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来栖とむ

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第12話 魔王代理の初スピーチ

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 夕食後、魔王ゼノギアスが俺に言った。
「イグニス、明日の朝の訓示は、お前がやれ」
「え……訓示?」
「ああ。毎朝、家臣たちに訓示を与えるのが王族の務めだ。私の退位後は、お前がやることになる。今から慣れておけ」
 その一言で、俺の運命が決まった。

 その夜、カオスが俺の部屋に来た。
「佐伯くん、明日の訓示について説明する」
「はい、お願いします」
 カオスが資料を広げる。
「魔国の訓示は、伝統的に三つの要素で構成される」
 彼が指を折りながら説明する。
「一つ、王の威厳を示すこと。二つ、臣下の忠誠を確認すること。三つ、命令を下すこと」
「命令……」
「ああ。『余の命に従え』『我が意志を遂行せよ』といった、強い口調でな」
 カオスが過去の訓示の例文を見せてくれる。
 そこには、高圧的な言葉が並んでいた。
「これが、魔国の伝統だ」

 俺は、その例文を読んで違和感を覚えた。
 高圧的。命令的。一方的。
 まるで、前の会社の上司みたいだ。
 自分の意見を押し付けて、部下の話を聞かない。
 あの上司のせいで、俺は会社を辞めた。
 そして、異世界ランドで、色々な人と出会って学んだ。
 グンナルさんは、厳しいけど部下の意見を聞いてくれた。
 フラーラさんは、俺を対等に扱ってくれた。
 田中さんは、みんなで協力することの大切さを教えてくれた。
 メリーナさんは、失敗を恐れず頑張る姿を見せてくれた。

「あの、カオスさん」
「なんだ?」
「この訓示……もっと違う言い方じゃダメですか?」
「違う言い方?」
 カオスが眉をひそめる。
「例えば、もっと……みんなと一緒に頑張ろう、みたいな」
「……それは、魔国の伝統ではない」
 カオスが首を横に振る。
「王は、臣下の上に立つ存在だ。対等ではない」
「でも……」
 俺は言葉に詰まる。
 でも、それって正しいのか?

 カオスが続ける。
「佐伯くん、気持ちはわかる。だが、伝統を無視すれば、家臣たちは混乱する」
「混乱……」
「ああ。急に優しい言葉で話せば、『王子は弱くなった』と思われるかもしれない」
 カオスが真剣な顔で言う。
「明日は、この例文通りに話してくれ。頼む」
 俺は、渋々頷いた。

 翌朝。
 俺は、フィオナに起こされた。
「佐伯様! 訓示の時間です!」
「ああ、もう時間か……」
 フィオナが慌ただしく俺に礼服を着せる。
 セバスチャンも現れて、髪を整え、王冠を被せてくれる。
「ああ、神よ! 王子様の初訓示です! 完璧にしなければ!」
「……緊張するな」
 俺は、昨夜もらった例文を握りしめる。
 これを読めばいい。
 伝統通りに。
 でも、心のどこかで、違和感が消えない。

 十五分後、俺は魔王城の大広間に立っていた。
 広間には、百人近い家臣たちが並んでいる。
 メイド、執事、騎士、魔法使い、様々な魔族たち。
 みんなが、俺を見ている。
 前列には、四天王。カオス、アイアン・ガーディアン、ミス・シャドウ、フォン・マネーゼン。
 そして、フラーラとメリーナも。
 家臣たちが、一斉に頭を下げる。
「イグニス様!」
 その声に、俺の緊張が最高潮に達する。

 俺は、一歩前に出た。
 深呼吸。
 手の中の例文を見る。
「余の命に従え。我が意志を遂行せよ。魔国の栄光のために、全力で働け」
 この言葉を読めばいい。
 伝統通りに。
 でも。
 俺は、家臣たちの顔を見る。
 期待している顔、不安そうな顔、緊張している顔。
 みんな、この魔王城で一生懸命働いている人たちだ。
 異世界ランドのスタッフと、何も変わらない。

 俺は、例文を握りしめたまま、口を開いた。
「……皆さん、おはようございます」
 その瞬間、会場がざわついた。
 おはようございます?
 家臣たちが、困惑した顔をする。
 カオスが、目を見開く。
 でも、俺は続けた。
「今日も、朝早くからありがとうございます」
 会場が、シーンと静まり返った。
 ありがとうございます?
 王子が、家臣に感謝?

