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8.ふたりのその後
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「アンリ、愛してる」
(…………まるで夢みたいだ)
王太子・フェリクスによる婚約破棄騒動が落ち着いた後、幸運なことに、フェリクスに正しく想いを寄せられているのだと言う事を理解した。そしてアンリ自身も、それに応える事にしたので、つまり、長い間婚約者だったにも関わらず、今ようやく互いに、想い合っている状況になったという事だ。
幼い頃にフェリクスと婚約をしてから、家の方針で笑うな泣くなと、感情を殺すように言われたおかげでちょっとやそっとの事で動揺しないようになっていたはずなのに、フェリクスのせいでここのところ、涙腺が弱い。感情のコントロールが効かない。
(これじゃダメなのに……)
窓に映る自分の顔は、相変わらず男にしては甘い顔立ちで、亜麻色の髪に琥珀色の瞳とまるで人形の用だった。表情も出なかったお陰で随分人形らしかったはずなのに、ここのところフェリクスが頻繁に会いに来るせいで、顔が緩んでいる。
フェリクスが会いに来てくれると、嬉しい。昔のように、アンリの隣で楽しそうに笑ってくれるのが嬉しい。アンリを好きだと言って、側にいたいと言って、そう、まるで巷の恋人たちのような振る舞いが、嬉しい。
そうやって表情を緩めると、フェリクスが嬉しそうにするせいで、余計に気が緩んでいる。
フェリクスが卒業して半年が経った。
アンリもあと半年で学園を卒業する。卒業論文の制作に取り掛かっていて、王城の図書室を利用させてもらう事も多いせいで、ここのところ、以前よりもフェリクスに会う機会が増えていた。互いに忙しくて二人きりで会う機会はめっきり減っていたのに、あの騒動以来、忙しいはずの仕事の合間を縫って、フェリクスが会いにくる。
「今日はいつまでいる?」
「……もう少し、調べ物をしたら帰ります」
少しウェーブの掛かったアッシュブラウンの髪が視界の端で揺れる。
「送って行こうか」
「家の馬車で来てるので、大丈夫です」
ちゅ、と、軽やかな音がして、額に口づけられたのだとわかって顔が上げられない。顔をあげればあの美しいルビーのような赤色の瞳が、アンリを優しげに見つめているに違いない。
以前までのフェリクスはこうではなかった。いつだってアンリと顔を合わせると、面倒くさそうな顔をして、アンリが何かを言うとため息をつかれていたのに、あまりのギャップに戸惑うばかりで、ここのところのアンリは、フェリクスを見ると気まずい。
この国の王妃になる前に、もう少し仲良くしたいと言われたのはつい先日のことだ。
一体何が、フェリクスをそこまで変えたのか、さっぱりわからない。
件(くだん)の男爵令嬢がいなくなって急に物寂しくでもなったのだろうか。
『……アンリが、嫌ならやめたっていい。けど、……俺の事が好きで、俺の側にいたいというなら、それなら、側にいて欲しい。王妃としてじゃなくて、その前に、俺の伴侶として、俺に愛されて欲しい』
(……いつから、いや、どうして)
王妃としての自分しか、オメガとしての自分しかフェリクスには必要がないのだと思っていた。
せめてフェリクスに気に入られていなくとも、王妃として必要とされたいとそればかりを思っていたせいで、急に、アンリ自身を求められても、正直なところ困っている。
「アンリ」
声に反応して顔をあげると、フェリクスの唇が優しく頬に触れた。
「次に会えるのを楽しみにしている」
「…………はい」
貴族の、婚約者同士のやりとりは、基本的に手紙だ。手紙で結婚前に互いを知っていく。 手紙の頻度は、多ければ多いほど良いとされていて、大抵忙しい貴族は代筆者を立てていると聞く。幼馴染みでもあるフェリクスからは、手紙が来るのは用事がある時だけだ。
手紙は来ない。けれど手紙のやりとりなど必要がないくらい頻繁に、顔を合わせている事が増えた。
それは単純にアンリが王城に用があって訪れるところに、フェリクスが鉢合わせる事が多いせいだが、そうではなくとも、アンリの通う学園にフェリクスが顔を見せる事がある。
アンリの参加している週末の教会のボランティアにまで顔を出すことがある。
一年後には王位継承と、挙式を控えている。互いにその準備もあって、忙しくしているはずなのに、たまたま時間が空いたなどと言って、フェリクスはアンリを訪ねてくる。
互いのことを既に知りすぎているくらいだというのに、今頃なんだと言うのだろうか。
フェリクスが訪ねてくるのは単純に嬉しい。それがバレているのかもしれない。ここのところ、随分と甘やかされている。
「牽制してんだろ、それ」
「…………牽制? 何を?」
「可愛いアンリを取られたくないんだよ」
「誰に」
クラスメイトのジンに相談すると、呆れたような口調でそんなことを言われた。
「例えば俺とか」
「……お前は、この国の王太子の婚約者に手を出すほど馬鹿じゃないだろ」
「だから例えばだって言ってんだろ」
9年制の学園で、初等科の頃から同じクラスになる事の多かったジンはアンリの良き親友だった。他国から来たというジンは、最初こそ褐色の肌や、金色の瞳で揶揄われていたが、その類まれなる才覚で周囲を黙らせた天才だ。
学園に通いながら次々と新しい魔法技術の研究を進めていて、既に国の魔法研究科からお誘いがあるとも聞いている。この国の魔法技術は、他国に後れを取っているので、彼のような才覚ある人材がいてくれることは純粋に嬉しいことだった。
そうではなくとも、ジンが入学当初いじめられた時に、アンリが前に立って庇ったことを未だに恩に感じてくれていて、それ以来王太子の婚約者としてではなく、ただのアンリとして接してくれている。貴重な人物だ。
「フェリクス様はお前が大事なんだよ」
「…………そうなのかな」
未だに信じがたい。あの男爵令嬢が突如フェリクスの隣に現れた時、内心ではホッとしたのだ。良かった、とすら思った。
王太子と言う重圧に張り詰めて、常に緊張を強いられていることを知っていたのに、アンリは何もできなかった。どうしていいかわからなかった。彼を王太子たらんと、支えて、叱って、そんな事は出来たけれど、息抜きをさせてやることが出来なかった。
きっと、アンリの存在はフェリクスを苦しめるだけだ。
だから、彼にそう言う場ができたのなら、と思っていたのに、現実は上手くは行かない。
そう思っていたはずなのに、目の前で自分以外の誰かと笑い合うフェリクスを見て、胸を締め付けられて、結局また自分が隣に立てる事を喜んでいる。
(……性格が悪い)
自己嫌悪ばかりだ。こんなことで王妃になどなれるのだろうかと考える。
現王妃はとても立派な方で、愛情深く、誰にでも愛されて、誰にでも手を差し伸べて下さるような、国民の希望とも言えるようなお方だ。そこに自分が立っている姿が想像できない。
勉強も、ダンスも、何だって、できることはやっているつもりでも、それが出来たからと言って立派な王妃になれるとは思っていない。
フェリクスが誰からも好かれる王となるなら、アンリとてそうならなければならないのに。
「まぁ、お前はもう少しフェリクス様と話をした方がいいかも」
「……? 話はしてる」
「それって何の話?」
「……昨日はガレリア地区の暴動と、教会の運営方針の話と、孤児を育てる施設の建設についてと……」
「仕事じゃん」
ジンがため息をつきながら天を仰ぐ。
「……大事な話だよ」
「はいはい、アンリは立派だよ。立派すぎる。そうじゃなくてさ、じゃあ昨日、フェリクス様が仕事以外で何したか知ってる?」
フェリクスのスケジュールは頭に入っている。
王城を訪れると、フェリクスの執事のその下についている、秘書が教えてくれるのだ。
けれどそこで共有されるのは仕事の話のみだった。
「…………仕事、以外は、しらない」
「仕事以外の話をしろよ、きっと喜ばれる」
(……喜ぶ?)
