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第13話 四百年前の弓使い
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魔王城での生活も、二週間が過ぎた。
戴冠式まで、残り二週間。
ミス・シャドウがイグニスの捜索を続けているが、具体的な居場所はまだ掴めていない。
カオスは毎日のように「時間がない」と焦っている。
俺も、焦っている。
このままじゃ、本当に魔王になってしまう。
何か、回避する方法はないのか。
今日、俺が初めて足を踏み入れたのは、城の西棟にある「歴史の間」だった。
「ここは、魔王国の歴史を記録した部屋です」
フィオナが案内してくれる。
「王子様も、これから……その、万が一の場合に備えて、歴史を知っておかれるべきかと」
「万が一、か……」
俺は苦笑する。
万が一じゃなくて、このままじゃ確実に魔王だ。
部屋に入ると、壁一面に巨大なタペストリーが掛けられていた。
縦五メートル、横十メートルはあろうかという巨大なもの。
そこには、壮大な絵が描かれていた。
タペストリーの左側には、激しい戦いの光景。
人族と魔族が、剣を交え、魔法を放ち合っている。
血が流れ、街が燃え、人々が倒れている。
凄惨な光景だ。
「これは……」
「過去の大戦です」
フィオナが静かに言う。
「人族と魔族は、長い間争っていました。数百年も」
タペストリーの中央部には、転換点となる場面が描かれていた。
一団の勇者パーティーらしき人々。
剣を持つ戦士、杖を持つ魔法使い、そして……弓を持つエルフ。
エルフは長いフードを被っていて、顔の半分ほどが隠れているが、長い金髪が見える。
そして、その隣には、白い聖女の衣装を着た人物。
彼女の頭にも光の輪のようなものが描かれているが、顔は少し横を向いていて、はっきりとは見えない。
彼らが、魔王と対峙している。
でも、剣を交えているわけではない。
手を差し伸べている。
「これは……」
「四百年前の出来事です」
フィオナが説明する。
「勇者一行が、当時の魔王と和平を結んだ場面です」
タペストリーの右側には、人族と魔族が手を取り合っている光景。
共に畑を耕し、家を建て、祝祭を祝っている。
平和な光景。
「この勇者たちが、長い争いを終わらせたんです」
「すごい……」
俺は、タペストリーを見つめる。
そして、その弓使いのエルフに目が留まる。
その姿勢、弓の構え方……。
どこかで見たような……。
その時、背後から声がした。
「懐かしいわね」
振り返ると、フラーラさんが立っていた。
「あ、フラーラさん」
「このタペストリー、久しぶりに見たわ」
フラーラさんが、タペストリーに近づく。
そして、弓使いのエルフの絵を指差す。
「これ、私なの」
「え……?」
俺は、フラーラさんと、タペストリーの絵を見比べる。
「フラーラさんが……四百年前?」
「ええ」
フラーラさんが静かに微笑む。
「私は、エルフよ。人間よりも、ずっと長く生きる種族」
俺の頭が、追いつかない。
四百年。
フラーラさんは、四百年も生きているのか。
「私は、勇者とともに戦ったわ。人族と魔族の戦争を終わらせるために」
フラーラさんが、遠い目をする。
「当時の魔王は、好戦的だった。でも、その息子……今の魔王陛下の祖父は、和平を望んでいた」
「それで……」
「ええ。私たちは、魔王の息子と協力して、和平を実現させた」
フラーラさんが、タペストリーの右側を指差す。
「互いに奪い合うのではなく、協力することで、豊かな実りを育てる。それが、私たちが伝えたことよ」
「すごい……」
俺は、改めてフラーラさんを見る。
伝説の戦士。
異世界の平和を築いた英雄。
そんな人が、今、異世界ランドで弓を教えている。
「でも……」
