婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの

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王城の正門前。

私たちを乗せた馬車は、城を出ようとしたその瞬間に急停車した。

「……なんだ」

ルーク様が不機嫌そうに眉を寄せる。

「襲撃か? まだ借金を背負いたい奴がいるのか?」

「いえ、この気配は……」

私は窓の外を見た。

馬車の進路を塞ぐように、仁王立ちしている人物が一人。

ピンク色のドレス。

乱れた髪。

そして、手にはなぜか「魔法のステッキ(※おもちゃ)」のようなものを握りしめている、男爵令嬢ミーナだ。

「降りてきなさい、ノエル! 卑怯者!」

彼女の絶叫が、夜の闇に響き渡る。

「……やれやれ」

私はため息をついた。

「どうやら、ラストバトルのようですね。お腹が空いているのに」

「轢いていくか?」

「犯罪になります。……片付けてきますので、ボスはここでお待ちを」

「いや、俺も行く。……虫除けだ」

          ***

馬車を降りると、ミーナが鬼の形相で睨みつけてきた。

「よくも! よくもクレイス様を!」

彼女は地団駄を踏んだ。

「お金で解決するなんて、最低よ! 公爵家の財力に物を言わせて、王位継承権を奪うなんて! 悪魔! 守銭奴!」

「人聞きが悪いですね」

私はドレスの埃を払いながら、冷静に応対した。

「奪ったのではありません。適正価格で『買い取った』のです。商取引ですよ」

「それが汚いって言ってるのよ!」

ミーナはステッキを振り回した。

「世の中、お金が全てじゃないわ! もっと大切なものがあるでしょう!? 愛よ、愛! 私とクレイス様の間には、お金では買えない真実の愛があるの!」

「愛、ですか」

「そうよ! クレイス様が貧乏になっても、王様になれなくても、私たちの愛は変わらないわ! 愛さえあれば、どんな困難も乗り越えられるのよ!」

ミーナは陶酔したように空を仰いだ。

「パンがなければ愛を食べればいいじゃない!」

「……栄養失調で死にますよ」

私は即座にツッコミを入れた。

「それに、その『愛』とやらについてですが」

私は懐から、先ほどクレイス殿下から没収した帳簿(のコピー)を取り出した。

「貴女の言う『真実の愛』の維持費について、計算させていただきました」

「は?」

「直近三ヶ月のデータです。貴女へのプレゼント代、デート代、ドレス代……合計で金貨十五億枚」

私は数字を突きつけた。

「この国の年間教育予算の三倍です」

「……」

「貴女の『愛』は、随分と燃費が悪いようですね。ハイオクですか?」

「うっ……! そ、それはクレイス様が勝手に……!」

「いいえ。貴女が『あれ欲しい、これ欲しい』とねだった記録が、店側の証言として残っています」

私は一歩踏み出した。

「ミーナ様。貴女は『愛があればお金なんて』と言いますが……貴女のそのドレスも、髪飾りも、今履いている靴も、全て『汚いお金』で買われたものです」

「……っ!」

「それらを全て脱ぎ捨てて、裸一貫で愛を叫ぶなら認めましょう。ですが、他人の金で着飾りながら『金なんて』と宣うのは、ただの偽善です」

「う、うるさいっ!」

ミーナは耳を塞いだ。

「理屈っぽい女は嫌われるのよ! だから婚約破棄されるの! クレイス様は、私のこういう無邪気なところが好きなのよ!」

「その無邪気さが国を滅ぼしかけたのです」

「関係ないわ! 私たちはこれから、愛の力で幸せになるんだから!」

ミーナが叫んだ、その時。

城門の奥から、ゼェゼェと息を切らせて走ってくる男の姿があった。

「ミ、ミーナ! 待ってくれ!」

廃人と化したはずの、クレイス殿下だ。

彼はミーナの姿を見るなり、縋るように駆け寄った。

「おお、ミーナ! やはり君だけだ! 王位を失い、一文無しになった俺を、見捨てずにいてくれたんだな!」

殿下は感動に打ち震え、ミーナを抱きしめようとした。

「君の言う通りだ! 金なんていらない! 君さえいれば、俺は平民になっても生きていける!」

「……え?」

ミーナの動きが止まった。

彼女は迫り来る殿下を、サッと手で制した。

「……ちょっと待って、クレイス様」

「ん? どうしたんだ、愛しいミーナ」

「……本当に、一文無しなの?」

ミーナの声から、甘い響きが消えた。

「ああ! 叔父上に全て取られた! 俺に残っているのは、この身一つと、君への愛だけだ!」

「……王族の年金は?」

「ない!」

「隠し財産は?」

「全部使った! 君のために!」

「……これからどうやって生活するの?」

「働こうと思う! ……何ができるかわからないが、皿洗いからでも!」

殿下はキラキラした目で言った。

しかし、ミーナの目は死んでいた。

「……はぁ」

深く、重いため息。

次の瞬間。

バチンッ!!

乾いた音が響いた。

ミーナが、殿下の頬を平手打ちしたのだ。

「……え?」

殿下が呆然と頬を押さえる。

ミーナは冷ややかな目で見下ろした。

「……使えない男」

「ミ、ミーナ……?」

「金がない王子なんて、ただの無職じゃない。……愛でパンが買えるかボケ」

「ええええええええ!?」

殿下の絶叫が響く。

「さ、さっきと言っていることが違うじゃないか! 愛があれば乗り越えられるって!」

「それは『最低限の生活水準が保障された上での愛』よ! 貧乏生活なんてお断りだわ!」

ミーナはドレスの裾を翻した。

「さようなら、元・王子様。……私は次のパトロンを探しに行くから、探さないで」

「そ、そんな……嘘だろ……?」

殿下はその場に崩れ落ちた。

あまりにも残酷な現実。

私は思わず、憐れみの視線を送ってしまった。

「……見事な手のひら返しですね。回転速度が速すぎて風が起きましたよ」

「ふん! 私は現実主義なのよ!」

ミーナは開き直り、私の方を見た。

「ノエル! あんたもそう思うでしょ? 女の幸せは、太い実家と金持ちの旦那で決まるって!」

彼女はなぜか、私に同意を求めてきた。

「あんたは上手くやったわね。……あの氷の公爵に乗り換えるなんて。どうやったの? やっぱり体を使ったの?」

下世話な質問だ。

私はルーク様を見た。

彼はサングラス越しに、ミーナをゴミのような目で見ている。

「……ノエル」

「はい」

「……帰るぞ。空気が腐る」

「そうですね」

私が頷こうとした時、ルーク様が一歩前に出た。

そして、ミーナに向かって言った。

「……一つ、訂正しておく」

「な、なによ」

「乗り換えたのではない。……俺が、彼女を選んだのだ」

ルーク様の声には、絶対的な響きがあった。

「金があるから彼女がいるのではない。……彼女がいるから、俺は全財産を投げ出しても構わないと思えるのだ」

「……っ!」

ミーナが息を呑む。

私も、不意打ちすぎて心臓が跳ねた。

ルーク様は続ける。

「お前のような女には、一生わからんだろうな。……『価値』のある女というのは、金で着飾った女のことではない」

ルーク様は私の肩に手を置いた。

「隣にいるだけで、世界が輝いて見える女のことだ」

ズキュン。

私の胸の奥で、何かが撃ち抜かれる音がした。

(……ボス。それは反則です)

計算機の設定がバグる。エラーコードが出まくりだ。

「……行くぞ、ノエル」

「……はい、閣下」

私たちは呆然とするミーナと、泣き崩れる殿下を残して、馬車へと戻った。

馬車が動き出す。

窓の外で、ミーナが「キーッ! 覚えてなさいよぉ!」と叫んでいる声が遠ざかっていく。

車内には、静寂と、ルーク様の言葉の余韻だけが残っていた。

「……閣下」

「……なんだ」

ルーク様はサングラスをかけたまま、顔を背けている。耳が赤い。

「……今の言葉、録音しておけばよかったです」

「……忘れろ」

「いいえ。議事録に残します。……『本日の名言』として」

私が手帳に書き込むと、ルーク様は深くため息をつき、そして少しだけ笑った。

「……腹が減ったな」

「ええ。帰りましょう、私たちの家へ」

こうして、王都での戦いは終わった。

……はずだった。

だが、物語には必ず「エピローグ」という名の、最後の後始末が必要になる。

数日後。

アースガルド公爵邸に、王家からの正式な沙汰が届く。

それは、クレイス殿下とミーナ嬢に対する、あまりにも皮肉な「処罰」の内容だった。
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