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第17話 王子、炎上する
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ホテルの朝。
カーテンを開けると、眼下に動き始めた都会の朝が見える。
異世界ランド展も昨日終わり、連日の大盛況と昨夜遅くまでの片付けに俺も少し疲れていた。
今日は荷物と一緒に異世界ランドに戻る日だ。
部屋で荷物をまとめていると、カオスが血相を変えて飛び込んできた。
「佐伯くん、大変だ!」
「どうしたんですか?」
「イグニス様が……SNSで、動画を上げた!」
「え?」
カオスが慌ててタブレット(地球から持ち込んだもの)を見せる。
そこには、イグニスが映っていた。
黒いローブを着ているが、背景はどこかのワンルームマンションの一室。安っぽい家具と、コンビニ弁当の空き容器が見える。
「やあ、みんな! 本物の異世界王子だよ!」
イグニスが、妙にテンション高く手を振る。
「最近、異世界ランド展で話題になってる魔王とエルフのカップル、見た?」
俺は、嫌な予感がする。
「あれさ、偽物なんだよね。本物の魔国の王子は、この俺!」
イグニスが、少し苛立ったような表情で胸を張る。
「代役のバイトが俺のフリしてるけど、本物はここにいる! 証拠見せてやるよ!」
画面が切り替わり、イグニスが簡単な魔法を使う映像が流れる。
空中に浮かぶ光の玉。
「どう? これ、CGじゃないから! 本物の魔法だから!」
その瞬間、俺の血の気が引いた。
「俺の方が、あのバイトより全然すごいのに……なんでみんな、あっちばっかり注目するんだよ……」
動画の最後、イグニスの表情に苦々しさが滲む。
「本物の王子は、俺なんだからな!」
動画は、そこで終わる。
俺は、カオスを見る。
「これ……いつ上げたんですか?」
「昨夜だ。そして、今朝……炎上している」
カオスが、コメント欄を見せる。
「嘘つき」
「目立ちたいだけだろ」
「異世界ランドの営業妨害だ」
「通報した」
「あの素敵なカップルに嫉妬してるだけじゃん」
「痛い奴」
無数の批判コメント。
「さらに……」
カオスが続ける。
「イグニス様、『本物の異世界王子Vlog』というチャンネルを作って、次々と動画を投稿している」
「動画を……」
「ああ。魔界の料理、魔界の街並み、魔法の実演……全て本物の映像だ」
カオスが、次々と動画を見せる。
どれも、本物の魔界を映している。二つの月が映った夜景。魔族たちが歩く街。
「これ、ヤバいですよ……」
「わかっている。魔界の存在が、地球にバレる寸前だ」
カオスが額を押さえる。
「すでに、一部のネット民が『これ、CG技術すごすぎね?』『いや待て、本物じゃね?』と言い始めている」
画面には、再生回数が表示されている。
一晩で、百万回再生。
「どうするんですか……」
「わからない……こんな事態、想定していなかった」
カオスが、絶望的な顔をする。
その時、俺は気づいた。
イグニスの表情。
あの、認められたいという必死な顔。
「……俺と同じだ」
「え?」
「前の会社で、俺もこうだった」
俺は、自分の過去を思い出す。
「人の話を聞かず、自分の意見ばかり主張して。認められたくて、必死で」
カオスが、俺を見る。
「結局、誰からも認められず、孤立して……辞めることになった」
俺は、画面のイグニスを見つめる。
「イグニス様も、同じなんだ。俺とフラーラさんが注目されて、焦っている」
「認めてほしい。すごいって言ってほしい。でも、やり方を間違えてる」
カオスが、少し考えてから言った。
「……君は、変わったな」
「え?」
「以前の君なら、イグニス様を批判していただろう。でも今は、理解しようとしている」
カオスが眼鏡を直す。
「それが、君の成長だ」
その言葉に、俺は少し救われた気がした。
