辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた

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38.挑発

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 泣きつかれて眠ったマルグリットの体に毛織物をかけてやると、険しかった寝顔が少し穏やかになった。
 レオニダスはそれを見届けると、服を着てそっと部屋を出た。

 昨日マルグリットは狼狽えるレオニダスに冷静に説明をした。
 レオニダスは気が付かなかったが、同行していた兵士が急いでオスカーにカティアのことを伝えたのだという。
「オスカーはすぐに当時の記録を見せながら教えてくれたのです」
 レオニダスが戻るまでの僅かな時間で、オスカーは当時の記録を探し出したうえでマルグリットに報告した。
「カティアという女は私も覚えています。その――ご主人様の天幕に来ていましたので」
 言いづらそうにオスカーが言うと、マルグリットは静かに「大丈夫よ」と告げた。
 記録を読み込み、レオニダスの天幕に行く前に必ず堕胎薬を飲んでいたことを確認すると、安心したように息を吐いたのだと、オスカーから告げられた時は、レオニダスの胸は潰れそうだった。
「十中八九、嘘でしょう。大丈夫ですわ」
「だが、万が一本当だったら?」
 マルグリットの言葉に問いかけるレオニダスを見て、オスカーは心底主人の馬鹿正直さを嘆いた。
「その時は受け入れるしかありませんわ。子供も、カティアも」
 マルグリットの言葉に、レオニダスは拳を握りしめた。

「ご主人様」
 部屋から出たレオニダスに、オスカーが声をかけた。
「あの女は?」
 レオニダスの声が冷たい。
「捕らえております」
 当然のようにオスカーは答えた。
「吐かせろ。あの女の浅知恵ではないのだろう」
 レオニダスのこんなにも冷たい声を聞くのは、戦争の時以来だ。
「承知いたしました」
 オスカーは静かに、しかしはっきりと答えると、暗い廊下を歩いていった。
 レオニダスはその背中を見送ると、これまで見せたこともない険しい顔で天井を睨んだ。

「昨日は随分と楽しい出来事があったそうじゃないか」
 国務大臣を迎えた晩餐の席で、アーサー・ルセンディア伯爵は愉悦に顔を緩ませている。
 反してレオニダスは怒りを抑えているのを隠そうともしていない。
「ヴァルデン辺境伯を謀ろうなど、命知らずな者もいたものだ」
 国務大臣が言うと、レオニダスは国務大臣を睨んだ。
 どこから話を仕入れてきたのか。貴族の耳の速さには相変わらず恐れ入ると、レオニダスは溜息をついた。
「そんなだいそれた話ではございませんのよ」
 マルグリットは微笑むと、レオニダスにナイフを手渡した。
 レオニダスはナイフを受け取ると、立ち上がり、子羊の塊肉にナイフを入れると、アーサー、国務大臣、マルグリットの順に切り分ける。
 肉が目の前に置かれると、アーサーは満足気に頷く。
「いい肉だ――この領地の新しい特産品か」
 感心するような、どこか小馬鹿にしたような言い回しが鼻につく。
「このような贅沢をさせてもらえるのなら、一生この屋敷で捕虜というのもいいかと思えてくるな」
「私としては、貴殿には早く帰っていただきたいのだがね――いかんせん貴殿の国が支払いに応じないのだ」
 国務大臣が嫌味を返すと、アーサーはマルグリットを見た。
「だが、そのおかげで私はそこの美しい奥方から手厚いもてなしを受けることができているのだ。祖国に感謝だ」
「いい加減にしろ」
 鷹揚に笑うアーサーに、レオニダスがテーブルを叩いた。
「おお、英雄どのが怒っておられる。恐ろしいことだ」
 芝居がかった口調に、レオニダスの額に血管が浮いている。
「その口を閉じろ。さもなくば――」
「さもなくばどうする?私の首でも送るかね?――それもいい。そうすればグリニア国は再び戦争を選ぶだろう。やってみるか?」
「そうなると、滅ぶのはお前の祖国だ。望むのならすぐにでも国民全員をお前の元に送ってやる」
 国務大臣は持たれる胃に味のしない肉を流し込んでいたが、マルグリットは美味しそうに食事を楽しんでいた。
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