224 / 266
201 決心
しおりを挟む
困ったことに、翌日また娘の体調が悪化してしまった。
吐き気がひどいらしく、食事どころか水分もあまりとれていない。
数日たっても体調は改善せず、医師の診察を受けるよう促したが、娘は「少し休めば大丈夫」だと言い張って受け入れなかった。
しかし3日も過ぎたころには、俺の方が限界を迎えてしまった。
わけもわからない状態で、体調不良の娘を放置しておくことなどできるわけがない。
診察を受けない理由を説明してほしい。
それができないのであれば、診察を受けてほしい。
そう何度も頼み、ようやく娘は診察を受けることを納得してくれた。
ただ、医師ではなくノアに診てもらいたいという。
ノアは医師ではないというと「でもパパはノアくんに診てもらっていたでしょ?」と言われてしまった。
神の監視もある中申し訳なく思いつつもノアに相談すると、二つ返事で了承してもらえた。
診察はノアと二人きりがいいと娘は言ったが、妻が説得して妻も同席することになった。
俺も一緒に、と言ったが「パパが来るなら診察は受けない」と涙ながらに言われてしまったら、引くしかない。
診察は、思いのほか長引いていた。
ほんの数分程度だと思っていたのに、もう30分以上経っている気がする。
待っている時間は長く感じるだけかもしれないが、落ち着かない俺に気を使ってアリーが淹れてくれたお茶はすっかり冷めきっている。
少なくとも、それだけの時間が経っているのは事実だ。
それからしばらく待って、疲れた顔のノアが娘の部屋から出てきた。
俺が「どうだった?!」と勢いよく訊ねると、ノアは力なく微笑む。
「大丈夫。別に重大な病気だというわけじゃないよ」
「そうなのか?でも、ごはんも食べられないし、水分もとれないし……」
「脱水が心配だったけど、それも大丈夫そう。詩織ちゃんが少しずつこまめに水を飲ませているみたい」
「そうか……」
ひとまず安堵する。
ノアが大丈夫だというなら、おそらくそうなのだろう。
「よくなるまで、まだ時間はかかりそうか?」
「うぅん……そうだね。しばらくはこの状態が続くだろうね」
「薬とか……」
「特別な治療は必要ないよ。安静にして、無理のない範囲でごはんを食べて、水分を取ればそれで大丈夫」
そこまで話したところで、娘の部屋から妻が顔を出した。
ノアが体調について俺に説明したことをきき、硬い顔で頷く。
そして俺に「柚乃があなたと話がしたいって」という。
「話?具合が悪いのに、大丈夫なのか?」
「今は落ち着いているから大丈夫だと思う。それより……」
「それより?」
「……ううん、何でもない」
歯切れの悪い返事だ。
都合の悪い話なのだろうか。
そう思うと、娘のもとへ行くのが少し怖くなる。
一応「もっと元気になってからでもいいけど」と言ってみたが、妻にひと睨みされてしまった。
俺は「なんでもないです」とうなだれて、妻に促されるまま、娘の部屋に足を踏み入れた。
ノアが小声で「冷静にね」とアドバイスするのが、余計に恐ろしい。
ベッドに腰かけている娘は、少しだけやつれているが、顔色はそこまで悪くなかった。
俺の顔を見て、なぜかおびえたような顔をする。
怖い顔をしていたつもりはないが、にこっと笑って見せた。
娘は笑い返してくれたが、表情はこわばったままだ。
「話があるんだって?」
俺が訊ねると、娘は小さくうなずいた。
「体調は?」
「大丈夫。さっきノアくんが治癒魔法をかけてくれて、少し落ち着いてる」
「治癒魔法?特別な治療は必要ないって……」
「うん。でもずっと具合が悪いのはかわいそうだからって。軽い吐き気止めみたいな効果があるみたい」
「なんか……魔法って便利だな」
「ふふっ。今さらだけど、そうだね」
笑ったことで、少し緊張が解けたらしい。
娘の表情が少し和らいだ。
娘は俺をじっと見つめて、覚悟を決めるように深く息を吐いた。
俺が「無理しなくてもいいんだぞ?」というと、妻が俺の背中を小突く。
その様子に娘がくすくす笑い「大丈夫」と答えた。
「……本当は、もっと早く話をしなくちゃいけないってわかってたんだけど、決心がつかなくて……」
「うん」
「でも、もう大丈夫。あのね……」
「うん」
「私、元の世界に戻ろうと思う。ずっと待たせちゃって、ごめんね」
「……そうか」
娘から、ずっと聞きたいと思っていた言葉だった。
しかしどうしても素直に喜べなかったのは、泣きはらしたであろう娘の目が腫れていたからか、その顔が悲しげだったからか。
胸が苦しくて、俺は娘を抱きしめていた。
俺の腕の中で黙りこくっている娘に「パパも話があるんだ」と告げた。
娘は「何?」と小声で返す。
娘を離す気にはなれなかった。
情けない顔をしているのを、見られたくなかった。
「俺は、お前をこの世界に置いていこうと思っている」
俺の言葉に驚いたのか、娘の肩が揺れる。
震える声で「どうして……」とつぶやいた娘に、俺は極めて明るい声で答えた。
「親っていうのは、子どもの幸せを第一に考える生き物だからだよ」
吐き気がひどいらしく、食事どころか水分もあまりとれていない。
数日たっても体調は改善せず、医師の診察を受けるよう促したが、娘は「少し休めば大丈夫」だと言い張って受け入れなかった。
しかし3日も過ぎたころには、俺の方が限界を迎えてしまった。
わけもわからない状態で、体調不良の娘を放置しておくことなどできるわけがない。
診察を受けない理由を説明してほしい。
それができないのであれば、診察を受けてほしい。
そう何度も頼み、ようやく娘は診察を受けることを納得してくれた。
ただ、医師ではなくノアに診てもらいたいという。
ノアは医師ではないというと「でもパパはノアくんに診てもらっていたでしょ?」と言われてしまった。
神の監視もある中申し訳なく思いつつもノアに相談すると、二つ返事で了承してもらえた。
診察はノアと二人きりがいいと娘は言ったが、妻が説得して妻も同席することになった。
俺も一緒に、と言ったが「パパが来るなら診察は受けない」と涙ながらに言われてしまったら、引くしかない。
診察は、思いのほか長引いていた。
ほんの数分程度だと思っていたのに、もう30分以上経っている気がする。
待っている時間は長く感じるだけかもしれないが、落ち着かない俺に気を使ってアリーが淹れてくれたお茶はすっかり冷めきっている。
少なくとも、それだけの時間が経っているのは事実だ。
それからしばらく待って、疲れた顔のノアが娘の部屋から出てきた。
俺が「どうだった?!」と勢いよく訊ねると、ノアは力なく微笑む。
「大丈夫。別に重大な病気だというわけじゃないよ」
「そうなのか?でも、ごはんも食べられないし、水分もとれないし……」
「脱水が心配だったけど、それも大丈夫そう。詩織ちゃんが少しずつこまめに水を飲ませているみたい」
「そうか……」
ひとまず安堵する。
ノアが大丈夫だというなら、おそらくそうなのだろう。
「よくなるまで、まだ時間はかかりそうか?」
「うぅん……そうだね。しばらくはこの状態が続くだろうね」
「薬とか……」
「特別な治療は必要ないよ。安静にして、無理のない範囲でごはんを食べて、水分を取ればそれで大丈夫」
そこまで話したところで、娘の部屋から妻が顔を出した。
ノアが体調について俺に説明したことをきき、硬い顔で頷く。
そして俺に「柚乃があなたと話がしたいって」という。
「話?具合が悪いのに、大丈夫なのか?」
「今は落ち着いているから大丈夫だと思う。それより……」
「それより?」
「……ううん、何でもない」
歯切れの悪い返事だ。
都合の悪い話なのだろうか。
そう思うと、娘のもとへ行くのが少し怖くなる。
一応「もっと元気になってからでもいいけど」と言ってみたが、妻にひと睨みされてしまった。
俺は「なんでもないです」とうなだれて、妻に促されるまま、娘の部屋に足を踏み入れた。
ノアが小声で「冷静にね」とアドバイスするのが、余計に恐ろしい。
ベッドに腰かけている娘は、少しだけやつれているが、顔色はそこまで悪くなかった。
俺の顔を見て、なぜかおびえたような顔をする。
怖い顔をしていたつもりはないが、にこっと笑って見せた。
娘は笑い返してくれたが、表情はこわばったままだ。
「話があるんだって?」
俺が訊ねると、娘は小さくうなずいた。
「体調は?」
「大丈夫。さっきノアくんが治癒魔法をかけてくれて、少し落ち着いてる」
「治癒魔法?特別な治療は必要ないって……」
「うん。でもずっと具合が悪いのはかわいそうだからって。軽い吐き気止めみたいな効果があるみたい」
「なんか……魔法って便利だな」
「ふふっ。今さらだけど、そうだね」
笑ったことで、少し緊張が解けたらしい。
娘の表情が少し和らいだ。
娘は俺をじっと見つめて、覚悟を決めるように深く息を吐いた。
俺が「無理しなくてもいいんだぞ?」というと、妻が俺の背中を小突く。
その様子に娘がくすくす笑い「大丈夫」と答えた。
「……本当は、もっと早く話をしなくちゃいけないってわかってたんだけど、決心がつかなくて……」
「うん」
「でも、もう大丈夫。あのね……」
「うん」
「私、元の世界に戻ろうと思う。ずっと待たせちゃって、ごめんね」
「……そうか」
娘から、ずっと聞きたいと思っていた言葉だった。
しかしどうしても素直に喜べなかったのは、泣きはらしたであろう娘の目が腫れていたからか、その顔が悲しげだったからか。
胸が苦しくて、俺は娘を抱きしめていた。
俺の腕の中で黙りこくっている娘に「パパも話があるんだ」と告げた。
娘は「何?」と小声で返す。
娘を離す気にはなれなかった。
情けない顔をしているのを、見られたくなかった。
「俺は、お前をこの世界に置いていこうと思っている」
俺の言葉に驚いたのか、娘の肩が揺れる。
震える声で「どうして……」とつぶやいた娘に、俺は極めて明るい声で答えた。
「親っていうのは、子どもの幸せを第一に考える生き物だからだよ」
21
あなたにおすすめの小説
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果
安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。
そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。
煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。
学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。
ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。
ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は……
基本的には、ほのぼのです。
設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる