30 / 38
終章:天下統一と「誤先生」の伝説
第23話 天下人と幸運の軍師
しおりを挟む 徳川家康の野望が記された江戸城の設計図
それは、天下統一後の世に、新たな戦乱の火種となりかねない危険な代物だった。
安土城の広間は静まり返り、重臣たちは、信長様が家康殿に対して、いかなる厳しい沙汰を下すのかと固唾を飲んで見守っていた。
しかし、信長様の口から発せられた言葉は、誰もが予想だにしないものだった。
「……家康を安土へ呼べ」
数日後、恐る恐る出頭してきた家康殿を前に、信長様は、例の設計図を満足げに広げてみせた。
「家康。見事な城の図面ではないか。 貴様の気概、しかと見届けたわ」
「は……ははっ。も、もったいのうございます……」
冷や汗を流す家康殿に、信長様は鷹揚に笑いかける。
「だが、惜しいな。 これでは、まだ真の天下人の城とは言えぬ」
「と、仰せられますと……?」
「家康ほどの男が関東を治めるのだ。わしが直々に、天下に二つとない城の作り方を教えてやろう」
その言葉を聞いた瞬間、家康殿の顔から血の気が引いていくのが、誰の目にも明らかだった。
それは、慈悲ではなかった。
許しでもない。
それは、相手に一切の逃げ道を与えぬ、最も残酷で、最も巧妙な、支配の形だった。
すぐさま、安土城から最高の技術を持つ職人たちが江戸へと派遣された。
彼らは、家康殿の居城の普請を「手伝う」という名目で、その設計に根本から手を加えた。
完成した江戸城は、天を衝くような壮麗な天守を持ち、誰が見ても豪華絢爛な城だった。
しかし、その実態は、信長様の意のままに操られる「鳥籠」
城の縄張りは、意図的に防衛上の弱点をいくつも抱え、特定の場所からは城内の様子が一望できるようになっていた。
それは、徳川家を監視し、いつでも容易に制圧できることを示す、無言の威圧……
自らの牙を、信長様自身の手によって全て抜かれてしまった家康殿は、もはや抵抗する術を持たなかった。
彼は、信長様の前に改めて平伏し、絶対的な臣従を誓うしかなかったのである。
その頃、加賀の自室で、俺は自分の犯した大失態の顛末を、利家から聞かされていた。
「……というわけだ。家康殿は、お前の顔を見ただけで、全てを諦めたらしいぞ」
利家は、腹を抱えて笑っている。
俺は、ただただ青ざめるばかりだった。
俺の道迷いが、徳川家の運命を、そして日の本の勢力図を、根底から塗り替えてしまったのだ。
「学人よ……」
利家は、涙を拭いながら、呆れと、そして妙な尊敬の入り混じった目で俺を見た。
「お前は本当に、歩く災難であり、歩く幸運でもあるな!」
「こ、幸運などでは……!私はただ、道を間違え……!」
俺の弁明は、もはや誰の耳にも届かない。
平和な世が訪れるにつれ、これまで戦の喧騒に隠れていた数々の逸話が、人々の間で語られるようになっていたのだ。
あの本能寺の変が、なぜ回避されたのか。
謀反を起こした明智光秀の家臣たちの口から、その真相……謀反決行の直前に、呉学人が謎の出現を果たし、光秀を疑心暗鬼に陥らせたことが、まことしやかに広まっていた。
「誤先生は、信長様の危機を予知し、単身で光秀の企みを阻止しに向かわれたのだ」
「いや、先生の天運そのものが、明智の邪心を打ち破ったのだ」
そして、今回の徳川家の一件。
「家康殿の野心をも、先生は見抜いておられた。道に迷ったと見せかけ、その密談の場を完璧な状況で押さえたのだ」
俺の「失敗」は、人々の噂の中で、全てが神がかった「深謀遠慮」へと書き換えられていった。
いつしか、俺はこう呼ばれるようになっていた。
──『天下を救った誤先生』、と ──
その、あまりにも身に余る、あまりにも事実と異なる伝説に、俺はもはや、反論する気力さえ失っていた。
俺は、俺自身の意志とは全く無関係に、畏敬と、そして少しばかりの親しみを込めて語られる、生きる伝説となってしまったのだ。
その伝説の本当の中身が、ただのうっかり者の、途方もない勘違いの積み重ねであることなど、誰一人として知る由もなかった。
2
あなたにおすすめの小説
武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~
田島はる
歴史・時代
桶狭間の戦いで今川義元が戦死すると、武田家は外交方針の転換を余儀なくされた。
今川との婚姻を破棄して駿河侵攻を主張する信玄に、義信は待ったをかけた。
義信「此度の侵攻、それがしにお任せください!」
領地を貰うとすぐさま侵攻を始める義信。しかし、信玄の思惑とは別に義信が攻めたのは徳川領、三河だった。
信玄「ちょっ、なにやってるの!?!?!?」
信玄の意に反して、突如始まった対徳川戦。義信は持ち前の奇策と野蛮さで織田・徳川の討伐に乗り出すのだった。
かくして、武田義信の敵討ちが幕を開けるのだった。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
皇国の栄光
ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年に起こった世界恐慌。
日本はこの影響で不況に陥るが、大々的な植民地の開発や産業の重工業化によっていち早く不況から抜け出した。この功績を受け犬養毅首相は国民から熱烈に支持されていた。そして彼は社会改革と並行して秘密裏に軍備の拡張を開始していた。
激動の昭和時代。
皇国の行く末は旭日が輝く朝だろうか?
それとも47の星が照らす夜だろうか?
趣味の範囲で書いているので違うところもあると思います。
こんなことがあったらいいな程度で見ていただくと幸いです
土方歳三ら、西南戦争に参戦す
山家
歴史・時代
榎本艦隊北上せず。
それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。
生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。
また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。
そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。
土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。
そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。
(「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です)
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
連合艦隊司令長官、井上成美
ypaaaaaaa
歴史・時代
2・26事件に端を発する国内の動乱や、日中両国の緊張状態の最中にある1937年1月16日、内々に海軍大臣就任が決定していた米内光政中将が高血圧で倒れた。命には別状がなかったものの、少しの間の病養が必要となった。これを受け、米内は信頼のおける部下として山本五十六を自分の代替として海軍大臣に推薦。そして空席になった連合艦隊司令長官には…。
毎度毎度こんなことがあったらいいな読んで、楽しんで頂いたら幸いです!
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる