70 / 266
67 神の使者
しおりを挟む
「さて、残る問題は君かな?ネルくん」
そう言って、ノアがネルに笑みを向ける。
「え……?」
「このままだと、君はそこのバカ王子に処刑されちゃうかもよ?僕たちは違う世界へ行くから大丈夫だけど」
「……大丈夫です。覚悟はできています」
「う~ん……その覚悟って、本当に必要?」
首をかしげながらも、ノアの瞳は雄弁に「必要ない」と訴えていた。
ネルは戸惑った様子で「しかし……」と言葉を濁している。
「君は王家に忠誠を誓っていた」
「はい」
「でも、仕えるに値しないクズだと気づいた」
「い、いや……」
「違う?」
「……」
明確な肯定はしないが、否定もしない。
それだけで、彼の本音が伝わってくる。
立派な忠誠心だと、素直に感心した。
「……俺は、嫌だな」
気づけば、ぽつりと呟いていた。
何が嫌なのかわからない、とでもいうような顔で、ネルが俺に振り向く。
その目を見ながら、俺は続けた。
「俺は君のこと、よく知らないけどさ……聖女の献身を当然とせず、ここから感謝できる君は、誠実な人なんだと思う。それに、彼女が元の世界に帰るって聞いたとき、俺は引き止めるんだと思っていた。聖女がいなくなるのは、この世界では死活問題だから……」
「……それは……」
「でも、君は一切引き止めず、笑って送り出そうとした。それはなかなかできないことだと思う。だからこそ、俺はそんな君がこのまま殺されてしまうのは嫌だな」
「……ありがとう、ございます……」
ネルの瞳には、涙が滲んでいた。
それが、俺には「生きたい」という願いに思えてならなかった。
「わ、私も!」
由佳里が声を上げる。
「私も、ネルが死んじゃうのは嫌!無口だし、何考えてるかよくわからないことも多いけど、ネルが私を大事にしてくれてたことは知ってる。怖いものから守るように、大きい身体に私を隠してくれてた……」
「聖女様……」
「この子……ノアくんって、多分神様よりもすごい人なんだよ。さっき私たち、神様と会ってきたけど、ノアくんには逆らえない感じだった!だから……多分、ネルのことも助けてくれる。でもそのためには、ネルが助けを求めなくちゃいけない」
「しかし……」
「ネルが死んだら、奥さんが悲しむよ。まだ子どもだって小さいでしょ?お父さんが帰ってくるの、きっと待ってるよ」
ネルが苦しそうに顔をゆがめる。
葛藤しているのだ。
騎士としての誇りを優先するべきか、父親として家族との再会を望むか。
「家族が心配?」
ノアが問いかける。
「君が逃げたら、家族が後ろ指をさされるって?」
「……っ!」
「でもそれば、君が不義を働いたとして処刑されても同じじゃないかな?どっちにしろ後ろ指指されるなら、家族には生きていてほしいと願うものだと思うけど」
「……いや、裏切りものの家族という汚名を着せることになったとしても……卑怯者とののしられるよりはましだと……」
「ネガティブだなぁ」
呆れたようにノアが言う。
でもそのまなざしは俺たちに向けられるものと同じく、優しい。
「汚名なんてかぶらなくていいよ。君が望むなら、君には聖女の護衛に代わって、新たな役割を与えよう」
「……役割?」
「そう。この世界を守るため、神の使者になるつもりはない?」
「神の使者?じ、自分が……?」
「そう。私利私欲に走らず、強きをくじき、弱気を守る正義のヒーロー!」
……ん?
何か違わないか?