 家臣たちが、互いに顔を見合わせる。
 四天王も、驚いた顔をしている。
 カオスが、小さく首を横に振る。
 「やめろ」と言っているようだ。
 でも、俺はもう止まれない。
 俺は、例文を握りしめたまま、ポケットに入れた。
 そして、自分の言葉で話し始めた。

「私は、最近、地球という場所で多くのことを学びました」
 俺は、家臣たちを見渡す。
「そこでは、王も臣下もない。みんなが対等で、互いに協力して働いています」
 家臣たちが、真剣な顔で聞き始める。
「最初、私はそれが理解できませんでした。魔国では、王が命令し、臣下が従う。それが当たり前だったから」
 俺は、自分の過去を思い出す。
「でも、私は気づきました。命令だけでは、人は本当の力を発揮できない」

「地球で出会った人たちは、自分の意志で働き、互いに協力していました」
 グンナルさんの顔が浮かぶ。
「ある職人は、若者に技術を教えながら、若者の新しいアイデアも受け入れていました」
 フラーラさんの顔が浮かぶ。
「ある戦士は、仲間を信頼し、共に戦っていました」
 田中さんの顔が浮かぶ。
「ある人は、『みんなで力を合わせれば、もっと良いものができる』と言いました」

 俺は、拳を握る。
「私は、それを見て思いました。魔国も、そうあるべきだと」
 家臣たちが、じっと俺を見ている。
「王が一方的に命令するだけではなく、みんなで考え、みんなで協力する」
 俺は、前の会社での失敗を思い出す。
「私自身、昔は人の話を聞かず、自分の意見ばかり押し通していました。そして、失敗しました」
 その言葉に、家臣たちがざわつく。
「でも、地球で学びました。人の話を聞き、協力することの大切さを」

 俺は、背筋を伸ばす。
「これから、私は皆さんと一緒に、この国をもっと良くしていきたい」
 家臣たちが、息を呑む。
「皆さんの意見を聞き、皆さんの力を借りながら、誰もが幸せに暮らせる国を作りたい」
 俺は、フラーラさんを見る。
 彼女が、目を潤ませながら微笑んでいる。
「だから、お願いします」
 俺は、深々と頭を下げた。
「皆さんの力を、貸してください」

 一瞬の沈黙。
 それから。
 パチパチパチパチ!
 大きな拍手が響いた。
 家臣たちが、笑顔で拍手している。
「素晴らしい!」
「王子様、変わられた!」
「こんな王子様、初めて見た!」
「これが、地球で学ばれたことか!」
 歓声が上がる。
 メイドたちが泣いている。
 騎士たちが、力強く頷いている。

 四天王も、驚きながらも笑顔だ。
「……予想外だったが」
 カオスが眼鏡を直す。
「悪くない。いや、素晴らしかった」
 アイアン・ガーディアンが豪快に笑う。
「ハハハ! これぞ、新しい時代の王だ!」
 フォン・マネーゼンも満足そうに頷く。
「士気向上効果、計り知れない。経営的にも最高だ」
 ミス・シャドウが、珍しく大きな声で言った。
「……感動しました……」
「おお、シャドウの声が聞こえた!」
 みんなが笑う。

 そして、俺の視線は、フラーラさんに向いた。
 彼女が、涙を拭いながら微笑んでいる。
 そして、小さく口を動かした。
 「ありがとう」
 その言葉が、声にならずとも伝わってきた。
 俺は、少し照れくさくなって視線を逸らした。

 メリーナが駆け寄ってくる。
「王子様! 素敵なスピーチでした!」
「ありがとう、メリーナさん……」
「私、感動しました! みんなで力を合わせて! 素晴らしいです!」
 メリーナが興奮して、俺に駆け寄る。
 そして、その拍子に——。
 ガシャン!
 鎧でバランスを崩し、俺の足を思いっきり踏んだ。
「いたっ!」
「きゃあ! ごめんなさい王子様ぁ!」
 メリーナが慌てて謝る。
 家臣たちが、温かく笑う。
 フラーラさんが呆れたように言う。
「まったくもう……メリーナったら」
 でも、その表情は優しかった。

 訓示が終わり、俺は控え室に戻った。
 四天王が、嬉しそうに入ってくる。
「佐伯くん、予定とは違ったが……素晴らしかった」
 カオスが眼鏡を直す。
「私の予想を、良い意味で裏切ってくれた」
「ありがとうございます……」
「あの言葉、心からのものだったな」
 アイアン・ガーディアンが肩を叩く。
「だからこそ、家臣たちの心に響いた」
 フォン・マネーゼンも満足そうだ。
「家臣たちの士気が、明らかに上がった。生産性向上も期待できる」

