料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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ぬか喜びのサーカ

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 朝霧がミルクのように濃い街道を馬車はひた走る。客車の前方にある窓から見える地走り族の御者は昨日のゴブリンの奇襲を思い出しているのか、時折必要以上に周囲を警戒していた。

 道は石を埋めて敷いただけの簡単なものなので、あちこちに凸凹があって時々馬車が酷く揺れる。その度に狭い客車の中で前かがみになっている俺は後頭部を天井に押し付けて体を固定しなければならない。油断するとしこたま
天井に頭をぶつける。

 試練の塔に行く道はこんなに激しく揺れたりしなかった。だが今は違う。

 御者が違う道を選んだのは襲撃を警戒して近道をしたからだろう。この道は凸凹だが魔物が出たという報告が少ない道なのかもしれない。

 寝ぼけた頭を何度もガンガンと天井にぶつけていると流石に嫌でも目は冴えてくる。

 必死になって頭をぶつけないようにしている俺の苦労をよそに、斜向かいに並んで座るサヴェリフェ姉妹は小鳥のさえずりのようにずっとお喋りを続けていた。

 話の内容は実に他愛もない事だ。

 コロネが人前で鼻くそを食べただの、イグナは闇魔女という二つ名のせいで人が寄って来ないだの、こないだヒジリと一緒に退治した悪魔はとんでもなくスケベだっただの、一つの話が終わると前の話とは関連性の無い話題が次々と出てくる。

 俺も何か二人に聞きたい事があった気がするのだが・・・、そうだ!

 会話の切れ目に俺は素早くタスネ子爵に訊ねた。

「あの、子爵様。俺って試練の塔の扉を開けたし魔法使いになれるのかな?」

「ん?扉を開けただけじゃ駄目だよ。最上階に向かうまで幻と戦って勝ち抜かないと」

「えっ!それじゃあ俺はまだ魔法は使えないのですか?」

「魔法自体は試練の塔に行かなくても使える人は使えるけど、本職として名乗るなら試練はクリアしてないとダメなの。免許みたいなものね。まぁうちの妹のイグナみたいに魔法の才能があれば試験を受けなくても、名声や実力で一気にメイジになれたりするけど、オビオは魔法関連の能力は持ってないでしょ?だったら魔法が使えるようになって試練の塔で試験を受けるしかないわね。魔法院があった頃は筆記と実技でメイジになれたけど、代わりに頭でっかちで実戦向きじゃない能力の低いメイジも量産してたのよ。でも試練の塔に戻した事で現場でちゃんと活躍できるメイジが世に出るようになったわ。メイジ以外のスペルキャスターの試験突破率は知らないけど、オビオはエンチャンターとしての適性があるんだし、いつか挑戦してみたら?」

付魔師エンチャンターって強いんですか?」

「殆ど生産職と言ってもいいわね。鍛冶屋兼付魔師の適性がある人は間違いなく魔法装備を作る鍛冶屋になるし。オビオみたいに料理人で付魔師なら、自分で作った携帯食料に能力アップのエンチャントをすると冒険者がどんどん買ってくれるわよ。残念だけどパーティにはまず誘われないわね。一応パーティメンバーの能力を底上げしたり武器に魔法を付与したりできるけど、それはメイジでも一時的に同じことができるの。まぁでも付魔師の方がエンチャントの魔法の効果と継続時間は上だけども。付魔師は滅多に敵性のある人がいない珍しい職業だしでパーティにいるよりは生産に特化したほうが楽だと思うよ」

「な~んだ・・・。試練の塔の扉を開ければもっと派手に魔法が使えるようになるのかと思ったのになぁ~」

「メイジみたいになりたかったの?メイン職業がメイジだなんて大変だよ?絶対メイジギルドに入らないと駄目だし、勝手にギルドを抜けると殺されるんだよ?アタッカーとして期待されるから戦場にはいつも駆り出されるし、前衛が全滅なんてしたら自分で身を守る術が殆どないよ。付魔師なんてギルド加入も任意だから抜けても殺される事なんてないし、戦場に出るよりも生産職やってたほうが左うちわだよ。それにオビオは料理人がメインなんでしょ?だったら試練を受ける必要はないよ。付魔師としての才能はサブで使った方が良いわね」

