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「……やはり、こうするしかないのか」
静かな書斎で、ライネル・アルバートは一人、大きく息をついた。前には決して見せない、陰りを帯びた瞳。それほどまでに、彼の内心は追い詰められていた。
ライネルの父であるアルバート公爵は、国の中枢に大きな影響力を持つ人物だ。その期待の大きさに応えようと、ライネルはずっと努力を重ねてきた。ところが最近、公爵家の内外で不穏な動きがあるのを察していた。特にリリーナ・クレイグという女性の存在が、公爵家の内部にひそかに浸透している。
「リリーナ……あの女に父がまんまと利用されるなんて」
ライネルは苦い思いで唇を噛む。リリーナ自身がどこまでの力を持っているのか、はたまた誰かの操り人形なのか――真相はわからない。ただ、公爵家としては彼女を好意的に受け入れているように見える。さらに、伯爵令嬢ソフィアとの婚約を解消し、リリーナを“公爵家にふさわしい令嬢”として迎え入れようとする動きすらあるのだ。
「ソフィアに危害が及ぶかもしれない。だから、あのとき強引に婚約を破棄したんだ。彼女を守るために……」
そう呟きながら、ライネルは頭を抱える。本当は、あの優しく穏やかなソフィアを巻き込みたくない。いつも自分を理解し、支えてくれた彼女を傷つけるなんて本意ではなかった。だけど、下手をすれば公爵家の権力闘争や陰謀に巻き込まれ、彼女の身に危険が及ぶかもしれない。
「ソフィア……どうか、僕のことを恨んでくれても構わない。君だけは安全でいてほしい」
その願いは切実だ。けれどライネル自身もまた、リリーナや彼女の背後にある勢力の支配から完全に逃れられてはいない。公爵家の財力と権威、それを狙う貴族たちの思惑――その渦中で、ライネルは身動きが取れなくなっている。
それでも、ソフィアを守るための一手がないわけではない。実際、ライネルは少しずつ証拠集めをしていた。リリーナが公爵家に食い込んでいる事実や、その周辺で不穏な動きを見せる人物たちの情報。限られた部下を使い、こっそり動かしているのだ。
「あと少し……もう少しで、決定的な証拠が掴めるはず」
しかし、時間はそう多く残されていない。結婚相手としてリリーナが正式に認められれば、ライネルは公爵家の命令に逆らえなくなる危険性がある。しかも、そんな事態に陥ったら、ソフィアは一方的に“悪役令嬢”にされ、周囲から非難を浴びかねない。
「すべてが終わる前に、ソフィアを救わなくては」
それがライネルの譲れない想いだ。彼女がすべての真実を知ったら、きっと怒りもするだろう。裏切られたと感じるかもしれない。それでも構わない。自分は彼女の幸せを守りたい――その一心で、ライネルは孤独に行動を続けている。
書斎の扉をノックする音が響く。ライネルが「入れ」と短く言うと、従者の一人が神妙な面持ちで報告を持ってきた。
「リリーナ様、今宵は城下町の外れに出向かれるとの情報が入っております。おそらく密会相手がいるかと」
「そうか、やはり動くんだな……。監視を続けて、誰と会うのか突き止めろ。僕も後から向かう」
従者が去ると、ライネルは立ち上がってコートを羽織る。これ以上、のんびりしている場合ではない。先回りしてリリーナの動向を掴み、公爵家がどう利用されようとしているのかを突き止めなくてはならない。
「僕の行動が早すぎると思われても構わない。ソフィアとの関係を壊しても構わない。……それでも、守りたいものがあるから」
壁に掛けられたソフィアとの思い出の肖像画を見つめ、ライネルはそのまま書斎を後にした。孤独な戦いは続く。けれど彼の苦悩は、一方的にソフィアを突き放すだけで解決できるものではないことを、本人自身が一番わかっていた。
静かな書斎で、ライネル・アルバートは一人、大きく息をついた。前には決して見せない、陰りを帯びた瞳。それほどまでに、彼の内心は追い詰められていた。
ライネルの父であるアルバート公爵は、国の中枢に大きな影響力を持つ人物だ。その期待の大きさに応えようと、ライネルはずっと努力を重ねてきた。ところが最近、公爵家の内外で不穏な動きがあるのを察していた。特にリリーナ・クレイグという女性の存在が、公爵家の内部にひそかに浸透している。
「リリーナ……あの女に父がまんまと利用されるなんて」
ライネルは苦い思いで唇を噛む。リリーナ自身がどこまでの力を持っているのか、はたまた誰かの操り人形なのか――真相はわからない。ただ、公爵家としては彼女を好意的に受け入れているように見える。さらに、伯爵令嬢ソフィアとの婚約を解消し、リリーナを“公爵家にふさわしい令嬢”として迎え入れようとする動きすらあるのだ。
「ソフィアに危害が及ぶかもしれない。だから、あのとき強引に婚約を破棄したんだ。彼女を守るために……」
そう呟きながら、ライネルは頭を抱える。本当は、あの優しく穏やかなソフィアを巻き込みたくない。いつも自分を理解し、支えてくれた彼女を傷つけるなんて本意ではなかった。だけど、下手をすれば公爵家の権力闘争や陰謀に巻き込まれ、彼女の身に危険が及ぶかもしれない。
「ソフィア……どうか、僕のことを恨んでくれても構わない。君だけは安全でいてほしい」
その願いは切実だ。けれどライネル自身もまた、リリーナや彼女の背後にある勢力の支配から完全に逃れられてはいない。公爵家の財力と権威、それを狙う貴族たちの思惑――その渦中で、ライネルは身動きが取れなくなっている。
それでも、ソフィアを守るための一手がないわけではない。実際、ライネルは少しずつ証拠集めをしていた。リリーナが公爵家に食い込んでいる事実や、その周辺で不穏な動きを見せる人物たちの情報。限られた部下を使い、こっそり動かしているのだ。
「あと少し……もう少しで、決定的な証拠が掴めるはず」
しかし、時間はそう多く残されていない。結婚相手としてリリーナが正式に認められれば、ライネルは公爵家の命令に逆らえなくなる危険性がある。しかも、そんな事態に陥ったら、ソフィアは一方的に“悪役令嬢”にされ、周囲から非難を浴びかねない。
「すべてが終わる前に、ソフィアを救わなくては」
それがライネルの譲れない想いだ。彼女がすべての真実を知ったら、きっと怒りもするだろう。裏切られたと感じるかもしれない。それでも構わない。自分は彼女の幸せを守りたい――その一心で、ライネルは孤独に行動を続けている。
書斎の扉をノックする音が響く。ライネルが「入れ」と短く言うと、従者の一人が神妙な面持ちで報告を持ってきた。
「リリーナ様、今宵は城下町の外れに出向かれるとの情報が入っております。おそらく密会相手がいるかと」
「そうか、やはり動くんだな……。監視を続けて、誰と会うのか突き止めろ。僕も後から向かう」
従者が去ると、ライネルは立ち上がってコートを羽織る。これ以上、のんびりしている場合ではない。先回りしてリリーナの動向を掴み、公爵家がどう利用されようとしているのかを突き止めなくてはならない。
「僕の行動が早すぎると思われても構わない。ソフィアとの関係を壊しても構わない。……それでも、守りたいものがあるから」
壁に掛けられたソフィアとの思い出の肖像画を見つめ、ライネルはそのまま書斎を後にした。孤独な戦いは続く。けれど彼の苦悩は、一方的にソフィアを突き放すだけで解決できるものではないことを、本人自身が一番わかっていた。
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