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「ねえソフィア、手掛かりが欲しいなら、実際にリリーナに話を聞くのはどうかな?」
三日後の面会を控え、落ち着かない日々を過ごす中、ロザリーが提案してきた。確かに、こうして内々に探りを入れていても埒があかない。本人に直接会って、どんな人物なのかを肌で感じるのが手っ取り早い。とはいえ、相手は社交界で噂の的となっている要注意人物――そう簡単に接触できるだろうか。
「会うタイミングがあれば、私もそうしたいけど……なにせ向こうには取り巻きが多いみたいだし。変に近づいたら、逆に私が悪者扱いされるかもしれないわ」
ロザリーは少し考え込んだあと、にやりと笑う。
「じゃあさ、いっそ舞踏会とかじゃなくて、王宮の回廊や庭園でバッタリを装ってみるのは? 近いうちにまた何かしらの催しが開かれるかもしれないし」
「そうね……確かに、王宮の庭園は少し散策する分には見つかりにくい場所もあるし」
そんな話をしているとき、執事のウィルフレッドがカーテンを開けながら口を挟んだ。
「お嬢様、次の週末に王宮の『春の園遊会』が開催されるとの公示がありました。こちらへはまだ正式な招待状が届いておりませんが、伯爵家としては通常参加される行事かと」
「園遊会……! それならリリーナも出席する可能性が高いわね」
ロザリーが顔を輝かせる。私も心の中で賛成する。ただし、その前に三日後の公爵家との面会があるから、そちらの様子を見てからになるだろう。
さて、その三日後。私は王宮の一室でライネルたち公爵家の人々と顔を合わせることになった。しかし、結論から言うと、ライネル本人はなぜか姿を現さなかった。
「大変申し訳ございません。ライネルは急ぎの用事が入ってしまい、やむなく欠席させていただきました」
そう言って頭を下げるのは、ライネルの叔父にあたる人物だ。彼曰く、公爵家としては正式に婚約解消の道を検討しているものの、まだ確定事項ではないとのこと。話し合いはわずか十五分で終了し、伯爵家としては何とも言えない肩透かしを食らった格好になる。
「ライネル殿……わざと来なかったんじゃないのか?」
父ギルバートが苛立ちを隠せず、眉をひそめる。私自身も腑に落ちない。もしライネルが本気で婚約破棄を望むなら、こんな中途半端な形で面会を回避する必要はないはず。ますます疑念が募る。
面会後、私は王宮の廊下を歩きながら、心ここにあらずといった状態だった。ロザリーは私を励ましてくれるけれど、どうしても落ち込んでしまう。すると、前方から見慣れた後ろ姿がちらりと見えた。
「……あれは?」
金色の髪が印象的な女性の背中。リリーナ・クレイグだ。彼女は誰かと話しているようだが、その相手は壁に隠れていてよく見えない。私は思わず足を止め、ロザリーと視線を交わす。すると彼女も目配せで「行ってみよう」と促してくる。
私たちはできるだけ気配を消すように歩み寄り、廊下の曲がり角からそっと様子を伺った。リリーナは明らかに冷たい声で何かを言っている。
「……大丈夫よ。私に任せてくれれば、あの伯爵令嬢なんか一巻の終わり。ライネル様もすっかり私のものになるわ」
はっきりと“伯爵令嬢”と口にしている。私のこと? それとも他の伯爵令嬢かもしれないけれど、この状況からして私の名前が浮かぶ。私を陥れるつもりのような物言いだ。
ロザリーが思わず息を呑む。私も心臓が早鐘を打つ。まるで計画の一端を漏らすかのようなリリーナの言葉を聞きながら、相手の姿を確認しようと身を乗り出そうとしたそのとき、ふと目線をこちらに向けられた。気づかれたかもしれない。私は慌てて壁の陰に隠れ、ロザリーと身を寄せ合う。
「……誰?」
リリーナの声が近づいてくる。けれど、幸いにも彼女はそこで足を止めたようだ。しばらく待機していると、やがてドレスの裾が遠ざかる音が聞こえる。私はようやく固まった体をほぐすように息を吐いた。
「やっぱり、ただの“乗り換え”じゃないかもしれないわね。ライネル様を手に入れるために、何らかの策略をめぐらせている可能性があるわ」
ロザリーが小声でそう言い、私は頷く。リリーナの狙いが何なのかはわからない。ただ、彼女は自分の欲望に忠実なだけというより、もっと複雑な背景を抱えているかのようにも見える。裏で誰かと手を組んでいるのかもしれないし、その目的はライネルと結婚するだけでは済まない何か……。
「これは……慎重にならないといけないわね」
それから私たちはできるだけ足早に伯爵家へ帰り、父や周囲に報告することもなく、ひとまず二人だけの情報として胸に留めておくことにした。下手に騒げば、こちらの動きが相手に伝わるかもしれない。こうして私たちは、リリーナの正体を探るために一歩ずつ行動を起こそうと心に決めるのであった。