「ふむふむ。ところで試練を受ける受けないの差はなんなのですか?」

「まぁ覚悟とか気合の差みたいなものね。これからスペルキャスターとしてやっていくっていう」

「へ?それだけですか?」

 拍子抜けして力みが緩んだ俺は馬車の揺れで天井に頭を軽くぶつける。

「スペルキャスターにとって覚悟の有無は大きいの。覚悟の有無もそうだし、頭の良さ、自信の有る無し、感情の高まり具合、想像力も魔法に影響してくるから。試練を受けて見事合格をすると試練を受けていない人の二倍は実力が発揮できるって言われているわ」

「なるほど・・・」

 憧れの魔法が使えたらどんなに素敵だろうか。今のところ俺が魔法を使える可能性は低い。地球でファンタジー小説を読んで時々夢想していた魔法は遥か遠くだ。

 がっかりして首を曲げたままの姿勢で窓の外を見ると、大きな屋敷が見えてくる。シルビィ様が住む屋敷だ。いやウォール家の屋敷と言うべきか。沢山の召使いに生意気なゴルドン君と自意識過剰のシルビィ様。そしてその両親が住む屋敷。広い敷地を通り抜けようやく馬車は玄関に辿り着く。

「やっとこのせませま地獄から解放される・・・」

「ご苦労様ぁ」

 はぁ~、フランちゃんの労いは心に染み渡る。我がオアシス、フランちゃんよぉ~。

「やったな!」

 お?シルビィ様がお出迎えしてくれているだと?執事とかメイドが後ろにずらりと並んでいるのは彼女が表に出たからだろうな。俺たちの為ではなさそうだ。

 俺は首が痛いのでさっさと馬車から降りた。すると後ろ手を組んだ社長みたいな態度のシルビィ様がずんずんと近づいてくる。

「裏側から簡単な報告は聞いたぞ。やるじゃないか、オビオ!私はお前の保証人として鼻が高い!」

 あた!馬車を降りて早々尻を叩かれた!しかも叩いた後に撫でられた!セクハラッ!

「いえいえ、俺なんて逃げ回った挙句にゴブリンの巫女に犯されそうになってただけですから」

「フハーッ!大きなオーガが小さなゴブリンに押し倒されたのか?」

 笑い過ぎだってシルビィ様・・・。こっちを指して笑うな!

「悪い。異世界のゴブリンのメスに犯されそうになったオーガを想像したら可笑しくて。お前は本当に戦闘が苦手なのだな。まぁ料理人だし当たり前か」

 その料理人を戦場に送ったのは誰ですかーっ!

「でも謙遜はしなくていい。お玉と大きな鍋と火吹きトマトで奮闘し、ボスのゴブリンシャーマンを捕まえて敵を降参させたのだろう?一介の料理人にしては大金星だ!紫陽花騎士団の騎士達も悔しがっていたと聞いた」

「そこまで観察してたなら裏側の人は俺を助けてくれても良かったのに・・・」

「彼らは私の部下ではないのでな。忙しいところを無理を言って様子だけ見てきてもらったのだ」

「ほんとはその裏側を使って俺を監視してたんじゃないんですか?」

「ハハハ!それもある!すまん!」

 正直な人だ。後ろめたい事をしたのに屈託なく笑ってこちらの責める気をなくさせる。まぁ悪い人ではなさそうだけど。

「オビオったら凄いのよぉ!矢が雨のように降る中を鍋で防いで塔まで辿り着いたんだから!」

 お、フランちゃんが俺の評価を上げてくれてる。流石我が天使。またホッペにキスしてくれないかなぁ・・・。

「オビオは『フランちゃんの為に俺、やります!』とか言っていたそうだな。聖騎士見習い殿はほんと罪作りな女だ・・・。羨ましい・・・。ゲフンゲフン。おっと!立ち話もなんだ。中で報告を聞こう」

 羨ましい・・・だと?やっぱシルビィ様ってモテないんじゃなかろうか。





「やっぱりね!僕は最初からこのオーガに英雄の素質を見出していたんだ!」

 はぁ?エリムス隊長と同じおかっぱ頭のゴルドン君よ・・・。手のひら返しが露骨過ぎじゃないですか?子爵の報告に鼻息を荒くして聞いてたところまでは英雄譚に興奮する男子みたいで可愛かったけどね。

「よく言うよ、ゴルドンはオビオ殿を散々見下していただろう?」

 そうだそうだ!キウピ―君もっと言ってやれ。彼はッ!まごう事なくッ!俺をッ!見下していたッ!