フェリクスが、そんな事で喜ぶだろうか。
自分が不器用なことはわかっている。だから人一倍努力して、フェリクスの隣に相応しくなろうとしている。けれどそればかりではダメだと、この間の一件で気づいたのだ。
フェリクスが言っていた、フェリクスの隣にいたいと思うなら、王妃としての前に、彼を愛して、愛されるようにしないといけないと、そう言われた。彼を愛するのは簡単だ。
だってアンリはずっと、フェリクスが好きだ。誰だって彼を好きになる。そういう男だ。
けれどアンリは、誰かに好かれるような人間ではない。愛してる、とここのところフェリクスは言ってくれるが、それが、本当なのか、未だに信じられていない。
フェリクスは、アンリのどこを好きになったのだろうか。
(……今、例えば、フェリクス様が好きだと言ってくれているところが、好きになって貰えたところが、ダメになったら、嫌われるんだろうか)
そうだとするなら、フェリクスに好かれる部分を少しでも増やさないといけない。
そうするにはフェリクスを喜ばせるのが一番だろう。けれどそう思っても、彼が喜ぶようなことが何も思いつかなかったのだ。
もしかしたらフェリクスは、勘違いしているのかもしれない。あの日、襲撃に合ったフェリクスを、身を挺して庇ったから、それを特別に評価してくれたのかもしれない。
それ以外に思いつかないのだ。
「お前はお前の考えてることを説明しなさすぎるし、あと遠慮して相手のことを聞かなすぎる。ちゃんと話してみな」
「……うん」
◇◇◇
「フェリクス様」
「……ああ、アンリ。ちょっと待て」
そこ座ってて、と言われて案内されたフェリクスの私室のソファへと腰をかける。
フェリクスは執務の最中なのか、執務机で頭を抱えたまま羽ペンを走らせている。両隣に積み上げられた紙の高さを見れば、忙しいというのは明白だった。
「……あの、お忙しいなら……」
「すぐに済む」
王位継承の日も近づいて来て、王から仕事の引き継ぎが始まっているのだと聞いている。
いずれアンリが一部手伝うことになるのだろうが、まだ正式に婚姻を結んでいない状態ではまだアンリは王族の書類には触ることが出来ない。
(……あんまり、来たら、邪魔になるだろうか)
忙しいのなら、来る頻度を落としたほうがいいのかもしれない。今までは用事があるからと、頻繁に訪ねてきていたが、今すぐに話し合うべきような事は少ない。むしろそうじゃないものの方が多い。
けれど、気が付けば、フェリクスに会いに来てしまっていた。よく考えれば迷惑な話だ。
王位継承の前に、急ぎでもない用事で寝る前の時間を削らせてしまっている。アンリでは、あの男爵令嬢のように、フェリクスの息抜きにはなれないのだ。そうであればせめて、寝る時間くらいは邪魔せずにいたほうがいいのではないだろうか。
「……はぁ、疲れた」
「フェリクス様、お疲れ様です。すみません、お疲れなら今日は帰ります」
どうして今まで思い至らなかったのだろうかと、慌てて立ち上がる。自分の鈍感さに腹が立つ。勉強ができたって、政治に詳しくなったって、フェリクスを疲れさせてしまうのでは、意味がないのに。
「え、あ、おい、ちょっと待て、待て、アンリ!」
部屋を出ようとしたところで、引き留められて腕を引かれる。
「悪かった、怒るなよ」
「……お、怒って、ないです……」
「なら帰るなよ」
ほら、と、腕を引かれたまま先ほどのソファへと連れて行かれる。大人しく座ったアンリの腕を放さないまま、フェリクスは恐る恐る隣へと腰かけた。
「……お前が来てるのに、疲れたなんて言ったから、怒ったんじゃないのか?」
あまりに思っていたことと違う事を、フェリクスが心配していて、頭が真っ白になる。そんなことでアンリは腹を立てない。けれどそう思われるほど、アンリの態度はフェリクスに冷たかっただろうか。
「…………あの、」
「うん」
「………………しばらく、ここに来るのをやめます」
(そうだ、そうしたほうがいい)
アンリがいると、フェリクスはきっと追い詰められたような気持ちになるのだろう。そうに違いない。そうしてきたのはアンリだ。そうでなければ、フェリクスが疲れたと言ったくらいで怒るような相手だと、思われるわけがないのだ。
「……なんでアンリが死にそうな顔してんの」
フェリクスの両手がアンリに触れて、そのまま顔をあげられる。思いのほか辛そうな顔をしたフェリクスがこちらを見ていて、息を呑んだ。
「今のは、俺が死にそうな顔するところだろ」
「…………どうして」
「好きな人が、しばらく会いに来るのをやめるなんて言ったら傷つく」
(……あ)
そう言われてようやく、アンリは何故会いに来ないほうが良いと思ったのかを伝えていなかった事に思い至った。友人の言葉が頭の中に響き渡る。
『お前はお前の考えてることを説明しなさすぎるし、あと遠慮して相手のことを聞かなすぎる。ちゃんと話してみな』
「…………フェリクス様、私がいると、疲れるでしょう」
「俺が疲れたのは仕事で、お前といると疲れるなんて言ってない」
「……でも、私と話すより、寝たほうが疲れが取れるでしょう? 私の話は、急ぐものじゃないですし、あの、せめて王位継承が落ち着くまでは……」
「それって半年くらい、俺に会わないってこと?」
半年、会わなくなるわけじゃない。挙式もあるし、それまでは顔を合わせることもあるだろう。打ち合わせだってある。そうでなくとも王妃になる事前の手続きなどで王城には来るだろうが、こうして、二人きりで話す時間がなくなるだけだ。
そう答えようとして、フェリクスの顔を見て、口を開くのに、言葉が出てこない。会わないわけじゃない、二人でいる時間がなくなるだけだから、どうぞその時間を寝る時間に充ててください、と、そう言えばいいだけだ。
「アンリ」
フェリクスがいつの間にかアンリの手を握っている。
ついこの前まで二人で手を繋ぐことなど無かったのに、今はもう、十分フェリクスの手の温かさを知るようになってしまった。
(……言ったら、我が儘になる)
「アンリ、アンリがしたい事、ちゃんと言ってくれ。ダメだったり、無理だったりしたら、ちゃんと俺が止めるから」
握りしめられた手の甲にキスをされる。眉間に皺を寄せて、まるで祈るようなフェリクスの表情に、胸が苦しくなる。そっと息を吐いて、それから口を開く。
「…………フェリクス様が、疲れてるなら、休んで欲しい。でも、……二人で話す時間も欲しい、で……んっ……」
最後まで言葉を言い終わる前に、強い力で引き寄せられて、唇を押し付けられる。何度か口づけられて、フェリクスの舌がアンリの口内をひと舐めしたところで、驚いてフェリクスの胸を叩いた。
「っ、あ、……の……!」
「アンリといて疲れることなんてない。むしろ会いに来てくれた方が疲れが取れるんだけど」
「……そんなわけない」
「なんでそう思う」
信じられない。そんな顔で見上げると、フェリクスはそれこそ意外だとでも言うような反応を見せて戸惑ってしまう。
「なんで、って……だって、……私、と、いると、仕事の話ばっかりで……気が休まらないし、それで、……あ、の人みたいに、……愛嬌があるわけでもないし」
「……じゃあ仕事以外の話をしよう。愛嬌は確かに無い、全然ない。でもそれも含めていい。可愛いよ、アンリ」
「かっ……」
可愛い、など、一番馴染みがない。知らない間にフェリクスは随分と目を悪くしたのだろうか。言われた事のない言葉に戸惑う。
「可愛いよ。俺の側にいたくて、俺のことばっかり考えてるだろ」
「っ……」
言われた言葉はその通りだ。だから否定はしない。けれど握られた手が熱い。じっとりと汗をかいている。居たたまれない。
手を放してほしいのに握られた力が強くて振りほどけない。
「会いに来なくなるなんて寂しいこと言うなよ。なぁ、仕事が終わった後にアンリがいると嬉しいんだ」
「…………本当に?」
「本当」
嘘じゃない、と言われて、また額に口づけられる。
抱きしめられた身体が熱い。
(……嬉しい)
