【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純

文字の大きさ
63 / 105
ロイスナーに来て、二度目の冬

再び雪が降り積もる 6

しおりを挟む
「ヘルムートさん、お医者様を呼んだ方が良いかしら」

「医者……ですか」

「えぇ。診てもらった方が良いと思うの。だめかしら?」

「いえ。だめではないのですが」

 口ごもるヘルムートの態度に、さすがにリーゼロッテもピンとくるものがある。

「まさか、かかりつけ医もいらっしゃらないの?」

「ベルンハルト様は、誰にもあざを見せることを良しとしません。ですから、普段は私が代わりを担っております」

「ヘルムートさんが、そんなことまで」

 庭師で、御者で、執事長の代理で、更に医者の代わりまで。いくら人手が足りず、人を寄せ付けたくないとはいえ、負担がかかりすぎだ。
 リーゼロッテは予想外の事実に頭を抱えた。

「普段は庭仕事しかしていませんよ。ご心配には及びません」

「いいえ! 来年はわたくしも一人前にお手伝いいたします!」

 ふんっと息を巻くリーゼロッテに、ヘルムートやアルベルトが優しい目を向ける。

「それでは、よろしくお願いします」

 ヘルムートがわざとらしく深々と頭を下げながら、肩を震わせた。その震えは徐々に全身に広がっていき、ついには口からでる吐息さえも、こみ上げる笑いに震えた。

「くっ。くっ。はぁっ。申し訳ありません」

「ヘルムートさん? どうされたの?」

「いえ、ベルンハルト様が、奥様には変わってほしくないと仰っていた意味がわかります。実に素直で朗らかでいらっしゃる」

 目を閉じたままのベルンハルトの顔色は未だに戻りはしない。かと言っていつまでも緊張感が続くものでもない。リーゼロッテとヘルムートの間で交わされる会話にその場が和む。

 震えのおさまったヘルムートがベルンハルトの様子を見れば、やはり貧血によるものだという。しばらくしっかり休ませて、目が覚めて必要なのは栄養価の高い食事。
 その話を聞いて、リーゼロッテは深く考え込んでしまった。
 ベルンハルトに必要な栄養価の高い食事。この城に残された『大事が起こらなければ』足りるであろう食材。これら二つはどうしても折り合いがつかない。この城に残された食材で、特別に栄養のつくものなど、どれだけ用意できるのだろうか。

「食事は少し考えなければなりませんね。まずはわたくしの分を減らしてください。微々たるものですが、できることから始めなければ」

「かしこまりました。それではその旨、調理場に伝えて参ります」

「ヘルムートさん、よろしくお願いします。アルベルトさんも一度お部屋で休んでください。ここにはわたくしがおりますし、ここではゆっくりとお休みされることもできないでしょう」

「奥様。ですが私だけ休むというのは」

「ベルンハルト様やレティシア様がこれほど疲弊される討伐が、生優しいものではないことぐらい想像つきます。アルベルトさんもかなり魔力を消費したのでしょう? もしかしたらその魔力を必要とする時がくるかもしれません。それまで出来る限り回復していただきたいのです」

 リーゼロッテの頭の中には、食事の問題を解決するための道すじが薄く浮かび上がっていた。ただその為には必ずアルベルトの協力が必要となる。
 アルベルトやヘルムートに力を貸してもらわなければ、解決できない方法しか選ぶことのできないことが悔しい。ロイスナーにとって、必要のないものしか生み出すことのできない自分の魔法に嫌気がさす。
 だが、ここでくよくよしても仕方がない。リーゼロッテにはリーゼロッテにしかできないことがあるはず。

(わたくしにはわたくしにできることを、やるだけよ)

 リーゼロッテは大きく息を吐いて、背筋に力を入れた。下を向いても何も始まらない。目を閉じたままのベルンハルトにすがりついていたって、状況は変わらない。

「お二人とも、よろしくお願いしますね」

 リーゼロッテは改めて二人に向かって微笑んだ。

(下を向くのは、今じゃない――)


 ヘルムートとアルベルトの二人が部屋から退室すれば、そこには目を閉じたままのベルンハルトと、リーゼロッテの二人だけが残された。
 血の気をないベルンハルトの顔を見ているうちに、リーゼロッテの目には涙が溜まる。

「どうっ、して……こんなことに」

 レティシアやクラウス、ヘルムートやアルベルトを前に気丈に振る舞っていたのも、もう限界だった。貴族らしく、王族らしく、冷静を装っていた。
 だが、二人になってしまえば、ベルンハルトに何かあったらどうしようかと、気が気じゃない。堪えていた涙はとめどなく溢れ、嗚咽が漏れる。

「良いことなどっ、ありはしないじゃない」

 ベルンハルトが残した『良いことが起こるような気がする』、その言葉が恨めしい。
 泣いていても仕方がない、そんなことは重々承知の上で、それでも涙が止まらない。

(もう少しだけ。そしたら立て直します)

 心の中でベルンハルトに、自分を鼓舞するように、言い聞かせる。
 いいだけ泣いたらまた、前を向く。
 ロイエンタール家の当主が倒れたのなら、その妻であるリーゼロッテが代わりを務めなければならない。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で追放されて、幸せな日々を過ごす。……え? 私が世界に一人しか居ない水の聖女? あ、今更泣きつかれても、知りませんけど?

