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店の前まで戻ったヴォルフは、思わず眉を寄せた。
ヴォルフが店を出たときには無かった馬車が止まっている。しかも、その凝った作りから考えて貴族のものだ。早く店の中に入ろうと、入り口の扉を引いて開けた所で中から高い声が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれはミリーの物だ。
ミリーがここにいると言うことは、先程の裏稼業の者達はヴォルフをおびき寄せる為に姿を見せたのだろう。深追いせずに戻ってきて正解だった。そんな事を考えて、店の中に入ろうとしたヴォルフは聞こえてきたミリーの言葉に動きを止める。
「…まさか、副騎士団長に思いを寄せているのですか?」
ドクリ、と心臓が大きく跳ねた。そんなヴォルフに気付く筈もなく、レフィーナが戸惑ったような声を上げる。
「…はい…?」
「まぁ!おやめになった方がいいですわ!あんな気持ち悪い男なんて!!」
「気持ち悪い…?」
「母親と関係を持ったそうじゃない!穢らわしいわ!」
ミリーの言葉にヴォルフは扉を開けたまま中に入ること無く、古びたドアハンドルを強く握りしめた。
甘えるような、ねだるような、そんな女の目をした母親が、自分の頬をなぞる───…。
嫌な過去を瞬時に思い出したヴォルフは、こみ上げてきた吐き気を抑えるように手のひらで口元を覆った。どくどくと鼓動が早まって、冷や汗が首筋を伝う。
城で働いている者ならばまだしも、なぜ令嬢のミリーがヴォルフの過去を知っているのかは分からないが、その過去をレフィーナが知ってしまった事に胸が締め付けられた。レフィーナの反応が、怖い。
気持ち悪さと滲み出る不安から強く目を閉じたヴォルフの耳に、凛としたレフィーナの声が届く。その声には確かにミリーへの怒りが含まれていた。
「お言葉ですが、人の過去を非難する前に、ご自身の醜さをご自覚頂いた方が良いかと」
「なっ!」
「それに、ヴォルフ様は国を守る立派な方です。そして、ここにいる方々は国を支える方々です。そのような方達がいるからこそ国は成り立ち、また貴族達も裕福な暮らしが出来るのです。公爵令嬢ともあろう方が、あのように頭の軽い発言をするのはどうかと思います」
レフィーナはヴォルフを見下したり、気持ち悪く思ったりはしなかった。凛とした真っ直ぐな言葉が、ヴォルフを覆う暗いものを取り払ってくれる。
指先が白くなるほど握り締めていた手から、自然と力が抜けた。
気持ちを落ち着けるように、ヴォルフは一度深く息を吐き出す。それから店の中に足を踏み入れれば、どうやらヴォルフが気持ちを落ち着けている間に、レフィーナが店員や客を味方につけたらしく、二人を取り囲む様に輪が出来ていた。
「……ミリー嬢」
その輪の外から声を掛ければ、輪を作っていた人が道を開けてくれた。道があいた事でその中心に居たミリーとレフィーナの姿が見える。そして、それはレフィーナ達にも言える事で、追い詰められていた様子のミリーが駆け寄って来てヴォルフの胸に抱きついてきた。
ミリーはヴォルフが話を聞いていた事に気付いていないようだ。
「副騎士団長様!レフィーナ様が皆さんを唆して、私をいじめるんですの!」
必死に瞳を潤ませてすり寄るミリーに、レフィーナや周囲の人間が呆れたようにため息をつくのが聞こえた。すり寄ってくるミリーに再び気持ちが悪くなりそうだったが、ヴォルフは深く息を吐き出すことでそれを落ち着ける。
「怖いですわっ…!」
「穢らわしいのでしょう?」
「えっ…?」
「私の事を穢らわしいと仰っていたではありませんか」
「そ、それは…」
冷めた金色の瞳をすっと細めて見下ろせば、ミリーが顔を青くさせる。ヴォルフの発言に先程の言葉を聞かれていた事に気付いたらしい。
狼狽えるミリーからその冷めた金色の瞳を逸らす事無く、ヴォルフが口を開いた。
「訂正しておきますが、私は母とそういった関係を持った事は一度もありません。…どこで聞いたかは知りませんが、全てを鵜呑みにするのは如何なものでしょう」
「そんな!確かに聞きましたわ!」
「……母が私をそういった目で見るようになったのは事実ですが、関係を持った事はありません」
母に迫られた時、ヴォルフは精神的に追い込まれ、嘔吐した。母親はそんなヴォルフを汚らしいと言って、どこかに行ってしまったのだ。そして、その後も幾度か迫られたが、いつもヴォルフは嘔吐してしまった。追い込まれていたのもあるが、何よりそれが自衛の術だったのかもしれない。
ミリーは言葉を詰まらせながら、すり寄っていた体を離した。青い顔をしていたミリーだったが、今度は瞬時に顔を真っ赤に染め上げる。どうやら思い通りにならないことに怒りが湧いてきたらしい。そんなミリーはヴォルフとレフィーナを睨みつけながら、口を開いた。
「…私を怒らせたらどうなるか…覚悟しておきなさい。…ドロシーもレフィーナも、副騎士団長もみーんな、消してやりますわ。ふふっ、そしてレオン殿下は…王妃の座は私のものになるのですわ」
毒々しい笑みを浮かべながら、ミリーはそう言葉を吐き出した。
