料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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司祭の情報戦

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 酒場の誰もが、ビャクヤの英雄譚を聞いて鼻で笑った。

「世界が虚無に包まれて、終わりそうになっただって?」

「いかにもッ!」

「それを悪魔が食い止めた? 馬鹿を言うな! ヒジリ様がやったならともかく、何でお前の飼ってる悪魔が、人類のために戦うんだよ!」

 獣人や地走り族の言葉に、仮面のメイジはヤレヤレと首を振った。

「人とはッ! なんと愚かな生き物なのかッ! ヒジリ・・・猊下とてッ! 君たちの見えないところで世界を救っているというのにッ! 何もエルダーリッチや、吸魔鬼との戦いがッ! 猊下の全てではないのだよッ! 彼はいずれ、人の預かり知らぬ場所でッ! 邪神と戦いッ! 世界を救う!」

「ホラ吹きの変態仮面に、乾杯!」

 不穏な空気を察し、場を収めようとしたピーターがそう言って杯を掲げると、皆、大笑いして同じようにゴブレットを掲げた。

「乾杯!」

 しょげて座るビャクヤに、ピーターはホットワインを差し出す。

「俺は信じるよ。だってさ、この酒場には魔力の高そうなメイジが沢山いるってのに、誰一人として、ビャクヤの正体が魔人族だと気づいていないもん。【完璧なる変装】の魔法は凄いよ! そんな凄い魔法を使う奴が、ホラ吹きなわけないじゃん」

 吸魔の魔法書を盗んだ後ろめたさがあり、幾らかおべっかを言うピーターではあったが、それでもこのメイジの力は尊敬するに値する。

「ありがとうッ! ピーター君ッ!」

 樹族に変身したままのビャクヤは仮面を外して、ホットワインを啜った。

「えっ? ビャクヤの顔にモザイクがかかってんだけど、どうして?」

 ピーターが驚いて、ビャクヤの顔を指差す。

「ああ、これですかッ! 吾輩の顔はッ! この仮面によってッ! 魅力を封じ込まれているからねッ! その代わり、魔法能力が向上するのですッ!」

 制約のあるマジックアイテムは、その制約以上の代価を支払ってくれると、シスター・マンドルから聞いた事があったので、ピーターは疑うことはしなかった。

「す、すげぇ! その仮面一つで、豪邸がどれくらい建つ?」

「アルケディアの一等地に、庭付き豪邸が十ッ!」

「ぎゃは! ホラ吹きに乾杯!」

 隣に座る地走り族が、その話を聞いてビャクヤを馬鹿にした。

「うるせぇぞ! あっちいけ!」

 ピーターは同族に邪悪な顔を向けて、ダガーをちらつかせる。

「ヒィィ!」

 地走り族は、怯えて酒場から逃げ去っていった。

 その逃げ去る地走り族と入れ替わるようにして、サーカが戻ってきた。

 いつものような傲慢な顔で、酒場の円卓に座ると、ピーターとビャクヤに食事を注文した。

「なんだよ、サーカ。昼飯なら食べたけど?」

「吾輩もッ! まだ満腹なりッ!」

「黙れ。今夜、ウォール邸に招かれたのだ。貴様らに食事作法の一つでも教えておかないと、私が恥をかく」

 サーカの声はよく響くので、酒場にいた全員が静まり返ってサーカを見ている。

「なんだ? なぜ私を見る? 私はシルビィ隊の一員だ。招かれて当然だろう?」

 貴族崩れの樹族冒険者が立ち上がり、サーカにお辞儀をしてから、おずおずと質問した。

「ですが、サーカ閣下。ウォール邸には王の盾もおりまする。かの場所に行けるのは、英雄子爵やヒジリ様、或いは王族や侯爵のみです。功績も上げていない閣下に、その資格がお有りですかな?」

 樹族はサーカに限らず皮肉が好きだ。からかわれたサーカは、円卓を叩いて反論する。

「うるさい! 私は隊長から直々に招かれたのだ。貴様ら冒険者風情に、とやかく言われる筋合いはないぞ!」

 ここにオビオがいれば、「功績を上げていないのに招かれたんだぞ? 逆に凄くねぇか?」と言って場を和ませただろう。しかし、彼は死んでしまったのだ。心に余裕のないサーカは、怒りで返すしかなかった。

「おお怖い! 皮肉の姫には、皮肉が通じない」

 サーカに怒鳴られた冒険者が肩をすくめて座ると、吟遊詩人が急にリュートを爪弾き始めた。

「オーガは料理を振る舞う~。神聖国モティの片田舎~。だけどサーカの皮肉が~。司祭を怒らせた~。コックは熱いスープの具~。仲間の死体に背を向けて~。皮肉の姫は逃げてきた~。コックは今も鍋の中~」

