【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ

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「そういえば厄災に備えて調薬を増やすって聞きました?先見が出てから騎士団内もピリピリしてるし、どんな事が起こるのか分からないから怖いんですよねぇ・・・」

 机に突っ伏しながらメルは言う。

「あーフェイ師長が言ってたわね。なんか前回の厄災では治癒師が魔力不足になって治療が追いつかない事があったみたいだから、その対策じゃない?」

「師長って厄災の年経験者ですもんね。どうなっちゃうんだろう…魔獣って魔の森から来るんですよね。北方の方が大変なんだろうけど、それでも怖いです・・・あ!ソフィアさんって北方出身なんですよね。ご家族とか大丈夫なんですか?厄災の事とか何か聞いてます?」

 ランチボックスをバタバタと片付けているメルにエリーが紅茶を渡す。ソフィアもエリーから紅茶を受け取って一口飲んだ。

「先見が出てから家族には会ってないから分からないわ。でもうちは父も弟も騎士団にいるからきっと忙しくしてるんじゃないかな。ま、北は厄災経験者も多いし騎士団員も多いから無事に終わって欲しいなって思う」

「ソフィアのご家族は騎士団で働いてるの?」

「えぇ、父と弟は騎士をしてます。父は一線は退いていますけどね。母も元々は騎士団の治癒師だったんですよ」

「え?そうなんですか?ソフィアさん、北方騎士団で働かなくて良かったんですか?ご家族みんないるのに」

 ソフィアの話にメルは心配そうに言った。

「小さい頃から知ってる人が多い職場ってちょっと恥ずかしいじゃない。それに、北方騎士団にはちょっと面倒な事があるのよ…」

 紅茶をかき混ぜながらソフィアは言葉を濁した。

「面倒な事?」

「そう。通称“娘さんを僕にくださいイベント“です」

「ブファッ!」

 ソフィアの言葉にエリーが紅茶を吹き出した。

「何そのおかしなイベント」

「親子で働いてると娘の彼氏が騎士団員って結構あるんですよね。で、結婚したいとなった時に起こるんですよ、修練場で将来の義父と戦うっていう…。まぁ辺境の娯楽の一つなんでしょうけど、小さい頃から見てるとちょっと…。なんというかいたたまれない気持ちになるんですよね、アレ」

 そう言うとソフィアは遠い目をした。
 小さい頃、父に連れられて騎士団に行った時に何度か見た事があるアレ。幼馴染の兄が恋人の父親にボコボコにされていたアレ。

「大体彼氏は勝てないんです。結婚適齢期の娘を持つ現役騎士なんて、そもそも歴戦の猛者なんですから。でもね、それで良いんですよ」

「どうして?」

「結婚して娘が辛い思いをした時に父親が娘を連れ戻せるじゃないですか、物理的に。そう言う意味もあるみたいですね。まぁ娘の彼氏は気に入らないっていう気持ちが9割なんでしょうけど」

「確かにちょっと気まずいですね・・・」

「ソフィアさんの弟さんも騎士なんですよね?そのイベントをやる予定は?」

 キラキラとした目でメルが聞いてくる。
 恋愛小説大好きな彼女には大好物な話だろう。

「あー…多分あるでしょうね」

 ソフィアは遠い目をした。

「え!?そうなの?」

「いいなー!見たいです、それ!」

 キャッキャしているニ人には申し訳ないが、そんないい物ではない。
 弟ヒューの想い人は公爵家の末娘マーガレット。彼女の父親は北方騎士団の団長だ。
 今年十八歳で正式に魔導騎士となったヒューは、幼い頃からニつ年上のマーガレットが大好きだった。
 母の師匠は北の公爵家の前公爵夫人リリス様であり、ソフィアとマーガレットは年の近い治癒師見習いで親友同士。そんな縁もあって独り立ち後も師匠の元へ通う母にくっ付いて公爵家へ行き、何故かマーガレットに恋に落ちて帰って来た。

(いや、まさか弟が恋に落ちる現場に居合わせるなんて思わないわよ…ヒューの奴、それ以来マーガレットにベッタリだし、マーガレットもなんだかんだで絆されちゃってるし。『ヒューって仔犬みたいで可愛いの~』ってニコニコしてるマーガレットには言えなかったけど、あれはもはやストーカー…まぁ好きな人が仔犬に見える時があるのは分かる!分かるけれども…!)

 ひたすら公爵家に通うヒューに団長が『娘は弱い奴にはやらん!話は魔導騎士になってからだ!』とキレたらしく、その日からヒューは魔導騎士を目指した。
 確かあの時六歳くらいだったか。
 我が弟ながらすごい執念だ。

 ヒューも団長も魔導騎士、可愛い末娘の恋人と合法的に戦えるのだから、魔導騎士なりたてだろうが関係なく団長も本気でくるだろう。悪夢でしかない。

 (というか魔導騎士同士での“娘さんを僕にくださいイベント“をやるの、初めてじゃない?盛り上がるだろうな、きっと)

 さっぱりしている母の事はいい、『マーガレットちゃんが義娘になってくれたら嬉しいわぁ』とか言っているのを何度か聞いた事がある。団長のお母様であるリリス様だって面白がってヒューを焚き付けて、その度に団長は荒れていた。
 ソフィア自身もマーガレットと義姉妹になれたら嬉しい。
 嬉しいが、心配なのは父だ。
 上司と息子の板挟みになるのは、流石に可哀想過ぎる。

 そこまで考えてハタと気づく。

 (厄災の年の心配をしていたのになぜこんな事で悩んでいるのだろう…。ヒューも父さんも脳筋だから、まぁ何とかなるか)

 悩んでも仕方がない、なるようにかならないのだから。
 辺境育ちの良さだろう。必ず起こりうる出来事を嘆いても仕方がないのだ。

「ソフィアさん?ずっと考え込んでますけど、大丈夫ですか?」

「ん?あぁ大丈夫よ。まぁうちの弟が生きて帰れる事を願うだけね」

「え?いやそれは激し過ぎない?」

「弟が戦わないといけないのは、多分北方騎士団で三本の指に入る人なんで」

「うわぁ…それは弟さん、頑張らないとですね」

 メルは手を口に当てて顔を顰めた。

「話が逸れちゃってごめんなさい。私は西方騎士団で働くのが好きだから今の生活が気に入ってるのよ。良い同僚にも恵まれたし」

 それは本当の事だった。北方ではなく西方騎士団を選んだ現状に嘘はない。
 北方に残らなかった一番の理由では無いだけで。

「でもちょっと見てみたいわね、“娘さんを僕にくださいイベント”・・・うちの騎士団でもやってくれないかしら。カイルに聞いてみようかな」
 恐ろしいことをエリーが言う。

「いや、やめときましょう。確実に面倒な事になります」

 エリーによく似た娘を溺愛しているカイルは、合法的に娘の彼氏とやり合えるなら嬉々として剣を振るうだろう。彼氏が危ない。

「・・・確かに」

「ま、午後もお仕事頑張りましょう」

 そう言って三人は仕事に戻った。
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