向原 行人
ファンタジー
第三王子が趣味で行っている冒険のパーティに所属するマッパー兼食事係の私、アニエスは突然パーティを追放されてしまった。 というのも、新しい食事係の少女をスカウトしたそうで、水魔法しか使えない私とは違い、複数の魔法が使えるのだとか。 私も、好きでもない王子から勝手に婚約者呼ばわりされていたし、追放されたのはありがたいかも。 だけど私が唯一使える水魔法が、実は「飲むと数時間の間、能力を倍増する」効果が得られる神水だったらしく、その効果を失った王子のパーティは、一気に転落していく。 戻ってきて欲しいって言われても、既にモフモフ妖狐や、新しい仲間たちと幸せな日々を過ごしてますから。 ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

【完結】婚約者と仕事を失いましたが、すべて隣国でバージョンアップするようです。

鋼雅 暁
ファンタジー
聖女として働いていたアリサ。ある日突然、王子から婚約破棄を告げられる。 さらに、偽聖女と決めつけられる始末。 しかし、これ幸いと王都を出たアリサは辺境の地でのんびり暮らすことに。しかしアリサは自覚のない「魔力の塊」であったらしく、それに気付かずアリサを放り出した王国は傾き、アリサの魔力に気付いた隣国は皇太子を派遣し……捨てる国あれば拾う国あり!? 他サイトにも重複掲載中です。

ギルド受付嬢は今日も見送る~平凡な私がのんびりと暮らす街にやってきた、少し不思議な魔術師との日常~

弥生紗和
ファンタジー
【完結】私はギルド受付嬢のエルナ。魔物を倒す「討伐者」に依頼を紹介し、彼らを見送る毎日だ。最近ギルドにやってきたアレイスさんという魔術師は、綺麗な顔をした素敵な男性でとても優しい。平凡で代わり映えのしない毎日が、彼のおかげでとても楽しい。でもアレイスさんには何か秘密がありそうだ。 一方のアレイスは、真っすぐで優しいエルナに次第に重い感情を抱き始める―― 恋愛はゆっくりと進展しつつ、アレイスの激重愛がチラチラと。大きな事件やバトルは起こりません。こんな街で暮らしたい、と思えるような素敵な街「ミルデン」の日常と、小さな事件を描きます。 大人女性向けの異世界スローライフをお楽しみください。 西洋風異世界ですが、実際のヨーロッパとは異なります。魔法が当たり前にある世界です。食べ物とかファッションとか、かなり自由に書いてます。あくまで「こんな世界があったらいいな」ということで、ご容赦ください。 ※サブタイトルで「魔術師アレイス~」となっているエピソードは、アレイス側から見たお話となります。 この作品は小説家になろう、カクヨムでも公開しています。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

妹が聖女に選ばれました。姉が闇魔法使いだと周囲に知られない方が良いと思って家を出たのに、何故か王子様が追いかけて来ます。

向原 行人
ファンタジー
私、アルマには二つ下の可愛い妹がいます。 幼い頃から要領の良い妹は聖女に選ばれ、王子様と婚約したので……私は遠く離れた地で、大好きな魔法の研究に専念したいと思います。 最近は異空間へ自由に物を出し入れしたり、部分的に時間を戻したり出来るようになったんです! 勿論、この魔法の効果は街の皆さんにも活用を……いえ、無限に収納出来るので、安い時に小麦を買っていただけで、先見の明とかはありませんし、怪我をされた箇所の時間を戻しただけなので、治癒魔法とは違います。 だから私は聖女ではなくて、妹が……って、どうして王子様がこの地に来ているんですかっ!? ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

断罪された大聖女は死に戻り地味に生きていきたい

花音月雫
ファンタジー
お幼頃に大聖女に憧れたアイラ。でも大聖女どころか聖女にもなれずその後の人生も全て上手くいかず気がつくと婚約者の王太子と幼馴染に断罪されていた!天使と交渉し時が戻ったアイラは家族と自分が幸せになる為地味に生きていこうと決心するが......。何故か周りがアイラをほっといてくれない⁉︎そして次から次へと事件に巻き込まれて......。地味に目立たなく生きて行きたいのにどんどん遠ざかる⁉︎執着系溺愛ストーリー。

追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた
ファンタジー
死闘の末、強敵の討伐クエストを達成した回復術師ヨシュアを待っていたのは、称賛の言葉ではなく、解雇通告だった。 「ヨシュア……てめえはクビだ」 ポーションを湯水のように使える最高位冒険者になった彼らは、今まで散々ポーションの代用品としてヨシュアを利用してきたのに、回復術師は不要だと考えて切り捨てることにしたのだ。 「ポーションの下位互換」とまで罵られて気落ちしていたヨシュアだったが、ブラックな労働をしいるあのパーティーから解放されて喜んでいる自分に気づく。 危機から救った辺境の地方領主の娘との出会いをきっかけに、彼の世界はどんどん広がっていく……。 一方、Sランク冒険者パーティーはクエストの未達成でどんどんランクを落としていく。 彼らは知らなかったのだ、ヨシュアが彼らの傷だけでなく、状態異常や武器の破損など、なんでも『回復』していたことを……。

処理中です...