フラーラさんが少し寂しそうな顔をする。
「四百年は、長いわ」
「……はい」
「多くの人を見送ってきた。勇者も、仲間たちも、みんな……」
フラーラさんが、言葉を詰まらせる。
その表情が、とても辛そうだ。
俺は、何も言えなかった。
四百年。
その長い時間の中で、フラーラさんは何人の別れを経験してきたんだろう。
その後、フラーラさんと中庭を散歩した。
夕日が、庭園を赤く染めている。
二人で、噴水のそばのベンチに座る。
しばらく、沈黙が続く。
「佐伯」
「はい」
「あなたと一緒にいると、楽しいわ」
フラーラさんが微笑む。
でも、その笑顔は、どこか悲しげだ。
「でも……人間は、短命だから」
その言葉が、胸に刺さる。
「あなたは、あと何年生きられる? 五十年? 六十年?」
「まあ……そのくらいですかね」
「私は、いつかあなたを見送ることになる」
フラーラさんが、遠くを見る。
「それが、辛いの」
「フラーラさん……」
「だから、あまり近づきすぎないようにと思ってた」
フラーラさんが、少し距離を置く。
「でも、あなたといると……どうしても、楽しくて」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
「ごめんなさい。変なこと言ったわね」
「いえ……」
俺は、何も言えなかった。
フラーラさんの気持ち。
四百年生きてきた彼女の孤独。
それを、俺は本当に理解できるだろうか。
でも、一つだけわかることがある。
俺は、フラーラさんと一緒にいたい。
彼女の孤独を、少しでも癒せたら。
そう思っている自分がいる。
でも……。
「佐伯、あなたは……もうすぐ地球に帰るのよね」
フラーラさんが、俺を見る。
「イグニスさんが見つかれば」
「ええ、そうね」
フラーラさんが、寂しそうに微笑む。
「それが、正しいことよ。あなたには、地球での生活がある」
「……はい」
「だから、私は……」
フラーラさんが言葉を詰まらせる。
「私は、あなたが地球に帰ることを願ってる。でも、同時に……」
「同時に?」
「残って欲しいとも、思ってる」
その言葉に、俺は息を呑む。
「でも、それは私のわがままよね」
フラーラさんが、自嘲するように笑う。
「あなたの人生を、私のために縛るなんて」
俺は、フラーラさんの手を取った。
「わがままじゃないです」
「え……」
「俺も、同じことを考えてます」
俺は、正直に言った。
「フラーラさんと、一緒にいたい。でも、俺が魔王になることは……」
俺は言葉を詰まらせる。
「それは、イグニスさんの立場を奪うことになる。それに、俺には地球での生活もある」
「ええ……」
「だから、何とかして……魔王にならない方法を探してます」
フラーラさんが、驚いたように俺を見る。
「魔王にならない方法?」
「はい。イグニスさんを早く見つけるか、あるいは……戴冠式を延期するとか」
「でも、陛下はもう決めたことだから……」
「わかってます。でも、何か方法があるはずです」
俺は、拳を握る。
「俺は、代役です。本物の王子じゃない。だから、本物が戻ってくるべきなんです」
フラーラさんが、複雑な表情をする。
「あなた、本当に優しいのね」
「優しいんじゃないです。ただ……」
俺は、空を見上げる。
「俺が魔王になることは、正しくない気がするんです」
でも、心のどこかで。
もし魔王になれば、フラーラさんと一緒にいられる。
その誘惑に、負けそうになる自分がいる。
「佐伯……」
フラーラさんが、俺の手を握り返す。
「ありがとう。あなたの気持ち、嬉しいわ」
「フラーラさん……」
「でも、無理はしないで」
フラーラさんが微笑む。
「どんな結果になっても、私は……あなたを応援するから」
その夜、俺は城の廊下を歩いていた。
部屋に戻ろうとして、ふと中庭の方から音が聞こえた。
誰かが、泣いている?
