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第35話 祖国にて5(別視点)
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オズベルトは、婚約者であるキアラの元に向かっていた。
ここ最近、美しい婚約者とはずっと会えずにいた。
その理由はいつも体調不良。
何度か見舞いを申し出たが、ことごとく断られていた。
当初はそれほど体調が悪いのかと心配していたのだが、これだけ立て続けに断られると、心配よりも怒りが沸いてきた。
(私の申し出を断るなど……)
何一つ不自由なことはなく、思うがまま与えられてきたオズベルトにとって、思うように物事が進まないことはあり得なかったのだ。
供儀には出ているようで、それもオズベルトが怒りを抱く要因となっていた。
シィに力を与えられるのに、何故王太子である自分とは会えないのか。確かに守護獣は偉大だが、自分はいずれこの国の王となる。ないがしろにするなど、不敬にもほどがある。
だから今日は、あえて自分の訪問は告げずにいた。
部屋の前につき、キアラにオズベルトの訪問を伝えようとした神官を手で制すると、オズベルトはキアラの部屋に飛び込んだ。
部屋に入るときは必ず許可をとるよう、命令されていた神官にとって、止める間もない一瞬の出来事だった。
「きゃぁっ!」
キアラの甲高い悲鳴が部屋に響くが、オズベルトはお構いなしに中へと進んでいった。
キアラはベッドにいた。
突然の侵入者に驚いたのだろう。ベッドの端に身を寄せ、頭から毛布を被っていた。
自分をぞんざいに扱っていた婚約者が怯える姿を見て、オズベルトの溜飲が少しだけ下がった。声色を和らげ、優しく語りかける。
「私だよ、キアラ」
「お、オズベルト……殿下?」
「ああ、そうだ」
しかしキアラは、毛布をますます深く被り、小さく縮こまった。
てっきりベッドから飛び出し、自分に抱きついてくるだろうと考えていたオズベルトは拍子抜けした。
それに、毛布をかぶった体が思ったよりも小さく感じるのは、長い間会っていなかったからだろうか。
毛布の中から、キアラのくぐもった声が聞こえた。
「本日のご、ご訪問はお聞きしておりませんが……」
「君が心配で心配で、申し訳ないが約束をせずに来てしまったんだ。体調はどうだ?」
「そ、それが……まだ体調が思わしくなくて……う、うるものであればいけませんから、オズベルト様。今日はお引き取りください……」
キアラの言葉を聞き、オズベルトの眉間に深い皺が寄った。
(せっかく心配してきてやったのに、帰れとは……それに毛布を頭から被ったまま、顔すら見せないとは!)
こちらは、忙しい間を縫ってやって来たのだ。
収まったはずの怒りが、また膨れ上がるのを感じる。
オズベルトは怒りのまま、無言でベッドに近づくと、キアラが被っていた毛布を無理矢理剥いだ。
そこにいたのは――白髪交じりの艶を失った髪の老婆。
「い、いやぁぁぁっ!! 見ないで……見ないでくださいっ!!」
キアラが絶叫しながら、両手で自分の顔を覆った。しかし顔を覆う両手に刻まれているのは、到底二十代とは思えない深い皺とくすんだ肌。それもカサカサで白い粉を吹いている。
オズベルトは、言葉を失った。
あまりの衝撃に、体が平衡感覚を失う。ゆっくりと後ずさりしながら……しかし一瞬見えた衝撃的な光景を脳裏に映しながら、声をうわずらせる。
「お、お前は……一体……」
そう言いつつも、自分の中に答えはあった。
「も、もしかして……キアラ……なのか? そ、その姿は、一体……」
「わ、分かりません……! 主治医は……病気ではなく、老化だと……」
「ろう、か?」
意味が分からなかった。
全てを見られ、キアラも諦めたのだろう。
覆っていた両手を下ろすと、すっかり瞼が弛み、小さくなった双眸をオズベルトに向けた。
「で、でも必ずや元の姿に戻りますから! 必ずや……!」
そう言って皺だらけの手を伸ばすキアラを見て、オズベルトはヒィっと声を上げ、後ずさった。
「く、来る、な……来るな来るな来るなっ!!」
「お、オズベルト殿下っ!! そんなことを仰らないでください! 必ず、元の姿に……」
なおも縋ろうとするキアラに、オズベルトは伸ばされた手を振り払うと、吐き捨てた。
「うるさいっ!! 気味が悪い!! こんなことなら……あの平民偽聖女のほうがマシだっ!!」
手を振り払われたキアラは、呆気なく崩れ落ちた。
それを見下ろし、肩で息をしながら、オズベルトが叫んだ。
「お、お前との婚約は破棄だっ! この……醜い老婆めっ!!」
そう宣言すると、オズベルトは逃げるように部屋を出て行った。
部屋のドアが閉まる瞬間、キアラの断末魔のような絶叫が聞こえたが、足早に進んでいくにつれて、それも聞こえなくなっていった。
先ほどの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
美しかった婚約者が、老婆になった。
艶やかだった肌がたるみ、張りも無くなっていた。
伸びやかな声も、しゃがれて聞こえにくくなっていた。
キアラだと思ってみなければ、気づかないほどだった。それほど、無残なほどに変わり果てた姿をしていた。
(一体いつからだ? いつからあんなことになったんだ?)