「う、うるさいぞ!キウピ―!姉上の前で恥をかかすな!」

 あ、喧嘩慣れしてない子供特有の服の掴み合いが始まった。お互い加減が解らないから首がガクガクしてる。

「やめないか、ゴルドン!」

「はい姉上」

 姉上には素直なんだなぁ、ゴルドン君は。即座に喧嘩を止めたぞ。シスコンか?

「そうだ!報告も済んだし、オビオ、あれ出してよ!丁度おやつの時間だしさ。シルビィ様にも食べてもらおう?」

 あれってアケビゼリーですか?そういえば、あのゼリーは誰も感想を言ってなかったな。味は悪くなかったはずなんだけど。子爵とフランちゃんが美味しいって言ってくれた時の笑顔は素敵でした。

「いいですけど、大貴族の皆さんのお口に合うかどうか・・・」

「お?なんだ?」

 シルビィ様も興味津々だな。仕方がない出すか。

 俺は亜空間ポケットに手を突っ込んで、多めに作って余ったアケビゼリーを人数分取りだした。

「んん?なんだこれは。ゼリーのようだが・・・」

「試練の塔周辺で現地調達したアケビで作ったゼリーです。子爵が裏ごしするのを手伝ってくれたんですよ」

 子爵が照れながら俺からゼリーの入ったガラスの器を受け取り少し持ち上げた。

「これ素朴な味がして美味しいんですよ、シルビィ様!」

「ほう、これは・・・。見た目がなんだか・・・」

 なんだよ。見た目は確かによろしくないが甘いぞ!

「どうしたんです?シルビィ様?」

 そうだよ、どうしたんだよシルビィ様。子爵の丸くて可愛い目が不思議そうにしてんだろ。

「いや、アケビを食べるのは初めてなのだ。・・・ええぃ、ままよ!」

 そんなに覚悟のいる食い物じゃねぇっつーの。王国近衛兵独立部隊隊長という肩書の割には初めての食べ物に対して少し臆病だな。

「ほぉ・・・。丁度良い甘さだな。最初に瞬発力のある砂糖の甘さが口の中に広がって普通のゼリーのような味がしたが、最後に少し粉っぽい風味と柔らかで自然な甘みが舌を覆って消えていく。特別美味いという事はないが、何も無い状況でこれを作りあげたのだから素晴らしいな。珍しい物を食べた。良い経験をさせてもらったよ」

 姉上もそう言っているのだ、ゴルドン君達も食べなさい。君たちのような子供は甘いものが好きでしょう?

 ゴルドン君、一気に口に入れ過ぎだって。ちゃんと味わっているのか?

「ふん、姉上の言うように普通の味だね。やっぱりオビオは料理人ではなく英雄として生きるべきだ」

 ゴルドンと書いてフリガナにクソガキと付けたくなるね、全く。俺が料理人の顔を見せると態度が一変したな。さっきまでの俺への敬意はどこへいった?

「でも戦いの後でこれが出てきたら嬉しいかも。体の疲れを癒してくれそうな味だよ」

 キウピ―君はきっと世渡りの上手な大人になるね。君のス〇夫みたいな髪型は覚えておくよ。いつかまた会いたいね。

「まぁでももう一杯お代わりしてやってもいいぞ?量が少なくて食べた気がしないからね」

 おいおい、ゴルドン君はツンデレだなぁ。お兄さん思わずニヤニヤしちゃうよ。はいはい、亜空間ポケットから出しますよ。

「何をニヤニヤしているんだ?気持ち悪い。さっさとゼリーを寄越せ!」

 おい!ゼリーをひったくるんじゃないよ、ゴルドン君!乱暴だな!

「あっ!」

―――ドゥルン!ベチャ!―――

「やだぁ!」

 ゴルドン君が俺の手からガラスの容器をぶんどったせいでゼリーは勢いよくフランちゃんの顔へと命中し纏わりついた。

「わぁ!こ、これは!」

「おうふ!」

 どうした?ゴルドン君にキウピ―君。何で顔を赤くしてフランちゃんを見ているんだ?心なしか前屈みだな。

 ん・・・?