緊急会議が開かれた。
四天王、フラーラ、メリーナ、そして俺。
会議室のモニターには、イグニスの動画が映し出されている。
「状況は最悪だ」
マネーゼンが冷静に、しかし深刻な表情で言う。
「もし魔界の存在がバレたら、地球との関係が崩れる。異世界ランドも閉鎖に追い込まれる可能性がある」
「どうする……イグニス様を止めなければ……」
アイアン・ガーディアンが頭を抱える。
「しかし、居場所がわからない」
ミス・シャドウが、いつもより少し大きな声で言う。
「……情報を……集めています……動画の背景から……」
「何かわかったか?」
カオスが身を乗り出す。
「……ワンルームマンション……窓から見える景色……おそらく……都内の……」
シャドウが資料を広げる。
「……この辺りかと……」
地図上に、いくつかの候補地が印されている。
その時、俺のスマホが鳴った。
異世界ランドの職員グループチャット。
佳奈からのメッセージだ。
「佐伯さん、助けてほしい」
俺は、すぐに返信する。
「どうしたんですか?」
しばらくして、返信が来る。
「イグニスが、勝手にSNSに動画上げて、炎上してて……私の言うこと、全然聞いてくれなくて……」
文面から、佳奈の困惑が伝わってくる。
「最初は楽しかったんです。でも、イグニスがどんどん変わっていって……」
「今、どこにいるんですか?」
「それは……言えません。言わないって約束したから。でも、このままじゃダメだって、私もわかってるんです」
俺は、歯噛みする。
佳奈も、困っているんだ。
「イグニスさんが、何でこんなことを?」
「わかりません。でも……異世界ランド展のニュースを見てから、急に不安定になって」
「ニュースを?」
「はい。佐伯さんとフラーラさんが、すごく話題になってるって……それを見てから、『俺の方が本物なのに』って、ずっと言ってて」
佳奈のメッセージが続く。
「最初は冗談かと思ったんです。でも、本気でSNSに投稿し始めて……私が止めても、聞いてくれなくて」
「認められたいんだと思います」
俺は、正直に答える。
「俺も、昔そうでした。必死に認められようとして、でもやり方を間違えて……」
「佐伯さん……」
「佳奈さん、お願いがあります」
「何ですか?」
「イグニスさんを、説得してください。このままじゃ、本当にまずいことになる」
長い沈黙。
それから。
「わかりました。私も、このままじゃダメだって思ってたんです」
「ありがとうございます」
「でも……イグニス、今すごく意固地になってて。時間がかかるかもしれません」
「大丈夫です。待ってます。戴冠式まで、あと一週間あります」
「戴冠式……?」
俺は、状況を説明した。
魔王陛下の退位宣言。一週間後の戴冠式。そして、俺が代役として魔王になる可能性。
「そんな……佐伯さんが魔王に……」
「はい。だから、イグニスさんには、早く戻ってきてほしいんです」
「わかりました。絶対に、説得します」
佳奈のメッセージに、決意が感じられた。
「それと、もう一つ」
「何ですか?」
「動画の背景、もう少し詳しく教えてもらえますか? 窓から見える景色とかだけでも」
佳奈から、いくつかの情報が送られてきた。
駅の名前、近くのコンビニ、マンションの特徴。
俺は、それをミス・シャドウに渡す。
「……これなら……特定できます……」
シャドウが、小さく頷く。
「……明日には……居場所が……」
「お願いします」
会議室に戻ると、フラーラさんが心配そうな顔をしていた。
「佐伯、大丈夫?」
「はい。佳奈さんが、イグニス様を説得してくれるそうです」
「そう……良かったわ」
フラーラさんが、少しホッとした表情を見せる。
でも、その目は複雑だ。
イグニスが戻ってくれば、俺は魔王にならない。
それは、二人が離れることを意味する。
「それと」
俺は、全員に提案した。
「ミス・シャドウさん、地球で情報操作をしてください」
「……情報操作?」
「はい。イグニス様の動画を、巧妙なフェイク動画として広めるんです」
「……どうやって?」
「まず、専門家と称する人物にテレビで解説してもらいます。『これはCG技術を使った、よくできたフェイクだ』と」
俺は、情報操作の基本を話す。
「それから、SNSでも『フェイクだ』という意見を複数のアカウントで広めます」
「なるほど……」
カオスが頷く。
「それなら、魔界の存在は守られる。そして、イグニス様の動画は、ただの目立ちたがり屋の悪ふざけとして処理される」
「はい。申し訳ないですけど、今はこれしか方法がありません」
「よし、やろう」
マネーゼンが電卓を叩く。
「コストはかかるが、魔界がバレるよりはマシだ」
ミス・シャドウが立ち上がる。
「……私が……地球で暗躍します……これこそ……闇の一族の本領……」
珍しく、シャドウの目が輝いている。
「……ふふふ……任せてください……」
「頼みます」
その日の午後、作戦が動き始めた。
ミス・シャドウが、地球の情報操作のプロ(人間の協力者)に連絡を取る。
マネーゼンが、テレビ局への根回しを始める。
カオスが、SNSでの情報拡散戦略を練る。
そして、夕方。
テレビのワイドショーで、イグニスの動画が取り上げられた。
「最近、SNSで話題になっている『本物の異世界王子』の動画ですが……」
キャスターが、少し呆れたような表情で言う。
「専門家によると、これは巧妙なCG技術を使ったフェイク動画だということです」
画面には、イグニスの動画が映る。
そして、VFXの専門家と称する人物(実はアビス商会が雇った協力者)が登場。
「ここの魔法陣、よく見るとCGですね。レンダリングの質は高いですが、光の反射が不自然です」
専門家が、画面を指しながら説明する。
「それに、背景の二つの月。これも合成です。グリーンバックで撮影して、後から背景を入れたんでしょう」
「なるほど。つまり、これはフェイクということですね」
「はい。おそらく、異世界ランド展の便乗商法でしょう。注目を集めて、広告収入を得ようとしたんだと思います」
キャスターが頷く。
「しかし、よくできていますね」
「ええ。技術力は高いです。でも、所詮はフェイクです」
俺は、ホテルのテレビでその様子を見ながら、複雑な気持ちになる。
イグニスの必死の訴えが、「フェイク」として片付けられていく。
でも、これしか方法がない。
SNSでも、意見が変わり始めている。
「やっぱりフェイクだったか」
「CGすごいな」
「でも騙されるところだった」
「異世界ランド展、逆に行きたくなった」
「本物の魔王とエルフのカップルの方が100倍いい」
炎上は、徐々に収まっていく。
代わりに、「よくできたフェイク動画」として、ネタ扱いされ始める。
マネーゼンが、電卓を叩きながら言う。
「成功だ。これで、魔界の存在は守られた」
「ああ……」
カオスが、安堵のため息をつく。
「しかし、イグニス様の名誉は……」
「仕方ないですよ」
俺が言う。
「今は、魔界を守ることが最優先です」
その夜、俺は佳奈にメッセージを送った。
「なんとかなったと思います。イグニス様の動画は、フェイクとして処理されました」
しばらくして、返信が来る。
「ありがとうございます。助かりました」
「でも、イグニス様の気持ちも、わかるんです」
俺は、正直に打ち明ける。
「俺も、昔は同じでした。認められたくて、必死で。でも、やり方を間違えて」
「佐伯さん……」
「だから、イグニス様を責めないでください。ただ、説得してあげてください」
「わかりました。私も、イグニスのこと、見捨てたくないんです」
佳奈のメッセージに、優しさが滲む。
「好きなんです。ちょっと子どもっぽいところもあるけど……それも含めて」
「佳奈さん……」
「だから、絶対に説得します。戴冠式までに、連れて帰ります」
「ありがとうございます。待ってます」
俺は、そう返信する。
