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終章:天下統一と「誤先生」の伝説
第24話 それぞれの明日
しおりを挟む 天下が泰平となり、さらに数年の歳月が流れた。
信長様を頂点とする新しい世は、戦乱の傷跡を癒すかのように、穏やかな時を刻んでいた。
京の郊外にある、小さな寺
織田政権の筆頭宿老として、西国一帯を治める大大名となった羽柴秀吉は、一人、静かに墓石の前で手を合わせていた。
今は亡き友であり、稀代の軍師であった竹中半兵衛の墓である。
秀吉は、盃に酒を注ぎ、そっと墓石にかける。
「……半兵衛。見ておるか。この、静かな世の中をよ」
彼の脳裏には、戦乱の日々と、その中心で常に不可解な奇跡を呼び起こし続けた、一人の男の姿が浮かんでいた。
「お前の言った通りだったわ。
結局、わしらは最後まで、あの方の考えておられることの、尻尾の先さえ掴めなんだ」
秀吉は、天を仰ぎ、独りごちる。
「じゃが、一つだけ分かることがある。
あの方がおらねば、信長様の天下はなかった。
この泰平の世も、なかった。……あのお方は、俺たちの物差しで測れるようなお人じゃ、なかったわ」
その言葉には、人知を超えたものへの、心からの畏敬の念が込められていた。
その頃、遥か北の地、加賀国
前田利家の城下町は、活気に満ち溢れていた。
俺、呉学人は、利家の宰相として、相変わらず内政に携わっている。
俺のうっかりミスは、今も健在だった。
塩の買い付け量を間違えれば、その年に限って製塩技術が発達して塩が値崩れし、結果的に領地は大儲け。
新しい染料の配合を間違えれば、偶然、友禅染の基礎となる美しい「にじみ」の技法が生まれ、加賀の新しい特産品となる。
俺が何かを間違えるたびに、領地はなぜか豊かになり、領民からは篤く、篤く敬愛されていた。
もはや、俺が何か失敗をしても、「今度は何が良くなるのだろう」と、皆が期待に満ちた目で見る始末だった。
そんな、ある穏やかな昼下がり。
俺は、城の縁側で一人、のんびりと茶をすすっていた。
目の前に広がるのは、どこまでも青い空と、平和な城下の町並み。
戦の匂いは、もうどこにもない。
俺は、湯呑みを見つめながら、長年の疑問を、ぽつりと呟いた。
「結局、なぜ私の勘違いが、こうも都合よく上手くいったのか、さっぱり分からん……」
信長様も、利家も、秀吉殿も。誰もが俺を、天運を持つ男と信じている。
だが、俺自身には、その実感など全くないのだ。
「……やはり、私は『水滸伝』という物語の登場人物で、作者のご都合主義で動かされているだけなのかもしれんなあ」
そう考えた方が、よほど、しっくりくる。
この奇妙で、幸運すぎる人生の説明がつく。
まあ、それならばそれで、悪くない人生だったか。
俺が、そんな達観にも似た境地で、ふう、と息をついた、その時だった。
背後の廊下を、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてきた。
そして、戸が勢いよく開け放たれる。
「助兵衛!」
そこに立っていたのは、立派な大名となった今でも、昔と変わらぬ大声で俺の幼名を呼ぶ、親友・前田利家だった。
「貴様!また蔵に入れる米の数を一桁間違えて発注しただろうが!
おかげで、城の蔵が米でパンク寸前だぞ!」
その言葉に、俺は湯呑みを取り落としそうになった。
そして、顔面蒼白になりながら、縁側から転げ落ちるように立ち上がった。
ああ、平和な世になっても、俺のうっかりは、少しも治ってなどいなかった。
俺の口から、もはやお決まりとなった、あの言葉が飛び出す。
「ああ、私はなんという失敗(ミス)を~~~~~っ!」
その情けない絶叫が、戦のなくなった日の本の青空に、いつまでも、いつまでも、朗らかに響き渡るのだった。
─── 完 ────
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