料理をしていたらいつの間にか歩くマジックアイテムになっていた

藤岡 フジオ

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闇魔女イグナ・サヴェリフェとお菓子

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 メリィが内包する闇を拭い去りたい。彼女の闇はどんどん濃くなっていくような気がする。このままでは騎士修道会から追放される可能性もある。俺がその引き金となったのならば、尚更彼女を救いたい。

 それにウィング。彼が俺を守って消えたのなら、ほっとくわけにはいかない。消え際にどういう意味で俺を“ 愛している”と言ったのかも気になるしな。

 今、唯一縋れるのは、ビャクヤが教えてくれた情報だけ。

 アルケディア城の厨房でパン生地を捏ねる俺は、仮面のメイジの話をもう一度思い出す。

 ――――グランデモニウム王国のミト湖近辺にあるッ! マナの大穴の最深部を目指しなさいッ!

 絶えずマナ粒子が噴出している大穴は、多くはないが世界各地にあるそうだ。

 人の願望や希望を具現化する粒子が多い場所には、当たり前だが危険な存在が沢山いる。魔法生物や、マナの探求者である、はぐれウィザード、リッチ――――ならまだいい。

 一番厄介なのは濃厚なマナ粒子のお陰で、契約や贄を必要とせずに、現世に居座れる悪魔だ。

 そんな危険な場所の最深部に、コズミックノートの切れ端が落ちているとビャクヤは言った。

 Qの力でジワジワと焼け焦げるように消えていった魔法の本は、コズミックペンが綴り続ける無限ループ地獄から逃れるべく、消滅を望んでいたそうだ。だからコズミックノートの願いは叶ったという事。

 しかし、やはりと言うか――――。

 何者も自分が生きた証を残したいという欲が、死に際に芽生えるのか、コズミックノートは自分と同じ素材のしおりを落として消えたという。

 それさえ手にれれば、後はキリマルがコズミックペンのいる場所まで、次元を切り裂いて道を作ってくれると言っていた。どうも、しおりだけじゃ駄目らしい。コズミックペンが消えた二人の名を書かなければ、意味がないと。

 ってかコズミックペンって、まだ生きているのかよ!

「それにしても、次元を切り裂いて道を作るとか、とんでもねぇバケモンになったな、キリマルは・・・」

 俺はキリマルに植え付けられた恐怖の呪いで、一人身震いをする。そしてまた大穴の事を考えた。

 英雄レベルに到達した者が多いバトルコック団でも、大穴の最深部までは厳しい道程になるだろう。赤竜や精霊との戦いを傍観していただけで、実力値が一気に10になったムクだが、俺は彼女を今回のメンバーから外そうかと思っている。

 理由はムクを守れる自信がないからだ。魔物使いであるムクがいれば、もしかしたら魔物を手懐けて、こちら側の戦力にしてくれるかもしれないが、高レベルの敵が出てくる大穴で、力不足感は否めない。

「何を作っているの?」

 突然背後で声がした。

「うぉ?!」

 感性特化型の俺の背後に立てる奴は、そう多くないはずだけど、相手を見て納得。付魔師としての基礎を教えてくれた師匠でもあるイグナちゃんが、【姿消し】を解いて現れたのだ。

「パン?」

「ああ、そう。ドライフルーツのたっぷり入ったパン。ウィングが大好きだったパンさ」

「そう・・・。オビオは悲しい?」

 他人の感情の機微に敏感なイグナちゃんは、俺の心の中を見透かしていた。

「ああ。ウィングは・・・。最初こそは、いけ好かなかい奴だと感じていたけど、一緒にいる内に優しい奴だってわかったからな。しかも俺の命を救って消えてしまったんだ。とても悲しいよ。俺はヒジリ猊下とは同郷なんだけど、そこに住んでいた先祖様の多くが、他人から受けた恩を一生忘れないって性質だったらしい。俺もその性質を受け継いでいるのか、ウィングの事は絶対に復活させてあげたいって気持ちが強いんだ。あと闇堕ちか、自殺をしそうな仲間のメリィもほっとけない」

「オビオは優しい」

 闇に渦巻く地走り族の少女の目には、何故か涙が溜まっていた。

「星のオーガは、何でそんなに優しいの? 私達姉妹も親がいなくて、毎日食べるのにも苦労していた。でもヒジリが現れて私達を助けてくれた。村の誰もが、私達を邪魔者扱いをしていたのに」