違和感を覚えながらも、話の腰を折るのも何なのでスルーした。
存外ウケなかったことが恥ずかしかったのか、ノアの頬が少し赤くなった気がしたけど、そちらも気のせいだと思っておこう。
「……っていうのは冗談として、この世界の教会には、まっとうなところもあるけどそうでないところも多い。神殿内部が腐敗しているからね。自らの欲に溺れて、救うべき民衆を搾取の対象としか見ていない聖職者も多い。君も、散々目の当たりにしてきたでしょ?」
「……はい」
「そういう腐りきった聖職者を一掃したい。そのために、このまま聖女が巡るはずだった聖地を巡回してほしい」
「自分がですか?」
「そう。ただし、あくまで客観的に判断してね。行き過ぎた正義は、ただの暴力になっちゃうから。そして調査の結果を、神殿で祈りを捧げながら神に報告するまでが君の仕事。君からの報告を受けて、聖職者として不適切だと神に判断されたものは、神力を失うことになる。……簡単に言うと、浄化魔法や治癒魔法が使えなくなるってことだね」
ノアはあっさり言うけれど、それは聖職者からすると何事にも代えがたいほど不名誉なことだろう。
そんな人の運命を左右する決断を迫られるのは、俺ならば耐えられないかもしれない。
しかしネルは戸惑いつつも、怯んだ様子はなかった。
顎に手を当て、黙って話を聞きながら考え込んでいる。
「不正をされちゃいけないから、神託で事前に告知なんかはしないけどね。だからこそ、君には一市民としてありのままを見て、判断してほしい。それにね、聖職者って特別な力を神から与えられる代わりに、悪意に染まったときに生み出す瘴気の量が多いんだ」
「瘴気?」
「あ、ネルくんはまだ知らなかったか。瘴気っていうのはね。生き物の悪意が具現化したものなんだ。世界が悪意にあふれていると、その分瘴気は濃くなるんだ」
「……っ!」
先程の由佳里やネルの反応を見る限り、瘴気の仕組みは公には知られていないようだ。
王族などの権力者はもしかしたら知っているかもしれないが……胸を押さえて苦しみ続けている王子はそれどころじゃなさそうだし、真実は闇の中だ。
「聖職者は本来、清く正しいもの。それが悪意に苛まれると、所有している神力の影響で悪意は数十倍にも増幅する。だからこそ、悪意に溺れた聖職者から神力を剥奪することは、世界の瘴気を減少させることにつながるんだ。……彼ら王族の負担も軽減されると考えると、悪い話じゃないんじゃない?」
その言葉に、ネルは覚悟を決めたように頷いた。
ノアはそれを満足気に眺めて「決まりだね」と笑った。
そう言って、ノアがネルに笑みを向ける。
「え……?」
「このままだと、君はそこのバカ王子に処刑されちゃうかもよ?僕たちは違う世界へ行くから大丈夫だけど」
「……大丈夫です。覚悟はできています」
「う~ん……その覚悟って、本当に必要?」
首をかしげながらも、ノアの瞳は雄弁に「必要ない」と訴えていた。
ネルは戸惑った様子で「しかし……」と言葉を濁している。
「君は王家に忠誠を誓っていた」
「はい」
「でも、仕えるに値しないクズだと気づいた」
「い、いや……」
「違う?」
「……」
明確な肯定はしないが、否定もしない。
それだけで、彼の本音が伝わってくる。
立派な忠誠心だと、素直に感心した。
「……俺は、嫌だな」
気づけば、ぽつりと呟いていた。
何が嫌なのかわからない、とでもいうような顔で、ネルが俺に振り向く。
その目を見ながら、俺は続けた。
「俺は君のこと、よく知らないけどさ……聖女の献身を当然とせず、ここから感謝できる君は、誠実な人なんだと思う。それに、彼女が元の世界に帰るって聞いたとき、俺は引き止めるんだと思っていた。聖女がいなくなるのは、この世界では死活問題だから……」
「……それは……」
「でも、君は一切引き止めず、笑って送り出そうとした。それはなかなかできないことだと思う。だからこそ、俺はそんな君がこのまま殺されてしまうのは嫌だな」
「……ありがとう、ございます……」
ネルの瞳には、涙が滲んでいた。
それが、俺には「生きたい」という願いに思えてならなかった。
「わ、私も!」
由佳里が声を上げる。
「私も、ネルが死んじゃうのは嫌!無口だし、何考えてるかよくわからないことも多いけど、ネルが私を大事にしてくれてたことは知ってる。怖いものから守るように、大きい身体に私を隠してくれてた……」
「聖女様……」
「この子……ノアくんって、多分神様よりもすごい人なんだよ。さっき私たち、神様と会ってきたけど、ノアくんには逆らえない感じだった!だから……多分、ネルのことも助けてくれる。でもそのためには、ネルが助けを求めなくちゃいけない」
「しかし……」
「ネルが死んだら、奥さんが悲しむよ。まだ子どもだって小さいでしょ?お父さんが帰ってくるの、きっと待ってるよ」
ネルが苦しそうに顔をゆがめる。
葛藤しているのだ。
騎士としての誇りを優先するべきか、父親として家族との再会を望むか。
「家族が心配?」
ノアが問いかける。
「君が逃げたら、家族が後ろ指をさされるって?」
「……っ!」
「でもそれば、君が不義を働いたとして処刑されても同じじゃないかな?どっちにしろ後ろ指指されるなら、家族には生きていてほしいと願うものだと思うけど」
「……いや、裏切りものの家族という汚名を着せることになったとしても……卑怯者とののしられるよりはましだと……」
「ネガティブだなぁ」
呆れたようにノアが言う。
でもそのまなざしは俺たちに向けられるものと同じく、優しい。
「汚名なんてかぶらなくていいよ。君が望むなら、君には聖女の護衛に代わって、新たな役割を与えよう」
「……役割?」
「そう。この世界を守るため、神の使者になるつもりはない?」
「神の使者?じ、自分が……?」
「そう。私利私欲に走らず、強きをくじき、弱気を守る正義のヒーロー!」
……ん?