アンリだって、フェリクスに会いに来るのが楽しみなのだ。
「……ジンの言った通りだったな」
「…………ジン?」
「ああ、えっと、学友です」
言われたとおり、やはりアンリは説明をしなさすぎたのかもしれない。勝手にフェリクスのことを決めつけるのではなく、話をした方が良いと言われたのはいいアドバイスだった。
「へぇ、そいつは何て?」
「……もっと素直に、話をした方がいいって」
おおよそ要約をして伝える。大体そんな感じの事を言われたはずだ。
「……相談したんだ?」
「そうですね。ジンとは付き合いが長いので、相談することが多いです」
ぐ、と身体を押されて、そのまま抗わずにソファへと倒れ込むと、フェリクスが乗り上げてきた。下からフェリクスを見上げたのは、子どもの頃に芝生で転がって遊んでた頃以来だ。
「アンリがいるだけで嬉しい、けど、もっと元気が出ることあるんだけど」
「え」
それは何だろうと、考える間もなく、フェリクスの指がアンリのうなじを撫でる。
「……ッ、ぁ」
「……薬は飲んでる?」
薬、というのがオメガの抑制剤と避妊薬だという事をすぐに悟って、頷く。
この国ではなかなか手に入らない高価なオメガの為の薬は、他国から輸入されて王室経由でアンリの元へ定期的に供給されている。アンリがオメガで、フェリクスがアルファである以上、いずれそういった事を為して、子を作ることになるだろうとは思っていたが、それまでは誰にも触れられないように首を覆い隠した服を着て、ネックガードをして、薬を飲んで、決して誰にもそこに触れさせないようにと細心の注意を払っていた。
「フェリクス様」
「……俺も薬を飲んでるし、お互い発情期じゃない。子どもはできない」
「……っ、」
「アンリが嫌なら、しない」
フェリクスも少し、汗をかいているようで、握りしめられている手が熱い。
覆いかぶさられているせいで、互いの体温を感じてしまう。この国では婚前交渉はあまり良いこととはされていないし、王族であるフェリクスはなおの事だ。こんなにも長い時間、密着していたことがなくて、どうしていいかわからない。戸惑うばかりなのにフェリクスの体温が嬉しくてじとり、と股が濡れるのを感じている。
胸が高鳴っている。
(……ど、どうすれば)
断るべきだ、そういうのは、あと半年すればいくらだって出来るのだし、フェリクスだってアンリが嫌ならしないと言っている。互いに発情期では無いし、薬も飲んでいても、子どもが絶対にできないわけじゃない。
「…………………………ベッドで、なら」
かろうじて喉から搾り出した声は、それでもフェリクスに届いたようで、すぐに抱き上げられて、寝室へと連れ出された。
「……アンリ」
うなじをくすぐるように触れられて、それが合図だとわからないほど初心ではない。
ネックガードは外さない。正式に婚姻を結んでいない身で、番になるなどさすがに許されない。けれどそれでもフェロモンを出すことは出来る。
「ん、アンリのフェロモン、初めて嗅いだ」
ぶわっ……と辺りに拡がったフェロモンは、発情期の時ほど強力なものではない。薬で抑制された状態であれば、多少興奮を煽るものではあるだろうが部屋の外に漏れるものではないし、目の前のフェリクスくらいにしか感じられないだろう。
貴族のオメガで、王太子の婚約者となればその発情期の期間は決して誰にも見られないようにと厳重な部屋へ閉じ込められる。フェロモンが出る時期になれば、フェロモンが出る前に部屋へと入れられるから、一緒にいることが多かったとは言え、フェリクスだってアンリのフェロモンを嗅いだことが無いのは当然だった。
首筋に顔を埋めてフェリクスが匂いを確かめているのが恥ずかしくてたまらない。
まさか今日ここでこんなことをする事になると思っていなかったし、使用人たちにバレてはいけないので湯浴みもできない。さすがにいつも通りの時間になれば家に帰らないといけない。あまり長い間こうしている事も出来ないのも互いにわかっている。
「アンリ」
フェリクスに名前を呼ばれるのが昔から好きだった。けれどこうやって、劣情を露わに名前を呼ばれるのは初めてでむずむずする。心臓がうるさくて、いつものように無表情が保てない。顔中にキスを落とされて、唇に触れられたと思ったら、まるで食べられるようなキスをされる。
「っぅ、ふ、ぁ……ッ、」
いつものように触れるだけ、舐めるだけではなくて、舌を絡めとられて、吸われて、噛まれて、喉の上を舐められて、性感を引き出すための口づけだった。そんな触れ方をされるのが初めてで、驚いて思わずフェリクスの胸を押し返そうとしたのに、その手も取られてしまう。こんなにも近くフェリクスを感じるのは初めてで、やはり今日はやめて貰えばよかった、と後悔し始めたところで、呼吸を荒らげるフェリクスが身体を起こしてアンリを見つめてきた。
「後悔しても遅いからな」
「……な、」
「わかるよ、お前、わかりやすいから」
胸がうるさい。わかるよ、なんて、少し前のフェリクスだったら絶対に言わなかった。お前が何を考えているかわからないと、ずっと言われていた事だ。
何があったと言うのだ、一体。どこかで頭を打ったのだろうか。そうとしか思えない。
フェリクスの手が伸びて、アンリの服の上から、身体の線を確かめるように触れられる。
そのまま股の間に手が伸ばされて、悲鳴のような声をあげてしまった。先ほどからの密着した体温と、激しいキスでほぼ雄としての機能を持たないそこが頭をもたげている。
まだ柔らかいそこを、フェリクスの手がゆっくりと揉みしだいている。
「ひっ、あの、」
「やめない」
首筋にキスを落とされて、性器を触られて、頭が混乱する。あまりの展開に涙が出そうだった。キスをされて身体中を触られて、気が付けば下着まで脱がされていて、あられもない姿をさらしている。
「アンリッ……、ゆっくり息吸って、吐いて」
フェリクスの呼吸も荒い。アンリに触れて興奮しているのだと思うと、居たたまれない。
息を吸いすぎて、呼吸困難になっていたところを背中を撫でられて呼吸を促される。息を吸って、吐いて、吸ってと繰り返しているうちに落ち着いてきた。
それで少し落ち着いたかと思ったところにひんやりとした感触を尻の合間に感じて、驚いて身体を固くしてしまう。
「……触るぞ」
ひたり、と誰にも触らせた事のないところにフェリクスの指が入り込む。既に濡れ始めているそこは、抵抗もなく、潤滑油をまとった指先を飲み込んでいく。
「っ、ぁ、やぁ、」
ずぶずぶずぶずぶと奥に挿入された指は、無遠慮にアンリの中を探るように触っていく。
何も挿入した経験がないそこは、指一本でも違和感を訴えてくる。
「ぃ、」
「アンリ」
名前を呼ばれて顔をあげると、今度は柔らかいキスを落とされる。
額に瞼に、鼻の頭に落とされて、唇にも触れられたそれを受け容れる。いつも通りの慣れたそのキスに安心して、何度も求めるように顎をあげると、望むままキスが落とされる。
柔らかく唇を噛まれて、舌を吸われて、甘やかすようなキスに興じている間に、股の間の指が二本になって三本に増やされて、いつの間にかどろどろに蕩けていたそこから、指が引き抜かれると、恥ずかしいほどに愛液がフェリクスの手首まで濡らしていた。
「挿れていいか」
すっかり前を寛げたフェリクスの性器が、しっかりと勃ちあがっていて思わず顔を逸らしてしまう。他人の性器を目にしたのは、子どもの頃以来だった。
アンリのペニスよりも随分と凶悪な見た目をしたそれを、これから受け容れるのだと思うとそれだけでまた股の間から愛液があふれ出す。
「……ッ、もういい、から……!」
息も上がって、感じた事もない快感の種のようなものが燻っている。時間ももうそれほどないのだから、するならもう早く終わらせて欲しいと、フェリクスの腕を引く。
ぷちゅ、と聞いた事もない音で、性器を擦りつけられて、何度か先端を擦り付けられる。
指よりも熱を持ったペニスが、アンリの性器に押し付けられて、少し離れるとアンリの愛液がとろりとフェリクスのペニスを強請るように糸を引く。
それが恥ずかしくて、側に合った枕に顔を埋めたのと同時に、圧倒的な質量を持ったフェリクスのペニスが、アンリの中に挿入されていく。
「っ、んん……」
「苦しくないか?」
そう尋ねられれば、苦しい、と答えるしかないのだが、そうしたところで止まれないだろうと、首を横に振って応える。とにかくフェリクスが気持ちが良いならそれでいいと、息を整えながら、まださらにアンリの奥に入って来ようとしている性器を受け容れることに集中する。服を脱ぐのは最低限にしたせいで、互いに肌をそれほどさらけ出しているわけでもないのに、それでもフェリクスの手が、アンリの腹を撫でるのでぞわぞわとした感覚が背筋を駆け巡る。
「……アンリも」
そう言って、フェリクスの手が、腹からアンリのペニスに移る。
そこは触らなくてもいい、と言おうとしたのと同時に、腰を打ち付けられる。
「あ、ッ……ひぃ、ん」
入ったことのない部分にまで、奥を突き破る勢いで押し付けられて、驚いて身体が固まってしまう。それを物ともせず、遠慮なく身体を貪るように何度も何度もペニスが出ては入ってを繰り返す。
「ぁ、ぁ、あ、んんっ……」
「……は、ぁ、ッ……アンリ……!」
キスを強請られて、応じると、そのまま身体を抱きしめられて、身体を揺さぶられる。早く終わればいいと思っていたのに、触れられてるペニスを擦りあげられるのが気持ち良くて、思わずフェリクスのペニスを締め付けてしまう。
それが気持ち良かったのか、耳元で呻くフェリクスの声が聞こえて、途端に身体中が敏感にでもなったのか、快感が身体中を駆け巡る。
「ッ、ぁ、ぁ、やぁ、や……! もっ……もうやだ……!」
「ん、……あとちょっと」
あとちょっとだから、と中を擦りあげられて、それも気持ちがいい。触れられてるペニスも、キスをされた頬も、舐めしゃぶられた唇も気持ちがよくて、ぐちゃぐちゃだ。
「アンリ、愛してる。可愛い」
(……そんなわけないのに)
そう思うのに、嬉しい、と身体が喜んでいる。アンリの胎の中で昂っているペニスが、フェリクスの欲情を直接的に伝えてくる。さすがに何とも思っていない相手にはこうはならないだろうとわかる。疑っていたはずなのに、こうして抱きしめられて、身体を揺さぶられて、好き放題されて、それで妙に心が落ち着いている。
「フェリクス様っ……!」
過ぎた快感が怖くて、目の前のフェリクスに抱き着くと、中にあったペニスがひと際大きくなるのを感じて、腰が震える。
「ははっ……」
爛れた空気の中で不釣り合いな、フェリクスの笑い声に驚いて顔をあげると、まるで昔、子どもの頃に一緒に遊んでいたときの笑顔で笑っていて驚いてしまう。
「ふっ、ごめん……アンリ、必死で可愛くて」
「…………そんな」
「ごめん、俺がそうしてるのに」
何てことだと怒ろうとしたところで、可愛いと重ねて言われれば口を噤むしかない。
そのまま、最奥を好き放題揺すぶられて、フェリクスが吐精した熱を胎に感じて、それで終わるかと思えば、アンリがその後泣きじゃくってしまうまで快感で追い込まれて、気が付けば行為が終わる頃にはいつもの帰る時間よりも随分と遅い時間になってしまっていた。
「……ごめん、これじゃ帰れないな」
「………………はい」
過ぎた快感で泣きすぎたせいで、このままの顔で出れば何をしていたかなんてすぐにバレてしまう。今日はこのまま泊まれるようにするから、と、部屋を出て行ったフェリクスを見送って、そのままベッドへと疲れた身体を横たえる。
(……すごかった)
自慰をすることはあったけれど、それだって多少擦って精液が出れば終わりというものだった。胎の中にペニスを受け入れたのも、そこで精液を受け止めたのも初めてで、今もまだ何かが入っているような違和感がある。
こんなにされるなんて思っていなかった。触れたいと言われたって、多少触れられて、そう、まるで子供の戯れのような、それを想像していたのだ。あんなにも欲情したフェリクスに求められるだなんて思っていなかった。
(顔が熱い……)
泣いたせいもあるが、恥ずかしさで顔が火照っている。
何もかもを見せてしまった。親にも見せたことのないような痴態を、あろうことか一国の
王太子に隅々まで見られてしまった。
触れられる手は激しくて、キスだってしたことがないくらい淫らなキスで、思い出すだけで熱がぶり返しそうだった。
あんな風に、求められるだなんて思っていなかった。
触れられて、怖くて逃げようとしても引き寄せられて、快感をぶつけられて、くらくらした。それと同時に、それだけアンリに欲情しているのだと、嫌でも実感してしまった。
フェリクスの愛してる、も、可愛い、も何一つ、本当かどうか信じられなかったのに、あの行為をした今では、そうなのかもしれない、と思うようになってしまった。だってそうでなければ、あんなにも、
(…………あんなに)
触れたかったのか、アンリに。
知らなかった。
「アンリ、今日はもう疲れて眠ったことにしたから、このままここで寝ていって良い」
アンリの家の御者にも伝えたから、と言われて気恥ずかしくなる。疑われることはないだろうが、家にはあまり知られたくない行為だった。
「ほら」
部屋にあった器に、フェリクスが魔法で冷たい水を張って、布を浸したものを差し出してくれる。泣いた目元を冷やせと言う事だろう。ありがたくベッドに横たわったままそれを受け取って、目に当てる。ひんやりとした冷たさが熱くなった火照りも一緒に落ち着けてくれそうだった。
「んっ」
目を布で覆われていたせいで、唇に押し付けられたそれが何かわからなかった。
驚いて布を取り去ると、目の前にフェリクスがいて、もう一度キスをされる。触れるだけのキスはすぐに終わったようで、落ちた布をフェリクスがもう一度当ててくれた。
「…………相談」
「……はい?」
「………………相談するなら、俺にしろよ。俺との事で悩んでるなら、俺と話す方が話が早いだろ」
言われた言葉の意味がわからなくて、一瞬ぽかんとしてしまう。
けれどすぐに、この行為を始める直前の会話のことを思い出した。そうだ、相談をしたと言う話をしたのだ、旧友に。
『牽制してんだろ、それ』
そう言ったジンの言葉がよぎる。
「……では、次からは、フェリクス様に相談します」
「うん、それでいい」
心臓が動き出してうるさい。もうここのところ、ずっと異常な動きを見せている。まるで止まっていた心臓が突然動き出したかのようで、手に負えない。
けれども悪いことじゃない。アンリの心臓を動かしているのはフェリクスだ。
「…………フェリクス様」
「何だ」
「……私のどこが好きですか」
目を布で覆われていて、身体も疲れて動かなくて、寝室は灯りが消されているし、月明かりしか入らない。だから、多少厚顔無恥な事を聞いても許してもらえるだろうか。フェリクスとのことはフェリクスに相談しろと、言われたのだ。ずっと聞いてみたい事だった。
「………………お前が、俺を好きすぎるところ」
そう言われれば、そうかもしれない。それなら納得できそうだと返事をしようとしたら、指先をフェリクスに握られた。
「……あと、俺より勉強ができるところ、政治に詳しくて、この国に詳しいところ。ダンスができるところ、字がきれいなところ……ああ、言語も、いくつかできるだろう。それから、俺の話を最後まで聞いてくれるところ。俺を、見捨てないところ。……背筋が伸びて、座っている姿がきれいだ。それから、俺に呼ばれて振り返るとき、嬉しそうにしてるのがいい。俺の名前を呼ぶ声が好きだ、それから……」
「フェ、フェリクス様……!」
もういい、と声を荒らげる、ベッドから身体を起こす。顔を合わせられない。持っていた布をフェリクスの顔に押し付ける。
「まだ言える」
「……っ、もう、あの、わかりましたから……ッ」
こんなにも沢山の理由を並べられるだなんて思ってもいなくて、驚いた。何をどう喜んでもいいのかもわからない。ふいに腰を抱きしめられて、そのまま、フェリクスの上に覆いかぶさるように倒れ込んでしまう。
「……っ」