三日後の面会を控え、落ち着かない日々を過ごす中、ロザリーが提案してきた。確かに、こうして内々に探りを入れていても埒があかない。本人に直接会って、どんな人物なのかを肌で感じるのが手っ取り早い。とはいえ、相手は社交界で噂の的となっている要注意人物――そう簡単に接触できるだろうか。
「会うタイミングがあれば、私もそうしたいけど……なにせ向こうには取り巻きが多いみたいだし。変に近づいたら、逆に私が悪者扱いされるかもしれないわ」
ロザリーは少し考え込んだあと、にやりと笑う。
「じゃあさ、いっそ舞踏会とかじゃなくて、王宮の回廊や庭園でバッタリを装ってみるのは? 近いうちにまた何かしらの催しが開かれるかもしれないし」
「そうね……確かに、王宮の庭園は少し散策する分には見つかりにくい場所もあるし」
そんな話をしているとき、執事のウィルフレッドがカーテンを開けながら口を挟んだ。
「お嬢様、次の週末に王宮の『春の園遊会』が開催されるとの公示がありました。こちらへはまだ正式な招待状が届いておりませんが、伯爵家としては通常参加される行事かと」
「園遊会……! それならリリーナも出席する可能性が高いわね」
ロザリーが顔を輝かせる。私も心の中で賛成する。ただし、その前に三日後の公爵家との面会があるから、そちらの様子を見てからになるだろう。
さて、その三日後。私は王宮の一室でライネルたち公爵家の人々と顔を合わせることになった。しかし、結論から言うと、ライネル本人はなぜか姿を現さなかった。
「大変申し訳ございません。ライネルは急ぎの用事が入ってしまい、やむなく欠席させていただきました」
そう言って頭を下げるのは、ライネルの叔父にあたる人物だ。彼曰く、公爵家としては正式に婚約解消の道を検討しているものの、まだ確定事項ではないとのこと。話し合いはわずか十五分で終了し、伯爵家としては何とも言えない肩透かしを食らった格好になる。
「ライネル殿……わざと来なかったんじゃないのか?」
父ギルバートが苛立ちを隠せず、眉をひそめる。私自身も腑に落ちない。もしライネルが本気で婚約破棄を望むなら、こんな中途半端な形で面会を回避する必要はないはず。ますます疑念が募る。
面会後、私は王宮の廊下を歩きながら、心ここにあらずといった状態だった。ロザリーは私を励ましてくれるけれど、どうしても落ち込んでしまう。すると、前方から見慣れた後ろ姿がちらりと見えた。
「……あれは?」
金色の髪が印象的な女性の背中。リリーナ・クレイグだ。彼女は誰かと話しているようだが、その相手は壁に隠れていてよく見えない。私は思わず足を止め、ロザリーと視線を交わす。すると彼女も目配せで「行ってみよう」と促してくる。
私たちはできるだけ気配を消すように歩み寄り、廊下の曲がり角からそっと様子を伺った。リリーナは明らかに冷たい声で何かを言っている。
「……大丈夫よ。私に任せてくれれば、あの伯爵令嬢なんか一巻の終わり。ライネル様もすっかり私のものになるわ」
はっきりと“伯爵令嬢”と口にしている。私のこと? それとも他の伯爵令嬢かもしれないけれど、この状況からして私の名前が浮かぶ。私を陥れるつもりのような物言いだ。
ロザリーが思わず息を呑む。私も心臓が早鐘を打つ。まるで計画の一端を漏らすかのようなリリーナの言葉を聞きながら、相手の姿を確認しようと身を乗り出そうとしたそのとき、ふと目線をこちらに向けられた。気づかれたかもしれない。私は慌てて壁の陰に隠れ、ロザリーと身を寄せ合う。
「……誰?」
リリーナの声が近づいてくる。けれど、幸いにも彼女はそこで足を止めたようだ。しばらく待機していると、やがてドレスの裾が遠ざかる音が聞こえる。私はようやく固まった体をほぐすように息を吐いた。
「やっぱり、ただの“乗り換え”じゃないかもしれないわね。ライネル様を手に入れるために、何らかの策略をめぐらせている可能性があるわ」
ロザリーが小声でそう言い、私は頷く。リリーナの狙いが何なのかはわからない。ただ、彼女は自分の欲望に忠実なだけというより、もっと複雑な背景を抱えているかのようにも見える。裏で誰かと手を組んでいるのかもしれないし、その目的はライネルと結婚するだけでは済まない何か……。
「これは……慎重にならないといけないわね」
それから私たちはできるだけ足早に伯爵家へ帰り、父や周囲に報告することもなく、ひとまず二人だけの情報として胸に留めておくことにした。下手に騒げば、こちらの動きが相手に伝わるかもしれない。こうして私たちは、リリーナの正体を探るために一歩ずつ行動を起こそうと心に決めるのであった。
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