俺は、音のする方へ近づく。
中庭の噴水のそばに、一人の人影。
フラーラさんだ。
彼女が、一人で泣いていた。
「……同じ時を、生きられない」
小さな声。
でも、はっきりと聞こえた。
「どうして、私はこんなに長く生きるの……」
フラーラさんが、顔を覆う。
「また、誰かを見送るのは……辛い」
俺は、声をかけようとした。
でも、言葉が出ない。
何を言えばいいのか、わからない。
俺が声をかけたところで、フラーラさんの孤独を癒せるのか。
いや、でも……。
俺は、勇気を出して声をかけた。
「フラーラさん」
フラーラさんが、驚いて振り返る。
涙で濡れた顔。
「佐伯……」
「すみません、聞いてしまって」
俺は、フラーラさんの隣に座る。
「俺、何も言えないかもしれません。でも……」
俺は、フラーラさんの手を取る。
「今、ここにいます」
「佐伯……」
「四百年の孤独を、俺が理解できるとは思いません。でも、今この瞬間は、一緒にいます」
フラーラさんが、また涙を流す。
でも、今度は少しだけ、笑顔が混じっている。
「ありがとう……」
その時、廊下から声が聞こえた。
「あら、二人とも、こんなところで」
振り返ると、メリーナさんが立っていた。
白い聖女の衣装を着ている。城の中では、いつもこの格好だ。
「メリーナさん」
「王子様、フラーラ様……お二人とも、何かありましたか?」
メリーナさんが心配そうに近づいてくる。
フラーラさんが、急いで涙を拭く。
「いえ、なんでもないわ」
「でも、フラーラ様、泣いて……」
「大丈夫よ」
メリーナさんが、フラーラさんの隣に座る。
「フラーラ様は、昔から……一人で抱え込むから」
「メリーナ……」
「でも、もう一人じゃないですよ」
メリーナさんが、フラーラさんの手を取る。
「私がいます。それに、王子様も」
メリーナさんが、俺を見る。
「王子様は、優しい方です。フラーラ様を、きっと支えてくれます」
「メリーナさん……」
俺は、少し照れる。
メリーナさんが、フラーラさんに優しく言う。
「フラーラ様、あなたは四百年、一人で戦ってきました。でも、もういいんです」
「メリーナ……」
「誰かに頼ってもいいんです。王子様に、甘えてもいいんです」
その言葉に、フラーラさんが小さく頷く。
「……ありがとう、メリーナ」
「どういたしまして」
メリーナさんが微笑む。
そして、立ち上がろうとして——。
ドサッ
聖女の衣装の裾を踏んで、派手に転んだ。
「きゃあ!」
「メリーナさん!」
俺とフラーラさんが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「は、はい……ごめんなさい、いつものことで……」
メリーナさんが恥ずかしそうに笑う。
その光景を見て、フラーラさんが笑った。
本当に、心から笑っている。
「まったく、メリーナったら」
「ごめんなさい、フラーラ様……」
「いいのよ。あなたらしいわ」
フラーラさんが、優しく微笑む。
三人で、しばらく中庭で話をした。
メリーナさんが、昔の勇者パーティーでの話をしてくれる。
「フラーラ様は、本当にかっこよかったんです。弓の腕前は、誰にも負けませんでした」
「それは昔の話よ」
「いえいえ、今も変わりません!」
メリーナさんが力説する。
「それに、勇者様も……」
メリーナさんが、少し寂しそうな顔をする。
「勇者様は、本当に優しい方でした。フラーラ様のこと、とても大切にしていました」
「……ええ」
フラーラさんが、遠くを見る。
俺は、聞いていいのか迷ったが、聞いてみた。
「その勇者は……」
「もう、亡くなったわ」
フラーラさんが静かに答える。
「三百年以上前に。人間の寿命だから、当然よね」
「そう、ですか……」
「でも、彼との思い出は、今も大切にしてるわ」
フラーラさんが微笑む。
でも、その笑顔は、とても寂しそうだった。
部屋に戻る途中、俺は考えた。
フラーラさんの孤独。
彼女が愛した勇者は、もういない。
そして、俺も……いつか、彼女の前から消える。
地球に帰るか、あるいは人間の寿命で。
