〘完結〛わたし悪役令嬢じゃありませんけど?

桜井ことり

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「これを……公にしたら、父上や公爵家の立場が危うくなるかもしれない」

夜の書斎で、ライネルは手の中の書類を見つめていた。その書類こそ、リリーナが公爵家に擦り寄る過程で利用したと思われる“不正取引”の証拠に近いものだった。ライネルは公爵家の財務を手伝う中で、こっそりと控えの書類をコピーしていたのだが、あまりにもデリケートな内容なので取り扱いを悩んでいる。

「それでも、これを明かさなければ、ソフィアがずっと苦しむだけじゃないか」

ライネルは自問する。リリーナは公爵家の金銭面を操作しながら、怪しげな資金を流入させているらしい。そのために公爵家としては恩恵を受けているかのように見えるが、実態は闇の取引に足を突っ込んだ形だ。テオドール公爵がこれを知っているのかどうかはわからないが、少なくともリリーナが意図的に誘導している可能性は高い。

「こんなこと、放っておけるわけがない」

ソフィアとの再会で、ライネルは改めて自分が何を守りたいのかを痛感した。公爵家の名誉か、それともソフィアとの未来か――本来なら両方を守りたいと思うのは甘えかもしれない。だが、リリーナに支配された公爵家に未来はない。少なくとも、ライネル自身が納得できる生き方ではない。

「父上と衝突することになるかもしれない。でも、黙って従うだけが親孝行じゃないはずだ」

ライネルは決意を固める。少なくともソフィアが“悪役令嬢”のレッテルを貼られたまま、リリーナに蹂躙されるなど耐えられない。書類を抱えて席を立つと、従者の一人を呼び出し、密かに指示を出した。

「これを厳重に保管してほしい。俺が指示を出すまで誰にも見せるな」

従者は困惑したようだが、ライネルの真剣な表情を見て頷く。彼が信頼できる数少ない協力者だった。

 

翌朝、ライネルはいつものように朝食の席へ向かう。そこにはテオドール公爵とリリーナがそろっていた。公爵は難しい顔をしながらも、リリーナに席を勧めている。まるで近しい家族のように接している光景が、ライネルにはたまらなく居心地が悪い。

「おはよう、ライネル。今日はずいぶん早起きなのね」

リリーナが微笑む。だがライネルはそっけなく会釈するだけだ。

「父上、少し話がしたい。あとで書斎に来てくれますか」

「ふむ……なんだね、改まって」

公爵は怪訝そうに眉を寄せるが、ライネルはそれ以上の詳しい説明をせず、黙々と朝食をとる。リリーナは何かを察したのか、意味ありげな目でライネルを見つめる。まるで「あまり余計なことは言わないほうがいい」という無言の圧力をかけているようだった。

ライネルは心の中で舌打ちしながらも、この状況を変えるには正面突破しかないと考えている。父と真っ向から対峙し、公爵家の在り方を問い直す――それは容易なことではないが、ソフィアを助けるためにも必要なプロセスだ。

 

朝食を終えたライネルは、公爵に先立って書斎へ向かう。窓から差し込む朝の光が眩しく、彼はしばし目を閉じる。頭の中に浮かぶのは、ソフィアの笑顔と決意に満ちた瞳。そして、彼女が自分に向けた最後の言葉。

「私もできる限り動きます。あなたの味方でありたい」

その言葉を裏切らないためにも、ライネルは前に進むしかない。嘘や隠蔽にまみれた公爵家を、リリーナの闇の手から取り戻さなければ、真の自由を掴むことはできないだろう。

「ソフィア……俺も、君を守るために戦う」

低く呟くと、書斎のドアが開かれた。そこに立つのはテオドール公爵と、なぜか同伴するリリーナだった。父と息子の二人きりで話したいというライネルの意図を無視する形で、リリーナが堂々とついてきたことに、ライネルは苛立ちを隠せない。

「失礼しますわ。公爵様におかかりの用事なら、私も同席してよろしいかしら。もう家族同然ですもの」

リリーナが薄く笑う。ライネルは思わず拳を握りしめるが、テオドール公爵は止めようとしない。むしろ「座ってくれ」と椅子を促し、彼女を加えるつもりのようだ。

「父上、俺はあなたにだけ話が……」

「ここまで来たんだ。リリーナ嬢が同席してもかまわんだろう。余計な心配をかけたくないからな」

テオドール公爵の態度は、明らかにリリーナを特別に扱っている。ライネルは内心で歯がみしながらも、書類のことをどこまで話すかを素早く考える。

「わかりました。でも、くれぐれも焦らず聞いてほしい。公爵家が今、どんな状況にあるのかを」

こうして、ライネルは二人を前に、公爵家が抱える問題やリリーナに対する疑問点を切り出そうとした。結果がどう転ぶかはわからない。だが、もう後戻りはできない。ソフィアのため、自分自身の未来のためにも、ライネルはこの戦いを避けて通ることができなかった。
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