「今まで悪かった。これからはちゃんと伝える。お前がいい、お前が、俺の隣にいて欲しいから、俺の側にいてくれ」
(ああ、神さま)
こんな時だけ、神さまだなんて言って、呼びかける事を許してほしい。
だってどうしても誰かに聞いて貰いたい。
「…………嬉しい」
(…………まるで夢みたいだ)
王太子・フェリクスによる婚約破棄騒動が落ち着いた後、幸運なことに、フェリクスに正しく想いを寄せられているのだと言う事を理解した。そしてアンリ自身も、それに応える事にしたので、つまり、長い間婚約者だったにも関わらず、今ようやく互いに、想い合っている状況になったという事だ。
幼い頃にフェリクスと婚約をしてから、家の方針で笑うな泣くなと、感情を殺すように言われたおかげでちょっとやそっとの事で動揺しないようになっていたはずなのに、フェリクスのせいでここのところ、涙腺が弱い。感情のコントロールが効かない。
(これじゃダメなのに……)
窓に映る自分の顔は、相変わらず男にしては甘い顔立ちで、亜麻色の髪に琥珀色の瞳とまるで人形の用だった。表情も出なかったお陰で随分人形らしかったはずなのに、ここのところフェリクスが頻繁に会いに来るせいで、顔が緩んでいる。
フェリクスが会いに来てくれると、嬉しい。昔のように、アンリの隣で楽しそうに笑ってくれるのが嬉しい。アンリを好きだと言って、側にいたいと言って、そう、まるで巷の恋人たちのような振る舞いが、嬉しい。
そうやって表情を緩めると、フェリクスが嬉しそうにするせいで、余計に気が緩んでいる。
フェリクスが卒業して半年が経った。
アンリもあと半年で学園を卒業する。卒業論文の制作に取り掛かっていて、王城の図書室を利用させてもらう事も多いせいで、ここのところ、以前よりもフェリクスに会う機会が増えていた。互いに忙しくて二人きりで会う機会はめっきり減っていたのに、あの騒動以来、忙しいはずの仕事の合間を縫って、フェリクスが会いにくる。
「今日はいつまでいる?」
「……もう少し、調べ物をしたら帰ります」
少しウェーブの掛かったアッシュブラウンの髪が視界の端で揺れる。
「送って行こうか」
「家の馬車で来てるので、大丈夫です」
ちゅ、と、軽やかな音がして、額に口づけられたのだとわかって顔が上げられない。顔をあげればあの美しいルビーのような赤色の瞳が、アンリを優しげに見つめているに違いない。
以前までのフェリクスはこうではなかった。いつだってアンリと顔を合わせると、面倒くさそうな顔をして、アンリが何かを言うとため息をつかれていたのに、あまりのギャップに戸惑うばかりで、ここのところのアンリは、フェリクスを見ると気まずい。
この国の王妃になる前に、もう少し仲良くしたいと言われたのはつい先日のことだ。
一体何が、フェリクスをそこまで変えたのか、さっぱりわからない。
件(くだん)の男爵令嬢がいなくなって急に物寂しくでもなったのだろうか。
『……アンリが、嫌ならやめたっていい。けど、……俺の事が好きで、俺の側にいたいというなら、それなら、側にいて欲しい。王妃としてじゃなくて、その前に、俺の伴侶として、俺に愛されて欲しい』
(……いつから、いや、どうして)
王妃としての自分しか、オメガとしての自分しかフェリクスには必要がないのだと思っていた。
せめてフェリクスに気に入られていなくとも、王妃として必要とされたいとそればかりを思っていたせいで、急に、アンリ自身を求められても、正直なところ困っている。
「アンリ」
声に反応して顔をあげると、フェリクスの唇が優しく頬に触れた。
「次に会えるのを楽しみにしている」
「…………はい」
貴族の、婚約者同士のやりとりは、基本的に手紙だ。手紙で結婚前に互いを知っていく。 手紙の頻度は、多ければ多いほど良いとされていて、大抵忙しい貴族は代筆者を立てていると聞く。幼馴染みでもあるフェリクスからは、手紙が来るのは用事がある時だけだ。
手紙は来ない。けれど手紙のやりとりなど必要がないくらい頻繁に、顔を合わせている事が増えた。
それは単純にアンリが王城に用があって訪れるところに、フェリクスが鉢合わせる事が多いせいだが、そうではなくとも、アンリの通う学園にフェリクスが顔を見せる事がある。
アンリの参加している週末の教会のボランティアにまで顔を出すことがある。
一年後には王位継承と、挙式を控えている。互いにその準備もあって、忙しくしているはずなのに、たまたま時間が空いたなどと言って、フェリクスはアンリを訪ねてくる。
互いのことを既に知りすぎているくらいだというのに、今頃なんだと言うのだろうか。
フェリクスが訪ねてくるのは単純に嬉しい。それがバレているのかもしれない。ここのところ、随分と甘やかされている。
「牽制してんだろ、それ」
「…………牽制? 何を?」
「可愛いアンリを取られたくないんだよ」
「誰に」
クラスメイトのジンに相談すると、呆れたような口調でそんなことを言われた。
「例えば俺とか」
「……お前は、この国の王太子の婚約者に手を出すほど馬鹿じゃないだろ」
「だから例えばだって言ってんだろ」
9年制の学園で、初等科の頃から同じクラスになる事の多かったジンはアンリの良き親友だった。他国から来たというジンは、最初こそ褐色の肌や、金色の瞳で揶揄われていたが、その類まれなる才覚で周囲を黙らせた天才だ。
学園に通いながら次々と新しい魔法技術の研究を進めていて、既に国の魔法研究科からお誘いがあるとも聞いている。この国の魔法技術は、他国に後れを取っているので、彼のような才覚ある人材がいてくれることは純粋に嬉しいことだった。
そうではなくとも、ジンが入学当初いじめられた時に、アンリが前に立って庇ったことを未だに恩に感じてくれていて、それ以来王太子の婚約者としてではなく、ただのアンリとして接してくれている。貴重な人物だ。
「フェリクス様はお前が大事なんだよ」
「…………そうなのかな」
未だに信じがたい。あの男爵令嬢が突如フェリクスの隣に現れた時、内心ではホッとしたのだ。良かった、とすら思った。
王太子と言う重圧に張り詰めて、常に緊張を強いられていることを知っていたのに、アンリは何もできなかった。どうしていいかわからなかった。彼を王太子たらんと、支えて、叱って、そんな事は出来たけれど、息抜きをさせてやることが出来なかった。
きっと、アンリの存在はフェリクスを苦しめるだけだ。
だから、彼にそう言う場ができたのなら、と思っていたのに、現実は上手くは行かない。
そう思っていたはずなのに、目の前で自分以外の誰かと笑い合うフェリクスを見て、胸を締め付けられて、結局また自分が隣に立てる事を喜んでいる。
(……性格が悪い)
自己嫌悪ばかりだ。こんなことで王妃になどなれるのだろうかと考える。
現王妃はとても立派な方で、愛情深く、誰にでも愛されて、誰にでも手を差し伸べて下さるような、国民の希望とも言えるようなお方だ。そこに自分が立っている姿が想像できない。
勉強も、ダンスも、何だって、できることはやっているつもりでも、それが出来たからと言って立派な王妃になれるとは思っていない。
フェリクスが誰からも好かれる王となるなら、アンリとてそうならなければならないのに。
「まぁ、お前はもう少しフェリクス様と話をした方がいいかも」
「……? 話はしてる」
「それって何の話?」
「……昨日はガレリア地区の暴動と、教会の運営方針の話と、孤児を育てる施設の建設についてと……」
「仕事じゃん」
ジンがため息をつきながら天を仰ぐ。
「……大事な話だよ」
「はいはい、アンリは立派だよ。立派すぎる。そうじゃなくてさ、じゃあ昨日、フェリクス様が仕事以外で何したか知ってる?」
フェリクスのスケジュールは頭に入っている。
王城を訪れると、フェリクスの執事のその下についている、秘書が教えてくれるのだ。
けれどそこで共有されるのは仕事の話のみだった。
「…………仕事、以外は、しらない」
「仕事以外の話をしろよ、きっと喜ばれる」
(……喜ぶ?)
