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202 本当の気持ち
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腕の力をそっと緩め、娘を開放する。
上手に笑えている自信はないが、ぎこちなくも口角を上げた。
「彼が好きなんだろ?」
俺が訊ねると、娘は悲しそうに眉を下げた。
今にも泣きだしそうな顔だ。
「柚乃が言うように、本当は家族そろって元の世界に戻りたい。でもさ、柚乃はきっとこのまま帰ったら、後悔すると思うんだ」
「……でも、アークには私はもう必要ないから……」
消え入りそうな声で、娘が言う。
その声は震え、小さな嗚咽がこぼれる。
あの日ロズが出した幻の花。
あの花があれば、娘がいなくとも魔王は長生きできるだろう。
娘が魔王の傍にいる理由はなくなる。
たしかにそうかもしれない。
でも、二人の築いてきた関係は利害関係あってのものではなかったはずだ。
「彼の事情はさ、今まで本人も知らなかったことだろう?お前たちが親しくなったのは、その何も知らなかった時間のはずだ」
「……うん」
「アークヴァルドくんは、事情を知る前から柚乃を大事にしていた。それもまぎれもない事実だ」
「……うん……」
「それに、理由がないと一緒にいちゃいけないのか?」
娘はふるふると首を横に振った。
まるで小さな子どものころに戻ったようだ。
まだあどけなさを感じる表情に、俺は泣きそうになりながら続ける。
「パパはさ、ずっと考えてた。このまま彼と離れて、柚乃は幸せになれるのかって。……何度も考えて、考えて……そのたびに同じ結論に行き着くんだ。きっと生涯後悔を重ねることになるだろうって」
「でも……でも……」
「前の世界でさ、奈央さんっていう転移者がいたって話、しただろ?」
「聖女だったっていう?」
「そう。彼女ははじめ、自分を犠牲にして異世界を救うために残るって言っていた。でもさ、旦那さんが奈央さんと離れ離れになって、嘆き悲しんでいる姿を目の当たりにして、何を捨ててでも彼のもとに帰りたいと望んだんだ。旦那さんが、何より大切だったから」
娘は黙って、俺の話に耳を傾けている。
俺はその頬を伝う涙をぬぐい、言葉を重ねた。
「柚乃の何よりも大切だと思う相手は、アークヴァルドくんなんじゃないか?」
俺がそういうと、娘は顔を覆ってしまった。
震える背中を、妻がそっと撫でている。
しゃっくりをあげて泣きじゃくる娘は、否定も肯定もしなかった。
それでも、娘の気持ちは痛いほど伝わってくる。
「俺たちにとって、柚乃は何よりも大事な存在だ。でも、彼の代わりになってやることはできない。彼を失った心の隙間を埋めてやることもできない。……子どもはいつか、親元から巣立っていくものだからな。俺が思っていたよりも早すぎるし、遠すぎるけど、今が柚乃の自立のときなんだと思う」
「……わ、わたしは……っせっかく迎えに来てもらったし、それに、それに……」
「俺たちは柚乃にもう一度会いたかった。それだけなんだ。重荷に感じることはない」
ちらりと妻に視線を向ける。
勝手なことを一人で話してしまった気がする。
しかし、俺の視線に気づいた妻は柔らかく微笑んだ。
そして娘を優しく抱きしめる。
幼いころの娘をあやしていたときと、変わらない母の顔をして。
「柚乃。ママも、あなたの幸せを一番に願ってる。本当はずっとそばで支えてあげたいけど、あなたの周りには優しい人がたくさんいるみたいだから、きっと大丈夫」
「ママ……パパ……」
「あなたが心の底から元の世界へ帰ることを望んでいるなら、喜んで連れて帰るわ。でも、きっとそうじゃないのよね。私たちは、あなたの本当の気持ちが聞きたいの。誰かのためのじゃなく、あなた自身が望むことを叶えてあげたい」
凛とした妻の声が、娘の心に響いたのだろう。
泣きじゃくりながら、とぎれとぎれではあったが、娘はようやく本心を話してくれた。
魔王を愛していると。
彼のそばに、ずっといたいと。
俺と妻は顔を見合わせて、頷いた。
そして「教えてくれてありがとう」と娘に言った。
娘は泣きべそのぐちゃぐちゃの顔のまま、それでも柔らかく微笑んだ。
上手に笑えている自信はないが、ぎこちなくも口角を上げた。
「彼が好きなんだろ?」
俺が訊ねると、娘は悲しそうに眉を下げた。
今にも泣きだしそうな顔だ。
「柚乃が言うように、本当は家族そろって元の世界に戻りたい。でもさ、柚乃はきっとこのまま帰ったら、後悔すると思うんだ」
「……でも、アークには私はもう必要ないから……」
消え入りそうな声で、娘が言う。
その声は震え、小さな嗚咽がこぼれる。
あの日ロズが出した幻の花。
あの花があれば、娘がいなくとも魔王は長生きできるだろう。
娘が魔王の傍にいる理由はなくなる。
たしかにそうかもしれない。
でも、二人の築いてきた関係は利害関係あってのものではなかったはずだ。
「彼の事情はさ、今まで本人も知らなかったことだろう?お前たちが親しくなったのは、その何も知らなかった時間のはずだ」
「……うん」
「アークヴァルドくんは、事情を知る前から柚乃を大事にしていた。それもまぎれもない事実だ」
「……うん……」
「それに、理由がないと一緒にいちゃいけないのか?」
娘はふるふると首を横に振った。
まるで小さな子どものころに戻ったようだ。
まだあどけなさを感じる表情に、俺は泣きそうになりながら続ける。
「パパはさ、ずっと考えてた。このまま彼と離れて、柚乃は幸せになれるのかって。……何度も考えて、考えて……そのたびに同じ結論に行き着くんだ。きっと生涯後悔を重ねることになるだろうって」
「でも……でも……」
「前の世界でさ、奈央さんっていう転移者がいたって話、しただろ?」
「聖女だったっていう?」
「そう。彼女ははじめ、自分を犠牲にして異世界を救うために残るって言っていた。でもさ、旦那さんが奈央さんと離れ離れになって、嘆き悲しんでいる姿を目の当たりにして、何を捨ててでも彼のもとに帰りたいと望んだんだ。旦那さんが、何より大切だったから」
娘は黙って、俺の話に耳を傾けている。
俺はその頬を伝う涙をぬぐい、言葉を重ねた。
「柚乃の何よりも大切だと思う相手は、アークヴァルドくんなんじゃないか?」
俺がそういうと、娘は顔を覆ってしまった。
震える背中を、妻がそっと撫でている。
しゃっくりをあげて泣きじゃくる娘は、否定も肯定もしなかった。
それでも、娘の気持ちは痛いほど伝わってくる。
「俺たちにとって、柚乃は何よりも大事な存在だ。でも、彼の代わりになってやることはできない。彼を失った心の隙間を埋めてやることもできない。……子どもはいつか、親元から巣立っていくものだからな。俺が思っていたよりも早すぎるし、遠すぎるけど、今が柚乃の自立のときなんだと思う」
「……わ、わたしは……っせっかく迎えに来てもらったし、それに、それに……」
「俺たちは柚乃にもう一度会いたかった。それだけなんだ。重荷に感じることはない」
ちらりと妻に視線を向ける。
勝手なことを一人で話してしまった気がする。
しかし、俺の視線に気づいた妻は柔らかく微笑んだ。
そして娘を優しく抱きしめる。
幼いころの娘をあやしていたときと、変わらない母の顔をして。
「柚乃。ママも、あなたの幸せを一番に願ってる。本当はずっとそばで支えてあげたいけど、あなたの周りには優しい人がたくさんいるみたいだから、きっと大丈夫」
「ママ……パパ……」
「あなたが心の底から元の世界へ帰ることを望んでいるなら、喜んで連れて帰るわ。でも、きっとそうじゃないのよね。私たちは、あなたの本当の気持ちが聞きたいの。誰かのためのじゃなく、あなた自身が望むことを叶えてあげたい」
凛とした妻の声が、娘の心に響いたのだろう。
泣きじゃくりながら、とぎれとぎれではあったが、娘はようやく本心を話してくれた。
魔王を愛していると。
彼のそばに、ずっといたいと。
俺と妻は顔を見合わせて、頷いた。
そして「教えてくれてありがとう」と娘に言った。
娘は泣きべそのぐちゃぐちゃの顔のまま、それでも柔らかく微笑んだ。
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