【完結】新・信長公記 ~ 軍師、呉学人(ごがくじん)は間違えない? ~

月影 流詩亜

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終章:天下統一と「誤先生」の伝説

第23話 天下人と幸運の軍師

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​ 徳川家康の野望が記された江戸城の設計図

それは、天下統一後の世に、新たな戦乱の火種となりかねない危険な代物だった。

 安土城の広間は静まり返り、重臣たちは、信長様が家康殿に対して、いかなる厳しい沙汰を下すのかと固唾を飲んで見守っていた。
​ しかし、信長様の口から発せられた言葉は、誰もが予想だにしないものだった。

​「……家康を安土へ呼べ」

​ 数日後、恐る恐る出頭してきた家康殿を前に、信長様は、例の設計図を満足げに広げてみせた。

​「家康。見事な城の図面ではないか。 貴様の気概、しかと見届けたわ」

「は……ははっ。も、もったいのうございます……」

​ 冷や汗を流す家康殿に、信長様は鷹揚に笑いかける。

​「だが、惜しいな。 これでは、まだ真の天下人の城とは言えぬ」

「と、仰せられますと……?」

​「家康ほどの男が関東を治めるのだ。わしが直々に、天下に二つとない城の作り方を教えてやろう」

​ その言葉を聞いた瞬間、家康殿の顔から血の気が引いていくのが、誰の目にも明らかだった。

 それは、慈悲ではなかった。

 許しでもない。

それは、相手に一切の逃げ道を与えぬ、最も残酷で、最も巧妙な、支配の形だった。

​ すぐさま、安土城から最高の技術を持つ職人たちが江戸へと派遣された。

 彼らは、家康殿の居城の普請を「手伝う」という名目で、その設計に根本から手を加えた。

​ 完成した江戸城は、天を衝くような壮麗な天守を持ち、誰が見ても豪華絢爛な城だった。

 しかし、その実態は、信長様の意のままに操られる「鳥籠とりかご

 城の縄張りは、意図的に防衛上の弱点をいくつも抱え、特定の場所からは城内の様子が一望できるようになっていた。
 それは、徳川家を監視し、いつでも容易に制圧できることを示す、無言の威圧……

​ 自らの牙を、信長様自身の手によって全て抜かれてしまった家康殿は、もはや抵抗する術を持たなかった。

 彼は、信長様の前に改めて平伏し、絶対的な臣従を誓うしかなかったのである。
​ ​
 ​
 その頃、加賀の自室で、俺は自分の犯した大失態の顛末を、利家から聞かされていた。

​「……というわけだ。家康殿は、お前の顔を見ただけで、全てを諦めたらしいぞ」

​ 利家は、腹を抱えて笑っている。

 俺は、ただただ青ざめるばかりだった。
 俺の道迷いが、徳川家の運命を、そして日の本の勢力図を、根底から塗り替えてしまったのだ。

​「学人よ……」

​ 利家は、涙を拭いながら、呆れと、そして妙な尊敬の入り混じった目で俺を見た。

​「お前は本当に、歩く災難であり、歩く幸運でもあるな!」

​「こ、幸運などでは……!私はただ、道を間違え……!」

​ 俺の弁明は、もはや誰の耳にも届かない。

 平和な世が訪れるにつれ、これまで戦の喧騒に隠れていた数々の逸話が、人々の間で語られるようになっていたのだ。

​あの本能寺の変が、なぜ回避されたのか。

 謀反を起こした明智光秀の家臣たちの口から、その真相……謀反決行の直前に、呉学人が謎の出現を果たし、光秀を疑心暗鬼に陥らせたことが、まことしやかに広まっていた。

​「誤先生は、信長様の危機を予知し、単身で光秀の企みを阻止しに向かわれたのだ」

「いや、先生の天運そのものが、明智の邪心を打ち破ったのだ」

​そして、今回の徳川家の一件。

​「家康殿の野心をも、先生は見抜いておられた。道に迷ったと見せかけ、その密談の場を完璧な状況で押さえたのだ」

​ 俺の「失敗」は、人々の噂の中で、全てが神がかった「深謀遠慮」へと書き換えられていった。

 いつしか、俺はこう呼ばれるようになっていた。

​ ──『天下を救った誤先生』、と ──


​ その、あまりにも身に余る、あまりにも事実と異なる伝説に、俺はもはや、反論する気力さえ失っていた。

​ 俺は、俺自身の意志とは全く無関係に、畏敬と、そして少しばかりの親しみを込めて語られる、生きる伝説となってしまったのだ。

 その伝説の本当の中身が、ただのうっかり者の、途方もない勘違いの積み重ねであることなど、誰一人として知る由もなかった。

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