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232 命がけ
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魔族の医師にとって帝王切開は未知のものだろう。
経験がない相手に任せるのは不安があったが、前もって神によるレクチャーが行われていたらしい。
安心して待っていてほしいと言われ、ホッとする。
神も手術に立ち会い、必要なサポートをすると言ってくれた。
この世界での帝王切開の方法も、日本のものと変わらないという。
麻酔効果のある薬草で妊婦を眠らせ、子宮を切り開いて胎児を取り出す。
そして傷口を縫合するのだ。
しかし今回は胎児を取り出したあと、傷口は治癒魔法で処置するという。
この世界の人間のうち、魔法を使えるのは極一部。
そのため、余程高貴な身分でなければ、治癒魔法など滅多に受けられるものではないそうだ。
また、人間の中には魔法に対する耐性のないものも珍しくない。
治癒魔法をかけることでショック状態を引き起こす可能性もあるため、術後の処置に治癒魔法が使われることはほとんどないそうだ。
しかし娘の場合は、すでに魔法に耐性があることが確認されているため、治癒魔法を使っても問題ないという話だった。
いつの間にか部屋に来ていた助手に、医師がいくつか指示を出すと、助手は手術の準備のために駆けていった。
そしてすぐにまた誰かが来たかと思ったら、担架を手にしている。
そしてそのまま手際よく娘を担架に乗せ、別室へ運んでいく。
俺たちもその後を追ったが、部屋の扉の前で制止されてしまった。
「衛生確保のため、こちらでお待ち下さい」
医師の言葉に俺たちはすんなり納得したが、魔王は「なぜだめなのだ」と不満そうにしている。
魔族の常識では、病や怪我は魔法で治すもの。
手術自体ほとんど行われることはないというから、手術室に患者と医療従事者以外入れないということが理解できないのだろう。
俺は魔王の肩を軽く叩いて言った。
「娘を想うなら、ここで俺たちと待とう。それが最善だ」
魔王は仕方なさそうに頷いた。
そしてそのまま、手術が始まった。
静まり返った廊下は、心なしか冷たい気がする。
俺は祈るような気持ちで、ただただ娘と孫の無事を願う。
「朝の診察では、問題ないと言っていたのに……」
誰に向けるでもなく、魔王が呟いた。
朝にも診察をしたのであれば、異変に前もって気づくことができたのではないかと、胸の内で嫌なことを考えてしまう。
すると妻が魔王の背中をポンポンと優しく叩いた。
「今の娘の状態は、私たちの国では常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)っていうんだけどね、どんなに優秀なお医者さんでも、事前に予測するのは難しいと言われているのよ」
「……そうなのか……」
「……昔ね、私の友人も同じ状態になってしまったことがあったの。血がたくさん出て、一時は生死の際を彷徨ったわ。……幸い母子ともに無事だったけれど、出産はまさに命がけのものなの。少なくとも、私たち人間にとってはね」
常位胎盤早期剥離。
確か、何年か前にやっていたドラマでそんな言葉を聞いた気がする。
センセーショナルな血まみれの手術室の映像が脳裏に浮かんできて、追い払うように首を振った。
「魔族においても、さほど変わらん」
そう言ったのは、サーシャだった。
「人間のように出産で命を落とすことはほとんどないが、妊娠中に子の魔力との相性が悪く、中毒に陥ってしまうものもいる。軽いものなら大事ないが、重症化すれば親か子、どちらかの命を選ばなくてはならなくなる」
サーシャは悲しげな表情をしていた。
知り合いに、重症化したものがいたのだろうか。
それとも、サーシャ自身が苦しんだのか。
「そんな話、聞いたことなど……」
初耳だったのか、魔王が戸惑った声を漏らす。
サーシャはふっと微笑んで「無理もない」と答えた。
「ほとんどがそんな話、外に漏らしはしないだろう。母と子、どちらを選んだとしても何を囁かれるかわからん。内々に済ましておしまいだ」