でも、心の中では複雑だった。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスが戻ってくれば、俺は魔王にならない。
それは、本来あるべき姿だ。
でも、同時に……フラーラさんと離れることになる。
結局、もう一泊することになったその夜、フラーラさんが俺の部屋を訪ねてきた。
「佐伯、大丈夫?」
「ああ、フラーラさん……」
「今日は、大変だったわね」
「はい……でも、なんとか収まりました」
フラーラさんが、俺の隣に座る。
ベッドの端に、少し距離を置いて。
「あなた、本当に頼もしいわ」
「いえ、そんな……」
「ううん」
フラーラさんが、俺を見つめる。
「あなたは、イグニス様を理解しようとした。批判するんじゃなく、気持ちをわかろうとした」
「……俺も、同じだったから」
「ええ。だから、あなたは優しいの」
フラーラさんが、微笑む。
「もし、イグニス様が見つからなくても……」
フラーラさんが、言葉を続ける。
「あなたが魔王になってくれるなら、私は……」
その時、フラーラさんが言葉を詰まらせる。
「私は……どうすればいいの」
「フラーラさん?」
「あなたには、地球での生活がある。家族も、友達も」
フラーラさんが、俯く。
「でも、私は……あなたと一緒にいたい」
「私たちの国に来て欲しい。でも、それはあなたの人生を奪うことになる」
フラーラさんの声が、震える。
「だから……私は、どうすればいいかわからないの」
俺は、フラーラさんの手を取った。
「フラーラさん」
「……」
「俺も、同じです。正直、わからない」
俺は、正直に答える。
「イグニス様が戻ってくれば、俺は地球に帰る。それが正しいことだって、わかってる」
「でも……フラーラさんと離れるのは、辛い」
俺は、フラーラさんを見つめる。
「だから、今は……答えが出せません」
「佐伯……」
「ごめん。こんな中途半端で」
「ううん」
フラーラさんが、小さく首を振る。
「中途半端でもいいのよ。だって、きっとそれが正直な気持ちだから」
フラーラさんが、俺の手を握り返す。
「あと一週間。その間に……答えが出るわ。きっと」
「はい……」
俺たちは、しばらく沈黙する。
窓の外を見ると、都会が広がっている。
美しい景色。
「佐伯」
「はい?」
「もし、本当にあなたが魔王になったら……」
フラーラさんが、俺を見つめる。
「戴冠式の日に、伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと?」
「ええ。でも、まだ……今は言えないわ」
フラーラさんが、少し寂しそうに微笑む。
「その時になったら、伝えるわね」
「わかりました」
俺は、フラーラさんの手を強く握る。
「何があっても、俺はフラーラさんの味方ですから」
「……ありがとう」
フラーラさんが、少し涙ぐむ。
でも、その涙は悲しい涙じゃない。
きっと、嬉しい涙だ。
その後、フラーラさんが帰った後。
俺は、一人で考えていた。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスは、佳奈さんが説得してくれる。
ミス・シャドウが、居場所を特定してくれる。
きっと、間に合う。
そう信じたい。
でも、心のどこかで。
もし、イグニスが戻ってこなかったら。
俺が、魔王になったら。
正しいわけないけど、フラーラさんと、ずっと一緒にいられる。
その可能性に、少しだけ期待している自分がいる。
「ダメだ……そんなこと考えちゃ……」
俺は、頭を振る。
窓の外を見る。
東京の夜景が見える。
これが俺の住む世界。
今、魔界では、少し赤い空に二つの月が輝いているだろう。
そして、遠くに見える城下町の灯り。
なぜかそれも自分の世界のような気がしてくる。
俺の心は、まだ答えが出せずにいる。
「佳奈さん、お願いします……」
俺は、小さく呟いた。
