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定期的に設けられた殿下と2人だけのお茶会の日。
紅茶を含み、鼻から抜ける香りを楽しむ。
「私が不憫に思いあの娘に気を使ったせいで、アディーには随分迷惑をかけてしまったね」
「いいえ、その様な事はございませんわ」
悲しそうに眉を下げて殿下は仰った。
変な時期に編入してきた下位貴族の庶子なんて、怪しい以外の何者でもないからあえて近づいたのだろうというのは予想しておりましたし。
あの時期宰相と名高いご子息と、女性の扱いに長けた側近候補の方以外はボロボロの腹芸っぷりでしたが。
「平民からこの貴族社会に突然放り込まれて、哀れに思って気にかけあげたのだけど変な勘違いをさせてしまってあの娘にも、アディーにも悪い事をしてしまったね。スタキーノ伯爵の次男が色々と面倒を見てあげていた様だし、アディーもそんな彼女に花乙女の匂い袋を送って慰めてあげたのだろう?」
「ふふふ」
何も答えずにただ微笑んだ。
スタキーノ伯爵は事業に成功し富を得て最近発言力を増した新興貴族だ。その事業の中には後ろ暗いものも含まれている様だが、尻尾を掴ませない中々の狸親父だ。
そしてあの一家は勘違いした父親と同じ性格の息子が2人、娘が1人いる。
スタキーノ伯爵家の娘は殿下との婚姻を希望し、父親が色々動いた様だがその頃から娘の悪評が流れ始め、最有力候補だった私に決まったと公式の場で発表された。
嫡子である時期当主の息子も殿下の側近を目論み周りをうろついていた様だが上手くいっていなかった。
それもこれも全て私が公爵家の力を使って妨害したと娘は必死に噂を流していた様だが、それは違う。スタキーノ伯爵家を毛嫌いしている殿下が裏で手を回したからであって私ではない。
その息子達に私達が目をかけていた家の娘と無理に婚約を結んだと耳にした。
私達の成婚は卒業後。息子等はその一年後にとの話だった。
その息子等の婚約者に宛てがった令嬢の家の嫡子達は、能力の高さから側近達の補佐に配属する予定だったのだ。
一体どこで耳にしたのやら。
さてどうするかと悩んでいた時にあの男爵家の庶子が編入し、数々の異性と懇意にするその内の1人がスタキーノ伯爵家の次男だった。利用しない手はない。
他国の息がかかったものでもなく、ただの好きものだと判明したのでそれに相応しい役柄を与えてやって、あの娘の希望する〝嫌がらせ〟をしてあげた。
娼婦病は粘膜接触で感染する事が分かっている。
次男が罹患したならば知らず知らずうつったとしてもおかしくないものね。
男爵家の庶子も伯爵家の次男も娼婦病を疾患してはいないけれど周囲はそう思うでしょうね。
「伯爵家の子息達の婚約は白紙になったそうだよ。次男は不貞と病気、嫡子も、いや伯爵家の者が病気になってしまったそうでね。なんとも痛ましい話だね」
「まぁ。恐ろしい事ですわ。嫌だわ、伝染病でなければよろしいのですけど」
「どうやら娼婦病みたいだよ。濃厚な接触がなければ問題は無い」
そういえばと殿下はにこやかな笑顔を浮かべたまま話をした。
「大分昔に、現在でも国交の薄い国の話なんだけど、当時の王太子に5人の婚約者候補が決まった時の話なんだけどね。顔が浮腫、全身に酷い痒みを感じ、微熱があり気道が腫れ上がり、吹き出物が潰れ生娘なのにまるで娼婦病に罹ったかの様な症状が出たんだ。————ただ1人を除いて。とうとう原因は掴めなかったらしいが、男爵家の庶子が手に握りしめていた花乙女の匂い袋を見て、ふとその事を思い出してしまったよ」
「まぁ。そんな恐ろしい事が他国で起きていましたのね。私も十分気をつけねばなりませんわ」
ご存知でしたのね。
彼の国では朝露の花と呼ばれるふくよかな甘い香りのする花の花粉、マルクセン種の茶木で作られた茶葉、ツマキハチ種から採取される蜂蜜。
しっかり解明されたわけでは無いが、これらが胃の中で混じるとあの娘の様な症状が出るらしい。
