23 / 28
23
しおりを挟む
「……あら。カイン様、あちらの柱の陰から、殺気というよりは『湿り気の多い嫉妬』が漂ってまいりますわよ。判定、湿度の高さは梅雨明け直前の不快指数に匹敵しますわね」
晩餐会の華やかな喧騒の中、私はシャンパングラスを片手に、扇子の隙間から獲物を捕らえました。
ターゲットは、かつて私と一緒に「マリア様いじめ」を(私が猫を被っていた頃に)画策しようとしていた、取り巻き令嬢の残党たちです。
リーダー格のイザベラ令嬢が、仲間に目配せをしてこちらへ近づいてきます。
「……エリー、左側からメイドに扮した工作員が、赤ワインを持って接近中だ。足運びが素人だな」
カイン様が耳元で冷静に状況を伝えてくれます。
ふふ、騎士様の観察眼も、すっかり私の実況仕様に染まってきましたわね。
「ごきげんよう、エリー様。……まあ、監察官なんて泥臭いお仕事をなさっているから、ドレスの着こなしもお忘れになったのかしら?」
イザベラ様が、不自然なほど高い声で話しかけてきました。
その背後では、ワインを持ったメイドが、わざとらしく私の裾を踏もうとタイミングを計っています。
「判定、入りますわよ。イザベラ様、その『おーほっほ』という高笑い。喉の開きが甘いですわ。もっと腹式呼吸を意識しないと、嫌味の伸びが足りませんわよ。あと、その扇子の振り方。風が強すぎて、隣の令嬢の付けまつ毛が飛びそうですわよ?」
「な、なんですって!? 私は貴女の心配を……」
「続いて、そちらのメイドさん! 転ぶ演技の準備はよろしいかしら? 今、右足の重心をわざと崩そうとしていますけれど、その角度ではワインは私ではなく、ご自分の上司であるイザベラ様の頭にかかりますわよ。物理計算のやり直し点、マイナス五百点ですわ!」
「えっ!? あっ……きゃああああ!」
メイドが慌てて踏みとどまろうとしましたが、時すでに遅し。
彼女の足は自分のドレスの裾に絡まり、見事な放物線を描いて赤ワインが宙を舞いました。
そして、それはイザベラ様の真っ白なドレスの胸元へ、芸術的なスプラッシュを描いて着地しました。
「……お見事! ワインの飛散状況、判定は『鮮血の惨劇(ただし自爆)』ですわ! イザベラ様、その絶望に染まった表情、今夜一番のベストショットですわね。背景のシャンデリアとのコントラストが、あなたの性格の暗さを引き立てていますわよ!」
「い、痛恨の極みですわぁぁぁ! 私の、特注のシルクがぁ!」
「イザベラ様、嘆く前にそのメイドさんの教育をやり直すべきでしたわね。……あ、マリア様。今の罠について、弟子の意見を聞かせてくださる?」
物陰で必死にメモを取っていたマリア様が、シュバッ! と飛び出してきました。
「はい、師匠! 今の罠は、あまりにも『ベタ』すぎて、物語としての意外性がゼロでしたわ! もっとこう、天井からタライが落ちてくるとか、床が突然回転するとか、そういうアクロバティックな仕掛けが欲しかったですわね!」
「マリア様。それは晩餐会ではなく、ただのバラエティ番組のセットですわ。……でも、志の高さだけは評価して差し上げますわよ」
イザベラ様たちは、周囲の貴族たちの失笑を浴びながら、逃げるように会場から去っていきました。
逃走時の足並みの乱れ方、判定は「統率の取れていないアヒルの行進」でしたわ。
「……ふう。罠の実況も、相手がこれほどまでに低レベルだと、喉の筋肉の無駄遣いですわね」
「……エリー。これでもう、貴殿に手を出す愚か者はいないだろうな。……これ以上、私の視界から貴殿を奪おうとする奴が現れたら、今度は言葉ではなく私の剣が黙っていない」
カイン様が私の手を握り、指先に小さく口づけを落としました。
判定。騎士様の独占欲全開モード、心拍数急上昇点プラス一億点ですわ!
「……カイン様。そんなに格好良く締められたら、私の『照れ隠し実況』が追いつきませんわ。……後で、じっくりと今の仕草の『あざとさ』について、朝まで説教して差し上げますから!」
「……ああ。望むところだ」
カイン様の不敵な笑みに、私の知性は再びコルセットの限界まで翻弄されるのでした。
(罠も嫉妬も、私の実況の前ではただのエンターテインメント。……さあ、晩餐会もいよいよ大詰めですわね!)
晩餐会の華やかな喧騒の中、私はシャンパングラスを片手に、扇子の隙間から獲物を捕らえました。
ターゲットは、かつて私と一緒に「マリア様いじめ」を(私が猫を被っていた頃に)画策しようとしていた、取り巻き令嬢の残党たちです。
リーダー格のイザベラ令嬢が、仲間に目配せをしてこちらへ近づいてきます。
「……エリー、左側からメイドに扮した工作員が、赤ワインを持って接近中だ。足運びが素人だな」
カイン様が耳元で冷静に状況を伝えてくれます。
ふふ、騎士様の観察眼も、すっかり私の実況仕様に染まってきましたわね。
「ごきげんよう、エリー様。……まあ、監察官なんて泥臭いお仕事をなさっているから、ドレスの着こなしもお忘れになったのかしら?」
イザベラ様が、不自然なほど高い声で話しかけてきました。
その背後では、ワインを持ったメイドが、わざとらしく私の裾を踏もうとタイミングを計っています。
「判定、入りますわよ。イザベラ様、その『おーほっほ』という高笑い。喉の開きが甘いですわ。もっと腹式呼吸を意識しないと、嫌味の伸びが足りませんわよ。あと、その扇子の振り方。風が強すぎて、隣の令嬢の付けまつ毛が飛びそうですわよ?」
「な、なんですって!? 私は貴女の心配を……」
「続いて、そちらのメイドさん! 転ぶ演技の準備はよろしいかしら? 今、右足の重心をわざと崩そうとしていますけれど、その角度ではワインは私ではなく、ご自分の上司であるイザベラ様の頭にかかりますわよ。物理計算のやり直し点、マイナス五百点ですわ!」
「えっ!? あっ……きゃああああ!」
メイドが慌てて踏みとどまろうとしましたが、時すでに遅し。
彼女の足は自分のドレスの裾に絡まり、見事な放物線を描いて赤ワインが宙を舞いました。
そして、それはイザベラ様の真っ白なドレスの胸元へ、芸術的なスプラッシュを描いて着地しました。
「……お見事! ワインの飛散状況、判定は『鮮血の惨劇(ただし自爆)』ですわ! イザベラ様、その絶望に染まった表情、今夜一番のベストショットですわね。背景のシャンデリアとのコントラストが、あなたの性格の暗さを引き立てていますわよ!」
「い、痛恨の極みですわぁぁぁ! 私の、特注のシルクがぁ!」
「イザベラ様、嘆く前にそのメイドさんの教育をやり直すべきでしたわね。……あ、マリア様。今の罠について、弟子の意見を聞かせてくださる?」
物陰で必死にメモを取っていたマリア様が、シュバッ! と飛び出してきました。
「はい、師匠! 今の罠は、あまりにも『ベタ』すぎて、物語としての意外性がゼロでしたわ! もっとこう、天井からタライが落ちてくるとか、床が突然回転するとか、そういうアクロバティックな仕掛けが欲しかったですわね!」
「マリア様。それは晩餐会ではなく、ただのバラエティ番組のセットですわ。……でも、志の高さだけは評価して差し上げますわよ」
イザベラ様たちは、周囲の貴族たちの失笑を浴びながら、逃げるように会場から去っていきました。
逃走時の足並みの乱れ方、判定は「統率の取れていないアヒルの行進」でしたわ。
「……ふう。罠の実況も、相手がこれほどまでに低レベルだと、喉の筋肉の無駄遣いですわね」
「……エリー。これでもう、貴殿に手を出す愚か者はいないだろうな。……これ以上、私の視界から貴殿を奪おうとする奴が現れたら、今度は言葉ではなく私の剣が黙っていない」
カイン様が私の手を握り、指先に小さく口づけを落としました。
判定。騎士様の独占欲全開モード、心拍数急上昇点プラス一億点ですわ!
「……カイン様。そんなに格好良く締められたら、私の『照れ隠し実況』が追いつきませんわ。……後で、じっくりと今の仕草の『あざとさ』について、朝まで説教して差し上げますから!」
「……ああ。望むところだ」
カイン様の不敵な笑みに、私の知性は再びコルセットの限界まで翻弄されるのでした。
(罠も嫉妬も、私の実況の前ではただのエンターテインメント。……さあ、晩餐会もいよいよ大詰めですわね!)
230
あなたにおすすめの小説
《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから
ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。
彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。
灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。
曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。
婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。
前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。
【完】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
第18回恋愛小説大賞で、『奨励賞』をいただきましたっ!
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
【完結】悪役令嬢ですが、断罪した側が先に壊れました
あめとおと
恋愛
三日後、私は断罪される。
そう理解したうえで、悪役令嬢アリアンナは今日も王国のために働いていた。
平民出身のヒロインの「善意」、
王太子の「優しさ」、
そしてそれらが生み出す無数の歪み。
感情論で壊されていく現実を、誰にも知られず修正してきたのは――“悪役”と呼ばれる彼女だった。
やがて訪れる断罪。婚約破棄。国外追放。
それでも彼女は泣かず、縋らず、弁明もしない。
なぜなら、間違っていたつもりは一度もないから。
これは、
「断罪される側」が最後まで正しかった物語。
そして、悪役令嬢が舞台を降りた“その後”に始まる、静かで確かな人生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる