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婚約式4
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犬族もその関所の一つを任されているが、この話を聞かされているということは疑われてはいないのようだ。犬族は長きに渡り不正もなく、常に王族に忠誠を誓ってきたからこその信頼なのだろう。
犬族は鼻が利く。奴らもわざわざ面倒なルートは選ばない。
「……このことは頭に入れておいてくれ。今回の婚約を面白くは思っていないだろうからな。それに、ネイアス。お前のところには病を研究する医者もいる。特に目障りだと感じるはずだ。警戒を怠るな」
「承知いたしました」
「話しておきたいことは終わりだ。時間をとらせてすまないな」
そう言ってルナシークが席を立つ。それに合わせて、ルースレアたちも腰を上げる。
礼をして部屋から立ち去ろうとすると、呼び止められ、全員が再びルナシークに視線を移した。
「婚礼衣装について、もう決まっているのか?」
「いえ、まだなにも決めてはいませんが……」
思ってもみない質問に、アルフレットが困惑気味に答える。
「そうか。では、俺からの婚約祝いということで、腕のいい洋裁師を紹介しよう」
「王族からの紹介とは……ありがとうございます」
「楽しみにしているといい」
口元を緩めるルナシークと目が合い、ルースレアは慌てて頭を下げたのだった。
◇
シアンたちと城で別れ、滞在しているホテルに帰ってきたルースレアは纏っていた白い衣装を脱いで一息ついた。緊張からようやく開放されたように感じる。
着慣れたドレスに着替え、白い布の上に置いておいたブローチを優しい手付きで箱にしまう。
閉じてあったカーテンを開けると、外はすっかり暗くなっていた。ただ、王都なだけあって、夜でも街は明るい。
「ルースレア様、今日はお疲れでしょう? 早めにお休みいたしますか?」
婚姻式で着たドレスを手早く片付けたミューラが問いかける。
たしかに疲れているが、なんだか眠れる気がしない。それを素直に伝えると、彼女は温かい紅茶を用意してくれた。
窓際からテーブルに移動して、ルースレアはその紅茶に口をつける。暖かくいい香りのする紅茶はリラックスするのに良さそうだ。もう一口味わいを楽しんでからミューラに視線を移した。
彼女はこちらに背を向けて、明日の出立のために荷物を整理している。
「ルースレア様? どうかされましたか?」
あまりにもじっと見つめ過ぎたせいか、ミューラが耳をピコピコ動かしながら振り返った。ルースレアは彼女の問いに曖昧な笑顔を浮かべる。
自分が結婚したとき、この侍女をどうすべきか考えていたのだ。ルースレアとしてはついてきてほしいと思っている。だが、自分の嫁ぎ先は種族の違う猫族のもと。ミューラは未婚だし、主人としてはやはり嫁ぎ先を用意してあげるべきだろう。そして、できればそれは……
「ルースレア様?」
目の前まで来たミューラが不思議そうな表情で首を傾げたので、ルースレアは考えていたことを伝えると、彼女は少し不満そうな顔で口を開く。
「もちろん、私もついていきますよ。ずっとお仕えすると決めているんです」
その言葉に、ルースレアがでも、と唇を動かす。
『ミューラはお兄様のことが好きなのでしょう?』
予想していなかった言葉だったのか、ミューラが狼狽えた。幼い頃からずっと一緒にいたのだ。自分のことを理解してくれているように、ルースレアだって彼女のことをよく知っている。
ミューラが兄のクロウに想いを寄せていることだって、気づいていた。その恋を応援したいとも思っていた。
「……気づいて、いたのですね……」
ミューラの耳と尻尾が垂れる。少しの間なにかを考えている素振りを見せた彼女は、やがてゆっくりと首を横に振った。
「たしかにクロウ様に心を寄せていた時期もありました。……でも、今は違います。私よりももっとクロウ様にはお似合いの方がいらっしゃると思っています。私もルースレア様と共に参る決意に揺るぎはありません」
微笑みを浮かべた侍女に、ルースレアはそれ以上言葉を重ねなかった。ミューラのことが分かるといっても、心のすべてを知っているわけではない。彼女がそう決めたなら、これ以上食い下がる必要はないだろう。
ミューラもクロウのことも大好きなルースレアからすれば、残念な気もするが、自分のわがままで結婚相手を決めつけるのは違うのだ。
「気を使っていただきありがとうございます。ルースレア様。私は今は結婚するより、あなたの側に居たいのです」
ルースレアは頷いた。ミューラの忠誠に嬉しさが湧き上がってくる。彼女がついてきてくれるのなら、寂しさも不安も和らぐだろう。
「さあ、ルースレア様。入浴して、お休みいたしましょう」
促され腰を上げる。慣れた手付きでテキパキと動く優秀な侍女に感謝を伝えれば、彼女は嬉しそうに大きな尻尾を振った。
もし、ミューラが困ったときや、悩んだときは力になれるように努力しよう。ルースレアは笑顔を浮かべる侍女を見ながら、そう決意したのだった。
犬族は鼻が利く。奴らもわざわざ面倒なルートは選ばない。
「……このことは頭に入れておいてくれ。今回の婚約を面白くは思っていないだろうからな。それに、ネイアス。お前のところには病を研究する医者もいる。特に目障りだと感じるはずだ。警戒を怠るな」
「承知いたしました」
「話しておきたいことは終わりだ。時間をとらせてすまないな」
そう言ってルナシークが席を立つ。それに合わせて、ルースレアたちも腰を上げる。
礼をして部屋から立ち去ろうとすると、呼び止められ、全員が再びルナシークに視線を移した。
「婚礼衣装について、もう決まっているのか?」
「いえ、まだなにも決めてはいませんが……」
思ってもみない質問に、アルフレットが困惑気味に答える。
「そうか。では、俺からの婚約祝いということで、腕のいい洋裁師を紹介しよう」
「王族からの紹介とは……ありがとうございます」
「楽しみにしているといい」
口元を緩めるルナシークと目が合い、ルースレアは慌てて頭を下げたのだった。
◇
シアンたちと城で別れ、滞在しているホテルに帰ってきたルースレアは纏っていた白い衣装を脱いで一息ついた。緊張からようやく開放されたように感じる。
着慣れたドレスに着替え、白い布の上に置いておいたブローチを優しい手付きで箱にしまう。
閉じてあったカーテンを開けると、外はすっかり暗くなっていた。ただ、王都なだけあって、夜でも街は明るい。
「ルースレア様、今日はお疲れでしょう? 早めにお休みいたしますか?」
婚姻式で着たドレスを手早く片付けたミューラが問いかける。
たしかに疲れているが、なんだか眠れる気がしない。それを素直に伝えると、彼女は温かい紅茶を用意してくれた。
窓際からテーブルに移動して、ルースレアはその紅茶に口をつける。暖かくいい香りのする紅茶はリラックスするのに良さそうだ。もう一口味わいを楽しんでからミューラに視線を移した。
彼女はこちらに背を向けて、明日の出立のために荷物を整理している。
「ルースレア様? どうかされましたか?」
あまりにもじっと見つめ過ぎたせいか、ミューラが耳をピコピコ動かしながら振り返った。ルースレアは彼女の問いに曖昧な笑顔を浮かべる。
自分が結婚したとき、この侍女をどうすべきか考えていたのだ。ルースレアとしてはついてきてほしいと思っている。だが、自分の嫁ぎ先は種族の違う猫族のもと。ミューラは未婚だし、主人としてはやはり嫁ぎ先を用意してあげるべきだろう。そして、できればそれは……
「ルースレア様?」
目の前まで来たミューラが不思議そうな表情で首を傾げたので、ルースレアは考えていたことを伝えると、彼女は少し不満そうな顔で口を開く。
「もちろん、私もついていきますよ。ずっとお仕えすると決めているんです」
その言葉に、ルースレアがでも、と唇を動かす。
『ミューラはお兄様のことが好きなのでしょう?』
予想していなかった言葉だったのか、ミューラが狼狽えた。幼い頃からずっと一緒にいたのだ。自分のことを理解してくれているように、ルースレアだって彼女のことをよく知っている。
ミューラが兄のクロウに想いを寄せていることだって、気づいていた。その恋を応援したいとも思っていた。
「……気づいて、いたのですね……」
ミューラの耳と尻尾が垂れる。少しの間なにかを考えている素振りを見せた彼女は、やがてゆっくりと首を横に振った。
「たしかにクロウ様に心を寄せていた時期もありました。……でも、今は違います。私よりももっとクロウ様にはお似合いの方がいらっしゃると思っています。私もルースレア様と共に参る決意に揺るぎはありません」
微笑みを浮かべた侍女に、ルースレアはそれ以上言葉を重ねなかった。ミューラのことが分かるといっても、心のすべてを知っているわけではない。彼女がそう決めたなら、これ以上食い下がる必要はないだろう。
ミューラもクロウのことも大好きなルースレアからすれば、残念な気もするが、自分のわがままで結婚相手を決めつけるのは違うのだ。
「気を使っていただきありがとうございます。ルースレア様。私は今は結婚するより、あなたの側に居たいのです」
ルースレアは頷いた。ミューラの忠誠に嬉しさが湧き上がってくる。彼女がついてきてくれるのなら、寂しさも不安も和らぐだろう。
「さあ、ルースレア様。入浴して、お休みいたしましょう」
促され腰を上げる。慣れた手付きでテキパキと動く優秀な侍女に感謝を伝えれば、彼女は嬉しそうに大きな尻尾を振った。
もし、ミューラが困ったときや、悩んだときは力になれるように努力しよう。ルースレアは笑顔を浮かべる侍女を見ながら、そう決意したのだった。
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