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幸せな日々って、多分こういうこと
ロイスナーの市場 3
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「あぁ。私が領主のベルンハルトだ」
アルベルトの後ろに立っていた男の子は、ベルンハルトが視線を合わせようとかがめば、堂々とその前に姿を表した。
「領主様は素晴らしい方だと父さんからききました。冬でもお腹がすかずにすむのは、領主様のおかげだと。ありがとうございます」
決して隠れていたわけじゃない少年は、ベルンハルトを前に大きく頭を下げた。
「ハンス!」
周りの人垣の中から、焼き菓子屋の主人が駆け込んできた。
「父さん!」
その少年の様子から、父さんというのは焼き菓子屋の主人のことだろう。駆け込んできたままの勢いで、ベルンハルトの前に跪き、深く頭を下げた。
「息子が失礼を致しました。責任は全て親である私にあります!」
突然目の前で繰り広げられる謝罪に、驚かされたのはベルンハルトであった。
「い、いや。私は何も……」
どうすれば良いかわからず、ついアルベルトの方へ視線を投げれば、アルベルトも首を横に振っていた。
「ベルンハルト様はそのようなことでは怒りはしません」
人垣の後ろの方から、聞き慣れた声が聞こえてくる。いつだって進むべき道を整えてくれる、苦手だが頼りになる元執事長の声。
「ヘルムート。どういうことだ?」
「ベルンハルト様は先代とは違うと、そういうことですよ」
ヘルムートの言葉に、どちらかといえば恐怖で統治を行っていたという父を思い出す。
「父上か」
「えぇ。少々気性の激しい方でいらっしゃいましたから」
ヘルムートがベルンハルトの前で跪いたままの焼き菓子屋の主人を立たせた。
「ヘルムートさん」
「ご主人、お久しぶりです。ベルンハルト様はそのようなことをせずとも大丈夫だと、お話したじゃないですか」
「ですが……」
「ヘルムート。その主人と知り合いなのか?」
既に顔見知りのように話をする二人を見て、ベルンハルトの口調に驚きが混じる。
「お茶菓子を買いに市場に来ることもありますから。その時に何度か」
詳しく話を聞けば、ヘルムートは街へ出る度にベルンハルトのことを吹聴して回っていたらしい。先代当主に怯えて暮らしていた領民達から恐怖を拭い去りたかったようだが、そもそもベルンハルト自身が街へ出てくることもない。
人々にとっては、ヘルムートの話だけでは信じきることもできず、その恩恵を受け感謝していようとも、本人を目の前にあのような態度になったと。
領民達が怖がっていたのは、仮面をつけたベルンハルトではなく、先代の影。誰もベルンハルト自身を怖がってなどいなかったのだ。
「領主様。これ、父さんが作ったものです。ぜひ一度食べてみてください!」
ヘルムートから話を聞き終えて、まだ呆然としているベルンハルトに、ハンスが差し出したのは綺麗に包まれたお菓子。
「私に? くれるというのか?」
「はい! おいしかったら、また買いにきてください!」
「ははっ。私相手に商売をしようというのか」
差し出されたお菓子を、その小さな手から受け取りながら、ベルンハルトは楽しそうに笑う。
その地位を知っている貴族達にすら、避けられ続けた存在。公爵にでもならなければ、まともに取り合ってくれる人間などいないはずだった。
それが、ベルンハルトの爵位も素顔も声すら知らなかった領民は、こんなに真っ直ぐに自分を見つめてくれる。きちんと向き合ってくれる。
これまで必死で守ってきた結果を、ハンスが教えてくれた。
「領主様?」
笑顔だったはずのベルンハルトの目に涙が浮かんだのが、ハンスには見えてしまったのかもしれない。少し心配そうな顔を覗かせるハンスの頭を、撫でるように触った。
「必ず買いにこよう。ヘルムートではなく、私自身が。約束する」
涙は仮面の下に隠したまま、ベルンハルトは貴族らしい隙のない笑顔を作り上げた。
その後の視察は滅多に姿を現さない領主の出現に、そこら中が大騒ぎであった。
ハンスとの出来事がどうなることかと遠巻きに伺っていた人々が、次から次へと押し寄せ、ベルンハルトとリーゼロッテの周りを取り囲む。
そして口々に今の生活への感謝と、二人の結婚のお祝いを告げた。
結婚式のその当日ですら、心から祝いの言葉をくれたのはわずかで、そんな二人の結婚をこんなにも祝福してくれる人々がいる。そのことに嬉しさを覚え、そしてこれまで必死でやってきたことが間違いではなかったと、心から安堵した。
「市場は楽しかったですね」
帰りの馬車の中で、リーゼロッテが思い返すように口にした。
「あぁ。だが、あれでは買い物にならなかったな」
「ふふ。そうですね。ですが、良いじゃないですか。また参りましょう?」
「もちろんだ。また、行こう。ハンスと約束もしたからな」
ベルンハルトの仮面のことなど、気にする様子もなく話しかけてきた人々のことを思う。どうだっていいと思っていた辺境伯の務めが、こんな風に報われる時が来るなど思いもよらなかった。
ベルンハルトがリーゼロッテに向かって穏やかに微笑めば、車内に同乗しているアルベルトとイレーネの様子が気にかかる。イレーネは何とか目を逸らそうとしているが、アルベルトはその素振りすらない。
護衛を兼ねて同乗させてはいるが、こうなれば従者などというのは邪魔だと思う。リーゼロッテを抱きしめたいという欲望を必死で抑え込んだ。
いくらアルベルトとはいえ、そんな場面を見せる気にはならない。
「ヘルムート。城まで急いでくれ」
馬の手綱を握っているヘルムートに、直接指示を言い渡す。