キアラがオズベルトとの面会を断りだしてから、約二ヶ月ほどが経っていただろうか。
ふと引っかかったのは、自分と会うとき、いつもどこか疲れた顔をしていた婚約者の姿。
直接訊ねたこともあったが、キアラが大丈夫だと言い張ったため、それ以上追求しなかった。しかしあの頃から彼女の様子がおかしくなった気がする。
オズベルトは足を止めると、目的地を変えた。
彼が訪れたのは、ベアトリスの部屋だった。
護衛の声を無視し部屋にはいるとそこには、キアラと同じように老婆になったベアトリスが、ベッドの上に横たわっていた。
「でん、か……?」
弱々しい声を出しながら、オズベルトに向かって手を伸ばす。その様子が、キアラに迫られたときの記憶と重なり、オズベルトは咄嗟に部屋から逃げ出した。
緊張で呼吸が速くなる。
恐怖で逃げ出したくなる気持ちを抑えつつ、オズベルトが向かった先は、ロディシアの部屋。
部屋に入るのを躊躇したが、意を決しドアを開ける。
やはりと言うべきか、老婆がいた。魂が抜けたような様子で呆然と椅子に座っていたが、オズベルトの姿を見た瞬間、慌てて立ち上がり、カーテシーをした。
ロディシアは、先ほどの二人と違いまだマシだった。歳はとっているが、体の自由は利くようだ。
「どういうことだ、お前の姿は……いや、聖女たち皆が、急に歳をとって……一体どうなっているんだ!?」
「ご覧になられたのですね、他のお二人のことも……」
弛んだ頬を無理矢理上に引っ張ったような笑みを浮かべ、ロディシアが呟く。そして無言で首を横に振った。
「理由は……分かりません。ただ、供儀を行うたびに疲れは酷くなり……やがて老化という形で、体にも変化が出てくるようになったのです」
ロディシアは薄く笑いながら、自身の両手に視線を落とした。
まさか……とオズベルトが呟く。
「供儀……のせいだというのか? しかし、今までそんなことはなかっただろ? 供儀の後に疲れるなど、あの偽聖女じゃあるまいし……」
そう言った瞬間、オズベルトはあることに気づいて口を閉ざした。
確証などない。
間違いに決まっている。
そう何度も心の中で呟いても、拭うことの出来ない焦燥感。
彼の気持ちが顔に出ていたのだろう。
ロディシアは自虐的に笑う。
「残りの二人も仰っていました。供儀の後、初めて疲れを感じたのは……聖女が三人になってから。つまり――」
自身の体を抱きしめると、キアラと同じ濁った瞳でオズベルトを睨みつけた。
「あの偽聖女――セレスティアルをあなた様が追放なされてからです」
ここ最近、美しい婚約者とはずっと会えずにいた。
その理由はいつも体調不良。
何度か見舞いを申し出たが、ことごとく断られていた。
当初はそれほど体調が悪いのかと心配していたのだが、これだけ立て続けに断られると、心配よりも怒りが沸いてきた。
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何一つ不自由なことはなく、思うがまま与えられてきたオズベルトにとって、思うように物事が進まないことはあり得なかったのだ。
供儀には出ているようで、それもオズベルトが怒りを抱く要因となっていた。
シィに力を与えられるのに、何故王太子である自分とは会えないのか。確かに守護獣は偉大だが、自分はいずれこの国の王となる。ないがしろにするなど、不敬にもほどがある。
だから今日は、あえて自分の訪問は告げずにいた。
部屋の前につき、キアラにオズベルトの訪問を伝えようとした神官を手で制すると、オズベルトはキアラの部屋に飛び込んだ。
部屋に入るときは必ず許可をとるよう、命令されていた神官にとって、止める間もない一瞬の出来事だった。
「きゃぁっ!」
キアラの甲高い悲鳴が部屋に響くが、オズベルトはお構いなしに中へと進んでいった。
キアラはベッドにいた。
突然の侵入者に驚いたのだろう。ベッドの端に身を寄せ、頭から毛布を被っていた。
自分をぞんざいに扱っていた婚約者が怯える姿を見て、オズベルトの溜飲が少しだけ下がった。声色を和らげ、優しく語りかける。
「私だよ、キアラ」
「お、オズベルト……殿下?」
「ああ、そうだ」
しかしキアラは、毛布をますます深く被り、小さく縮こまった。
てっきりベッドから飛び出し、自分に抱きついてくるだろうと考えていたオズベルトは拍子抜けした。
それに、毛布をかぶった体が思ったよりも小さく感じるのは、長い間会っていなかったからだろうか。
毛布の中から、キアラのくぐもった声が聞こえた。
「本日のご、ご訪問はお聞きしておりませんが……」
「君が心配で心配で、申し訳ないが約束をせずに来てしまったんだ。体調はどうだ?」
「そ、それが……まだ体調が思わしくなくて……う、うるものであればいけませんから、オズベルト様。今日はお引き取りください……」
キアラの言葉を聞き、オズベルトの眉間に深い皺が寄った。
(せっかく心配してきてやったのに、帰れとは……それに毛布を頭から被ったまま、顔すら見せないとは!)
