婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ

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3.フェリクスの幸せ

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 アンリとの話し合いは、その日以来ずっと続いていた。
 お互いに仕事が終わった後に、夜眠る前に話し合う。互いに忙しくてその時くらいしか時間が取れなかったのだ。
 この婚約が解消された時に、気にするべき事、整理すべき事。アンリは学業が終わったあと、家の仕事をして、それから王城を尋ねてくる。
 そうしてフェリクスが眠る前の時間に、考えるべきことを話し合う。
 こんなにも二人きりで話をするのは、久しぶりだった。楽しいと思う。話し合いの内容は、どれもが二人が婚約を解消した前提の話し合いだというのに。
(……うん、やはりよく考えられている)
 フェリクスが考えるよりももっと、何歩も先の未来のことまでアンリはこの国の事を考えている。
 永く婚約をしていた二人が、その約束を違えることの影響は、フェリクスが考えていたよりもずっと、複雑で、大きな問題になりそうだった。
 ディートリンデといると、優しい気持ちになれた。いつだってどこにいたって、誰かに命を狙われるかもしれないとか、優秀でないといけないとか、そういうプレッシャーからがあったのに、それらから解放されて安心することができた。
 初めてだったのだ。自分に優しいだけの存在が。
 王太子を辞められたら良かったとは思わない。産まれ持った幸運であり、不幸だ。
 けれど人は誰だってそう言うものを持っている。たまたまフェリクスにとっては、それが王太子という役割だっただけだ。そしてこれから王になる。
 隣で背筋を伸ばして座るアンリは、誰がどう見ても、良い王妃になる。
 王妃になっても、きっとその重圧に潰されることなく、しっかりと役目を果たしてくれるだろう。考えなくともわかっている。
「…………やっぱり、アンリが王妃なのがいいな」
 思わず出た言葉に、言った途端に後悔をして、手で口を押さえる。
 目の前のアンリが、驚いた顔をしていた。
(珍しい)
 フェリクスが何を言っても、何をしても、アンリは表情を崩さない。
 動揺をしない、いつだって冷静沈着で賢くて、落ち着いていて、取り乱したりしない。
「え」
 言うべきでは無かった。あまりにデリカシーがない。
「いや、悪い」
 婚約破棄を申し出たのはフェリクスだ。今更、何を取り繕ったってだめだ。フェリクスはディートリンデを選ぼうとしていて、その事は変わらないのに。
「……いや、すまない。俺が悪かった、その、……本当に、悪気はなかった。うわ、違う、悪い、そうじゃなくて……」
「…………私の事、嫌いじゃないんですか」
 何と言い訳をしようかと、考えあぐねていたところで、思ってもいない言葉が聞こえてきて驚いた。
「はぁ? そんなわけがない」
「……嫌いになったから、婚約破棄をしたいと言ったんだと……」
「違う」
 そう見えていたのだろうか。確かに、アンリじゃなくてディートリンデを選びたいと言えば、そう見えたのかもしれない。けれど、フェリクスは何も、アンリを嫌いになったわけではない。口うるさい事を言われたって、厳しくたって、結局それは、全てがフェリクスの為だと、この国の為だとわかっていた。
 そんな事で嫌いになるわけがない。
「…………よかった」
(……思い違いをしてたのだろうか)
 アンリに好かれていたとは思わない。一緒にいたってアンリは笑わないし、泣かないし、甘えてこないし、怒ったりもしない。
「……あの、」
「ん?」
「…………その、ディートリンデ様が、王妃様になられるのは、正直難しいと思います。そもそも、準備の期間が足りません」
「……そうだな」
 それは、ディートリンデの能力を低く見ているだとか、そう言う事では無くて、現実的な話だ。アンリはそれだけの長い期間をずっと努力していたし、その同じ年月をかけれるだけの時間が、ディートリンデには残されていない。あと一年で、今のアンリのレベルにまでなるのは難しい。
「………………それなら、こうしませんか。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」
「……は」
「それなら、ディートリンデ様に大きなご負担はかかりません」
 そう告げるアンリの表情は、またいつものように戻っていた。
 迷いの無い、琥珀色の瞳がいつもの通りフェリクスを見つめてくる。
「……我が国では認められていない、一夫多妻など」
「貴方が国王になればできます」
 対外的な交渉も、政策も、お茶会もなんだって、アンリがこなす。ディートリンデにはそんなことはさせずに、フェリクスに尽くしてもらう。これがアンリの提案だった。
「……お前の負担が重すぎる」
「大丈夫です、私ならやれます。知ってるでしょう」
 知っている。誰よりも努力してきた姿を知っている。 
「お前の幸せはどうするんだ」
「……私は、貴方が幸せならそれが幸せです」

「俺はそんなことは望んでない!」
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