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貴重なものをみすみす渡すわけ、ありませんよ
リーゼロッテの決断 3
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「結界のための魔力石は、土魔法で作られていたわ」
三人の息づかいしか聞こえないぐらいの静けさの中で、レティシアの声はひと際大きく響いた。
予想していた通りの言葉だというのに、直接放たれたその言葉が、リーゼロッテの心に大きく影を落とす。
「土魔法の使い手が生まれる領地の結界に綻びが生じるの。今はリーゼが王族として生まれているもの。国の魔力石を交換する時がきたのよ」
「その話は、何故こんなにも伝えられていないのだ? どこの領地にとっても一大事だろうに」
「その前は、私が生まれる前の話だもの。人間の中ではもう消えてしまった話なのね。土魔法のことすら伝えられていないのなら、仕方ないことよ」
長い時間の中で、いつのまにか消えてしまった歴史。人間にとってどれだけ大切なことであっても、時が経てばそれは昔話となり、そしていつしか消えてしまう。
「土魔法の使い手は、その人生をかけて巨大な魔力石を作り出す。魔力石を作り出すその能力は、他の誰にも真似できないもの。虐げられることなんてなかったはずよ」
土魔法の存在が忘れさられ、魔力石を作り出す必要性がある事実が消え去り、残されたのは他の魔法を使うことができずに、魔力がないと見下される自分。
抗うことのできない時間の流れに、リーゼロッテはやるせない思いを抱いた。
「人生をかけてというのは、どういうことだ?」
「以前リーゼが作り出したぐらいの魔力石なら、多分何度も作り出せるはずなの。でもね、あれは作り出すっていうより、地面に埋まってしまった魔力石を取り出すようなもの。その数は有限だから、結局は結界に使えるぐらい大きなものを作り出すために残しておかなきゃいけないわ。そして、その大きな魔力石を作り出すために、土魔法の使い手はその魔力のほとんどを使いきってしまうの」
「魔力を……使いきる? それって、どういうことですか?」
「その後は、もしかしたら魔法を使えなくなってしまうかもしれない」
「そんなばかな! 魔法を使って、魔力がなくなるなど聞いたこともない」
「私だって初めてよ! それでもそれしか聞けなかったんだもの。一度に膨大な魔力を放出するのよ。もしかしたらそれが体に負担をかけるのかもしれない。何度も魔力石を作り出せてしまえば、この世界のバランスが崩れてしまうから、それを避けようとした自然の摂理……どちらにせよ、止められないわ」
最後まで聞いたレティシアの言葉に、リーゼロッテは目の前が真っ暗な闇に覆われるのを感じた。
「わたくし、また魔法が使えなくなるんですか?」
やっと魔法が使えると、自信をもつことができた。虐げられ続けた人生から抜け出すことができる気がした。使えなくなってしまえばまた、あの日々に逆戻りだ。
「まったく使えなくなるわけじゃないわ。ただ、そういう可能性もあるってことで」
「そんな」
レティシアの話を聞いても、目の前の闇が拭われることはない。せっかく使える様になったものを、自ら手放すなんて考えられない。
それも、自分を省みることすらしなかった家族。あの、バルタザールのため。
「いや! いやよ! 絶対に嫌!」
自分を産み、育てたはずの家族を思い浮かべれば、その思いは更に頑なになって、リーゼロッテの口からは叫び声にも似た声が響く。
その声はそのまま泣き声に変わり、自分の身の上に起きた運命に、抗おうと泣き叫んだ。
「リーゼ」
顔を覆ったまま泣き叫ぶリーゼロッテの手を、ベルンハルトが優しく握った。そしてそのまま、リーゼロッテの顔はベルンハルトの体へと押し当てられる。
抱きすくめられた腕から逃げ出そうと、リーゼロッテがどれだけ体をよじろうとも、鍛え上げられた体はちょっとのことでは怯むはずもなく、リーゼロッテはベルンハルトに抱きしめられたまま、更に泣き声をあげた。
「リーゼ、大丈夫だ」
抱きしめたままのリーゼロッテの耳元で、ベルンハルトが何度もその名前を呼ぶ。
リーゼロッテが落ち着く様に、話に耳を向けてくれるように。
そのまま何十分泣き続けたかわからない。泣きすぎたリーゼロッテの頭は鈍く痛み、叫び続けた声は掠れきって音にならない。
「リーゼ、落ち着いて」
ベルンハルトはあのまま、何十回とリーゼロッテの名前を呼び、リーゼロッテが落ち着きを取り戻すその時を待った。
「……べ……あっ」
ベルンハルトの呼びかけに応えようとしたリーゼロッテは、かすれた自分の声に、口をつぐむ。
「リーゼ、大丈夫。私の話を聞いて」
声を出さないまま、ベルンハルトの言葉に頷けば、ベルンハルトが少しだけ体を離し、リーゼロッテの顔を見つめた。
泣き顔を間近で見られるリーゼロッテは、恥ずかしさのあまり目を背けようとするが、ベルンハルトの仮面の下の優しい眼差しから目が離せなかった。
「リーゼ、そんなに嫌ならば、やらなければいい」
「ベルンハルトっ」
ベルンハルトからの言葉は、この場にいた誰の耳にも驚くべきことで、レティシアがその言葉を咎めようと声を上げる。
その声にベルンハルトがレティシアを見て、首を振れば、その言葉が本音だとわかる。
「リーゼが嫌なら、やらなくて良いんだ」
やらなくて良いなんて、そんなこと誰も許しはしないだろう。
リーゼロッテが魔力石を見つけなければ、この国の結界が消える。そうすればベルンハルトですら見たこともない魔獣があっという間にシュレンタットを飲み込むはずだ。
「……そんなこと」
まだかすれたままの声で、リーゼロッテが口を開く。
「魔獣が出れば、私が倒しに行くよ。それが仕事だ」
辺境伯としての務めなのは間違いないだろうけど、魔獣の討伐は結界があった上でのこと。何もないまま討伐になど行けば、その命は間違いなく消える。
「私だって銀色の髪を持つ者だ。何とかしてみせるさ」
ベルンハルトの魔力と、これまで貯め込んだ魔力石。その全てを放出したところで相打ちにすらならないだろう。
リーゼロッテの頭には最悪な未来がありありと浮かび上がる。ベルンハルトを失い、シュレンタットの中で一番先に餌食になるのはロイスナーだ。
魔法の使えない自分を受け入れてくれた城の人。穏やかに暮らす領地の人々の顔が次から次へと浮かんで消える。
シュレンドルフの家族を思い浮かべた時とは違う、暖かい感情がリーゼロッテの心から湧き上がった。
もう一度魔法が使えなくなったとしても、蔑まれることなんてないと信じることのできる人達。その暖かな領地を作り上げたベルンハルトが、自分のために全てを投げ出そうとしている。
(私一人で……逃げるの?)
ベルンハルトに全てを任せて、逃げ出すなんてできない。
何もできずに待つのはもうこりごりだ。
一緒に悩もうと、一緒に乗り越えようと、そう言ったのは自分。
大きく深呼吸をし、肺一杯に空気を取り込んで、リーゼロッテはお腹に力を入れた。
(自分の言葉に、責任を持たないと)
「わたくしが、やります」
リーゼロッテはベルンハルトから示された楽な道を、自ら手放した。
三人の息づかいしか聞こえないぐらいの静けさの中で、レティシアの声はひと際大きく響いた。
予想していた通りの言葉だというのに、直接放たれたその言葉が、リーゼロッテの心に大きく影を落とす。
「土魔法の使い手が生まれる領地の結界に綻びが生じるの。今はリーゼが王族として生まれているもの。国の魔力石を交換する時がきたのよ」
「その話は、何故こんなにも伝えられていないのだ? どこの領地にとっても一大事だろうに」
「その前は、私が生まれる前の話だもの。人間の中ではもう消えてしまった話なのね。土魔法のことすら伝えられていないのなら、仕方ないことよ」
長い時間の中で、いつのまにか消えてしまった歴史。人間にとってどれだけ大切なことであっても、時が経てばそれは昔話となり、そしていつしか消えてしまう。
「土魔法の使い手は、その人生をかけて巨大な魔力石を作り出す。魔力石を作り出すその能力は、他の誰にも真似できないもの。虐げられることなんてなかったはずよ」
土魔法の存在が忘れさられ、魔力石を作り出す必要性がある事実が消え去り、残されたのは他の魔法を使うことができずに、魔力がないと見下される自分。
抗うことのできない時間の流れに、リーゼロッテはやるせない思いを抱いた。
「人生をかけてというのは、どういうことだ?」
「以前リーゼが作り出したぐらいの魔力石なら、多分何度も作り出せるはずなの。でもね、あれは作り出すっていうより、地面に埋まってしまった魔力石を取り出すようなもの。その数は有限だから、結局は結界に使えるぐらい大きなものを作り出すために残しておかなきゃいけないわ。そして、その大きな魔力石を作り出すために、土魔法の使い手はその魔力のほとんどを使いきってしまうの」
「魔力を……使いきる? それって、どういうことですか?」
「その後は、もしかしたら魔法を使えなくなってしまうかもしれない」
「そんなばかな! 魔法を使って、魔力がなくなるなど聞いたこともない」
「私だって初めてよ! それでもそれしか聞けなかったんだもの。一度に膨大な魔力を放出するのよ。もしかしたらそれが体に負担をかけるのかもしれない。何度も魔力石を作り出せてしまえば、この世界のバランスが崩れてしまうから、それを避けようとした自然の摂理……どちらにせよ、止められないわ」
最後まで聞いたレティシアの言葉に、リーゼロッテは目の前が真っ暗な闇に覆われるのを感じた。
「わたくし、また魔法が使えなくなるんですか?」
やっと魔法が使えると、自信をもつことができた。虐げられ続けた人生から抜け出すことができる気がした。使えなくなってしまえばまた、あの日々に逆戻りだ。
「まったく使えなくなるわけじゃないわ。ただ、そういう可能性もあるってことで」
「そんな」
レティシアの話を聞いても、目の前の闇が拭われることはない。せっかく使える様になったものを、自ら手放すなんて考えられない。
それも、自分を省みることすらしなかった家族。あの、バルタザールのため。
「いや! いやよ! 絶対に嫌!」
自分を産み、育てたはずの家族を思い浮かべれば、その思いは更に頑なになって、リーゼロッテの口からは叫び声にも似た声が響く。
その声はそのまま泣き声に変わり、自分の身の上に起きた運命に、抗おうと泣き叫んだ。
「リーゼ」
顔を覆ったまま泣き叫ぶリーゼロッテの手を、ベルンハルトが優しく握った。そしてそのまま、リーゼロッテの顔はベルンハルトの体へと押し当てられる。
抱きすくめられた腕から逃げ出そうと、リーゼロッテがどれだけ体をよじろうとも、鍛え上げられた体はちょっとのことでは怯むはずもなく、リーゼロッテはベルンハルトに抱きしめられたまま、更に泣き声をあげた。
「リーゼ、大丈夫だ」
抱きしめたままのリーゼロッテの耳元で、ベルンハルトが何度もその名前を呼ぶ。
リーゼロッテが落ち着く様に、話に耳を向けてくれるように。
そのまま何十分泣き続けたかわからない。泣きすぎたリーゼロッテの頭は鈍く痛み、叫び続けた声は掠れきって音にならない。
「リーゼ、落ち着いて」
ベルンハルトはあのまま、何十回とリーゼロッテの名前を呼び、リーゼロッテが落ち着きを取り戻すその時を待った。
「……べ……あっ」
ベルンハルトの呼びかけに応えようとしたリーゼロッテは、かすれた自分の声に、口をつぐむ。
「リーゼ、大丈夫。私の話を聞いて」
声を出さないまま、ベルンハルトの言葉に頷けば、ベルンハルトが少しだけ体を離し、リーゼロッテの顔を見つめた。
泣き顔を間近で見られるリーゼロッテは、恥ずかしさのあまり目を背けようとするが、ベルンハルトの仮面の下の優しい眼差しから目が離せなかった。
「リーゼ、そんなに嫌ならば、やらなければいい」
「ベルンハルトっ」
ベルンハルトからの言葉は、この場にいた誰の耳にも驚くべきことで、レティシアがその言葉を咎めようと声を上げる。
その声にベルンハルトがレティシアを見て、首を振れば、その言葉が本音だとわかる。
「リーゼが嫌なら、やらなくて良いんだ」
やらなくて良いなんて、そんなこと誰も許しはしないだろう。
リーゼロッテが魔力石を見つけなければ、この国の結界が消える。そうすればベルンハルトですら見たこともない魔獣があっという間にシュレンタットを飲み込むはずだ。
「……そんなこと」
まだかすれたままの声で、リーゼロッテが口を開く。
「魔獣が出れば、私が倒しに行くよ。それが仕事だ」
辺境伯としての務めなのは間違いないだろうけど、魔獣の討伐は結界があった上でのこと。何もないまま討伐になど行けば、その命は間違いなく消える。
「私だって銀色の髪を持つ者だ。何とかしてみせるさ」
ベルンハルトの魔力と、これまで貯め込んだ魔力石。その全てを放出したところで相打ちにすらならないだろう。
リーゼロッテの頭には最悪な未来がありありと浮かび上がる。ベルンハルトを失い、シュレンタットの中で一番先に餌食になるのはロイスナーだ。
魔法の使えない自分を受け入れてくれた城の人。穏やかに暮らす領地の人々の顔が次から次へと浮かんで消える。
シュレンドルフの家族を思い浮かべた時とは違う、暖かい感情がリーゼロッテの心から湧き上がった。
もう一度魔法が使えなくなったとしても、蔑まれることなんてないと信じることのできる人達。その暖かな領地を作り上げたベルンハルトが、自分のために全てを投げ出そうとしている。
(私一人で……逃げるの?)
ベルンハルトに全てを任せて、逃げ出すなんてできない。
何もできずに待つのはもうこりごりだ。
一緒に悩もうと、一緒に乗り越えようと、そう言ったのは自分。
大きく深呼吸をし、肺一杯に空気を取り込んで、リーゼロッテはお腹に力を入れた。
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