 ふむふむ、なるほど。フランちゃんにかかったアケビゼリーは男性が絞りだすアレ・・に似ているわけか・・・。俺は傭兵や騎士達がこのゼリーを見て何ともいえない顔をしていたのを思い出した。

「そうか!そういう事だったのか!あの時騎士も傭兵も眉間に皺を寄せていたのはアケビゼリーの見た目がザー〇ンに似ていたからか!そりゃ食欲を無くすわ!」

 しまった!思った事をそのまま口に出してしまった!俺の悪い癖だ!

 タスネ・サヴェリフェ子爵の顔色がみるみる赤くなった。

「ししし、下ネタぁ!」

 ばちーんと太腿を叩かれ、俺は周りを見て空気が凍っている事を知る。どうしようかと迷っているとハスキーな笑い声が聞こえてきた。

「ウフフ・・・アハハハ!」

 シルビィ様がお腹を押さえて鼻水を少し垂らして笑ってる。貴族らしくないなぁ・・・。

「普通はそう思っても口に出さないものだ。オビオは・・・グフフ・・・正直者だな!クハハ!」

「もぉー!次からアケビゼリーを見たらそう思っちゃうじゃない!」

「あれ?子爵様ってそういう事を知らなさそうな初心な顔してるのに知っているのですね」

 俺は意地悪に笑ってフランちゃんの顔にドロッと付着しているゼリーをハンカチで拭った。子爵に話を振ったのは白濁液に塗れたフランちゃんの顔を直視しているときっと変な気分になるからだ。

「当たり前でしょ・・・。お、大人なんだから知ってるわよ。そんな事ぐらい・・・。オビオは何歳よ?」

「17歳ですけど・・・」

「まぁ!まだ子供じゃない!若いうちから変な知識ばかり身につけてたらだめだよ!もう!」

 俺は子供みたいな見た目の女性にたしなめられて、すこし脳が混乱したが料理の話に戻す。

「あ~、それにしても失敗した。やっぱり見た目って大事なんですね・・・。せめてゼリーにベリー系で色を付けておくべきでした」

「そうだな。食べる人の気持ちになって料理を作る事も大事だ。オビオもまだまだ修行が必要だという事か。樹族の料理は味はともかく華やかな見た目の物が多い。暫くは旅をして樹族の技術を盗むのも良いかもしれないな」

 そう言ってうんうんと頷き、男前な笑顔を見せていたシルビィ様が急に真剣な顔をした。

「しかし、だ・・・。信頼を樹族国で勝ち取った英雄オーガと違って君はただの闇側国のオーガ。手放しで開放するわけにはいかない。そこで君には暫く監視役をつけさせてもらう」

 きたきた。エリムス隊長が言ってた通りだ。地球人はオーガに似てるってのも気になるな。一度オーガを見てみたいものだ。

「心得ております、シルビィ様。俺は誰かを騙したり傷つけたりする気は毛頭ありません。純粋に料理で腕を磨きたいだけです。しかしながら俺はこの国の仕来り等が解らないので何かしでかしてしまうかもしれません。近くにそれを御してくれる者がいれば旅もスムーズになるでしょう」

「うむ、殊勝な心掛けだ。エリムスが使い魔を飛ばして推薦してきたという事は、余程オビオの事が気に入ったのだろう。その監視役の騎士は試練の塔で暫く君と行動を共にしていたと聞く」

「サーカですね?」

「うむ。サーカ・カズンだ。知っての通り彼女は性格に難があるが一年程君の行動を見極めさせる目付とする。悪い意味で有名な騎士だが仲良くな?エントランスに待たせているからこの指示書を渡してくれ」

 俺はフランちゃんの顔を綺麗に拭き終わると急いでハンカチを尻ポケットにしまって、羊皮紙で出来た巻物をシルビィ様から両手で受け取った。

「おめでとう。記憶喪失のオーガ、オビオ。この国でオーガの移民は君が初めてだろう。多民族国家のポルロンド辺りにでも行けばオーガやゴブリンの移民も珍しくはないだろうがな。この保守的で魔法至上主義の国では歴史的な事だ」

「え?でも大神聖って人が公式の初移民なんじゃないんですか?」

「アハハ!彼は奴隷の身分のままだよ。樹族国の国民にしようとしたが断られた。サヴェリフェ家の奴隷の方が貴族や普通の奴隷よりも自由だからってな。今だって彼は主の許可を貰って外国に出向いている」