こちらは、忙しい間を縫ってやって来たのだ。
収まったはずの怒りが、また膨れ上がるのを感じる。
オズベルトは怒りのまま、無言でベッドに近づくと、キアラが被っていた毛布を無理矢理剥いだ。
そこにいたのは――白髪交じりの艶を失った髪の老婆。
「い、いやぁぁぁっ!! 見ないで……見ないでくださいっ!!」
キアラが絶叫しながら、両手で自分の顔を覆った。しかし顔を覆う両手に刻まれているのは、到底二十代とは思えない深い皺とくすんだ肌。それもカサカサで白い粉を吹いている。
オズベルトは、言葉を失った。
あまりの衝撃に、体が平衡感覚を失う。ゆっくりと後ずさりしながら……しかし一瞬見えた衝撃的な光景を脳裏に映しながら、声をうわずらせる。
「お、お前は……一体……」
そう言いつつも、自分の中に答えはあった。
「も、もしかして……キアラ……なのか? そ、その姿は、一体……」
「わ、分かりません……! 主治医は……病気ではなく、老化だと……」
「ろう、か?」
意味が分からなかった。
全てを見られ、キアラも諦めたのだろう。
覆っていた両手を下ろすと、すっかり瞼が弛み、小さくなった双眸をオズベルトに向けた。
「で、でも必ずや元の姿に戻りますから! 必ずや……!」
そう言って皺だらけの手を伸ばすキアラを見て、オズベルトはヒィっと声を上げ、後ずさった。
「く、来る、な……来るな来るな来るなっ!!」
「お、オズベルト殿下っ!! そんなことを仰らないでください! 必ず、元の姿に……」
なおも縋ろうとするキアラに、オズベルトは伸ばされた手を振り払うと、吐き捨てた。
「うるさいっ!! 気味が悪い!! こんなことなら……あの平民偽聖女のほうがマシだっ!!」
手を振り払われたキアラは、呆気なく崩れ落ちた。
それを見下ろし、肩で息をしながら、オズベルトが叫んだ。
「お、お前との婚約は破棄だっ! この……醜い老婆めっ!!」
そう宣言すると、オズベルトは逃げるように部屋を出て行った。
部屋のドアが閉まる瞬間、キアラの断末魔のような絶叫が聞こえたが、足早に進んでいくにつれて、それも聞こえなくなっていった。
先ほどの光景が、脳裏に焼き付いて離れない。
美しかった婚約者が、老婆になった。
艶やかだった肌がたるみ、張りも無くなっていた。
伸びやかな声も、しゃがれて聞こえにくくなっていた。
キアラだと思ってみなければ、気づかないほどだった。それほど、無残なほどに変わり果てた姿をしていた。
(一体いつからだ? いつからあんなことになったんだ?)
キアラがオズベルトとの面会を断りだしてから、約二ヶ月ほどが経っていただろうか。
ふと引っかかったのは、自分と会うとき、いつもどこか疲れた顔をしていた婚約者の姿。
直接訊ねたこともあったが、キアラが大丈夫だと言い張ったため、それ以上追求しなかった。しかしあの頃から彼女の様子がおかしくなった気がする。
オズベルトは足を止めると、目的地を変えた。
彼が訪れたのは、ベアトリスの部屋だった。
護衛の声を無視し部屋にはいるとそこには、キアラと同じように老婆になったベアトリスが、ベッドの上に横たわっていた。
「でん、か……?」
弱々しい声を出しながら、オズベルトに向かって手を伸ばす。その様子が、キアラに迫られたときの記憶と重なり、オズベルトは咄嗟に部屋から逃げ出した。
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「理由は……分かりません。ただ、供儀を行うたびに疲れは酷くなり……やがて老化という形で、体にも変化が出てくるようになったのです」
ロディシアは薄く笑いながら、自身の両手に視線を落とした。
まさか……とオズベルトが呟く。
「供儀……のせいだというのか? しかし、今までそんなことはなかっただろ? 供儀の後に疲れるなど、あの偽聖女じゃあるまいし……」
そう言った瞬間、オズベルトはあることに気づいて口を閉ざした。
確証などない。
間違いに決まっている。
そう何度も心の中で呟いても、拭うことの出来ない焦燥感。
彼の気持ちが顔に出ていたのだろう。
ロディシアは自虐的に笑う。
「残りの二人も仰っていました。供儀の後、初めて疲れを感じたのは……聖女が三人になってから。つまり――」
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