはず。
(わたくしにはわたくしにできることを、やるだけよ)
リーゼロッテは大きく息を吐いて、背筋に力を入れた。下を向いても何も始まらない。目を閉じたままのベルンハルトにすがりついていたって、状況は変わらない。
「お二人とも、よろしくお願いしますね」
リーゼロッテは改めて二人に向かって微笑んだ。
(下を向くのは、今じゃない――)
ヘルムートとアルベルトの二人が部屋から退室すれば、そこには目を閉じたままのベルンハルトと、リーゼロッテの二人だけが残された。
血の気をないベルンハルトの顔を見ているうちに、リーゼロッテの目には涙が溜まる。
「どうっ、して……こんなことに」
レティシアやクラウス、ヘルムートやアルベルトを前に気丈に振る舞っていたのも、もう限界だった。貴族らしく、王族らしく、冷静を装っていた。
だが、二人になってしまえば、ベルンハルトに何かあったらどうしようかと、気が気じゃない。堪えていた涙はとめどなく溢れ、嗚咽が漏れる。
「良いことなどっ、ありはしないじゃない」
ベルンハルトが残した『良いことが起こるような気がする』、その言葉が恨めしい。
泣いていても仕方がない、そんなことは重々承知の上で、それでも涙が止まらない。
(もう少しだけ。そしたら立て直します)
心の中でベルンハルトに、自分を鼓舞するように、言い聞かせる。
いいだけ泣いたらまた、前を向く。
ロイエンタール家の当主が倒れたのなら、その妻であるリーゼロッテが代わりを務めなければならない。
「医者……ですか」
「えぇ。診てもらった方が良いと思うの。だめかしら?」
「いえ。だめではないのですが」
口ごもるヘルムートの態度に、さすがにリーゼロッテもピンとくるものがある。
「まさか、かかりつけ医もいらっしゃらないの?」
「ベルンハルト様は、誰にもあざを見せることを良しとしません。ですから、普段は私が代わりを担っております」
「ヘルムートさんが、そんなことまで」
庭師で、御者で、執事長の代理で、更に医者の代わりまで。いくら人手が足りず、人を寄せ付けたくないとはいえ、負担がかかりすぎだ。
リーゼロッテは予想外の事実に頭を抱えた。
「普段は庭仕事しかしていませんよ。ご心配には及びません」
「いいえ! 来年はわたくしも一人前にお手伝いいたします!」
ふんっと息を巻くリーゼロッテに、ヘルムートやアルベルトが優しい目を向ける。
「それでは、よろしくお願いします」
ヘルムートがわざとらしく深々と頭を下げながら、肩を震わせた。その震えは徐々に全身に広がっていき、ついには口からでる吐息さえも、こみ上げる笑いに震えた。
「くっ。くっ。はぁっ。申し訳ありません」
「ヘルムートさん? どうされたの?」
「いえ、ベルンハルト様が、奥様には変わってほしくないと仰っていた意味がわかります。実に素直で朗らかでいらっしゃる」
目を閉じたままのベルンハルトの顔色は未だに戻りはしない。かと言っていつまでも緊張感が続くものでもない。リーゼロッテとヘルムートの間で交わされる会話にその場が和む。
震えのおさまったヘルムートがベルンハルトの様子を見れば、やはり貧血によるものだという。しばらくしっかり休ませて、目が覚めて必要なのは栄養価の高い食事。
その話を聞いて、リーゼロッテは深く考え込んでしまった。
ベルンハルトに必要な栄養価の高い食事。この城に残された『大事が起こらなければ』足りるであろう食材。これら二つはどうしても折り合いがつかない。この城に残された食材で、特別に栄養のつくものなど、どれだけ用意できるのだろうか。
「食事は少し考えなければなりませんね。まずはわたくしの分を減らしてください。微々たるものですが、できることから始めなければ」
「かしこまりました。それではその旨、調理場に伝えて参ります」
「ヘルムートさん、よろしくお願いします。アルベルトさんも一度お部屋で休んでください。ここにはわたくしがおりますし、ここではゆっくりとお休みされることもできないでしょう」
「奥様。ですが私だけ休むというのは」
「ベルンハルト様やレティシア様がこれほど疲弊される討伐が、生優しいものではないことぐらい想像つきます。アルベルトさんもかなり魔力を消費したのでしょう? もしかしたらその魔力を必要とする時がくるかもしれません。それまで出来る限り回復していただきたいのです」
リーゼロッテの頭の中には、食事の問題を解決するための道すじが薄く浮かび上がっていた。ただその為には必ずアルベルトの協力が必要となる。
アルベルトやヘルムートに力を貸してもらわなければ、解決できない方法しか選ぶことのできないことが悔しい。ロイスナーにとって、必要のないものしか生み出すことのできない自分の魔法に嫌気がさす。
だが、ここでくよくよしても仕方がない。リーゼロッテにはリーゼロッテにしかできないことがあるはず。
(わたくしにはわたくしにできることを、やるだけよ)
リーゼロッテは大きく息を吐いて、背筋に力を入れた。下を向いても何も始まらない。目を閉じたままのベルンハルトにすがりついていたって、状況は変わらない。
「お二人とも、よろしくお願いしますね」
リーゼロッテは改めて二人に向かって微笑んだ。
(下を向くのは、今じゃない――)
ヘルムートとアルベルトの二人が部屋から退室すれば、そこには目を閉じたままのベルンハルトと、リーゼロッテの二人だけが残された。
血の気をないベルンハルトの顔を見ているうちに、リーゼロッテの目には涙が溜まる。
「どうっ、して……こんなことに」
レティシアやクラウス、ヘルムートやアルベルトを前に気丈に振る舞っていたのも、もう限界だった。貴族らしく、王族らしく、冷静を装っていた。
だが、二人になってしまえば、ベルンハルトに何かあったらどうしようかと、気が気じゃない。堪えていた涙はとめどなく溢れ、嗚咽が漏れる。
「良いことなどっ、ありはしないじゃない」
ベルンハルトが残した『良いことが起こるような気がする』、その言葉が恨めしい。
泣いていても仕方がない、そんなことは重々承知の上で、それでも涙が止まらない。
(もう少しだけ。そしたら立て直します)
心の中でベルンハルトに、自分を鼓舞するように、言い聞かせる。
いいだけ泣いたらまた、前を向く。
ロイエンタール家の当主が倒れたのなら、その妻であるリーゼロッテが代わりを務めなければならない。
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