娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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59 勝手な神々

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「こ、ここは…。」


 パチパチと瞬きをして、あたりを見渡す。
 古代ギリシャを彷彿とさせる、重厚な神殿のような建物だ。
 神殿の周りには豊かな草原が広がっており、色とりどりの花が咲き誇っている。

 まるで、楽園のような場所。


 建物の中には、ノアと3人の見知らぬ男女、そして俺と妻、コトラ、由佳里の姿しかなかった。
 妻は呆然としており、コトラは妻に寄り添うように、その足元にくっついている。
 由佳里は目を見開き、たった一言「……神様…」と呟いた。


「神様?」


 俺は聞き返したが、由佳里からの反応はない。
 代わりにノアが「彼らが、この世界をすべる3人の神だよ」と言った。

 確かに彼らは、神殿で見た神像に似ていた。
 となると、大柄なあの男が太陽神、そして銀色の長い髪を軽く結っているのが月の女神、そしてノアと同年代の子どもに見えるのが海神なのだろう。


『初めまして、異世界からのお客様たち。私たちの聖女に、何か御用かしら?』


 美しく微笑んで、月の女神が訊ねる。
 しかしその目はひどく冷たい。
 俺はとっさに、妻を背に隠した。
 女神は『ふふふ』と笑って『別にとって食べやしないわよ?』と言った。


『ただ、そそのかすをやめてほしいだけ。彼女はこの世界に、なくてはならない存在なのよ?』

『その通り。連れ帰られては困る。』


 月の女神に続き、太陽神が口を開く。
 威圧感のある声と眼差しに、思わず身じろぎする。


「こら、威圧しない。」


 ノアが俺の前に出て、太陽に釘をさす。
 太陽神は肩をすくめ、少し表情をやわらげた。


『それにしても、まさかあなたがいらっしゃるとは、驚きましたな。』


 海神がノアに語り掛ける。


『あなたは不干渉の立場を貫くと思っておりましたが、ずいぶんと乱暴な手を使われる。』

「乱暴?君たちの方が、よほど乱暴なことをしているようだけど?」

『こちらも切羽詰まっておりましてな。仕方がなかったのです。』

「どうかな?」


 傍から見れば、子ども同士が口喧嘩をしているようにしか見えないが、場の空気は重い。
 ごくりと喉を鳴らし、成り行きを見守る。

 パチン、と月の女神が指を鳴らすと、テーブルと椅子が現れた。
 女神は『立ち話もなんでしょう?』と言って、もう一度指を鳴らす。
 するとティーセットが出てきて、ひとりでに動き出し、お茶の準備を始めた。


『どうぞ、召し上がって。』


 女神は微笑んだが、ノアは「だめだよ」と言った。


「こんなもの飲んだら、帰れなくなるよ。」

『まあ、ひどい。』

「事実でしょ?そのお茶には、君の神力が込められている。神同士ならただの隠し味だけど、人間にはそうではない。君の信徒として、魂が尽きるまで使役されてしまう。」


 ……なんて恐ろしいものを飲ませようとするんだ。
 血の気がさっと引くのがわかった。
 彼らにとって、俺たちは取るに足らない小さな存在なのだと思い知らされるようだった。

 女神がため息をついて、もう一度指を鳴らすと、お茶は消えてなくなった。


『そんなにその子たちを気に入っていらっしゃるのね。』

「まあね。」

『なら、さっさと連れて帰られたらいかが?いくらあなたでも、私たちの世界で勝手をされては困りますわ。』

「それなら、盗んだものをさっさと返せばいい。」


 ピシャリとノアが言い放つ。


『盗んだとは、心外ですな。』


 海神が言うと、ノアは「何が違うの?」と首をかしげる。
 ノアも神たちもみな笑顔を浮かべているが、瞳の奥は一切笑っていない。

 妻は怯えているのか、俺の後ろにぴったりとくっついている。


「よその世界から、勝手に人を連れ去ったんでしょ?盗んでいないなら、なんだっていうの?」

『ちょっと拝借しただけのこと。数は少ないとは言え、異世界間の人の行き来はそう珍しいものではない。』

『そうそう。代わりに、あちらの世界にもこちらの人間を一人置いてきましたもの。等価交換でしょう?』

「あのね、勝手に交換するのは等価交換とは言えないよ。」

『そうかしら?』


 なんともとぼけた女神だ。
 だが、恐ろしい話だ。
 聖女としての役割をこの世界で担わされてきた由佳里もつらいだろうが、ただ聖女と交換という理由であちらの世界へ放置された者はたまったものではない。


「それに、彼女は死んだよ。」

『あら、まあ。』

「この世界にはない自動車っていうものにはねられてね。危険なものだって、わからなかったみたいだよ。」

『なんて可哀そうに。』


 まったく心がこもっていない。
 女神だけじゃない、太陽神も海神もなんとも思っていない表情だ。

 見知らぬ世界で、何もわからぬまま、鉄の塊に命を奪われたその人は、きっと身元不明の遺体として処理されたのだろう。
 俺は見知らぬ彼女の無念を想像して、拳を強く握りしめた。
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