事務員ミラと、騎士クラウドの恋事情

野わさび

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嫉妬と焦りと報告書

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「じゃあ、これが午前中までの事案についての今日分の書類ね。よろしく、ミラさん」
  
「受け取りました。ありがとう、フェリスくん」
  
 フェリスが、整った文字の報告書を机の上に置いて去っていく。
 ミラはその後ろ姿を見送りつつ、淡々と書類のチェックを始めた。
  
「ふんふん……妙に礼儀正しくて、字も綺麗で、報告も抜けがない……」
  
「なんでフェリスのことそんなに褒めてんだよ?」
  
 そう言いながら、クラウドがひょっこりミラの机の前に現れた。
  
「午前中の任務終わったの? 報告書、書いた?」
  
「……まあ、一応。でもさ、あんな几帳面なやついると俺、書類の字汚いのバレるよな……」
  
「うん、前からバレてるけど?」
  
「うっ……ミラ、最近ますます容赦ないよな」
  
 ミラは手を止めずに、にこりともせず答える。
  
「ここ、職場だから。職場。あと、報告書は現場の記録。冗談混じりの文章書かないで」
  
「“任務中、謎の鳴き声がして一瞬ビビった(鹿の鳴き声らしい)”って書いたやつ?」
  
「はい却下。正式書類になったら、後世に“鳴き声にビビる騎士”として残るわよ?」
  
「それはやめてくれえええ……!」
  
 騎士団の事務室には、日々あらゆる報告書が集まる。
 そこを一手に捌くのが、事務員ミラの仕事だ。騎士ではないが、間違いなく騎士団の頭脳であり、縁の下の力持ち。
  
 そしてクラウドはというと——
  
(……毎日こうして、隣で働くミラを見てるとさ)

  たまに、本気で圧倒されるのだ。
  字がきれい。言葉が的確。報告内容を一瞬で理解して、ミスを見抜く。
 そういう姿を見ていると、自分が子供みたいに思えてしまうことがある。
  
「……そういえばさっき、フェリスと話してるときのミラ、ちょっと笑ってたよな」
  
「ん? 何か言った?」
  
「いや、なんでも!」
  
(でも、やっぱムカつくな……!)
  
 ミラが事務員として、誰にでも公平に接しているのはわかっている。
 でもクラウドは、仕事中の彼女が誰かと楽しそうにしているだけで、妙に落ち着かない。自信がない分、余計に気にしてしまうのかもしれない。
  
「……あー、もう。なんか俺、報告書提出し忘れた気がする! もう一枚書き直してくる!」
  
「何それ。急にどうしたのよ」
  
「いや、ほらさ、俺もちゃんとやってるってとこ……見てほしいというか……なんというか……」

モゴモゴと口篭もる
  
「……それ、もうちょっと真面目な顔で言ったら、評価上がったかもね」
  
「えっ!? 上がる!? ちょっと今から真面目な顔するから評価上げて!」
  
「冗談よ。はい、行ってらっしゃい」
  
そう言ってミラは、いつもの調子で淡々と書類に目を通し続ける。
  
(でも……クラウド、ほんとにまっすぐね)
  
ちらりと、その背中を見送った。
  
お互い明確に「好き」とは言わないけれど——その距離感は、少しずつ、でも確かに近づいているような気がした。
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