学食で提供されていた蜂蜜はオオツマキハチの蜜、紅茶は下位貴族の間ではポピュラーなマルクセン科ハナマキの茶葉。
私があの娘に送った花の匂い袋には乾燥した朝露の花も含まれている。
そしてスタキーノ伯爵家と懇意にしている貴族の家を出入りしている商人に黄金ツマキハチの蜜は見舞いに最適だと売り込ませた。
この蜂はかの国に多く生息している。そしてこの蜂は好んで朝露の花の花粉を集めて巣に持ち帰るそうだ。癖が無く我が国ではこの蜂蜜は高級品で中々手に入りにくい。
珍しい物、高級品を好むあの一家は喜んで口にしたのだろう。
前に、入手困難な茶葉を我が家では愛飲していると自慢しておりましたから、きっとその紅茶に蜂蜜を入れて召し上がっていたのね。
コウザンハナマキの茶葉で、確か栽培の難しいマルクセン種のものでしたわね。
「スタキーノ伯爵家は、伯爵の弟が急遽当主の座に着くそうだよ。もうすぐ『前』が付く伯爵家の者達は領地で静養するそうだ。少しでも回復に向かうといいね」
「その通りですわね」
とても楽しそうに殿下は仰ると冷めてしまった紅茶を口にした。
サフランの花言葉の1つである『過度をつつしめ』
アネモネの全般の花言葉の1つ『見放された』
オダマキ全般の花言葉『愚か』
貴女がどんな未来を妄想していたのかは知りたくも無いけれど、花が届いた時点で対処していたらきっと今とは違う結末を迎えたかもしれませんわね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
作中に出した『朝露の花』、『○○ハチ』、茶葉の種類名前は作者が考えたもので、実際に存在しないものですのでご了承下さいませm(_ _)m
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
紅茶を含み、鼻から抜ける香りを楽しむ。
「私が不憫に思いあの娘に気を使ったせいで、アディーには随分迷惑をかけてしまったね」
「いいえ、その様な事はございませんわ」
悲しそうに眉を下げて殿下は仰った。
変な時期に編入してきた下位貴族の庶子なんて、怪しい以外の何者でもないからあえて近づいたのだろうというのは予想しておりましたし。
あの時期宰相と名高いご子息と、女性の扱いに長けた側近候補の方以外はボロボロの腹芸っぷりでしたが。
「平民からこの貴族社会に突然放り込まれて、哀れに思って気にかけあげたのだけど変な勘違いをさせてしまってあの娘にも、アディーにも悪い事をしてしまったね。スタキーノ伯爵の次男が色々と面倒を見てあげていた様だし、アディーもそんな彼女に花乙女の匂い袋を送って慰めてあげたのだろう?」
「ふふふ」
何も答えずにただ微笑んだ。
スタキーノ伯爵は事業に成功し富を得て最近発言力を増した新興貴族だ。その事業の中には後ろ暗いものも含まれている様だが、尻尾を掴ませない中々の狸親父だ。
そしてあの一家は勘違いした父親と同じ性格の息子が2人、娘が1人いる。
スタキーノ伯爵家の娘は殿下との婚姻を希望し、父親が色々動いた様だがその頃から娘の悪評が流れ始め、最有力候補だった私に決まったと公式の場で発表された。
嫡子である時期当主の息子も殿下の側近を目論み周りをうろついていた様だが上手くいっていなかった。
それもこれも全て私が公爵家の力を使って妨害したと娘は必死に噂を流していた様だが、それは違う。スタキーノ伯爵家を毛嫌いしている殿下が裏で手を回したからであって私ではない。
その息子達に私達が目をかけていた家の娘と無理に婚約を結んだと耳にした。
私達の成婚は卒業後。息子等はその一年後にとの話だった。
その息子等の婚約者に宛てがった令嬢の家の嫡子達は、能力の高さから側近達の補佐に配属する予定だったのだ。
一体どこで耳にしたのやら。
