獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

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猫族の事情

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 揺れる馬車の中でシアンは昨日の婚約式を思い出していた。
 幾度となく社交界には顔を出しているし、王族と会うのも初めてではないが、柄にもなく緊張した。
 自分でさえそうなのだから、ルースレアはきっともっと緊張したことだろう。今度贈る手紙になにかリラックスできそうな物を添えて贈ろうか、と考えている内にどうやら屋敷に到着したらしい。

「……う~ん、疲れたわねぇ」
「今日はゆっくり休むといいよ」

 向かい側の席に座る両親は仲よさげにそんな会話をしながら、先に馬車を降りていく。いつものことなのでシアンは特になにか思うでもなく後に続く。

「ようやくお帰りになられましたね! ずっとお待ちしておりましたよ!!」

 怒鳴るような大声をかけられたのは、玄関の扉をくぐった直後だった。
 声の主はここ最近、頻繁に屋敷にやってくるドルズだ。勝手に屋敷に居座っていたのだろう、使用人たちは一様に疲れた表情を見せている。

「……はぁ」

 小さくため息をついたのは父だ。そんなネイアスの後ろで母は興味なさそうにのんびりあくびをした。

「何度も何度も申し上げました! 犬族の……それも獣族返りの嫁など認めませんと! 猫族の歴史を汚すつもりなのかと!」

 興奮しているようで、ドルズは瞳孔を開かせ鼻息荒くまくし立てる。詰め寄られたネイアスが距離を取るように数歩下がった。


「こちらも何度も説明しただろう。この婚約はルナシーク殿下からの提案であり、断れないと。正式な婚約も交わした。もう破棄はできない」
「では後継者のことなどどうでもいいと!? 他種族同士との子は圧倒的に母親の種族になるのですぞ。猫族の後継者が犬族など笑えない冗談です!」
「だが別に猫族が生まれないわけではない。案外すんなり猫族の子に恵まれるかもしれないだろう?」
「そんな確率の低い掛けなど……! それに子にも病が遺伝子したらそれこそ終わりです。病の母親から生まれる子など、病持ちに決まっています!」

 失礼なことを平然と言うドルズに、シアンは苛ついて目を細めた。ルースレアに対する侮辱まで平然と聞き流すことなどできない。怒りに反応するように自身の爪が鋭く伸びるのを感じた。
 狙いを喚き立てる太ましい喉に定めたとき、凍えるような冷たい声がその場に響いた。

「……お前は、私の決定が受け入れられないと……そう言っているのか?」

 口を開いたのは今まで黙っていた母のダリアだった。いつもの眠そうな様子はなく、その場に立っているだけなのに、今にも自分の喉を掻っ切られるのではないかと思ってしまうほどの威圧感を放っている。
 結婚し、表に出ることはほとんど無くなったが、猫族の領主の血筋を引いてるのは父ではなく母だ。シアンも耳にしたことがある。猫族で一番強いのは母のダリアである、と。
 ゴクリ、と唾を飲み込んだのはドルズだ。さっきまでの勢いなど、すっかりなくなっている。

「い、いえ……、それは……」
「私は今回の婚約を認め、国王陛下の御前で正式な婚約式を行った。お前はたしかに猫族の血脈を管理するのが仕事だ。……だが、私たちの決定に文句をつけられる立場ではない。もし、生まれてくる子が猫族でないのなら、養子でもとればいい」

 シアンとしては養子などまったく考えていないのだが、それは今口にしないほうがいいだろう。
 ……長い沈黙の後、やがてドルズはなにも言わずに屋敷を去っていった。

「……ネイアス」
「す、すまない。今度は君の手を煩わせないようにするよ、約束だからね」
「ええ、おねがいね。一族の今の長はあなたなのだから」

 ふっと張り詰めた空気が弛緩する。シアンは疲れをごまかすように頭を振って、一つため息をついた。



          ◇



 帰路につく足が荒い音を出す。きつく握りしめた手は爪が食い込んで血がにじむ。
 屋敷から追い出されたドルズは少し血走った目でブツブツと独り言をこぼす。

「気に入らない、気に入らない……! あの方を怒らせてしまった! 全部あいつのせいだ!」

 若かりし頃、自分がダリアと結ばれるのだと信じて疑わなかった。猫族の中でもっとも強く、もっとも美しい彼女を手に入れるのは自分だと。
 血脈的にも、身分的にも自分が一番ふさわしいのは明白だった。なのに、彼女が選んだのは当時遊び人だったあの男……ネイアスだったのだ。
 ショックだった、憎たらしかった、羨ましかった。
 それでも、シアンという奇跡の子が生まれたとき、それらの感情を押し込めた。猫族にとって素晴らしい子。ダリアに似て強く美しい子は、ドルズを歓喜させた。

「あの男にも価値があったのだと、納得した。シアン様には、ふさわしい伴侶が必要なのに! 今度こそふさわしい相手が!」

 シアンには最高の嫁を。猫族にさらなる繁栄を。今の彼にはそのことしか頭にない。

「忌々しい。絶対に認めない……」

 血走った目がぎょろぎょろと動く。認めない、認めない、とブツブツと呟き続けるドルズは尋常な様子ではなかったが、それを目撃する者はいなかったのだった。
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