 小さな声でピーターが「嘘だろ」と呟いた。昨日の今日で、オビオの死は、樹族国にまで広まっているのだ。しかも、オビオが死んだ原因が、サーカの皮肉。

 一領主を馬鹿にした事で無礼討ちにされる者は確かにいる。パーティーのリーダーが、その責任を取らされるのもよくある話だ。

 冒険者達の冷たい視線にサーカはたじろぐ。

「う、嘘を歌うな! かの司祭は、悪意を持ってオビオを殺した! 私のせいではない!」

「うるせぇ! リーダー殺しのサーカめ! 俺たちはオビオの料理を楽しみにしていたんだぞ!」

 誰かが、サーカに木のゴブレットを投げつけた。咄嗟にビャクヤがマントでそれを遮る。

 呆然とするサーカに、ピーターは囁いた。

「やられたな。カクイ司祭は、あちこちに小鳥を飛ばしたんだ。嘘の情報で俺たちを悪者にするつもりだ」

「部屋に戻りましょうッ! サーカ殿ッ! ここは危険でんすッ!」

 ビャクヤはサーカをマントで覆うと、飛んでくる食器や杯から守り、酒場の二階へと上がっていった。

 部屋に入るなり、サーカはベッドに座って髪を掻きむしってから、手で顔を覆った。

「私は、カクイが! 憎い!」

「俺だってそうさ。最近は何を食べても不味いよ。オビオの料理は天下一品だったからな」

 そんなレベルではない、と言いたそうなサーカは、オビオの持っていた上位鑑定の指輪を弄りながら、鼻を啜った。

「奴は私のくまちゃんを殺した! それだけに留まらず、オビオを刻んでスープの具にし、私達に食べさせたのだ。全ての悪事を私に擦り付けて! カクイが憎い憎い憎い! 殺す殺す殺す!」

 ツンデレのヤンデレにピーターは寒気を抑えながら、何とか慰めようとした。

「・・・オビオはサーカが死んだ時、滅茶苦茶泣いてたよ」

「私がダーレにやられた時か?」

「ああ、まだ戦闘中にも関わらず、泣き崩れていた。お前らさぁ、相思相愛なんだから、こうなる前に告白でもしておけばよかったのに」

「は? 相思相愛? オビオは私のくまちゃんだ。私の物なのだ。大事にしていたぬいぐるみの腹を割かれて、中の綿を食わされれば、誰だって怒るだろう」

 長い溜息をついて、ピーターはこの歪んだ愛情表現をする樹族の騎士を、一喝する事にした。

「なんでそんな話になるんだよ! はっきり言ってやるよ。サーカはオビオのことが大好きなんだ。しかも性的対象として見ている。でも樹族として貴族として、オーガのオビオを愛することができない。だからサーカは、オビオの事をぬいぐるみだとか言って、自分の物だと言い張っているんだ!」

「他人のお前に、何がわかる!」

「ベッドの中のお前らを見て、毎晩舌打ちしてきたのは、伊達じゃないぞ! お前がオビオの太ももでオナニーしてたのも見てんだよ! たかが熊のぬいぐるみ相手に、ここまで性欲を爆発させる奴がいるか! いたら変態だ!」

「きききききき、貴様ァ!」

 口を∞にして顔を真赤にするサーカは、腰のワンドホルダーからワンドを抜いて、ピーターに向けた。

「ちょおっとッ! んんお待ちなさいッ!」

 シュバっと自分で効果音を言いながら立ち上がり、ピーターとサーカの間に割って入ったビャクヤは、二刀流猫じゃらしで二人の顔をくすぐっている。

「くすぐったいな!」

「えぇい! うっとおしい!」

 喧嘩を収めようとして、余計火に油を注いでしまい、あわや乱闘が始まるかといったその時――――。

 誰かがドアをノックした。

「サーカ様。お迎えに参りました。私、ウォール家で御者をしております、アニアン・アウカです。館へ行く準備はよろしいでしょうか?」

 御者といえど、ウォール家の召使いは皆、貴族。下手をすれば、サーカより位が上の可能性もある。

「もうそんな時間か! い、今行く!」

 慌ててバックパックの中にある私服を探るが、どれも色あせており、しわくちゃだ。

「館へ着ていく服が無い・・・」

「鎧のままでいいじゃんか。ウォール家の紋章が入った盾も持ってんだし」

「しかし・・・」

 パニックになるサーカを落ち着かせる意味で、彼女の肩を揉みながら、ビャクヤはドアの外で待つ御者に尋ねた。

「平服でもよろしいかな? アウカ殿ッ!」

「はい。シルビィ様は普段どおりの姿で良い、と言って仰られていました」

「とのことですッ! ではッ! 参りましょうかッ! サーカ殿!」

 ほぼ裸の変態にそう言われて、サーカは絶望する。ビャクヤの正装はマントにパンツ一枚だからだ。他は全身にマジックアイテムが付いているのみ。

「終わった・・・」

 度重なるショックで脚が震えるサーカは、こみ上げてくる胃液を飲み込んで、ドアへと向かった。
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