「困っている人がいたら、助けるのが当然だろ?」

「ううん。皆自分のことで精一杯なのはわかっているけど、無償で助けてくれる人なんていなかった。変な事目的でお金を渡そうとする人もいて怖かった」

 くそ、イグナちゃんはまだ十代前半だろ。地走り族がいくら十五歳で成人すると言っても、金で人を買おうとするなんて最低だ。

 嫌な気分を振り払おうと思って、俺は捏ねていたパンをボウルに入れて濡れ布巾を被せてから、イグナちゃんに向いた。

「なんか食べる?」

 イグナちゃんは首を横に振った。

「ううん、お腹いっぱい。でもオビオのチョコ菓子が欲しくて来た。タスネお姉ちゃんが食べたいんだって」

 タスネ子爵も俺の作った菓子のファンなのか。思わず笑顔が溢れる。

「いいともさ。チョコの中に半生キャラメルと色んなナッツが入ったチョコバーと、ラム酒とレーズンの入ったチョコケーキとどっちがいい?」

「どっちも!」

 闇魔女と恐れられる魔法使いとはいえ、今のイグナちゃんはどこにでもいる少女のように目を輝かせて、即答した。

「小さな木箱一個分しかないけどいい?」

「いい!」

 そう言ってイグナちゃんは、小さな革袋から金貨一枚を取り出して、俺に握らせようとした。

「金貨一枚は貰い過ぎだって!」

 うっかり上位鑑定の指輪をはめた手で、彼女の手に触れたせいか、彼女の思考が流れ込んできた。

 そこには、俺の作ったチョコ菓子を頬張るタスネ子爵の幸せそうな顔が見える。

「そういや、前にあげたお菓子は、ゴブリン用じゃなかったの? 今、上位鑑定の指輪で、チョコ菓子を頬張る子爵の満面の笑みが視えてんだけど」

 イグナちゃんは俺に視られても嫌じゃないのか、金貨をグイグイと手のひらに押し付けてくる。

「うん、でもお姉ちゃんが味見と称して、盗み食いをした。半分も!」

「農園のゴブリン達は、相当怒ってたろ?」

「うん。食べ物の恨みは恐ろしい。農園のゴブリンの中にはバートラ出身の元暗殺者もいる。盗み食いをしているお姉ちゃんを見て、短剣で襲いかかってた」

 お、穏やかじゃないねぇ・・・。

「でもお姉ちゃんは、魔物使いとしては優秀。ゴブリンを魅了して大人しくさせて、逆ギレ説教してた。理不尽」

 確かに。その当時のシーンが俺の頭の中に流れ込んでくる。

 ゴブリンのキレ方が激しくて、滑稽でなんか笑えてきた。皆、オーガ酒場の床で転げ回って不満を言い、そしてついに全員で子爵に襲いかかったのだ。

 でも子爵は、咄嗟に手でハートを作って「モエモエキュン」と言っただけで、ゴブリン達は全員大人しくなり、その後は正座で説教を受ける羽目になった。

 もう少し心を大きくしろだの、レディは大事に扱えだの、狭量なるタスネ子爵に言われるのは、ゴブリンにとってさぞ理不尽だったろう。

「ゴブリン達がなんだか可哀想だな・・・。どの道、俺達はグランデモニウム王国に用があるから、ついでにお菓子を作りに行こうか?」

「いいの? でも間違いなくウメボシに見つかる。見つかったらオビオは故郷に送り返される」

「なんだか、その辺はもういいやって思うようになってさ。ヒジリ猊下には誠心誠意、頭を下げて滞在を許可してもらおうかと。駄目だったとしても、せめてウィングとメリィのお姉さんを復活するまで待ってくれって、言おうと思ってんだ。自分の存在を賭けて救ってくれたウィングに対して、俺も覚悟を決めたい」

「わかった。私も一緒にヒジリにお願いする」

「ありがとう、イグナちゃん!」

「どういたしまして!」

 後光が差すかのような彼女の笑顔に、俺の胸はなんだかホンワカした。




 胸のウォール家の紋章を見せて、アルケディア城の地下牢を守る衛兵の表情を俺は窺う。

「おお! バトルコック団のオビオ殿!」

 どうやら俺に対して好意的なようだ。樹族がここまで好意を示してくれるなんて珍しい。冒険者としての評判は、こういう時にありがたいな。

「ちょっとカクイ司祭に会いたいのだけど、いいかな?」

「勿論ですよ! 一応中には、裏側が潜んでいますので、誤解を生むような動きはしないで下さいね?」

「ああ、ありがとう」

 オーガでも余裕でも入れる大きさの、地下牢の階段を降りようとしたその時。

「ああ、そういえば、さっき修道騎士のメリィ殿が、司祭に話しがあると言って地下牢に入っていきましたよ?」

 衛兵の言葉に、俺はなんだか嫌な予感がした。

「いつ?」

「三分ほど前です」

「あ、ありがとう!」

 裏側がいるから大丈夫だとは思うけど、メリィはもしかしたら・・・。

 俺は急いで、魔法灯の光で照らされる地下牢の階段を下りていった。
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