私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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「エリーさん、さっきはありがとうございました」

 ようやく患者が落ち着き遅い昼食の時間、エリーにクッキーを渡しながらソフィアは言った。

「可愛い後輩に対してあんな事言われたら腹が立つもの。帰ったら旦那に言ってやろうと思ってるわ」

 エリーはソフィアと同じ師匠付きの優秀な治癒師で、カイル副団長の妻でもある。
 西方騎士団のレオナール団長とカイル副団長は騎士学校の同期で、エリーの母は西方の公爵家の次男である団長の乳母だったらしい。団長とは幼馴染でその縁で副団長と結婚したと聞く。
 スレンダーな体型で肩口で揃えた黒髪が目を引く美人なエリーはとても二児の母には見えない。
 騎士からは『腹黒鬼教官』と恐れられているカイルも、エリーの前では嬉しそうにニコニコしている程だ。

「ほんとひどいですよねー。ソフィアさんは師匠付きの治癒師なのに、騎士ってその凄さを全然理解しないんですもん。ソフィアさんにそんな態度取る奴なんか私も治療したくないです!」

 エリーから話を聞いたのだろう。プリプリと怒りながらメルがサンドイッチを頬張る。
 メルは男爵令嬢でありながら治癒師として働いているソフィアの可愛い後輩だ。
 溢れそうな大きな目とさくらんぼのようなぷるんとした唇、ボリュームのある金髪をいつもリボンで結んでいる彼女は騎士からの人気が高い。可愛い治癒師目当ての騎士にとっては、平民のソフィアは気に入らないのだろう。

「まぁメルとお近づきになりたかったでしょう。私は平民だし北方出身だからね。アルとの事もあるから」

 ソフィアの恋人のアルフォンス・ランセルは優秀な魔導騎士だ。
 魔力が高く二十四歳で部隊長を務めるだけの騎士としての力量もある。
 騎士として恵まれた体格を持ち、切長の目とサラサラとした黒髪のアルフォンスは皆から慕われているし女性人気も高い。
 貴族の騎士にとっては尊敬する先輩の恋人が西方出身では無い平民であることが気に入らないらしい。
 エリー曰く『ランセル卿に彼女が出来たら自分に目を向けてくれる女性が増えるかも知れないのに、どうして気が付かないのか。ほんとバカよねぇ』との事だが、それにはソフィアも同意見だ。

「私は北方出身だから貴族とか平民とかあまり気にしない環境で育ってるのよ。西方に来てびっくりしたの」

「じゃあ結婚とかも身分を気にしないんですか?」

「そうね。北方みたいな辺境だと身分がどうのなんて言っていたら生活が成り立たないから。それよりも魔力が高かったり何かしらの秀でた才能の方が身分より重きを置かれてるかも。実際北方の前公爵夫人は孤児院出身の平民だし。その方はとても優秀な治癒師で身分に関係なく才能があれば弟子として育てていたの」

「ほぇー。地域によってそんなにも違うんですねー。西方じゃ考えられない!」
 エリーが目を丸くする。

「こっちに来たら身分とか気にしなくちゃいけなかったんだろうけど、アルもあまり気にしない人だから気安く接してしまって・・・まぁそこは反省してるの」

 実際アルフォンス目当ての女性や貴族出身の騎士に絡まれるのは面倒くさい。
 ソフィアとてあからさまに身分関係なく関わっていたわけではないし、そこは流石に弁えている。
 それでもアルフォンスを慕う人間からしたら気に入らないのだろう。

「ランセル卿が気にしないならいいじゃない。最初からソフィアの事好きなの分かるくらいグイグイきてたし。それにね、うちもそうだったけど地方の下級貴族の生活なんて平民と大差ないわ。なんなら裕福な商家のほうがよっぽど貴族な生活してるわよー」

 クッキーを食べ終えたらしいエリーはカラカラと笑って言った。

「ま、ソフィアもあまり気にしなくて大丈夫。可愛い後輩にいちゃんも付ける奴は、私が返り討ちにしてやるから」

「そうですよソフィアさん!私もボッコボコにしてやります!」

 そう言って拳を掲げるメルを見て、ソフィアのモヤモヤしていた気持ちはすっかりと晴れた。

「ふふふ、エリーさんもメルもありがとうございます」

 良い同僚に恵まれた私は幸せ者だ。
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