「イグニスさんを、連れて帰ってきてください」
でも、その言葉が、本心なのかどうか。
自分でも、わからなかった。
カーテンを開けると、眼下に動き始めた都会の朝が見える。
異世界ランド展も昨日終わり、連日の大盛況と昨夜遅くまでの片付けに俺も少し疲れていた。
今日は荷物と一緒に異世界ランドに戻る日だ。
部屋で荷物をまとめていると、カオスが血相を変えて飛び込んできた。
「佐伯くん、大変だ!」
「どうしたんですか?」
「イグニス様が……SNSで、動画を上げた!」
「え?」
カオスが慌ててタブレット(地球から持ち込んだもの)を見せる。
そこには、イグニスが映っていた。
黒いローブを着ているが、背景はどこかのワンルームマンションの一室。安っぽい家具と、コンビニ弁当の空き容器が見える。
「やあ、みんな! 本物の異世界王子だよ!」
イグニスが、妙にテンション高く手を振る。
「最近、異世界ランド展で話題になってる魔王とエルフのカップル、見た?」
俺は、嫌な予感がする。
「あれさ、偽物なんだよね。本物の魔国の王子は、この俺!」
イグニスが、少し苛立ったような表情で胸を張る。
「代役のバイトが俺のフリしてるけど、本物はここにいる! 証拠見せてやるよ!」
画面が切り替わり、イグニスが簡単な魔法を使う映像が流れる。
空中に浮かぶ光の玉。
「どう? これ、CGじゃないから! 本物の魔法だから!」
その瞬間、俺の血の気が引いた。
「俺の方が、あのバイトより全然すごいのに……なんでみんな、あっちばっかり注目するんだよ……」
動画の最後、イグニスの表情に苦々しさが滲む。
「本物の王子は、俺なんだからな!」
動画は、そこで終わる。
俺は、カオスを見る。
「これ……いつ上げたんですか?」
「昨夜だ。そして、今朝……炎上している」
カオスが、コメント欄を見せる。
「嘘つき」
「目立ちたいだけだろ」
「異世界ランドの営業妨害だ」
「通報した」
「あの素敵なカップルに嫉妬してるだけじゃん」
「痛い奴」
無数の批判コメント。
「さらに……」
カオスが続ける。
「イグニス様、『本物の異世界王子Vlog』というチャンネルを作って、次々と動画を投稿している」
「動画を……」
「ああ。魔界の料理、魔界の街並み、魔法の実演……全て本物の映像だ」
カオスが、次々と動画を見せる。
どれも、本物の魔界を映している。二つの月が映った夜景。魔族たちが歩く街。
「これ、ヤバいですよ……」
「わかっている。魔界の存在が、地球にバレる寸前だ」
カオスが額を押さえる。
「すでに、一部のネット民が『これ、CG技術すごすぎね?』『いや待て、本物じゃね?』と言い始めている」
画面には、再生回数が表示されている。
一晩で、百万回再生。
「どうするんですか……」
「わからない……こんな事態、想定していなかった」
カオスが、絶望的な顔をする。
その時、俺は気づいた。
イグニスの表情。
あの、認められたいという必死な顔。
「……俺と同じだ」
「え?」
「前の会社で、俺もこうだった」
俺は、自分の過去を思い出す。
「人の話を聞かず、自分の意見ばかり主張して。認められたくて、必死で」
カオスが、俺を見る。
「結局、誰からも認められず、孤立して……辞めることになった」
俺は、画面のイグニスを見つめる。
「イグニス様も、同じなんだ。俺とフラーラさんが注目されて、焦っている」
「認めてほしい。すごいって言ってほしい。でも、やり方を間違えてる」
カオスが、少し考えてから言った。
「……君は、変わったな」
「え?」
「以前の君なら、イグニス様を批判していただろう。でも今は、理解しようとしている」
カオスが眼鏡を直す。
「それが、君の成長だ」
その言葉に、俺は少し救われた気がした。
緊急会議が開かれた。
四天王、フラーラ、メリーナ、そして俺。
会議室のモニターには、イグニスの動画が映し出されている。
「状況は最悪だ」