さてどうするかと悩んでいた時にあの男爵家の庶子が編入し、数々の異性と懇意にするその内の1人がスタキーノ伯爵家の次男だった。利用しない手はない。
他国の息がかかったものでもなく、ただの好きものだと判明したのでそれに相応しい役柄を与えてやって、あの娘の希望する〝嫌がらせ〟をしてあげた。
娼婦病は粘膜接触で感染する事が分かっている。
次男が罹患したならば知らず知らずうつったとしてもおかしくないものね。
男爵家の庶子も伯爵家の次男も娼婦病を疾患してはいないけれど周囲はそう思うでしょうね。
「伯爵家の子息達の婚約は白紙になったそうだよ。次男は不貞と病気、嫡子も、いや伯爵家の者が病気になってしまったそうでね。なんとも痛ましい話だね」
「まぁ。恐ろしい事ですわ。嫌だわ、伝染病でなければよろしいのですけど」
「どうやら娼婦病みたいだよ。濃厚な接触がなければ問題は無い」
そういえばと殿下はにこやかな笑顔を浮かべたまま話をした。
「大分昔に、現在でも国交の薄い国の話なんだけど、当時の王太子に5人の婚約者候補が決まった時の話なんだけどね。顔が浮腫、全身に酷い痒みを感じ、微熱があり気道が腫れ上がり、吹き出物が潰れ生娘なのにまるで娼婦病に罹ったかの様な症状が出たんだ。————ただ1人を除いて。とうとう原因は掴めなかったらしいが、男爵家の庶子が手に握りしめていた花乙女の匂い袋を見て、ふとその事を思い出してしまったよ」
「まぁ。そんな恐ろしい事が他国で起きていましたのね。私も十分気をつけねばなりませんわ」
ご存知でしたのね。
彼の国では朝露の花と呼ばれるふくよかな甘い香りのする花の花粉、マルクセン種の茶木で作られた茶葉、ツマキハチ種から採取される蜂蜜。
しっかり解明されたわけでは無いが、これらが胃の中で混じるとあの娘の様な症状が出るらしい。
学食で提供されていた蜂蜜はオオツマキハチの蜜、紅茶は下位貴族の間ではポピュラーなマルクセン科ハナマキの茶葉。
私があの娘に送った花の匂い袋には乾燥した朝露の花も含まれている。
そしてスタキーノ伯爵家と懇意にしている貴族の家を出入りしている商人に黄金ツマキハチの蜜は見舞いに最適だと売り込ませた。
この蜂はかの国に多く生息している。そしてこの蜂は好んで朝露の花の花粉を集めて巣に持ち帰るそうだ。癖が無く我が国ではこの蜂蜜は高級品で中々手に入りにくい。
珍しい物、高級品を好むあの一家は喜んで口にしたのだろう。
前に、入手困難な茶葉を我が家では愛飲していると自慢しておりましたから、きっとその紅茶に蜂蜜を入れて召し上がっていたのね。
コウザンハナマキの茶葉で、確か栽培の難しいマルクセン種のものでしたわね。
「スタキーノ伯爵家は、伯爵の弟が急遽当主の座に着くそうだよ。もうすぐ『前』が付く伯爵家の者達は領地で静養するそうだ。少しでも回復に向かうといいね」
「その通りですわね」
とても楽しそうに殿下は仰ると冷めてしまった紅茶を口にした。
サフランの花言葉の1つである『過度をつつしめ』
アネモネの全般の花言葉の1つ『見放された』
オダマキ全般の花言葉『愚か』
貴女がどんな未来を妄想していたのかは知りたくも無いけれど、花が届いた時点で対処していたらきっと今とは違う結末を迎えたかもしれませんわね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
作中に出した『朝露の花』、『○○ハチ』、茶葉の種類名前は作者が考えたもので、実際に存在しないものですのでご了承下さいませm(_ _)m
最後までお付き合いくださりありがとうございました。
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感想ありがとうございます!
指摘頂いた場所はその通りだと直ぐになおしました。ありがとうございます(*´ω`*)
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