 よくわからん人だな、惑星ヒジリの主は。宇宙船カプリコンとアンドロイドとパワードスーツがあればこの星をを支配する事も簡単だろうに。まぁいいさ。俺は彼に見つからないように旅をするだけだよ。

「だからエリムス様は破格の待遇だって言っていたのか・・・。でもなんで俺にそこまでしてくれるのですか?」

 シルビィ様は食い気味で即答してきた。

「目だ。君は探求者の目をしている。ヒジリ殿と同じようにな。目的を持って突き進む者の目だ。ヒジリ殿の目的は私には解らないが、彼はなんにでも興味を持って世界を知ろうとしている。君も目的は料理研究なのだろう?その黒目の奥に光る探求心が私の心を動かしたのだよ。ん?・・・おっと!では私はこれで失礼する」

 シルビィ様はちらりと窓の外を見た後、急いで俺の胸に謎のワッペンを張ると部屋から出て行った。俺には解らなかったが、きっとどこかに潜む諜報員・・・裏側だっけ?か何かが次の仕事の催促をしたのだろう。

 誰も何も言わないからワッペンはきっと往来許可証みたいなもんだろうな。

「これでオビオの美味しい料理ともお別れかぁ・・・」

 子爵が寂しそうな顔をしている。頬杖を突いているので頬が持ち上がっていて可愛い。

「暫くはこの街にいると思いますよ?街の名前ってなんでしたっけ?」

「樹族国の首都アルケディアね。どこの宿屋に泊まるの?アルケディアの宿屋はどこも高いよ?貧民街の宿屋は安いけど狭い上にオーガが寝転べそうな大きなベッドなんてないだろうし。もし良かったらサヴェリフェ家で暫く料理人やる?」

 うーん、タスネさんはツンケンした印象があるけどやっぱフランちゃんのお姉ちゃんだけあって優しいなぁ。申し出は有難いのだけど・・・。

「勿論ヒジリ・・・さんも帰って来るんですよね?」

「そりゃそうだけど、どうしたの?」

「その・・・ヒジリさんは俺の事を殆ど知らないかもしれませんが、俺は彼に会いたくないんです・・・」

「なんで?」

 理由を用意してなかった。ここには人の心を読む拷問官のゲルシさんもいない。多分嘘は通じると思う。でもあまり嘘はつきたくないなぁ・・・。

「その・・・」

「お姉ちゃん!オビオだって色々あるのよ。きっと過去にヒジリに挑んでコテンパンにされたとかそんなのでしょ?」

「ええ、まぁそうです」

 嘘じゃない。俺は成功者である彼に嫉妬しているし、精神的にコテンパンにされている。

「なーんだ。そんな事。ヒジリなら気にしないと思うよ。だってヒジリを相手に腕試しを挑んでくる人って山ほどいるからね。きっとオビオの事なんて全く覚えてないよ。でもコテンパンにされた側ってのはずっと覚えてるものよね。会ってあの憎たらしい自信満々な顔を見続けるのは嫌だってのは解るよ。んじゃ、オビオの話はヒジリにはしない方が良いのね?」

「はい、そうしてくれると助かります。自然な形で彼と出会ったなら、その時はちゃんと話をしたいと思います」

「うんうん。ヒジリは難しい話ばかりしてて会話内容がチンプンカンプンだけど話の通じない堅物じゃないからね。心の準備ができた時に話しかけるといいよ」

「はい」

 助かった・・・。やはりこの世界がリアルだという可能性も捨てきれないんだよなぁ。ホログラムが作り出した仮想空間にしては広すぎる。同じ場所をグルグル移動させられている可能性もあるけど、移動に不自然さが無いのが気になるし。

 幾らなんでも長時間ホログラムの中にいたらちょっとした手抜きやホログラムの綻びを見つけてしまうもんだ。通常のホログラム空間なら敢えてプレイヤーに非現実世界であるという自覚を持たせる目的で、バグやミスを残しておくのにそれが全く見つからない。

「オビオ、餞別にこれをあげる」

 子爵がくれたのは木でできたホイッスルだ。俺は試しに吹いてみた。楽器などを持つと取り敢えず鳴らしてしまうタイプの人間だからだ。

「フ、フィィ~、ヒョロロ~」

 なんだか間抜けな音がした。失敗した時の笛ラムネのような音だ。

「フフフ!一応それはマジックアイテムなんだから無暗に鳴らさないでね」

「へぇ!マジックアイテムなんですか!どんな効果があるんです?」

「自分より格下の魔物を一分間混乱させる笛だよ」

「凄いですね!でも俺って最弱レベルなんじゃないですか?格下なんていないと思うのです」

「それはどうかな?ゴルドン君、オビオのオーラはどんな感じ?」

 オーラ?何の事だ?

