獣人たちは恋を知り愛を育む

月椿

文字の大きさ
29 / 54

悪意を溜め込む猫

しおりを挟む
 まだ夜が明けて間もない早い時間、屋敷に滞在していたルースレアたちは馬車で自領へと帰っていった。彼女の父であるアルフレットの予定が立て込んでいるためだ。
 シアンは両親と共に遠ざかっていく馬車を見送りながら、そっとあくびを噛み殺した。昨日はルースレアが同じ屋敷にいると思うとなかなか寝付けなかったので、ものすごく眠い。きっと元から眠そうな目つきはもっとひどいことになっているだろう。
 それにしても、やっぱりルースレアは可愛い。自分は奔放な猫族にしては理性がしっかりしていると思っていたが、昨日はうっかり抱き寄せて口づけの一つでもしそうになった。
 婚約式を終え、結婚にゆっくりと近づいているという事実が理性を緩ませるらしい。あと、あの執事が悪い。気が利きすぎだ。
 そんなことを考えていると、ふと近くの茂みから微かにがさりと音がした。耳を澄ますと、また音がする。気になってそちらに顔を向けようとすると、不意に母のダリアに名前を呼ばれた。

「シアン。彼女、所作が美しくなっていたわね。城で会ったときよりも。きっと、努力しているのでしょう」

 シアンは気になる音から意識をいつもの間延びした話し方ではなくなった母に向けた。
 ダリアはこちらを見ておらず、もう馬車の見えなくなった遠くの道を見ている。

「……ネイアスと話し合ってあなたの結婚と同時に領主の地位を譲ることにしました。これからはあなたが責任を背負い、ルースレアちゃんがそれを支えることになります」
「……はい」

 ダリアとネイアスはルースレアとシアンのお見合いがうまくいったと分かった時から、領地の仕事のほとんどを息子に任せるようになった。
 だから、その決定に驚きはない。
 遠くを眺めていた母がようやくこちらを見る。その瞳にはいつもはない鋭い光が宿っていて、シアンは思わず姿勢を正す。

「領地の仕事だけではない。……厳しい判断をくださないといけないときがくる。しっかりと心得ておきなさい。……罪を犯した者にどんな理由があろうとも同情してはならないわ」

 自領で起こったことはすべて領主が処理する。ときに自ら手を汚さなければいけないこともある。それを覚悟しておけということだろう。
 シアンは跡取りとしてほとんどの仕事を行ったことあるが、罪人の断罪については一切関わること許されていなかったのだ。

「……あなたが最初に断罪するのはきっと……」

 ふとダリアが先ほど音のしていた方へ視線を向ける。シアンも同じようにそちらに顔を向けるが、もう不自然な音はしなくなっていた。

「いえ、まだそうとは決まったわけではないわね。……できれば、馬鹿な真似を考えないといいのだけれど……」
「ダリア」
「……私にも少しは情があるの」

 ふうっと息をついた母はそれ以上なにも言わなくなった。シアンはもやもやとした疑問を抱えたものの、口を閉ざした母がそれ以上話すことはないのは自分の親なのでよく分かっているため、問いただしたりはしない。

「さあ、シアン。今日も忙しくなる。もう屋敷の中に戻ろう」
「……はい」

 ダリアの肩を抱いて屋敷に足を向ける父の背にシアンも続いたのだった。



          ◇



 屋敷からだいぶ離れたところで、ドルズは煩わしそうに衣服についた葉を払い落とした。
 例の犬族の婚約者を盗み見しに、わざわざ早い時間からきたのだ。なにか粗相の一つでもしないかと思ったが、予想外に彼女の立ち振舞は令嬢として完璧だった。

「ふんっ、あれくらいの器量の娘なんてどこにでもおるわ」

 ダリアに怒られてしまった以上、もう結婚は止められない。ならば、結婚後に追い出してしまえばいい。今後のことをぶつぶつ呟いていると、かさりと木の葉がこすれる音がして、木の上から一人の女が彼の目の前に降り立った。

「おお、お前か。情報は助かったぞ」
「ふふ、お役に立てたなら嬉しいですわ」

 メイド服を整え、女がねっとりと笑う。この女から例の婚約者の情報を得たのだ。

「これからも頼むぞ。どうにかして、あの犬を追い出してやる」
「あらあら。それでしたら、良い提案がございましてよ?」
「提案?」
「そう、とってもいい案ですわ」

 足音も立てずに女がドズルに近づき、その太い首に腕を絡ませる。
 美しい女に擦り寄られてドルズは機嫌を直しつつも、鼻を伸ばしきることはなかった。

「随分とわしに協力的だな」
「もちろんですわ。シアン様は猫族の至宝。薄汚いわんちゃんには取られたくないですもの」
「……ふん、そういうことにしといてやろう」

 ドルズとていままでいろいろな経験をしてきた。愚かなだけではない。この女が別の思惑を持っていそうなことぐらいには感づいている。
 だが、彼女は屋敷のメイド。協力者としてはこれ以上無いくらい適任なのだ。

「それで? 案とはなんだ」
「……ふふ、それはですわね」

 赤い口紅の惹かれた形の良い唇がドルズの耳元で悪魔の誘惑のように、ねっとりと囁いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】契約結婚のはずが、冷酷な公爵の独占欲が強すぎる!?

22時完結
恋愛
失われた信頼を取り戻し、心の壁を崩していく二人の関係。彼の過去に迫る秘密と、激しく交錯する感情の中で、愛を信じられなくなった彼は、徐々にエリーナに心を開いていく。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

獣人族の彼にマタタビを渡したところ、キャラが崩壊しました。

piyo
恋愛
人間族のルル・クーガーは文化祭の景品でマタタビを手に入れる。使い所が無いそれを、同じクラスの獣人族グエン・イエルが偶然にも摂取してしまい、その後のイエルの態度が急変する。 ええと、あなたは本当にあのイエル君ですか? 獣人族の彼が、好きな子にニャンニャンする話です。 ※他サイトにも投稿

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

【完】麗しの桃は攫われる〜狼獣人の番は甘い溺愛に翻弄される〜

こころ ゆい
恋愛
※完結しました!皆様のおかげです!ありがとうございました! ※既に完結しておりますが、番外編②加筆しました!(2025/10/17)  狼獣人、リードネストの番(つがい)として隣国から攫われてきたモモネリア。  突然知らない場所に連れてこられた彼女は、ある事情で生きる気力も失っていた。  だが、リードネストの献身的な愛が、傷付いたモモネリアを包み込み、徐々に二人は心を通わせていく。  そんなとき、二人で訪れた旅先で小さなドワーフ、ローネルに出会う。  共に行くことになったローネルだが、何か秘密があるようで?  自分に向けられる、獣人の深い愛情に翻弄される番を描いた、とろ甘溺愛ラブストーリー。

処理中です...