悪役令嬢の役割は終えました(別視点)

月椿

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 レフィーナが部屋に入ってから少し経ち、扉が内側から開いた。扉の隙間から慌てた様子のレフィーナが顔を覗かせる。


「お待たせ、中に入って」


 レフィーナの言葉に頷いて、ヴォルフは一度深呼吸してから部屋の中へと足を踏み入れた。レフィーナの両親と兄の視線が自分に集中するのを感じながら、ヴォルフは挨拶を述べる。すると、レフィーナの母親であるフィリナが口を開いた。


「あら…貴方は確か副騎士団長ね?」

「はい。ヴォルフ=ホードンと申します」

「あらあら…もしかして…お付き合いしているの?」


 レフィーナによく似た緋色の瞳をまたたかせて、フィリナがゆったりとした口調で問いかける。
 フィリナの言葉は娘に向けられたものらしく、家族全員の視線がレフィーナに集まる。
 少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、レフィーナが小さく頷いた。


「…はい」


 肯定の言葉にアイフェルリア公爵が取り乱したようにソファーから立ち上がり、ヴォルフの方を向く。


「き、君はレフィーナと…その、け、結婚したいのか?」


 問いかけたアイフェルリア公爵の声は裏返っていた。社交界では落ち着いた威厳ある姿しか見たことがないので、少し驚きつつも表情には出さず、しっかりと頷く。


「はい。…私は彼女を心から愛しています。彼女には伴侶として、これからの人生を共に歩んでもらいたいと思っています。どうか、結婚を許して頂けないでしょうか」


 少しでも誠意が伝わるように心がけながら言葉を紡ぎ、ヴォルフはレフィーナの両親に深く頭を下げた。


「…け、結婚…」


 ショックを受けたようなアイフェルリア公爵の呟きが、静かな部屋に響いて消えていく。ヴォルフはただただこちらを見つめてくる視線を受け止め、真っ直ぐに見つめ返す。
 しんと静まり返った部屋に、ふいにフィリナの明るい声が響く。


「そんなに驚く事ではありませんわ。女の子は結婚してお嫁に行くものですもの」


 フィリナはにっこりとした笑みを、呆然としたままのアイフェルリア公爵の向けている。公爵はその声で我に返ったのか、瞬きを繰り返し口を開く。 


「そ、そうだが…。君はどうしてレフィーナを選んだのだ?君は副騎士団長という立場もあるし、顔立ちも良い。レフィーナではなくとも、嫁になりたいという女性は多いだろう」

「お父様…、レフィーナが選んだのですよ…」


 どこか疑うような言葉に今まで黙っていたレフィーナの兄のワーデルが口を挟んだ。娘の結婚を受け入れたくなさそうな父親の姿に、呆れた視線を向けている。


「それは…いや、駄目だ。きちんとレフィーナを選んだ理由は聞いておきたい」


 ワーデルの言葉に目を泳がせたものの、アイフェルリア公爵はすぐに値踏みするような視線を、ヴォルフに投げかけた。威圧感たっぷりのそれは、半端な覚悟なら許さないと物語っている。
 しかしヴォルフとて、そんないい加減な気持ちでレフィーナに求婚したわけではない。過去も全て包み隠さず話す覚悟も出来ている。彼女の家族に隠し事はしたくないし、過去を知った上でどれほど自分が本気でレフィーナを愛しているのか知ってもらいたい。

 ヴォルフは目を逸らすことなく、まっすぐに見つめ返しながら、ゆっくりと口を開いた。


「…私には…父親は居らず、母親は男性にだらしない人でした。そんな母親も、私が15歳の時に手を出した男性の妻に刺されて亡くなりました」


 突然の話にアイフェルリア公爵はわずかに眉を動かしただけだった。ヴォルフはこの段階でレフィーナにふさわしくないと、追い出されなくて少しほっとする。深く息を吸って、話を続けた。


「女性が全員、母親のような人ばかりとは思っていませんが…私が女性を愛する事はないと思っていました」

「………」

「そして…正直にお話すると、私は令嬢の時の彼女は好きではありませんでした。しかし、城に来た彼女はあの頃の印象とは全く異なり、他人の為に自分を犠牲にできるような心優しい女性でした。そして…私の過去を知っても軽蔑をするどころか、私を庇ってくれました…」


 そこまで話してヴォルフはレフィーナへと視線を移す。彼女を見るだけで愛しいという気持ちがあふれて、心が満たされる。
 優しく笑いかければ、レフィーナも微笑みを返してくれた。


「今は彼女の事を誰よりも愛しく思い、誰よりも大切にしたいと思っています。彼女以外の誰かでは駄目なのです。私は…レフィーナしか愛せない」


 この気持がアイフェルリア公爵に届くように、ヴォルフは深く頭を下げる。すると、そんなヴォルフの気持ちに寄り添うようにレフィーナもまた頭を下げ、言葉を紡いでくれた。


「…お父様、私も同じ気持ちです。私の事を理解してくれて、大切にしてくれるヴォルフの事を…誰よりも愛しています」


 レフィーナの言葉を聞いても無言を貫くアイフェルリア公爵に、部屋の中が緊張感に包まれる。
 そんな雰囲気を和らげたのは、フィリナの優しい声だった。
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