悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 店の外に飛び出したヴォルフは人混みの中に鋭く視線を投げた。店の前は少し坂になっており、不審な二人組がいた場所は坂の下だ。ヴォルフのいる場所から見下ろすことが出来たので、すぐに姿を視界に捉える事が出来た。

 使用人のような格好をした女と、帽子をかぶった男の二人組。
 その二人はヴォルフが店から出てきたのに気付いたようで、すぐに二手に別れる。女の方は人混みの中を縫うように走って、男はすっと裏路地に身をひるがえす。

 ヴォルフは迷わず男の方を追うために走り出した。女の方は小柄で人混みの中では見失う可能性が高く、それよりも男のほうが追いやすいし、ヴォルフは王都の裏路地を全て把握している。

 裏路地は人が殆どおらず、入って行った筈の男の足音もしない。


「ちっ!裏稼業のやつか…!」


 舌打ちをしながら、ヴォルフは忌々しそうに言葉を吐き出す。誘拐や闇取引などを行う者たちは気配を消して動く為、逃走が上手い。しかし、ヴォルフは慌てること無く裏路地を駆けた。

 裏稼業の者なら誰かに雇われているはずで、そうなれば今回はやはり偶然ではなくレフィーナを狙っていたのだろう。レフィーナの言っていた心当たりを思い出す。ミリーなら裏稼業を雇えるくらいの金は用意できるし、ミリーの父親であるトランザッシュ公爵はいい噂を聞かない。

 そんな事を考えながら何度目かの角を曲がれば、目の前に先程の男が現れる。自分の正面に回り込まれた事に驚いた男が、目を見開いて足を止めた。


「まさか先回りされるとは!さすがは副騎士団長!」

「裏路地は全て把握しているからな。当然、逃げるのに向いているルートも分かっている」


 剣を抜きながらヴォルフは金色の瞳で鋭く男を睨む。男はそんなヴォルフに気圧されているようで、口元に笑みを浮かべているものの、額から頬にかけて冷や汗が伝って落ちるのが見えた。


「抵抗はするな。無駄だからな」

「くそっ!」


 副騎士団長であるヴォルフの実力は裏稼業の者なら誰でも知っている。
 ピリリとした緊張感に包まれて、男はジリジリと後退りした。ヴォルフはぐっと柄を握りしめると、一気に間合いを詰めるために足に力を込める。しかし、間合いを詰める事は出来なかった。
 飛び掛かろうとした瞬間を狙ったように、気配なく背後に男が現れたからだ。それに気付いたヴォルフは、咄嗟とっさに体をひねって、男が振り下ろした短剣をぎりぎりで受け止めた。

 襲いかかってきた男の顔には額から頬にかけて大きな傷が斜めに走っており、ヴォルフと目があった男はにやりと口元を歪める。そんな男にヴォルフは視線を鋭くした。油断など出来ない人物だと直感したのだ。


「おい、お前は逃げな」

「お、お頭!」


 ヴォルフと短剣を合わせたまま傷の男が、帽子の男に声を掛けた。帽子の男がすぐに従うように去って行く姿を見送るしかなく、ヴォルフは舌打ちをする。
 お頭、と呼ばれたという事は、逃げた男や女の所属する組織のトップということだ。裏稼業にもいくつかの組織が存在するので、どの程度の組織の者かは分からないが、隙のない雰囲気から察するにこの男はかなり出来る。


「さてと…」

「…お前は逃がさない」

「おーこわい。だが、俺は逃げるぜ?」


 この男だけは逃してなるものかと、低くうなるように言葉を吐き出せば、男はニヤリと余裕の笑みを浮かべた。そして、短剣を合わせたまま、男が片足を振り上げる。顎を狙ったそれをヴォルフが頭を反らしてかわすと、男は少し力の緩んだヴォルフの剣を弾いて素早く距離を取った。

 体勢を整えたヴォルフが男に視線を向ければ、男が懐から何かを取り出すのが見えた。それに警戒すれば、男が手を振り上げて思い切り何かを地面に叩きつける。一瞬にして路地が白い煙に包まれて視界が奪われた。男が叩き付けたのは、どうやら煙玉だったようだ。


「じゃあなー!…って、うわっ!」

「逃がさないと言っただろう!」

「ま、まじかよ。見えねぇだろうに!」


 もくもくと煙が立ち込める中、ヴォルフは迷いなく剣を振るう。ヴォルフの剣が男の鼻先をかすり、続いて追撃をされて男は口端を引きつらせた。視界が塞がれている中、ヴォルフの剣はまるで見えているかのように男を襲う。

 僅かな息遣い、煙の不自然な動き、焦った男が小石を蹴る音―――…。

 それらを手がかりにしてヴォルフは剣を振るっている。この路地にいるのがこの二人だけというのも、遠慮なく剣を振るえる理由の一つだ。


「お頭っ!」


 男が反撃として大きく剣を振り下ろしてきて、それを後ろに下がって躱した瞬間に先程の男の声が響いた。次いで、男の気配が掴めなくなって、ヴォルフは舌打ちをする。だいぶ薄れてきた煙を払うように左手を振るえば、視界が開けた。やはり男の姿はなく、ヴォルフは剣を鞘に戻した。

 左右に動く気配は無かったので、恐らく帽子の男の手を借りて建物の上へ逃げたのだろう。深追いすることも出来なくは無かったが、これ以上レフィーナから離れるのも良くないと判断してやめた。

 その場を見回したが、組織の手がかりになるような物もなく、ヴォルフはレフィーナを置いてきた店へと戻る事にしたのだった。
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