フェリクスが、そんな事で喜ぶだろうか。
自分が不器用なことはわかっている。だから人一倍努力して、フェリクスの隣に相応しくなろうとしている。けれどそればかりではダメだと、この間の一件で気づいたのだ。
フェリクスが言っていた、フェリクスの隣にいたいと思うなら、王妃としての前に、彼を愛して、愛されるようにしないといけないと、そう言われた。彼を愛するのは簡単だ。
だってアンリはずっと、フェリクスが好きだ。誰だって彼を好きになる。そういう男だ。
けれどアンリは、誰かに好かれるような人間ではない。愛してる、とここのところフェリクスは言ってくれるが、それが、本当なのか、未だに信じられていない。
フェリクスは、アンリのどこを好きになったのだろうか。
(……今、例えば、フェリクス様が好きだと言ってくれているところが、好きになって貰えたところが、ダメになったら、嫌われるんだろうか)
そうだとするなら、フェリクスに好かれる部分を少しでも増やさないといけない。
そうするにはフェリクスを喜ばせるのが一番だろう。けれどそう思っても、彼が喜ぶようなことが何も思いつかなかったのだ。
もしかしたらフェリクスは、勘違いしているのかもしれない。あの日、襲撃に合ったフェリクスを、身を挺して庇ったから、それを特別に評価してくれたのかもしれない。
それ以外に思いつかないのだ。
「お前はお前の考えてることを説明しなさすぎるし、あと遠慮して相手のことを聞かなすぎる。ちゃんと話してみな」
「……うん」
◇◇◇
「フェリクス様」
「……ああ、アンリ。ちょっと待て」
そこ座ってて、と言われて案内されたフェリクスの私室のソファへと腰をかける。
フェリクスは執務の最中なのか、執務机で頭を抱えたまま羽ペンを走らせている。両隣に積み上げられた紙の高さを見れば、忙しいというのは明白だった。
「……あの、お忙しいなら……」
「すぐに済む」
王位継承の日も近づいて来て、王から仕事の引き継ぎが始まっているのだと聞いている。
いずれアンリが一部手伝うことになるのだろうが、まだ正式に婚姻を結んでいない状態ではまだアンリは王族の書類には触ることが出来ない。
(……あんまり、来たら、邪魔になるだろうか)
忙しいのなら、来る頻度を落としたほうがいいのかもしれない。今までは用事があるからと、頻繁に訪ねてきていたが、今すぐに話し合うべきような事は少ない。むしろそうじゃないものの方が多い。
けれど、気が付けば、フェリクスに会いに来てしまっていた。よく考えれば迷惑な話だ。
王位継承の前に、急ぎでもない用事で寝る前の時間を削らせてしまっている。アンリでは、あの男爵令嬢のように、フェリクスの息抜きにはなれないのだ。そうであればせめて、寝る時間くらいは邪魔せずにいたほうがいいのではないだろうか。
「……はぁ、疲れた」
「フェリクス様、お疲れ様です。すみません、お疲れなら今日は帰ります」
どうして今まで思い至らなかったのだろうかと、慌てて立ち上がる。自分の鈍感さに腹が立つ。勉強ができたって、政治に詳しくなったって、フェリクスを疲れさせてしまうのでは、意味がないのに。
「え、あ、おい、ちょっと待て、待て、アンリ!」
部屋を出ようとしたところで、引き留められて腕を引かれる。
「悪かった、怒るなよ」
「……お、怒って、ないです……」
「なら帰るなよ」
ほら、と、腕を引かれたまま先ほどのソファへと連れて行かれる。大人しく座ったアンリの腕を放さないまま、フェリクスは恐る恐る隣へと腰かけた。
「……お前が来てるのに、疲れたなんて言ったから、怒ったんじゃないのか?」
あまりに思っていたことと違う事を、フェリクスが心配していて、頭が真っ白になる。そんなことでアンリは腹を立てない。けれどそう思われるほど、アンリの態度はフェリクスに冷たかっただろうか。
「…………あの、」
「うん」
「………………しばらく、ここに来るのをやめます」
(そうだ、そうしたほうがいい)
アンリがいると、フェリクスはきっと追い詰められたような気持ちになるのだろう。そうに違いない。そうしてきたのはアンリだ。そうでなければ、フェリクスが疲れたと言ったくらいで怒るような相手だと、思われるわけがないのだ。
「……なんでアンリが死にそうな顔してんの」
フェリクスの両手がアンリに触れて、そのまま顔をあげられる。思いのほか辛そうな顔をしたフェリクスがこちらを見ていて、息を呑んだ。
「今のは、俺が死にそうな顔するところだろ」
「…………どうして」
「好きな人が、しばらく会いに来るのをやめるなんて言ったら傷つく」
(……あ)
そう言われてようやく、アンリは何故会いに来ないほうが良いと思ったのかを伝えていなかった事に思い至った。友人の言葉が頭の中に響き渡る。
『お前はお前の考えてることを説明しなさすぎるし、あと遠慮して相手のことを聞かなすぎる。ちゃんと話してみな』
「…………フェリクス様、私がいると、疲れるでしょう」
「俺が疲れたのは仕事で、お前といると疲れるなんて言ってない」
「……でも、私と話すより、寝たほうが疲れが取れるでしょう? 私の話は、急ぐものじゃないですし、あの、せめて王位継承が落ち着くまでは……」
「それって半年くらい、俺に会わないってこと?」
半年、会わなくなるわけじゃない。挙式もあるし、それまでは顔を合わせることもあるだろう。打ち合わせだってある。そうでなくとも王妃になる事前の手続きなどで王城には来るだろうが、こうして、二人きりで話す時間がなくなるだけだ。
そう答えようとして、フェリクスの顔を見て、口を開くのに、言葉が出てこない。会わないわけじゃない、二人でいる時間がなくなるだけだから、どうぞその時間を寝る時間に充ててください、と、そう言えばいいだけだ。
「アンリ」
フェリクスがいつの間にかアンリの手を握っている。
ついこの前まで二人で手を繋ぐことなど無かったのに、今はもう、十分フェリクスの手の温かさを知るようになってしまった。
(……言ったら、我が儘になる)
「アンリ、アンリがしたい事、ちゃんと言ってくれ。ダメだったり、無理だったりしたら、ちゃんと俺が止めるから」
握りしめられた手の甲にキスをされる。眉間に皺を寄せて、まるで祈るようなフェリクスの表情に、胸が苦しくなる。そっと息を吐いて、それから口を開く。
「…………フェリクス様が、疲れてるなら、休んで欲しい。でも、……二人で話す時間も欲しい、で……んっ……」
最後まで言葉を言い終わる前に、強い力で引き寄せられて、唇を押し付けられる。何度か口づけられて、フェリクスの舌がアンリの口内をひと舐めしたところで、驚いてフェリクスの胸を叩いた。
「っ、あ、……の……!」
「アンリといて疲れることなんてない。むしろ会いに来てくれた方が疲れが取れるんだけど」
「……そんなわけない」
「なんでそう思う」
信じられない。そんな顔で見上げると、フェリクスはそれこそ意外だとでも言うような反応を見せて戸惑ってしまう。
「なんで、って……だって、……私、と、いると、仕事の話ばっかりで……気が休まらないし、それで、……あ、の人みたいに、……愛嬌があるわけでもないし」
「……じゃあ仕事以外の話をしよう。愛嬌は確かに無い、全然ない。でもそれも含めていい。可愛いよ、アンリ」
「かっ……」
可愛い、など、一番馴染みがない。知らない間にフェリクスは随分と目を悪くしたのだろうか。言われた事のない言葉に戸惑う。
「可愛いよ。俺の側にいたくて、俺のことばっかり考えてるだろ」
「っ……」
言われた言葉はその通りだ。だから否定はしない。けれど握られた手が熱い。じっとりと汗をかいている。居たたまれない。
手を放してほしいのに握られた力が強くて振りほどけない。
「会いに来なくなるなんて寂しいこと言うなよ。なぁ、仕事が終わった後にアンリがいると嬉しいんだ」
「…………本当に?」
「本当」
嘘じゃない、と言われて、また額に口づけられる。
抱きしめられた身体が熱い。
(……嬉しい)
アンリだって、フェリクスに会いに来るのが楽しみなのだ。
「……ジンの言った通りだったな」
「…………ジン?」
「ああ、えっと、学友です」
言われたとおり、やはりアンリは説明をしなさすぎたのかもしれない。勝手にフェリクスのことを決めつけるのではなく、話をした方が良いと言われたのはいいアドバイスだった。
「へぇ、そいつは何て?」