マネーゼンが冷静に、しかし深刻な表情で言う。
「もし魔界の存在がバレたら、地球との関係が崩れる。異世界ランドも閉鎖に追い込まれる可能性がある」
「どうする……イグニス様を止めなければ……」
アイアン・ガーディアンが頭を抱える。
「しかし、居場所がわからない」
ミス・シャドウが、いつもより少し大きな声で言う。
「……情報を……集めています……動画の背景から……」
「何かわかったか?」
カオスが身を乗り出す。
「……ワンルームマンション……窓から見える景色……おそらく……都内の……」
シャドウが資料を広げる。
「……この辺りかと……」
地図上に、いくつかの候補地が印されている。
その時、俺のスマホが鳴った。
異世界ランドの職員グループチャット。
佳奈からのメッセージだ。
「佐伯さん、助けてほしい」
俺は、すぐに返信する。
「どうしたんですか?」
しばらくして、返信が来る。
「イグニスが、勝手にSNSに動画上げて、炎上してて……私の言うこと、全然聞いてくれなくて……」
文面から、佳奈の困惑が伝わってくる。
「最初は楽しかったんです。でも、イグニスがどんどん変わっていって……」
「今、どこにいるんですか?」
「それは……言えません。言わないって約束したから。でも、このままじゃダメだって、私もわかってるんです」
俺は、歯噛みする。
佳奈も、困っているんだ。
「イグニスさんが、何でこんなことを?」
「わかりません。でも……異世界ランド展のニュースを見てから、急に不安定になって」
「ニュースを?」
「はい。佐伯さんとフラーラさんが、すごく話題になってるって……それを見てから、『俺の方が本物なのに』って、ずっと言ってて」
佳奈のメッセージが続く。
「最初は冗談かと思ったんです。でも、本気でSNSに投稿し始めて……私が止めても、聞いてくれなくて」
「認められたいんだと思います」
俺は、正直に答える。
「俺も、昔そうでした。必死に認められようとして、でもやり方を間違えて……」
「佐伯さん……」
「佳奈さん、お願いがあります」
「何ですか?」
「イグニスさんを、説得してください。このままじゃ、本当にまずいことになる」
長い沈黙。
それから。
「わかりました。私も、このままじゃダメだって思ってたんです」
「ありがとうございます」
「でも……イグニス、今すごく意固地になってて。時間がかかるかもしれません」
「大丈夫です。待ってます。戴冠式まで、あと一週間あります」
「戴冠式……?」
俺は、状況を説明した。
魔王陛下の退位宣言。一週間後の戴冠式。そして、俺が代役として魔王になる可能性。
「そんな……佐伯さんが魔王に……」
「はい。だから、イグニスさんには、早く戻ってきてほしいんです」
「わかりました。絶対に、説得します」
佳奈のメッセージに、決意が感じられた。
「それと、もう一つ」
「何ですか?」
「動画の背景、もう少し詳しく教えてもらえますか? 窓から見える景色とかだけでも」
佳奈から、いくつかの情報が送られてきた。
駅の名前、近くのコンビニ、マンションの特徴。
俺は、それをミス・シャドウに渡す。
「……これなら……特定できます……」
シャドウが、小さく頷く。
「……明日には……居場所が……」
「お願いします」
会議室に戻ると、フラーラさんが心配そうな顔をしていた。
「佐伯、大丈夫?」
「はい。佳奈さんが、イグニス様を説得してくれるそうです」
「そう……良かったわ」
フラーラさんが、少しホッとした表情を見せる。
でも、その目は複雑だ。
イグニスが戻ってくれば、俺は魔王にならない。
それは、二人が離れることを意味する。
「それと」
俺は、全員に提案した。
「ミス・シャドウさん、地球で情報操作をしてください」
「……情報操作?」
「はい。イグニス様の動画を、巧妙なフェイク動画として広めるんです」
「……どうやって?」
