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「ソフィア嬢がライネル様を手当たり次第に束縛していた、とか……本当なの?」
その晩、ロザリーが顔を曇らせながら私に聞いてきた。どうも王宮や貴族の社交界で、私に対する妙な噂が流れているらしい。私は耳を疑う。
「束縛? 私がライネルを?」
「そう。しかもけっこう悪質よ。ライネル様が他の令嬢と少し言葉を交わしただけで、激怒していたとかなんとか……。嘘に決まってるじゃない」
当然、まったく身に覚えのない話だ。ライネルは私にとって大切な婚約者ではあったけれど、彼を束縛するようなことをした覚えはない。むしろ私は、彼が望むならある程度の自由を尊重しようと考えていた。
「これは、リリーナが流しているのかしら。それとも、彼女と手を組んでいる人間の仕業……?」
考えれば考えるほど胸がざわめく。私が“悪役令嬢”として周囲に認知されてしまえば、婚約破棄も私の方に非があったという形で処理されかねない。それでは伯爵家が不利になるだけでなく、私自身の名誉も傷ついてしまう。
「ロザリー、私、本格的に動こうと思う。うやむやにしていたら、きっとあちらの思うツボだわ」
「具体的には?」
「まずは事実無根の噂を否定してくれる証言者を集めたい。ライネルを束縛していなかったと知っている人は少なくないはず。あと……リリーナのことも裏で探りたい」
ロザリーは真剣な表情でうなずく。
「うん、私も協力する。こうなったらソフィアの濡れ衣を晴らすために、私も全力で動くわ」
頼もしい言葉に感謝しつつ、私は一つの決意を固める。ライネルが一向に姿を現さない以上、私が自ら真相に迫るしかないのだ。
翌朝。クラリッサから渡された書類の束を確認していると、いくつか興味深い名前を見つけた。それはライネルが公爵家の仕事を手伝うために出入りしていた商会や、同じサークルの集まりのリストだ。そこには、ライネルと私がまだ普通に顔を合わせていた頃に、何度か一緒に訪れた場所の名前もある。
「あ……そういえば、私があの場所に行ったとき、ライネルは周囲の人に『ソフィアとは仲がいいんだ』と穏やかに笑って……」
思い出しているうちに、彼が私に優しく声をかけてくれた光景が次々に頭に浮かんでくる。とても“束縛”とは正反対の関係だったはずだ。やはり何者かが意図的に私を貶めようとしているとしか思えない。
私はその商会や友人らに手紙を書き、今度の園遊会で話を聞けないか打診してみる。少しでも私をかばう言葉を集めることができれば、フェイクの噂を中和できるかもしれない。
そんな作業を続けていると、ロザリーが部屋に飛び込んできた。
「ソフィア、さっき使用人から妙な話を聞いたの。リリーナが公爵家の人間と密会しているところを、城下町の奥で目撃した人がいるって」
「城下町で、リリーナが公爵家の人と……? ライネルじゃなくて?」
「それが誰かはわからないんだって。でもライネル様の父でも叔父でもなさそうだと。ちょっと怪しいわよね」
ロザリーの話を聞いて私の頭はフル回転する。公爵家の別の人間――もし、それがリリーナの黒幕だったら? もしくは公爵家内部でライネルを追い詰める計画に加担している人物かもしれない。
「リリーナがわざわざ城下町で密会するなんて、よほど外聞をはばかっているのか、裏取引のようなものがあるのかも」
二人で顔を見合わせ、気持ちが引き締まる。婚約破棄という“表面の騒動”の裏側には、まだ見えぬ大きな策略が隠されているのかもしれない。私が悪役令嬢扱いされるのは、その一端に過ぎないとしたら……。
「私たち、もっと大きなものに巻き込まれているのかもね」
ロザリーの声も、いつになく真剣だ。こうして物事を考えてみると、ライネル自身も何かに囚われている可能性が高い。だからこそ婚約破棄の理由をはっきり言えず、すべてを私に背負わせようとしているのかもしれない――そんな仮説さえ頭をよぎる。
「ただ立ち止まっているだけじゃ、この謎は解けないわ」
私は拳をぎゅっと握りしめる。婚約破棄が決定的になる前に、できる限りの手を打たなくてはならない。リリーナが私を貶める理由、ライネルが隠している事情、公爵家の影で何が起きているのか――それらを突き止めなければ、私は悪役令嬢の烙印を押されたままになってしまう。
さらに強まる覚悟の裏で、不安が大きくなるのを感じないわけではない。だけどロザリーと二人で行動を起こせば、きっと道は拓ける――そう自分に言い聞かせ、私は次の機会を窺うことに決めた。
その晩、ロザリーが顔を曇らせながら私に聞いてきた。どうも王宮や貴族の社交界で、私に対する妙な噂が流れているらしい。私は耳を疑う。
「束縛? 私がライネルを?」
「そう。しかもけっこう悪質よ。ライネル様が他の令嬢と少し言葉を交わしただけで、激怒していたとかなんとか……。嘘に決まってるじゃない」
当然、まったく身に覚えのない話だ。ライネルは私にとって大切な婚約者ではあったけれど、彼を束縛するようなことをした覚えはない。むしろ私は、彼が望むならある程度の自由を尊重しようと考えていた。
「これは、リリーナが流しているのかしら。それとも、彼女と手を組んでいる人間の仕業……?」
考えれば考えるほど胸がざわめく。私が“悪役令嬢”として周囲に認知されてしまえば、婚約破棄も私の方に非があったという形で処理されかねない。それでは伯爵家が不利になるだけでなく、私自身の名誉も傷ついてしまう。
「ロザリー、私、本格的に動こうと思う。うやむやにしていたら、きっとあちらの思うツボだわ」
「具体的には?」
「まずは事実無根の噂を否定してくれる証言者を集めたい。ライネルを束縛していなかったと知っている人は少なくないはず。あと……リリーナのことも裏で探りたい」
ロザリーは真剣な表情でうなずく。
「うん、私も協力する。こうなったらソフィアの濡れ衣を晴らすために、私も全力で動くわ」
頼もしい言葉に感謝しつつ、私は一つの決意を固める。ライネルが一向に姿を現さない以上、私が自ら真相に迫るしかないのだ。
翌朝。クラリッサから渡された書類の束を確認していると、いくつか興味深い名前を見つけた。それはライネルが公爵家の仕事を手伝うために出入りしていた商会や、同じサークルの集まりのリストだ。そこには、ライネルと私がまだ普通に顔を合わせていた頃に、何度か一緒に訪れた場所の名前もある。
「あ……そういえば、私があの場所に行ったとき、ライネルは周囲の人に『ソフィアとは仲がいいんだ』と穏やかに笑って……」
思い出しているうちに、彼が私に優しく声をかけてくれた光景が次々に頭に浮かんでくる。とても“束縛”とは正反対の関係だったはずだ。やはり何者かが意図的に私を貶めようとしているとしか思えない。
私はその商会や友人らに手紙を書き、今度の園遊会で話を聞けないか打診してみる。少しでも私をかばう言葉を集めることができれば、フェイクの噂を中和できるかもしれない。
そんな作業を続けていると、ロザリーが部屋に飛び込んできた。
「ソフィア、さっき使用人から妙な話を聞いたの。リリーナが公爵家の人間と密会しているところを、城下町の奥で目撃した人がいるって」
「城下町で、リリーナが公爵家の人と……? ライネルじゃなくて?」
「それが誰かはわからないんだって。でもライネル様の父でも叔父でもなさそうだと。ちょっと怪しいわよね」
ロザリーの話を聞いて私の頭はフル回転する。公爵家の別の人間――もし、それがリリーナの黒幕だったら? もしくは公爵家内部でライネルを追い詰める計画に加担している人物かもしれない。
「リリーナがわざわざ城下町で密会するなんて、よほど外聞をはばかっているのか、裏取引のようなものがあるのかも」
二人で顔を見合わせ、気持ちが引き締まる。婚約破棄という“表面の騒動”の裏側には、まだ見えぬ大きな策略が隠されているのかもしれない。私が悪役令嬢扱いされるのは、その一端に過ぎないとしたら……。
「私たち、もっと大きなものに巻き込まれているのかもね」
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「ただ立ち止まっているだけじゃ、この謎は解けないわ」
私は拳をぎゅっと握りしめる。婚約破棄が決定的になる前に、できる限りの手を打たなくてはならない。リリーナが私を貶める理由、ライネルが隠している事情、公爵家の影で何が起きているのか――それらを突き止めなければ、私は悪役令嬢の烙印を押されたままになってしまう。
さらに強まる覚悟の裏で、不安が大きくなるのを感じないわけではない。だけどロザリーと二人で行動を起こせば、きっと道は拓ける――そう自分に言い聞かせ、私は次の機会を窺うことに決めた。
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