「……もっと素直に、話をした方がいいって」
おおよそ要約をして伝える。大体そんな感じの事を言われたはずだ。
「……相談したんだ?」
「そうですね。ジンとは付き合いが長いので、相談することが多いです」
ぐ、と身体を押されて、そのまま抗わずにソファへと倒れ込むと、フェリクスが乗り上げてきた。下からフェリクスを見上げたのは、子どもの頃に芝生で転がって遊んでた頃以来だ。
「アンリがいるだけで嬉しい、けど、もっと元気が出ることあるんだけど」
「え」
それは何だろうと、考える間もなく、フェリクスの指がアンリのうなじを撫でる。
「……ッ、ぁ」
「……薬は飲んでる?」
薬、というのがオメガの抑制剤と避妊薬だという事をすぐに悟って、頷く。
この国ではなかなか手に入らない高価なオメガの為の薬は、他国から輸入されて王室経由でアンリの元へ定期的に供給されている。アンリがオメガで、フェリクスがアルファである以上、いずれそういった事を為して、子を作ることになるだろうとは思っていたが、それまでは誰にも触れられないように首を覆い隠した服を着て、ネックガードをして、薬を飲んで、決して誰にもそこに触れさせないようにと細心の注意を払っていた。
「フェリクス様」
「……俺も薬を飲んでるし、お互い発情期じゃない。子どもはできない」
「……っ、」
「アンリが嫌なら、しない」
フェリクスも少し、汗をかいているようで、握りしめられている手が熱い。
覆いかぶさられているせいで、互いの体温を感じてしまう。この国では婚前交渉はあまり良いこととはされていないし、王族であるフェリクスはなおの事だ。こんなにも長い時間、密着していたことがなくて、どうしていいかわからない。戸惑うばかりなのにフェリクスの体温が嬉しくてじとり、と股が濡れるのを感じている。
胸が高鳴っている。
(……ど、どうすれば)
断るべきだ、そういうのは、あと半年すればいくらだって出来るのだし、フェリクスだってアンリが嫌ならしないと言っている。互いに発情期では無いし、薬も飲んでいても、子どもが絶対にできないわけじゃない。
「…………………………ベッドで、なら」
かろうじて喉から搾り出した声は、それでもフェリクスに届いたようで、すぐに抱き上げられて、寝室へと連れ出された。
「……アンリ」
うなじをくすぐるように触れられて、それが合図だとわからないほど初心ではない。
ネックガードは外さない。正式に婚姻を結んでいない身で、番になるなどさすがに許されない。けれどそれでもフェロモンを出すことは出来る。
「ん、アンリのフェロモン、初めて嗅いだ」
ぶわっ……と辺りに拡がったフェロモンは、発情期の時ほど強力なものではない。薬で抑制された状態であれば、多少興奮を煽るものではあるだろうが部屋の外に漏れるものではないし、目の前のフェリクスくらいにしか感じられないだろう。
貴族のオメガで、王太子の婚約者となればその発情期の期間は決して誰にも見られないようにと厳重な部屋へ閉じ込められる。フェロモンが出る時期になれば、フェロモンが出る前に部屋へと入れられるから、一緒にいることが多かったとは言え、フェリクスだってアンリのフェロモンを嗅いだことが無いのは当然だった。
首筋に顔を埋めてフェリクスが匂いを確かめているのが恥ずかしくてたまらない。
まさか今日ここでこんなことをする事になると思っていなかったし、使用人たちにバレてはいけないので湯浴みもできない。さすがにいつも通りの時間になれば家に帰らないといけない。あまり長い間こうしている事も出来ないのも互いにわかっている。
「アンリ」
フェリクスに名前を呼ばれるのが昔から好きだった。けれどこうやって、劣情を露わに名前を呼ばれるのは初めてでむずむずする。心臓がうるさくて、いつものように無表情が保てない。顔中にキスを落とされて、唇に触れられたと思ったら、まるで食べられるようなキスをされる。
「っぅ、ふ、ぁ……ッ、」
いつものように触れるだけ、舐めるだけではなくて、舌を絡めとられて、吸われて、噛まれて、喉の上を舐められて、性感を引き出すための口づけだった。そんな触れ方をされるのが初めてで、驚いて思わずフェリクスの胸を押し返そうとしたのに、その手も取られてしまう。こんなにも近くフェリクスを感じるのは初めてで、やはり今日はやめて貰えばよかった、と後悔し始めたところで、呼吸を荒らげるフェリクスが身体を起こしてアンリを見つめてきた。
「後悔しても遅いからな」
「……な、」
「わかるよ、お前、わかりやすいから」
胸がうるさい。わかるよ、なんて、少し前のフェリクスだったら絶対に言わなかった。お前が何を考えているかわからないと、ずっと言われていた事だ。
何があったと言うのだ、一体。どこかで頭を打ったのだろうか。そうとしか思えない。
フェリクスの手が伸びて、アンリの服の上から、身体の線を確かめるように触れられる。
そのまま股の間に手が伸ばされて、悲鳴のような声をあげてしまった。先ほどからの密着した体温と、激しいキスでほぼ雄としての機能を持たないそこが頭をもたげている。
まだ柔らかいそこを、フェリクスの手がゆっくりと揉みしだいている。
「ひっ、あの、」
「やめない」
首筋にキスを落とされて、性器を触られて、頭が混乱する。あまりの展開に涙が出そうだった。キスをされて身体中を触られて、気が付けば下着まで脱がされていて、あられもない姿をさらしている。
「アンリッ……、ゆっくり息吸って、吐いて」
フェリクスの呼吸も荒い。アンリに触れて興奮しているのだと思うと、居たたまれない。
息を吸いすぎて、呼吸困難になっていたところを背中を撫でられて呼吸を促される。息を吸って、吐いて、吸ってと繰り返しているうちに落ち着いてきた。
それで少し落ち着いたかと思ったところにひんやりとした感触を尻の合間に感じて、驚いて身体を固くしてしまう。
「……触るぞ」
ひたり、と誰にも触らせた事のないところにフェリクスの指が入り込む。既に濡れ始めているそこは、抵抗もなく、潤滑油をまとった指先を飲み込んでいく。
「っ、ぁ、やぁ、」
ずぶずぶずぶずぶと奥に挿入された指は、無遠慮にアンリの中を探るように触っていく。
何も挿入した経験がないそこは、指一本でも違和感を訴えてくる。
「ぃ、」
「アンリ」
名前を呼ばれて顔をあげると、今度は柔らかいキスを落とされる。
額に瞼に、鼻の頭に落とされて、唇にも触れられたそれを受け容れる。いつも通りの慣れたそのキスに安心して、何度も求めるように顎をあげると、望むままキスが落とされる。
柔らかく唇を噛まれて、舌を吸われて、甘やかすようなキスに興じている間に、股の間の指が二本になって三本に増やされて、いつの間にかどろどろに蕩けていたそこから、指が引き抜かれると、恥ずかしいほどに愛液がフェリクスの手首まで濡らしていた。
「挿れていいか」
すっかり前を寛げたフェリクスの性器が、しっかりと勃ちあがっていて思わず顔を逸らしてしまう。他人の性器を目にしたのは、子どもの頃以来だった。
アンリのペニスよりも随分と凶悪な見た目をしたそれを、これから受け容れるのだと思うとそれだけでまた股の間から愛液があふれ出す。
「……ッ、もういい、から……!」
息も上がって、感じた事もない快感の種のようなものが燻っている。時間ももうそれほどないのだから、するならもう早く終わらせて欲しいと、フェリクスの腕を引く。
ぷちゅ、と聞いた事もない音で、性器を擦りつけられて、何度か先端を擦り付けられる。
指よりも熱を持ったペニスが、アンリの性器に押し付けられて、少し離れるとアンリの愛液がとろりとフェリクスのペニスを強請るように糸を引く。
それが恥ずかしくて、側に合った枕に顔を埋めたのと同時に、圧倒的な質量を持ったフェリクスのペニスが、アンリの中に挿入されていく。
「っ、んん……」
「苦しくないか?」
そう尋ねられれば、苦しい、と答えるしかないのだが、そうしたところで止まれないだろうと、首を横に振って応える。とにかくフェリクスが気持ちが良いならそれでいいと、息を整えながら、まださらにアンリの奥に入って来ようとしている性器を受け容れることに集中する。服を脱ぐのは最低限にしたせいで、互いに肌をそれほどさらけ出しているわけでもないのに、それでもフェリクスの手が、アンリの腹を撫でるのでぞわぞわとした感覚が背筋を駆け巡る。
「……アンリも」