どちらにしても、フラーラさんは一人になる。
それが、辛い。
俺に、何ができるんだろう。
部屋に戻り、俺はベッドに倒れ込む。
フラーラさんの涙。
彼女の孤独。
そして、「人間は短命だから」という言葉。
俺は、どうすればいいんだ。
魔王になることは、避けたい。
それは、イグニスさんの立場を奪うことになる。
でも、フラーラさんと一緒にいたい。
彼女を、一人にしたくない。
窓の外を見る。
少し赤い空、二つの月。
美しい景色だけど、今は何も心に響かない。
「フラーラさん……」
俺は、小さく呟いた。
彼女の笑顔が、頭に浮かぶ。
優しく微笑む顔。
でも、その奥に隠された孤独。
俺は、それを癒すことができるのか。
いや、癒すとかじゃない。
ただ、一緒にいたい。
彼女の隣にいたい。
でも、俺は魔王になるべきじゃない。
それは、間違っている。
イグニスさんを見つけなければ。
何としてでも。
そうすれば、俺は地球に帰れる。
フラーラさんとは、離れることになる。
でも、それが正しいことなんだ。
「……本当に、それが正しいのか?」
心の奥で、別の声が囁く。
もし魔王になれば、フラーラさんと一緒にいられる。
彼女の孤独を、癒せるかもしれない。
「違う、違う」
俺は頭を振る。
それは、自分勝手な考えだ。
イグニスさんの人生を奪うことになる。
それに、地球での生活も捨てることになる。
家族も、友達も。
「でも……」
俺は、枕に顔を埋めた。
この気持ちを、どうすればいいんだ。
戴冠式まで、あと二週間。
それまでに、答えが出るだろうか。
イグニスが見つかるだろうか。
そして、俺は……フラーラさんと、どうなるんだろう。
戴冠式まで、残り二週間。
ミス・シャドウがイグニスの捜索を続けているが、具体的な居場所はまだ掴めていない。
カオスは毎日のように「時間がない」と焦っている。
俺も、焦っている。
このままじゃ、本当に魔王になってしまう。
何か、回避する方法はないのか。
今日、俺が初めて足を踏み入れたのは、城の西棟にある「歴史の間」だった。
「ここは、魔王国の歴史を記録した部屋です」
フィオナが案内してくれる。
「王子様も、これから……その、万が一の場合に備えて、歴史を知っておかれるべきかと」
「万が一、か……」
俺は苦笑する。
万が一じゃなくて、このままじゃ確実に魔王だ。
部屋に入ると、壁一面に巨大なタペストリーが掛けられていた。
縦五メートル、横十メートルはあろうかという巨大なもの。
そこには、壮大な絵が描かれていた。
タペストリーの左側には、激しい戦いの光景。
人族と魔族が、剣を交え、魔法を放ち合っている。
血が流れ、街が燃え、人々が倒れている。
凄惨な光景だ。
「これは……」
「過去の大戦です」
フィオナが静かに言う。
「人族と魔族は、長い間争っていました。数百年も」
タペストリーの中央部には、転換点となる場面が描かれていた。
一団の勇者パーティーらしき人々。
剣を持つ戦士、杖を持つ魔法使い、そして……弓を持つエルフ。
エルフは長いフードを被っていて、顔の半分ほどが隠れているが、長い金髪が見える。
そして、その隣には、白い聖女の衣装を着た人物。
彼女の頭にも光の輪のようなものが描かれているが、顔は少し横を向いていて、はっきりとは見えない。
彼らが、魔王と対峙している。
でも、剣を交えているわけではない。
手を差し伸べている。
「これは……」
「四百年前の出来事です」
フィオナが説明する。
「勇者一行が、当時の魔王と和平を結んだ場面です」
タペストリーの右側には、人族と魔族が手を取り合っている光景。
共に畑を耕し、家を建て、祝祭を祝っている。
平和な光景。
「この勇者たちが、長い争いを終わらせたんです」
「すごい……」
俺は、タペストリーを見つめる。
そして、その弓使いのエルフに目が留まる。
その姿勢、弓の構え方……。
どこかで見たような……。
その時、背後から声がした。
「懐かしいわね」
振り返ると、フラーラさんが立っていた。
「あ、フラーラさん」
「このタペストリー、久しぶりに見たわ」
フラーラさんが、タペストリーに近づく。
そして、弓使いのエルフの絵を指差す。
「これ、私なの」
「え……?」
俺は、フラーラさんと、タペストリーの絵を見比べる。
「フラーラさんが……四百年前?」
「ええ」
フラーラさんが静かに微笑む。
「私は、エルフよ。人間よりも、ずっと長く生きる種族」
俺の頭が、追いつかない。
四百年。
フラーラさんは、四百年も生きているのか。
「私は、勇者とともに戦ったわ。人族と魔族の戦争を終わらせるために」
フラーラさんが、遠い目をする。
「当時の魔王は、好戦的だった。でも、その息子……今の魔王陛下の祖父は、和平を望んでいた」
「それで……」
「ええ。私たちは、魔王の息子と協力して、和平を実現させた」
フラーラさんが、タペストリーの右側を指差す。
「互いに奪い合うのではなく、協力することで、豊かな実りを育てる。それが、私たちが伝えたことよ」
「すごい……」
俺は、改めてフラーラさんを見る。
伝説の戦士。
異世界の平和を築いた英雄。
そんな人が、今、異世界ランドで弓を教えている。
「でも……」
フラーラさんが少し寂しそうな顔をする。
「四百年は、長いわ」
「……はい」
「多くの人を見送ってきた。勇者も、仲間たちも、みんな……」
フラーラさんが、言葉を詰まらせる。
その表情が、とても辛そうだ。
俺は、何も言えなかった。
四百年。
その長い時間の中で、フラーラさんは何人の別れを経験してきたんだろう。
その後、フラーラさんと中庭を散歩した。
夕日が、庭園を赤く染めている。
二人で、噴水のそばのベンチに座る。
しばらく、沈黙が続く。
「佐伯」
「はい」
「あなたと一緒にいると、楽しいわ」
フラーラさんが微笑む。
でも、その笑顔は、どこか悲しげだ。
「でも……人間は、短命だから」
その言葉が、胸に刺さる。
「あなたは、あと何年生きられる? 五十年? 六十年?」
「まあ……そのくらいですかね」
「私は、いつかあなたを見送ることになる」
フラーラさんが、遠くを見る。
「それが、辛いの」
「フラーラさん……」
「だから、あまり近づきすぎないようにと思ってた」
フラーラさんが、少し距離を置く。
「でも、あなたといると……どうしても、楽しくて」
その言葉に、俺の胸が熱くなる。
「ごめんなさい。変なこと言ったわね」
「いえ……」
俺は、何も言えなかった。
フラーラさんの気持ち。
四百年生きてきた彼女の孤独。
それを、俺は本当に理解できるだろうか。
でも、一つだけわかることがある。
俺は、フラーラさんと一緒にいたい。
彼女の孤独を、少しでも癒せたら。
そう思っている自分がいる。
でも……。
「佐伯、あなたは……もうすぐ地球に帰るのよね」
フラーラさんが、俺を見る。
「イグニスさんが見つかれば」
「ええ、そうね」
フラーラさんが、寂しそうに微笑む。
「それが、正しいことよ。あなたには、地球での生活がある」
「……はい」
「だから、私は……」
フラーラさんが言葉を詰まらせる。
「私は、あなたが地球に帰ることを願ってる。でも、同時に……」
「同時に?」
「残って欲しいとも、思ってる」
その言葉に、俺は息を呑む。
「でも、それは私のわがままよね」
フラーラさんが、自嘲するように笑う。
「あなたの人生を、私のために縛るなんて」
俺は、フラーラさんの手を取った。
「わがままじゃないです」
「え……」
「俺も、同じことを考えてます」
俺は、正直に言った。
「フラーラさんと、一緒にいたい。でも、俺が魔王になることは……」
俺は言葉を詰まらせる。
「それは、イグニスさんの立場を奪うことになる。それに、俺には地球での生活もある」
「ええ……」
「だから、何とかして……魔王にならない方法を探してます」
フラーラさんが、驚いたように俺を見る。
「魔王にならない方法?」
「はい。イグニスさんを早く見つけるか、あるいは……戴冠式を延期するとか」
「でも、陛下はもう決めたことだから……」
「わかってます。でも、何か方法があるはずです」