少しの馬車酔いと引き換えに、最速で城に到着することが叶った。
アルベルトの後ろに立っていた男の子は、ベルンハルトが視線を合わせようとかがめば、堂々とその前に姿を表した。
「領主様は素晴らしい方だと父さんからききました。冬でもお腹がすかずにすむのは、領主様のおかげだと。ありがとうございます」
決して隠れていたわけじゃない少年は、ベルンハルトを前に大きく頭を下げた。
「ハンス!」
周りの人垣の中から、焼き菓子屋の主人が駆け込んできた。
「父さん!」
その少年の様子から、父さんというのは焼き菓子屋の主人のことだろう。駆け込んできたままの勢いで、ベルンハルトの前に跪き、深く頭を下げた。
「息子が失礼を致しました。責任は全て親である私にあります!」
突然目の前で繰り広げられる謝罪に、驚かされたのはベルンハルトであった。
「い、いや。私は何も……」
どうすれば良いかわからず、ついアルベルトの方へ視線を投げれば、アルベルトも首を横に振っていた。
「ベルンハルト様はそのようなことでは怒りはしません」
人垣の後ろの方から、聞き慣れた声が聞こえてくる。いつだって進むべき道を整えてくれる、苦手だが頼りになる元執事長の声。
「ヘルムート。どういうことだ?」
「ベルンハルト様は先代とは違うと、そういうことですよ」
ヘルムートの言葉に、どちらかといえば恐怖で統治を行っていたという父を思い出す。
「父上か」
「えぇ。少々気性の激しい方でいらっしゃいましたから」
ヘルムートがベルンハルトの前で跪いたままの焼き菓子屋の主人を立たせた。
「ヘルムートさん」
「ご主人、お久しぶりです。ベルンハルト様はそのようなことをせずとも大丈夫だと、お話したじゃないですか」
「ですが……」
「ヘルムート。その主人と知り合いなのか?」
既に顔見知りのように話をする二人を見て、ベルンハルトの口調に驚きが混じる。
「お茶菓子を買いに市場に来ることもありますから。その時に何度か」
詳しく話を聞けば、ヘルムートは街へ出る度にベルンハルトのことを吹聴して回っていたらしい。先代当主に怯えて暮らしていた領民達から恐怖を拭い去りたかったようだが、そもそもベルンハルト自身が街へ出てくることもない。
人々にとっては、ヘルムートの話だけでは信じきることもできず、その恩恵を受け感謝していようとも、本人を目の前にあのような態度になったと。
領民達が怖がっていたのは、仮面をつけたベルンハルトではなく、先代の影。誰もベルンハルト自身を怖がってなどいなかったのだ。
「領主様。これ、父さんが作ったものです。ぜひ一度食べてみてください!」
ヘルムートから話を聞き終えて、まだ呆然としているベルンハルトに、ハンスが差し出したのは綺麗に包まれたお菓子。
「私に? くれるというのか?」
「はい! おいしかったら、また買いにきてください!」
「ははっ。私相手に商売をしようというのか」
差し出されたお菓子を、その小さな手から受け取りながら、ベルンハルトは楽しそうに笑う。
その地位を知っている貴族達にすら、避けられ続けた存在。公爵にでもならなければ、まともに取り合ってくれる人間などいないはずだった。
それが、ベルンハルトの爵位も素顔も声すら知らなかった領民は、こんなに真っ直ぐに自分を見つめてくれる。きちんと向き合ってくれる。
これまで必死で守ってきた結果を、ハンスが教えてくれた。
「領主様?」
笑顔だったはずのベルンハルトの目に涙が浮かんだのが、ハンスには見えてしまったのかもしれない。少し心配そうな顔を覗かせるハンスの頭を、撫でるように触った。
「必ず買いにこよう。ヘルムートではなく、私自身が。約束する」
涙は仮面の下に隠したまま、ベルンハルトは貴族らしい隙のない笑顔を作り上げた。
その後の視察は滅多に姿を現さない領主の出現に、そこら中が大騒ぎであった。
ハンスとの出来事がどうなることかと遠巻きに伺っていた人々が、次から次へと押し寄せ、ベルンハルトとリーゼロッテの周りを取り囲む。
そして口々に今の生活への感謝と、二人の結婚のお祝いを告げた。
結婚式のその当日ですら、心から祝いの言葉をくれたのはわずかで、そんな二人の結婚をこんなにも祝福してくれる人々がいる。そのことに嬉しさを覚え、そしてこれまで必死でやってきたことが間違いではなかったと、心から安堵した。
「市場は楽しかったですね」
帰りの馬車の中で、リーゼロッテが思い返すように口にした。
「あぁ。だが、あれでは買い物にならなかったな」
「ふふ。そうですね。ですが、良いじゃないですか。また参りましょう?」
「もちろんだ。また、行こう。ハンスと約束もしたからな」
ベルンハルトの仮面のことなど、気にする様子もなく話しかけてきた人々のことを思う。どうだっていいと思っていた辺境伯の務めが、こんな風に報われる時が来るなど思いもよらなかった。
ベルンハルトがリーゼロッテに向かって穏やかに微笑めば、車内に同乗しているアルベルトとイレーネの様子が気にかかる。イレーネは何とか目を逸らそうとしているが、アルベルトはその素振りすらない。
護衛を兼ねて同乗させてはいるが、こうなれば従者などというのは邪魔だと思う。リーゼロッテを抱きしめたいという欲望を必死で抑え込んだ。
いくらアルベルトとはいえ、そんな場面を見せる気にはならない。
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馬の手綱を握っているヘルムートに、直接指示を言い渡す。
少しの馬車酔いと引き換えに、最速で城に到着することが叶った。
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