娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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特別編(14)幸福

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 周囲を警戒しながら、勇司たちはゆっくりと足を進めていく。
 しばらく進んだところで、勇司は道の先から話し声がしていることに気が付いた。

 勇司は振り返り、ロエナに目配せをする。
 ロエナは頷き、目を閉じて小声で詠唱し、探索魔法を発動した。
 不意に、ロエナの顔に驚きと戸惑いが浮かんだ。


「……どうした?」


 勇司が訊ねると、ロエナはためらいながら答えた。


「この先に、何者かが潜んでいるのは確かよ。でも……魔物ではなく、人間……いや、でも気配は……」

「気配が魔物に近い人間がいるのか?」

「……魔物とも、少し違う感じがする。今まで感じたことのない気配よ」

「姿は完全に人の形なのか?」

「ええ。髪の長い女性のようね」


 この世界では、いまだかつて人型の魔物の存在は確認されていない。
 人に擬態する魔物はいるが、魔物独特の気配はにじみ出てしまう。
 
 魔物とは異なる気配の人間。
 それだけの情報で、十分相手が未知の存在ということがわかる。


「数は?」

「ひとりだけ」

「ひとり?ひとりで話しているのか?」

「そうみたい」

「……とにかく、進んでみよう」


 相手に悟られないよう、勇司たちは足音を殺して歩く。
 少しずつ距離が近づくにつれ、断片的に話の内容が聞き取れるようになってきた。

 はっきりとは聞こえないが「どうして私が」「あいつのせいで」「悔しい」などといった恨み言を口にしているようだ。


 道の先に、開けた空間があることに気づいた。
 どうやら、相手はそこにいるようだ。

 物陰から、そっと様子を窺う。
 そこは、光る苔に覆われた神秘的な空間だった。
 その中央に、ロエナが言った通り、髪の長い女がうずくまっている。

 女は薄汚れた白い衣装に身をまとい、爪で床をガリガリとひっかいている。
 下を向いているので、女の顔は見えない。
 勇司が目を凝らしていると、後ろの方からコツンと小さな音がした。
 どうやら、誰かの足が小石か何かに当たってしまったらしい。

 瞬間、女からパキパキと茨のようなものがいくつも伸びだした。
 小さな音ではあったが、どうやら存在を気取られてしまったらしい。


 勇司たちはそれぞれ武器を構え、襲撃に備えた。
 しかし茨は勇司たちから少し離れた場所でとまる。

 女はゆっくりと立ち上がり、勇司たちへ視線を向けた。
 長い髪をかき上げ、恨みがましく勇司たちを睨みつける女に、勇司は目を見開いた。


「……女神……?」


 勇司の言葉に、仲間たちはざわめく。

 だいぶ雰囲気は変わっているが、目の前にいる女は、勇司を異世界にいざなった女神と同じ顔をしていた。
 ノアによって、この世界の神は代替わりしたと聞かされていたのに、なぜ女神がここにいるのか?

 戸惑う勇司に、止まっていた茨が急に伸び、絡みついてきた。
 鋭い棘がいくつも身体中に刺さり、勇司は小さくうめき声をあげる。
 その声にはっとしたロエナが、炎魔法を使って茨を焼き切った。


「ユージ!大丈夫?!」


 駆け寄ろうとするロエナを、勇司が「来るな!」と制止する。
 思わず立ち止まったロエナの数歩先を、肥大化した茨の棘が飛んでいった。
 ロエナがもう少し足を進めていれば、命を落としていたかもしれない。

 勇司はロエナの無事を確認して、深く深呼吸をした。
 そして、首から下げて装備の中に忍ばせていた小さな巾着袋の中から、ノアに渡された青く光る小石を取り出す。

 あのときノアは、勇司にだけ聞こえるように「一度だけ、君の手に負えない相手が現れるだろう。そのときに、この石を投げつけるんだよ」と言った。
 自分の手に負えない敵と相対することに勇司は恐怖したが、ノアは「君にしかできない」とも言った。
 だからこそ、シャルロッテやロエナたちと幸せに暮らしていくために、勇司は覚悟を決めたのだ。


「それが、今ってことだろ!」


 勇司は勢いよく、小石を女神に向かって投げつけた。
 女神は茨で小石を防ごうとしたが、小石は茨をすり抜けてしまう。

 小石が女神にあたると、あたり一面、青く強い光に包まれた。
 思わず目を閉じた勇司が再び目を開くと、そこにはもう女神の姿はなく、投げつけた小石だけが転がっていた。


「……何が起こったの……?」


 小石を見つめて、ロエナが呟く。
 勇司にも、何が起こったのかはわからなかった。

 戸惑いつつも、状況を確認するために勇司は恐る恐る小石に近づいてみた。
 小石は、ノアから受け取ったときと何も変わっていないように見える。
 小石を拾い上げようと勇司が手を伸ばしたとき、淡い光が視界の端にうつった。

 何事かと目を向けると、淡い光は少しずつ大きくなり、やがて一人の男の姿になった。
 淡く光り輝く男を、勇司たちは唖然として見つめる。


『いやいや、お疲れ!』


 見た目の神々しさに似つ変わしくない気軽さで、男はへらっと笑った。
 そしてスタスタと勇司に歩み寄り、足元の小石を拾った。


『よし、ちゃんと封印できてるね』

「ふ、封印?」

『そうそう。あの方から聞いてない?』

「あの方?」

『えっと……今はノアとか名乗ってたっけ?』

「いや、ただ手に負えない相手にその石を投げろとしか……」


 勇司の言葉に、男は納得したように頷いた。
 そして、今の状態を説明してくれた。

 勇司が投げた小石は、封印の石だったこと。
 先程の女神は本物ではなく、代替わりに抵抗した女神が放った分身体だったこと。
 神による世界への過度な介入を避けるため、勇司たちに封印をお願いするしかなかったこと。


「……つまり、あなたは……」

『そ、俺はこの世界の新しい神様。勇司くんには苦労かけて悪いね』

「あ、いえ……」

『この石は、こっちでちゃんと処理しておくから心配いらないよ。しばらくの間はまだ大変な時期が続くけど、早く落ち着くよう俺の方でも頑張るから』


 戸惑う勇司の頭を、神はポンポンと優しく撫でた。


『君のこれからの人生を、愛する人たちとともに存分に楽しんで』


 そう言って、神はまた淡い光になって消えてしまった。
 あとに残された勇司たちは、しばらくぼうっとした後、顔を見合わせて笑い合った。


「ずいぶん気安い神様だったな」

「ええ、でもあの方は信頼できる気がするわ」

「そうだな」


 そうして、ロエナの転移魔法で勇司たちはダンジョンを出た。

 ダンジョンに潜る前は高いところにあった太陽は、もうだいぶ傾いている。
 夕日のまぶしさに目を細めている勇司に、ロエナが「帰りましょう」と微笑んだ。
 勇司は頷きながら、辺境伯の屋敷で帰りを待っているシャルロッテのことを思い浮かべる。

 これから、勇司たちにはまだまだ困難な日々が続くかもしれない。
 それでも大丈夫だと思えるのは、勇司のそばに大切な人たちがこれからもいてくれるからだろう。


「ユージ?どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


 そう答えた勇司は、満面の笑みを浮かべていた。
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