娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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58 少女の願いと嘘

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「猫ちゃん、遊びにきたの?」

 優しい声で、少女が問いかける。
 しかしカーテンを開き、そこにいるのが猫だけではないことに気づき、固まる。
 悲鳴を上げられなくてよかった、と思いつつも、怖がらせてしまったことを申し訳なく思った。


「あ、あなたたち、昼間の……。」


 どうやらちゃんと覚えてくれていたらしい。
 少しでも警戒を和らげようと笑みを向けてみたが、あまり効果はなかったようだ。
 少女はずいぶんと固い顔をしている。

 そんな空気の中、のほほんと妻が「こんばんは!」と挨拶した。
 つられて俺も「こんばんは」などと言ってしまった。


「こんな夜更けにごめんね。君と話がしたくて来たんだ。」


 ノアが言うと、少女は緊張した面持ちのまま、窓を大きく開け放って俺たちを招いてくれた。
 お邪魔します、と遠慮がちに足を踏み入れる。
 見張りがいるかもしれないと思っていたが、杞憂だったようだ。

 煌びやかな家具に彩られた室内は広く、美しかったが、どこか物悲しく思えた。


「扉の向こうに、見張りがいる。だから小声で話して。」


 少女が忠告し、俺たちは頷いた。
 それを確認してから、少女が問いかける。


「あなたたちは誰?いったい何者なの?」

「僕は違うけど、彼らは君の同郷だよ。」

「同郷?まさか……。」

「彼らは日本からきた異世界人だよ。」

「………!!」


 少女が目を見開いて、こちらを見る。
 驚きで大声を出しそうになったのだろう、とっさに口元を押さえていた。

 俺は改めて挨拶をする。


「俺の名前は、瀬野伊月。こっちは妻の詩織、そしてペットのコトラ。君と同じ、東京からきた日本人だよ。」

「……嘘…。」

「君は、由佳里ゆかりちゃんだよね?川西誠さんと、佳苗さんの娘の…。」

「お、お父さんとお母さんを知っているの?!」


 堪えきれず、少女が大きな声を出してしまう寸前、ノアがパチンを指を鳴らした。
 少女は慌ててまた口を押さえていたが、ノアが「音は遮断したから、気にせず話していいよ。」と告げた。


「防音魔法ってこと?あなたたち、本当に常識外れね。この世界でそんな魔法、聞いたことない。」

「俺たちじゃなくて、彼が特別なんだよ。」


 感嘆の声を上げる由佳里に、さりげなく訂正する。
 事実、俺たちが束になってもノアの足の指先にも及ばないだろう。


「それで、どうして私のことを知っているの?両親のことも…。あっちの世界で会った記憶はないのだけれど。」

「君に会うのは、この世界が初めてだよ。ご両親とは、異世界転移被害者の会で出会ったんだ。」

「異世界転移被害者の会…?」


 ことの経緯を説明すると、案外すんなり納得してくれたようだった。
 彼女の失踪時の状況や、異世界からの電話について知っていたのが大きかったのかもしれない。

 由佳里は「ふーっ」と深くため息をつき、頭を抱えた。
 情報が多すぎて、整理するのに苦労しているのだろう。


「大丈夫か?」


 そう問いかけると「何とかね。」と返ってきた。
 この若さでこれだけ冷静に話ができるということは、子どもでいられない状況にさらされ続けてきたということなのかもしれない。


「お父さんとお母さん、元気だった?」


 由佳里が訊ね、俺は頷いた。


「お母さんの方は少し痩せてて顔色が悪かったけど、病気という風には見えなかったよ。お父さんはふっくらしていたし。」

「何それ…。」

「ん?」

「私の知っているお父さんは痩せていたし、お母さんはちょっとぽっちゃりしていたんだけどな。」


 ストレスで痩せる人もいれば、太る人もいる。
 娘が姿を消し、マスコミに追われる生活は、彼らにどれほどの負担を強いたのだろう。


「……会いたい…。帰りたい……。」


 そう言って、由佳里が涙をこぼす。
 震える肩は弱々しく、子どもそのものだった。

 帰ろう、と告げると、由佳里は「帰れない」と返した。
 理由を尋ねると「それが世界の理だから」だという。


「世界の理?」

「この世界へ来たとき、お告げが聞こえたの。私の使命は、この世界を瘴気から救い、浄化すること。元の世界に帰ることは未来永劫叶わないって。」

「……だから、両親にも帰れないと?」

「そう。本当に帰る術がないのか、この3年間必死に探した。でも結局得られた成果は、一度きりの通話だけだった。神様に逆らうことなんて、できっこないのよ。」


 何度悩み、何度傷つき、そのたび諦めてきたのか。
 由佳里は悲しそうに笑った。


「あなたたちは、元の世界に戻れるのね。……羨ましいな。あっちに帰ったら、お父さんとお母さんに、私は元気でやってるって知らせてくれる?」


 優しい子だ。
 こんな状況において、自分よりも家族を案じている。
 余計な心配をかけないよう、嘘をついてまで。

 堪えきれずに涙を流し続ける由佳里の頭を、ノアが撫でた。


「君は善良ないい子だね。だからこそ、人伝ででなく、自分で伝えなくてはならない。」

「だから、それは…っ!」

「大丈夫。こう見えて、僕は実はすごい存在なんだよ。君の願いを叶えるくらい、どうってことないさ。」


 そうノアが言い切った瞬間、眩い光が辺りを包み込んだ。

 思わず閉じた瞼を開くと、目の前に見たことのない3人の男女がいた。
 そのうちの一人が、ノアにはっきりと『それは困りますな』という。
 ノアは彼らを冷たく睨みつけながら「ご挨拶だね」と笑った。
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