「まず、専門家と称する人物にテレビで解説してもらいます。『これはCG技術を使った、よくできたフェイクだ』と」
俺は、情報操作の基本を話す。
「それから、SNSでも『フェイクだ』という意見を複数のアカウントで広めます」
「なるほど……」
カオスが頷く。
「それなら、魔界の存在は守られる。そして、イグニス様の動画は、ただの目立ちたがり屋の悪ふざけとして処理される」
「はい。申し訳ないですけど、今はこれしか方法がありません」
「よし、やろう」
マネーゼンが電卓を叩く。
「コストはかかるが、魔界がバレるよりはマシだ」
ミス・シャドウが立ち上がる。
「……私が……地球で暗躍します……これこそ……闇の一族の本領……」
珍しく、シャドウの目が輝いている。
「……ふふふ……任せてください……」
「頼みます」
その日の午後、作戦が動き始めた。
ミス・シャドウが、地球の情報操作のプロ(人間の協力者)に連絡を取る。
マネーゼンが、テレビ局への根回しを始める。
カオスが、SNSでの情報拡散戦略を練る。
そして、夕方。
テレビのワイドショーで、イグニスの動画が取り上げられた。
「最近、SNSで話題になっている『本物の異世界王子』の動画ですが……」
キャスターが、少し呆れたような表情で言う。
「専門家によると、これは巧妙なCG技術を使ったフェイク動画だということです」
画面には、イグニスの動画が映る。
そして、VFXの専門家と称する人物(実はアビス商会が雇った協力者)が登場。
「ここの魔法陣、よく見るとCGですね。レンダリングの質は高いですが、光の反射が不自然です」
専門家が、画面を指しながら説明する。
「それに、背景の二つの月。これも合成です。グリーンバックで撮影して、後から背景を入れたんでしょう」
「なるほど。つまり、これはフェイクということですね」
「はい。おそらく、異世界ランド展の便乗商法でしょう。注目を集めて、広告収入を得ようとしたんだと思います」
キャスターが頷く。
「しかし、よくできていますね」
「ええ。技術力は高いです。でも、所詮はフェイクです」
俺は、ホテルのテレビでその様子を見ながら、複雑な気持ちになる。
イグニスの必死の訴えが、「フェイク」として片付けられていく。
でも、これしか方法がない。
SNSでも、意見が変わり始めている。
「やっぱりフェイクだったか」
「CGすごいな」
「でも騙されるところだった」
「異世界ランド展、逆に行きたくなった」
「本物の魔王とエルフのカップルの方が100倍いい」
炎上は、徐々に収まっていく。
代わりに、「よくできたフェイク動画」として、ネタ扱いされ始める。
マネーゼンが、電卓を叩きながら言う。
「成功だ。これで、魔界の存在は守られた」
「ああ……」
カオスが、安堵のため息をつく。
「しかし、イグニス様の名誉は……」
「仕方ないですよ」
俺が言う。
「今は、魔界を守ることが最優先です」
その夜、俺は佳奈にメッセージを送った。
「なんとかなったと思います。イグニス様の動画は、フェイクとして処理されました」
しばらくして、返信が来る。
「ありがとうございます。助かりました」
「でも、イグニス様の気持ちも、わかるんです」
俺は、正直に打ち明ける。
「俺も、昔は同じでした。認められたくて、必死で。でも、やり方を間違えて」
「佐伯さん……」
「だから、イグニス様を責めないでください。ただ、説得してあげてください」
「わかりました。私も、イグニスのこと、見捨てたくないんです」
佳奈のメッセージに、優しさが滲む。
「好きなんです。ちょっと子どもっぽいところもあるけど……それも含めて」
「佳奈さん……」
「だから、絶対に説得します。戴冠式までに、連れて帰ります」
「ありがとうございます。待ってます」
俺は、そう返信する。
でも、心の中では複雑だった。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスが戻ってくれば、俺は魔王にならない。
それは、本来あるべき姿だ。
でも、同時に……フラーラさんと離れることになる。
結局、もう一泊することになったその夜、フラーラさんが俺の部屋を訪ねてきた。
「佐伯、大丈夫?」
「ああ、フラーラさん……」
「今日は、大変だったわね」
「はい……でも、なんとか収まりました」
フラーラさんが、俺の隣に座る。
ベッドの端に、少し距離を置いて。
「あなた、本当に頼もしいわ」
「いえ、そんな……」
「ううん」
フラーラさんが、俺を見つめる。
「あなたは、イグニス様を理解しようとした。批判するんじゃなく、気持ちをわかろうとした」
「……俺も、同じだったから」
「ええ。だから、あなたは優しいの」
フラーラさんが、微笑む。
「もし、イグニス様が見つからなくても……」
フラーラさんが、言葉を続ける。
「あなたが魔王になってくれるなら、私は……」
その時、フラーラさんが言葉を詰まらせる。
「私は……どうすればいいの」
「フラーラさん?」
「あなたには、地球での生活がある。家族も、友達も」
フラーラさんが、俯く。
「でも、私は……あなたと一緒にいたい」
「私たちの国に来て欲しい。でも、それはあなたの人生を奪うことになる」
フラーラさんの声が、震える。
「だから……私は、どうすればいいかわからないの」
俺は、フラーラさんの手を取った。
「フラーラさん」
「……」
「俺も、同じです。正直、わからない」
俺は、正直に答える。
「イグニス様が戻ってくれば、俺は地球に帰る。それが正しいことだって、わかってる」
「でも……フラーラさんと離れるのは、辛い」
俺は、フラーラさんを見つめる。
「だから、今は……答えが出せません」
「佐伯……」
「ごめん。こんな中途半端で」
「ううん」
フラーラさんが、小さく首を振る。
「中途半端でもいいのよ。だって、きっとそれが正直な気持ちだから」
フラーラさんが、俺の手を握り返す。
「あと一週間。その間に……答えが出るわ。きっと」
「はい……」
俺たちは、しばらく沈黙する。
窓の外を見ると、都会が広がっている。
美しい景色。
「佐伯」
「はい?」
「もし、本当にあなたが魔王になったら……」
フラーラさんが、俺を見つめる。
「戴冠式の日に、伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと?」
「ええ。でも、まだ……今は言えないわ」
フラーラさんが、少し寂しそうに微笑む。
「その時になったら、伝えるわね」
「わかりました」
俺は、フラーラさんの手を強く握る。
「何があっても、俺はフラーラさんの味方ですから」
「……ありがとう」
フラーラさんが、少し涙ぐむ。
でも、その涙は悲しい涙じゃない。
きっと、嬉しい涙だ。
その後、フラーラさんが帰った後。
俺は、一人で考えていた。
戴冠式まで、あと一週間。
イグニスは、佳奈さんが説得してくれる。
ミス・シャドウが、居場所を特定してくれる。
きっと、間に合う。
そう信じたい。
でも、心のどこかで。
もし、イグニスが戻ってこなかったら。
俺が、魔王になったら。
正しいわけないけど、フラーラさんと、ずっと一緒にいられる。
その可能性に、少しだけ期待している自分がいる。
「ダメだ……そんなこと考えちゃ……」
俺は、頭を振る。
窓の外を見る。
東京の夜景が見える。
これが俺の住む世界。
今、魔界では、少し赤い空に二つの月が輝いているだろう。
そして、遠くに見える城下町の灯り。
なぜかそれも自分の世界のような気がしてくる。
俺の心は、まだ答えが出せずにいる。
「佳奈さん、お願いします……」
俺は、小さく呟いた。
「イグニスさんを、連れて帰ってきてください」
でも、その言葉が、本心なのかどうか。
自分でも、わからなかった。
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