吐き捨てるようにサーシャが言う。
弱みを見せるとつけ込まれる実力社会だから仕方ないのかもしれないが、何ともやるせない。
経験がない相手に任せるのは不安があったが、前もって神によるレクチャーが行われていたらしい。
安心して待っていてほしいと言われ、ホッとする。
神も手術に立ち会い、必要なサポートをすると言ってくれた。
この世界での帝王切開の方法も、日本のものと変わらないという。
麻酔効果のある薬草で妊婦を眠らせ、子宮を切り開いて胎児を取り出す。
そして傷口を縫合するのだ。
しかし今回は胎児を取り出したあと、傷口は治癒魔法で処置するという。
この世界の人間のうち、魔法を使えるのは極一部。
そのため、余程高貴な身分でなければ、治癒魔法など滅多に受けられるものではないそうだ。
また、人間の中には魔法に対する耐性のないものも珍しくない。
治癒魔法をかけることでショック状態を引き起こす可能性もあるため、術後の処置に治癒魔法が使われることはほとんどないそうだ。
しかし娘の場合は、すでに魔法に耐性があることが確認されているため、治癒魔法を使っても問題ないという話だった。
いつの間にか部屋に来ていた助手に、医師がいくつか指示を出すと、助手は手術の準備のために駆けていった。
そしてすぐにまた誰かが来たかと思ったら、担架を手にしている。
そしてそのまま手際よく娘を担架に乗せ、別室へ運んでいく。
俺たちもその後を追ったが、部屋の扉の前で制止されてしまった。
「衛生確保のため、こちらでお待ち下さい」
医師の言葉に俺たちはすんなり納得したが、魔王は「なぜだめなのだ」と不満そうにしている。
魔族の常識では、病や怪我は魔法で治すもの。
手術自体ほとんど行われることはないというから、手術室に患者と医療従事者以外入れないということが理解できないのだろう。
俺は魔王の肩を軽く叩いて言った。
「娘を想うなら、ここで俺たちと待とう。それが最善だ」
魔王は仕方なさそうに頷いた。
そしてそのまま、手術が始まった。
静まり返った廊下は、心なしか冷たい気がする。
俺は祈るような気持ちで、ただただ娘と孫の無事を願う。
「朝の診察では、問題ないと言っていたのに……」
誰に向けるでもなく、魔王が呟いた。
朝にも診察をしたのであれば、異変に前もって気づくことができたのではないかと、胸の内で嫌なことを考えてしまう。
すると妻が魔王の背中をポンポンと優しく叩いた。
「今の娘の状態は、私たちの国では常位胎盤早期剥離(じょういたいばんそうきはくり)っていうんだけどね、どんなに優秀なお医者さんでも、事前に予測するのは難しいと言われているのよ」
「……そうなのか……」
「……昔ね、私の友人も同じ状態になってしまったことがあったの。血がたくさん出て、一時は生死の際を彷徨ったわ。……幸い母子ともに無事だったけれど、出産はまさに命がけのものなの。少なくとも、私たち人間にとってはね」
常位胎盤早期剥離。
確か、何年か前にやっていたドラマでそんな言葉を聞いた気がする。
センセーショナルな血まみれの手術室の映像が脳裏に浮かんできて、追い払うように首を振った。
「魔族においても、さほど変わらん」
そう言ったのは、サーシャだった。
「人間のように出産で命を落とすことはほとんどないが、妊娠中に子の魔力との相性が悪く、中毒に陥ってしまうものもいる。軽いものなら大事ないが、重症化すれば親か子、どちらかの命を選ばなくてはならなくなる」
サーシャは悲しげな表情をしていた。
知り合いに、重症化したものがいたのだろうか。
それとも、サーシャ自身が苦しんだのか。
「そんな話、聞いたことなど……」
初耳だったのか、魔王が戸惑った声を漏らす。
サーシャはふっと微笑んで「無理もない」と答えた。
「ほとんどがそんな話、外に漏らしはしないだろう。母と子、どちらを選んだとしても何を囁かれるかわからん。内々に済ましておしまいだ」
吐き捨てるようにサーシャが言う。
弱みを見せるとつけ込まれる実力社会だから仕方ないのかもしれないが、何ともやるせない。
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