「えーっと・・・。わぁ!最初会った時は白だったのに青になっています!」

「???」

「って事は試練の塔での戦いで成長したって事だね。オオコウモリとかオオネズミ程度なら混乱させられるよ」

「なんでそんな事が解るんです?」

「知らないの?樹族は魔法に関する実力をオーラの色で見分けられるんだよ?白、青、黄色、赤、最後に黒の順で強くなっていくの」

「つまり俺は少し成長したって事ですか?じゃあ能力値も上がったのかな?」

「能力値は滅多に上がらないよ。生まれつきの値のままで一生を過ごす人が殆どかな。骨の細い人がどんなに頑張っても骨の太い人のような力強さとか頑丈さなんて得られないでしょ?だから一生に一度何かの能力値が上がれば万々歳ね。今回は多分、魔法の使用回数が増えたんだと思うよ」

「オビオはほんと何も知らないのだね」

 うるせぇゴルドン。おかっぱ頭をキノコ頭にするぞ!

「でもいいんですか?マジックアイテムって滅茶苦茶値段が高いってのがゲームの相場じゃないですか」

 しまった。うっかりゲームって言っちゃった。

「ゲーム?何のこと?値段の事なら心配しなくてもいいよ。それは妹のイグナに作ってもらったやつだから。材料自体はありふれたものだよ」

 マジックアイテムを作れちゃう妹さんって素敵。

「妹さんも付魔師なんですか?」

「ううん?メイジだよ。彼女は神から授かった能力で魔法関連の事は一度見ただけで覚えちゃうからエンチャントの仕方も覚えたみたい」

 チートだろそれ!

「いいなぁ。俺も何かしらの特殊能力が欲しい」

「ははは。まぁそればっかりは・・・ね。誰がいつどのタイミングで神から授かるか分からないからさ・・・。オビオもいつか神の寵愛を受けるかもしれないじゃん。それまで料理人として頑張ってね。あたしね、オビオはそのうち有名な料理人になるような気がするのよ!だって目がヒジリに似てて・・・なんていうか真っ直ぐだから!」

 やべぇ、優しい言葉に涙出てきた。今はタスネさんも天使に見える。

「うう・・・。ぐすっ!俺の為に何から何まで色々としてくださってありがとうございます。俺がこの国でやっていけるのも皆さんのお陰です」

「当たり前だろ、もっと感謝したまえ」

 黙ってろ、おかっぱ。モヒカンにすっぞ。

 俺はゴルドン君をキッと睨んだ後、タスネさんとフランちゃんを抱きしめた。うへへ、ふたりともフワフワしてて柔らかいし、凄くいい匂いがする。甘くて爽やかな匂い。アイスクリームにこの香りのエッセンスを入れたらい美味しそう。

「俺、いつか料理人として名を上げて皆さんにご馳走を食べてもらいますから。それまで楽しみに待っていて下さい」

「今でもオビオの料理は十分に美味しいけど、修行で成長したオビオの料理も楽しみねぇ!あ、それから私たちの屋敷は首都から馬車で北に三時間の場所にあるからいつでも訪ねてきてねぇ。サヴェリフェ家はどこかってその辺の人に聞いてくれたら多分教えてくれると思うからぁ」

 フランちゃんの甘ったるい声が耳に気持ちいい。

「うちには食いしん坊のコロネがいるから料理人のオビオが来たら喜ぶわ。あ、それからシルビィ様から貰った巻物を忘れずに監視役の騎士に渡してね」

「はい!ありがとうございます!本当に色々とありがとうございました!それではまた逢う日まで!」

 名残惜しいが俺は二人から離れると皆にお辞儀をして部屋を出た。

 広い屋敷内を先導をしてくれるメイドの背中を見ながら俺はこの国の住人について考える。

 多種多様で能力も性質も幅がある獣人族。魔法が苦手で魔法至上主義のこの国では最下層民だ。

 今のところあまり良いイメージはない、気位が高く魔法が得意な樹族。支配層でこの国のメイン種族だ。

 そして世話焼きで好奇心が強い子供みたいな見た目の地走り族。彼らも魔法が苦手だけど素早くて手先が器用。貧困層も多いけどやり手の商売人も結構いて、同じ種族の中でも経済格差が大きい。

 大神聖がこの惑星に来てすぐに地走り族と出会った事は、この星の住民にとっても幸運だったと思う。

 もし地走り族ではなく悪意ある人達と最初に出会っていたら、彼は容赦なく星を支配していたかもしれない。俺個人の勝手なイメージだけど、科学者ってのは合理的で冷たかったりするからな。きっと大神聖はこの星の住人と交渉する必要がないと思えばカプリコンやウメボシを使って世界に君臨していただろう。それをしなかったのはタスネさんやフランちゃんのような不思議な魅力を持った人たちがいたからだと思う。


 

 エントランスに着くと案内してくれたメイドは冷たい顔で黙ってお辞儀をして去っていった。

 俺はここでどうしたらいいのか解らず、ぼんやり立ってサーカを探す。

 何度もエントランスを見渡したが下級騎士のサーカ・カズンはどこにもおらず、仕方がないので俺は近くにいた樹族のメイドに彼女の居場所を尋ねる。

「あの・・・サーカ・カズンという騎士はどこにいるのでしょうか?ここで会うようシルビィ様に言われたのですが・・・」

 俺がサーカの居場所を訊いている間、ずっと目を閉じて無視していたメイドもシルビィ様の名前を聞いてこちらを向いた。

「彼女なら玄関の外でお待ちです」

 なんでエントランスのソファーに座って待ってないんだよ・・・。

 俺は仕方ないなと溜息をついて大きな扉を開けて外に出ると彼女は玄関にある柱の陰で青い顔をして立っていた。

「何やってんだ?サーカ」

 一瞬、サーカの顔がパァァと明るくなった気がする。見知らぬ場所で知り合いに出会った時の顔だ。

「も、もう報告は済んだのか?」

「ああ。じゃあ行きますか」

「は?行く?行くならお前一人で行け」

「サーカは上からなーんも話を聞いてないのか?」

「話?私はシルビィ様の屋敷で待てと命令があったから来ただけだ。きっとシルビィ様が私を徴用してくれるのだろう。悪いな、オビオ。私はお前のような底辺オーガに構っている暇はないのだ。ハァ~ドキドキするな」

 俺は彼女を憐れむような目で見つめ、黙って羊皮紙の巻物を彼女に渡す。

「なんだ?」

「いいから読めって」

 眉をしかめてサーカは俺を見た後、羊皮紙を上下に広げる。

「なになに・・・。今日付けで紫陽花騎士団エリムス・ジブリット隊隊員サーカ・カズンは退団。特別任務として移民オーガであるオビオ・ミチの監視及び援助を命ずる。これは樹族国にとって初の試みである。重要な任務であると自覚し遂行するように・・・・。王国近衛兵騎士団独立部隊隊長シルビィ・ウォール・・・」

 それを読み終えた時のサーカの顔は無表情だった。彼女がこの命令を受けて何を思ったのかは知る由もない。

 二度ほど読み返して彼女は羊皮紙を丸めて腰のポーチにしまうと少しフラフラする足取りで歩き出した。彼女はこの命令をエリムス様の厄介払いと捉えたのかもしれない。

 彼女は振り向いて俺を睨んだ。

「さぁ行くぞ。行き先はお前次第なのだろう?」
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貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

僕だけ入れちゃうステータス欄 ~追放された凄腕バッファーは、たまたま出会った新人冒険者たちと真の最強パーティーを作り上げる~

めでめで汰
ファンタジー
バッファーの少年カイトのバフスキルは「ステータス欄の中に入って直接数字を動かす」というもの。 しかし、その能力を信じなかった仲間からカイトは追放され迷宮に置き去りにされる。 そこで出会ったLUK(幸運)値の高い少女ハルと共にカイトは無事迷宮から生還。 その後、カイトはハルの両親を探すため地下迷宮の奥へと挑むことを決意する。 (スライム、もふもふ出てきます。女の子に囲まれるけどメインヒロインは一人です。「ざまぁ」もしっかりあります)

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

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