ヴォルフが店を出たときには無かった馬車が止まっている。しかも、その凝った作りから考えて貴族のものだ。早く店の中に入ろうと、入り口の扉を引いて開けた所で中から高い声が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれはミリーの物だ。
ミリーがここにいると言うことは、先程の裏稼業の者達はヴォルフをおびき寄せる為に姿を見せたのだろう。深追いせずに戻ってきて正解だった。そんな事を考えて、店の中に入ろうとしたヴォルフは聞こえてきたミリーの言葉に動きを止める。
「…まさか、副騎士団長に思いを寄せているのですか?」
ドクリ、と心臓が大きく跳ねた。そんなヴォルフに気付く筈もなく、レフィーナが戸惑ったような声を上げる。
「…はい…?」
「まぁ!おやめになった方がいいですわ!あんな気持ち悪い男なんて!!」
「気持ち悪い…?」
「母親と関係を持ったそうじゃない!穢らわしいわ!」
ミリーの言葉にヴォルフは扉を開けたまま中に入ること無く、古びたドアハンドルを強く握りしめた。
甘えるような、ねだるような、そんな女の目をした母親が、自分の頬をなぞる───…。
嫌な過去を瞬時に思い出したヴォルフは、こみ上げてきた吐き気を抑えるように手のひらで口元を覆った。どくどくと鼓動が早まって、冷や汗が首筋を伝う。
城で働いている者ならばまだしも、なぜ令嬢のミリーがヴォルフの過去を知っているのかは分からないが、その過去をレフィーナが知ってしまった事に胸が締め付けられた。レフィーナの反応が、怖い。
気持ち悪さと滲み出る不安から強く目を閉じたヴォルフの耳に、凛としたレフィーナの声が届く。その声には確かにミリーへの怒りが含まれていた。
「お言葉ですが、人の過去を非難する前に、ご自身の醜さをご自覚頂いた方が良いかと」
「なっ!」
「それに、ヴォルフ様は国を守る立派な方です。そして、ここにいる方々は国を支える方々です。そのような方達がいるからこそ国は成り立ち、また貴族達も裕福な暮らしが出来るのです。公爵令嬢ともあろう方が、あのように頭の軽い発言をするのはどうかと思います」
レフィーナはヴォルフを見下したり、気持ち悪く思ったりはしなかった。凛とした真っ直ぐな言葉が、ヴォルフを覆う暗いものを取り払ってくれる。
指先が白くなるほど握り締めていた手から、自然と力が抜けた。
気持ちを落ち着けるように、ヴォルフは一度深く息を吐き出す。それから店の中に足を踏み入れれば、どうやらヴォルフが気持ちを落ち着けている間に、レフィーナが店員や客を味方につけたらしく、二人を取り囲む様に輪が出来ていた。
「……ミリー嬢」
その輪の外から声を掛ければ、輪を作っていた人が道を開けてくれた。道があいた事でその中心に居たミリーとレフィーナの姿が見える。そして、それはレフィーナ達にも言える事で、追い詰められていた様子のミリーが駆け寄って来てヴォルフの胸に抱きついてきた。
ミリーはヴォルフが話を聞いていた事に気付いていないようだ。
「副騎士団長様!レフィーナ様が皆さんを唆して、私をいじめるんですの!」
必死に瞳を潤ませてすり寄るミリーに、レフィーナや周囲の人間が呆れたようにため息をつくのが聞こえた。すり寄ってくるミリーに再び気持ちが悪くなりそうだったが、ヴォルフは深く息を吐き出すことでそれを落ち着ける。
「怖いですわっ…!」
「穢らわしいのでしょう?」
「えっ…?」
「私の事を穢らわしいと仰っていたではありませんか」
「そ、それは…」
冷めた金色の瞳をすっと細めて見下ろせば、ミリーが顔を青くさせる。ヴォルフの発言に先程の言葉を聞かれていた事に気付いたらしい。
狼狽えるミリーからその冷めた金色の瞳を逸らす事無く、ヴォルフが口を開いた。
「訂正しておきますが、私は母とそういった関係を持った事は一度もありません。…どこで聞いたかは知りませんが、全てを鵜呑みにするのは如何なものでしょう」
「そんな!確かに聞きましたわ!」
「……母が私をそういった目で見るようになったのは事実ですが、関係を持った事はありません」
母に迫られた時、ヴォルフは精神的に追い込まれ、嘔吐した。母親はそんなヴォルフを汚らしいと言って、どこかに行ってしまったのだ。そして、その後も幾度か迫られたが、いつもヴォルフは嘔吐してしまった。追い込まれていたのもあるが、何よりそれが自衛の術だったのかもしれない。
ミリーは言葉を詰まらせながら、すり寄っていた体を離した。青い顔をしていたミリーだったが、今度は瞬時に顔を真っ赤に染め上げる。どうやら思い通りにならないことに怒りが湧いてきたらしい。そんなミリーはヴォルフとレフィーナを睨みつけながら、口を開いた。
「…私を怒らせたらどうなるか…覚悟しておきなさい。…ドロシーもレフィーナも、副騎士団長もみーんな、消してやりますわ。ふふっ、そしてレオン殿下は…王妃の座は私のものになるのですわ」
毒々しい笑みを浮かべながら、ミリーはそう言葉を吐き出した。
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