俺は、拳を握る。
「俺は、代役です。本物の王子じゃない。だから、本物が戻ってくるべきなんです」
フラーラさんが、複雑な表情をする。
「あなた、本当に優しいのね」
「優しいんじゃないです。ただ……」
俺は、空を見上げる。
「俺が魔王になることは、正しくない気がするんです」
でも、心のどこかで。
もし魔王になれば、フラーラさんと一緒にいられる。
その誘惑に、負けそうになる自分がいる。
「佐伯……」
フラーラさんが、俺の手を握り返す。
「ありがとう。あなたの気持ち、嬉しいわ」
「フラーラさん……」
「でも、無理はしないで」
フラーラさんが微笑む。
「どんな結果になっても、私は……あなたを応援するから」
その夜、俺は城の廊下を歩いていた。
部屋に戻ろうとして、ふと中庭の方から音が聞こえた。
誰かが、泣いている?
俺は、音のする方へ近づく。
中庭の噴水のそばに、一人の人影。
フラーラさんだ。
彼女が、一人で泣いていた。
「……同じ時を、生きられない」
小さな声。
でも、はっきりと聞こえた。
「どうして、私はこんなに長く生きるの……」
フラーラさんが、顔を覆う。
「また、誰かを見送るのは……辛い」
俺は、声をかけようとした。
でも、言葉が出ない。
何を言えばいいのか、わからない。
俺が声をかけたところで、フラーラさんの孤独を癒せるのか。
いや、でも……。
俺は、勇気を出して声をかけた。
「フラーラさん」
フラーラさんが、驚いて振り返る。
涙で濡れた顔。
「佐伯……」
「すみません、聞いてしまって」
俺は、フラーラさんの隣に座る。
「俺、何も言えないかもしれません。でも……」
俺は、フラーラさんの手を取る。
「今、ここにいます」
「佐伯……」
「四百年の孤独を、俺が理解できるとは思いません。でも、今この瞬間は、一緒にいます」
フラーラさんが、また涙を流す。
でも、今度は少しだけ、笑顔が混じっている。
「ありがとう……」
その時、廊下から声が聞こえた。
「あら、二人とも、こんなところで」
振り返ると、メリーナさんが立っていた。
白い聖女の衣装を着ている。城の中では、いつもこの格好だ。
「メリーナさん」
「王子様、フラーラ様……お二人とも、何かありましたか?」
メリーナさんが心配そうに近づいてくる。
フラーラさんが、急いで涙を拭く。
「いえ、なんでもないわ」
「でも、フラーラ様、泣いて……」
「大丈夫よ」
メリーナさんが、フラーラさんの隣に座る。
「フラーラ様は、昔から……一人で抱え込むから」
「メリーナ……」
「でも、もう一人じゃないですよ」
メリーナさんが、フラーラさんの手を取る。
「私がいます。それに、王子様も」
メリーナさんが、俺を見る。
「王子様は、優しい方です。フラーラ様を、きっと支えてくれます」
「メリーナさん……」
俺は、少し照れる。
メリーナさんが、フラーラさんに優しく言う。
「フラーラ様、あなたは四百年、一人で戦ってきました。でも、もういいんです」
「メリーナ……」
「誰かに頼ってもいいんです。王子様に、甘えてもいいんです」
その言葉に、フラーラさんが小さく頷く。
「……ありがとう、メリーナ」
「どういたしまして」
メリーナさんが微笑む。
そして、立ち上がろうとして——。
ドサッ
聖女の衣装の裾を踏んで、派手に転んだ。
「きゃあ!」
「メリーナさん!」
俺とフラーラさんが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
「は、はい……ごめんなさい、いつものことで……」
メリーナさんが恥ずかしそうに笑う。
その光景を見て、フラーラさんが笑った。
本当に、心から笑っている。
「まったく、メリーナったら」
「ごめんなさい、フラーラ様……」
「いいのよ。あなたらしいわ」
フラーラさんが、優しく微笑む。
三人で、しばらく中庭で話をした。
メリーナさんが、昔の勇者パーティーでの話をしてくれる。
「フラーラ様は、本当にかっこよかったんです。弓の腕前は、誰にも負けませんでした」
「それは昔の話よ」
「いえいえ、今も変わりません!」
メリーナさんが力説する。
「それに、勇者様も……」
メリーナさんが、少し寂しそうな顔をする。
「勇者様は、本当に優しい方でした。フラーラ様のこと、とても大切にしていました」
「……ええ」
フラーラさんが、遠くを見る。
俺は、聞いていいのか迷ったが、聞いてみた。
「その勇者は……」
「もう、亡くなったわ」
フラーラさんが静かに答える。
「三百年以上前に。人間の寿命だから、当然よね」
「そう、ですか……」
「でも、彼との思い出は、今も大切にしてるわ」
フラーラさんが微笑む。
でも、その笑顔は、とても寂しそうだった。
部屋に戻る途中、俺は考えた。
フラーラさんの孤独。
彼女が愛した勇者は、もういない。
そして、俺も……いつか、彼女の前から消える。
地球に帰るか、あるいは人間の寿命で。
どちらにしても、フラーラさんは一人になる。
それが、辛い。
俺に、何ができるんだろう。
部屋に戻り、俺はベッドに倒れ込む。
フラーラさんの涙。
彼女の孤独。
そして、「人間は短命だから」という言葉。
俺は、どうすればいいんだ。
魔王になることは、避けたい。
それは、イグニスさんの立場を奪うことになる。
でも、フラーラさんと一緒にいたい。
彼女を、一人にしたくない。
窓の外を見る。
少し赤い空、二つの月。
美しい景色だけど、今は何も心に響かない。
「フラーラさん……」
俺は、小さく呟いた。
彼女の笑顔が、頭に浮かぶ。
優しく微笑む顔。
でも、その奥に隠された孤独。
俺は、それを癒すことができるのか。
いや、癒すとかじゃない。
ただ、一緒にいたい。
彼女の隣にいたい。
でも、俺は魔王になるべきじゃない。
それは、間違っている。
イグニスさんを見つけなければ。
何としてでも。
そうすれば、俺は地球に帰れる。
フラーラさんとは、離れることになる。
でも、それが正しいことなんだ。
「……本当に、それが正しいのか?」
心の奥で、別の声が囁く。
もし魔王になれば、フラーラさんと一緒にいられる。
彼女の孤独を、癒せるかもしれない。
「違う、違う」
俺は頭を振る。
それは、自分勝手な考えだ。
イグニスさんの人生を奪うことになる。
それに、地球での生活も捨てることになる。
家族も、友達も。
「でも……」
俺は、枕に顔を埋めた。
この気持ちを、どうすればいいんだ。
戴冠式まで、あと二週間。
それまでに、答えが出るだろうか。
イグニスが見つかるだろうか。
そして、俺は……フラーラさんと、どうなるんだろう。
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飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい?
自重して目立たないようにする?
無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ!
お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は?
主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。
(実践出来るかどうかは別だけど)
インターネットで異世界無双!?
kryuaga
ファンタジー
世界アムパトリに転生した青年、南宮虹夜(ミナミヤコウヤ)は女神様にいくつものチート能力を授かった。
その中で彼の目を一番引いたのは〈電脳網接続〉というギフトだ。これを駆使し彼は、ネット通販で日本の製品を仕入れそれを売って大儲けしたり、日本の企業に建物の設計依頼を出して異世界で技術無双をしたりと、やりたい放題の異世界ライフを送るのだった。
これは剣と魔法の異世界アムパトリが、コウヤがもたらした日本文化によって徐々に浸食を受けていく変革の物語です。
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