そう言って、フェリクスの手が、腹からアンリのペニスに移る。
そこは触らなくてもいい、と言おうとしたのと同時に、腰を打ち付けられる。
「あ、ッ……ひぃ、ん」
入ったことのない部分にまで、奥を突き破る勢いで押し付けられて、驚いて身体が固まってしまう。それを物ともせず、遠慮なく身体を貪るように何度も何度もペニスが出ては入ってを繰り返す。
「ぁ、ぁ、あ、んんっ……」
「……は、ぁ、ッ……アンリ……!」
キスを強請られて、応じると、そのまま身体を抱きしめられて、身体を揺さぶられる。早く終わればいいと思っていたのに、触れられてるペニスを擦りあげられるのが気持ち良くて、思わずフェリクスのペニスを締め付けてしまう。
それが気持ち良かったのか、耳元で呻くフェリクスの声が聞こえて、途端に身体中が敏感にでもなったのか、快感が身体中を駆け巡る。
「ッ、ぁ、ぁ、やぁ、や……! もっ……もうやだ……!」
「ん、……あとちょっと」
あとちょっとだから、と中を擦りあげられて、それも気持ちがいい。触れられてるペニスも、キスをされた頬も、舐めしゃぶられた唇も気持ちがよくて、ぐちゃぐちゃだ。
「アンリ、愛してる。可愛い」
(……そんなわけないのに)
そう思うのに、嬉しい、と身体が喜んでいる。アンリの胎の中で昂っているペニスが、フェリクスの欲情を直接的に伝えてくる。さすがに何とも思っていない相手にはこうはならないだろうとわかる。疑っていたはずなのに、こうして抱きしめられて、身体を揺さぶられて、好き放題されて、それで妙に心が落ち着いている。
「フェリクス様っ……!」
過ぎた快感が怖くて、目の前のフェリクスに抱き着くと、中にあったペニスがひと際大きくなるのを感じて、腰が震える。
「ははっ……」
爛れた空気の中で不釣り合いな、フェリクスの笑い声に驚いて顔をあげると、まるで昔、子どもの頃に一緒に遊んでいたときの笑顔で笑っていて驚いてしまう。
「ふっ、ごめん……アンリ、必死で可愛くて」
「…………そんな」
「ごめん、俺がそうしてるのに」
何てことだと怒ろうとしたところで、可愛いと重ねて言われれば口を噤むしかない。
そのまま、最奥を好き放題揺すぶられて、フェリクスが吐精した熱を胎に感じて、それで終わるかと思えば、アンリがその後泣きじゃくってしまうまで快感で追い込まれて、気が付けば行為が終わる頃にはいつもの帰る時間よりも随分と遅い時間になってしまっていた。
「……ごめん、これじゃ帰れないな」
「………………はい」
過ぎた快感で泣きすぎたせいで、このままの顔で出れば何をしていたかなんてすぐにバレてしまう。今日はこのまま泊まれるようにするから、と、部屋を出て行ったフェリクスを見送って、そのままベッドへと疲れた身体を横たえる。
(……すごかった)
自慰をすることはあったけれど、それだって多少擦って精液が出れば終わりというものだった。胎の中にペニスを受け入れたのも、そこで精液を受け止めたのも初めてで、今もまだ何かが入っているような違和感がある。
こんなにされるなんて思っていなかった。触れたいと言われたって、多少触れられて、そう、まるで子供の戯れのような、それを想像していたのだ。あんなにも欲情したフェリクスに求められるだなんて思っていなかった。
(顔が熱い……)
泣いたせいもあるが、恥ずかしさで顔が火照っている。
何もかもを見せてしまった。親にも見せたことのないような痴態を、あろうことか一国の
王太子に隅々まで見られてしまった。
触れられる手は激しくて、キスだってしたことがないくらい淫らなキスで、思い出すだけで熱がぶり返しそうだった。
あんな風に、求められるだなんて思っていなかった。
触れられて、怖くて逃げようとしても引き寄せられて、快感をぶつけられて、くらくらした。それと同時に、それだけアンリに欲情しているのだと、嫌でも実感してしまった。
フェリクスの愛してる、も、可愛い、も何一つ、本当かどうか信じられなかったのに、あの行為をした今では、そうなのかもしれない、と思うようになってしまった。だってそうでなければ、あんなにも、
(…………あんなに)
触れたかったのか、アンリに。
知らなかった。
「アンリ、今日はもう疲れて眠ったことにしたから、このままここで寝ていって良い」
アンリの家の御者にも伝えたから、と言われて気恥ずかしくなる。疑われることはないだろうが、家にはあまり知られたくない行為だった。
「ほら」
部屋にあった器に、フェリクスが魔法で冷たい水を張って、布を浸したものを差し出してくれる。泣いた目元を冷やせと言う事だろう。ありがたくベッドに横たわったままそれを受け取って、目に当てる。ひんやりとした冷たさが熱くなった火照りも一緒に落ち着けてくれそうだった。
「んっ」
目を布で覆われていたせいで、唇に押し付けられたそれが何かわからなかった。
驚いて布を取り去ると、目の前にフェリクスがいて、もう一度キスをされる。触れるだけのキスはすぐに終わったようで、落ちた布をフェリクスがもう一度当ててくれた。
「…………相談」
「……はい?」
「………………相談するなら、俺にしろよ。俺との事で悩んでるなら、俺と話す方が話が早いだろ」
言われた言葉の意味がわからなくて、一瞬ぽかんとしてしまう。
けれどすぐに、この行為を始める直前の会話のことを思い出した。そうだ、相談をしたと言う話をしたのだ、旧友に。
『牽制してんだろ、それ』
そう言ったジンの言葉がよぎる。
「……では、次からは、フェリクス様に相談します」
「うん、それでいい」
心臓が動き出してうるさい。もうここのところ、ずっと異常な動きを見せている。まるで止まっていた心臓が突然動き出したかのようで、手に負えない。
けれども悪いことじゃない。アンリの心臓を動かしているのはフェリクスだ。
「…………フェリクス様」
「何だ」
「……私のどこが好きですか」
目を布で覆われていて、身体も疲れて動かなくて、寝室は灯りが消されているし、月明かりしか入らない。だから、多少厚顔無恥な事を聞いても許してもらえるだろうか。フェリクスとのことはフェリクスに相談しろと、言われたのだ。ずっと聞いてみたい事だった。
「………………お前が、俺を好きすぎるところ」
そう言われれば、そうかもしれない。それなら納得できそうだと返事をしようとしたら、指先をフェリクスに握られた。
「……あと、俺より勉強ができるところ、政治に詳しくて、この国に詳しいところ。ダンスができるところ、字がきれいなところ……ああ、言語も、いくつかできるだろう。それから、俺の話を最後まで聞いてくれるところ。俺を、見捨てないところ。……背筋が伸びて、座っている姿がきれいだ。それから、俺に呼ばれて振り返るとき、嬉しそうにしてるのがいい。俺の名前を呼ぶ声が好きだ、それから……」
「フェ、フェリクス様……!」
もういい、と声を荒らげる、ベッドから身体を起こす。顔を合わせられない。持っていた布をフェリクスの顔に押し付ける。
「まだ言える」
「……っ、もう、あの、わかりましたから……ッ」
こんなにも沢山の理由を並べられるだなんて思ってもいなくて、驚いた。何をどう喜んでもいいのかもわからない。ふいに腰を抱きしめられて、そのまま、フェリクスの上に覆いかぶさるように倒れ込んでしまう。
「……っ」
「今まで悪かった。これからはちゃんと伝える。お前がいい、お前が、俺の隣にいて欲しいから、俺の側にいてくれ」
(ああ、神さま)
こんな時だけ、神さまだなんて言って、呼びかける事を許してほしい。
だってどうしても誰かに聞いて貰いたい。
「…………嬉しい」
1,100
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素敵なお話を、ありがとうございます!
ぜひ、これからのふたりが読みたいです。
まだ結婚式もしていないし、気になって仕方ありません😄
続き読みたいと言って頂けて嬉しいです!読んで頂きありがとうございます♪
アンリに愛があるから良かったものの、フェリクスは半人前すぎですね
もう二度と失望させないようにフェリクス頑張れ〜と思いました(^^)
返信遅くなってしまってすみません!読んでいただいてありがとうございました😭
とても面白かったです!二人のその後が、まだまだ読みたいです^^
読んで頂いてありがとうございます!また書けたら良いな~と思ってます~