 ミス・シャドウが、普通の声で言う。
「あの、佐伯さん……」
「おお、シャドウ、声が大きい!」
 みんなが驚く。
 シャドウが、少し照れながら続ける。
「あなたの言葉を聞いて、私も勇気が出ました。もっと、大きな声で話してみようと思います」
「シャドウさん……」
「ありがとうございます」
 シャドウが深々と頭を下げる。
 その姿を見て、俺は思った。
 俺の言葉が、誰かの勇気になる。
 それが、こんなに嬉しいことだなんて。

 そして、フラーラさんが入ってきた。
「佐伯」
「あ、フラーラさん」
 フラーラさんが、俺の前に立つ。
 そして、真剣な顔で言った。
「あなた、本当にすごいわ」
「え……?」
「伝統を破って、自分の言葉で話した。そして、みんなの心を掴んだ」
 フラーラさんが微笑む。
 でも、その目は潤んでいる。
「あなたは、もう昔のあなたじゃないわ。人の話を聞かず、自分勝手だったあなたじゃない」
「フラーラさん……」

「あなたは、変わった。本当に」
 フラーラさんが、俺の手を取る。
「今のあなたなら、本当に良い魔王になれる。いえ、なるべきよ」
 その言葉に、俺の胸が締め付けられた。
「でも、俺は……」
「わかってる」
 フラーラさんが悲しそうに微笑む。
「あなたには、地球での生活がある。家族も、友達も」
「はい……」
「でも……」
 フラーラさんが、俺を見つめる。
「もしあなたがここに残ってくれたら……私は、どんなに嬉しいか」

 その言葉に、俺は言葉を失う。
 フラーラさんの目が、真剣だ。
 これは、もう「もしかしたら」じゃない。
 彼女は、俺に残って欲しいと思っている。
 本気で。
「フラーラさん……俺は……」
 何を言おうとしたのか、自分でもわからない。
 その時、ノックの音が響いた。
「失礼します!」
 カオスが慌てて入ってくる。
「大変だ! イグニス様の目撃情報が!」
「え!?」

 その夜、俺は部屋で一人考えていた。
 今日の訓示。
 みんなが喜んでくれた。
 家臣たちも、期待してくれている。
 シャドウさんも、勇気を出してくれた。
 そして、フラーラさんが……俺に残って欲しいと言ってくれた。
 徐々に、この魔王城での生活に充実感を感じている。
 朝、家臣たちに訓示を与える。
 四天王と会議をする。
 フラーラさんと中庭を散歩する。
 フィオナとセバスチャンの喧嘩を仲裁する。
 メリーナに足を踏まれる。
 そんな日々が、悪くない。
 いや、むしろ……楽しい。

 でも。
 俺は首を振る。
「違う。俺が魔王になっちゃダメだ」
 魔王になるべきなのは、本物の王子、イグニスだ。
 俺は、ただの代役。
 仮の存在。
 イグニスが見つかったら、俺はここを去る。
 それが、正しいことなんだ。
 でも……。
 窓の外を見る。
 少し赤い空、二つの月。美しい景色。
 そして、フラーラさんの顔が浮かぶ。
 彼女の微笑み。彼女の優しさ。彼女と過ごす時間。

「……このままの生活を、続けたい」
 その言葉が、口から漏れた。
 俺は、ハッとする。
 今、何を考えた?
 このままの生活を続けたい?
 つまり、魔王になりたい、ということか?
 いや、違う。そうじゃない。
 俺が続けたいのは……フラーラさんと一緒にいることだ。
「……やばいな、これ」
 俺は、ベッドに倒れ込む。
 気づいてしまった。
 俺は、フラーラさんのことを……。
 好きなのかもしれない。

 でも、俺は代役だ。
 いずれ、イグニスが見つかったら、ここを去る。
 フラーラさんとも、離れることになる。
 カオスが言っていた。
 「イグニス様の目撃情報が」
 もうすぐ、見つかるかもしれない。
 それは、良いことだ。
 本物の王子が戻ってくる。
 俺は、地球に帰れる。
 でも……。
「……それは、嫌だ」
 俺は、正直に認めた。
 フラーラさんと離れるのは、嫌だ。
 このまま、一緒にいたい。

 俺は、深いため息をついた。
 一ヶ月後の戴冠式。
 それまでに、答えが出るだろうか。
 イグニスが見つかるのか。
 それとも……。
 いや、考えても仕方ない。
 俺は、この複雑な気持ちを抱えたまま、目を閉じた。
 でも、心のどこかで。
 もしイグニスが見つからなかったら。
 もし、俺がこのまま魔王になれたら。
 フラーラさんと、ずっと一緒にいられる。
 その可能性に、少しだけ期待している自分がいた。
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