何か違わないか?
違和感を覚えながらも、話の腰を折るのも何なのでスルーした。
存外ウケなかったことが恥ずかしかったのか、ノアの頬が少し赤くなった気がしたけど、そちらも気のせいだと思っておこう。
「……っていうのは冗談として、この世界の教会には、まっとうなところもあるけどそうでないところも多い。神殿内部が腐敗しているからね。自らの欲に溺れて、救うべき民衆を搾取の対象としか見ていない聖職者も多い。君も、散々目の当たりにしてきたでしょ?」
「……はい」
「そういう腐りきった聖職者を一掃したい。そのために、このまま聖女が巡るはずだった聖地を巡回してほしい」
「自分がですか?」
「そう。ただし、あくまで客観的に判断してね。行き過ぎた正義は、ただの暴力になっちゃうから。そして調査の結果を、神殿で祈りを捧げながら神に報告するまでが君の仕事。君からの報告を受けて、聖職者として不適切だと神に判断されたものは、神力を失うことになる。……簡単に言うと、浄化魔法や治癒魔法が使えなくなるってことだね」
ノアはあっさり言うけれど、それは聖職者からすると何事にも代えがたいほど不名誉なことだろう。
そんな人の運命を左右する決断を迫られるのは、俺ならば耐えられないかもしれない。
しかしネルは戸惑いつつも、怯んだ様子はなかった。
顎に手を当て、黙って話を聞きながら考え込んでいる。
「不正をされちゃいけないから、神託で事前に告知なんかはしないけどね。だからこそ、君には一市民としてありのままを見て、判断してほしい。それにね、聖職者って特別な力を神から与えられる代わりに、悪意に染まったときに生み出す瘴気の量が多いんだ」
「瘴気?」
「あ、ネルくんはまだ知らなかったか。瘴気っていうのはね。生き物の悪意が具現化したものなんだ。世界が悪意にあふれていると、その分瘴気は濃くなるんだ」
「……っ!」
先程の由佳里やネルの反応を見る限り、瘴気の仕組みは公には知られていないようだ。
王族などの権力者はもしかしたら知っているかもしれないが……胸を押さえて苦しみ続けている王子はそれどころじゃなさそうだし、真実は闇の中だ。
「聖職者は本来、清く正しいもの。それが悪意に苛まれると、所有している神力の影響で悪意は数十倍にも増幅する。だからこそ、悪意に溺れた聖職者から神力を剥奪することは、世界の瘴気を減少させることにつながるんだ。……彼ら王族の負担も軽減されると考えると、悪い話じゃないんじゃない?」
その言葉に、ネルは覚悟を決めたように頷いた。
ノアはそれを満足気に眺めて「決まりだね」と笑った。
12
あなたにおすすめの小説
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活
アイアイ式パイルドライバー
ファンタジー
名家の生まれなうえに将来を有望視され、若くして領主となったカイエン・ガリエンド。彼は飢饉の際に王侯貴族よりも民衆を優先したために田舎の開拓村へ左遷されてしまう。
妻は彼の元を去り、一族からは勘当も同然の扱いを受け、王からは見捨てられ、生きる希望を失ったカイエンはある日、浅黒い肌の赤ん坊を拾った。
貴族の彼は赤子など育てた事などなく、しかも左遷された彼に乳母を雇う余裕もない。
しかし、心優しい村人たちの協力で何とか子育てと領主仕事をこなす事にカイエンは成功し、おまけにカイエンは開拓村にて子育てを手伝ってくれた村娘のリーリルと結婚までしてしまう。
小さな開拓村で幸せな生活を手に入れたカイエンであるが、この幸せはカイエンに迫る困難と成り上がりの始まりに過ぎなかった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる