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「それでは、本日のパーティーを始めましょう」
王宮の大広間に集まった貴族たちを前に、司会役の貴族が高らかに宣言する。今日の催しは、王宮主催の比較的小規模なパーティーだったが、社交界の有力者や王太子エリオット殿下など、豪華な顔ぶれが揃っていた。
私もロザリーと一緒に参加し、ライネルやリリーナが来るかどうかを確認する。リリーナはもちろん姿を現すだろうと思っていたが、肝心のライネルの姿が見当たらない。
「ライネル様……いらっしゃらないのかしら」
ロザリーが肩をすくめる。昨日、公爵家での話し合いがどうなったのかは私の耳には入ってこない。ライネルがうまく立ち回れていればいいが、もしリリーナが邪魔をしたなら、きっと穏やかには済まないだろう。
そんな落ち着かない気持ちを抱えながら、私はエリオット殿下と目を合わせる。殿下は小さく頷き返してくれた。まるで「いざというときは動くつもりだ」とでも言わんばかりに。
パーティーが進む中、突然、入り口付近がざわざわと騒がしくなる。そこには、遅れて到着したライネルとリリーナの姿があった。リリーナはいつものように華やかなドレスをまとい、ライネルの腕を取っている。ライネルの顔を見ると、どこか疲れ切ったような表情で、瞳には迷いが残っているように見える。
「やっぱりリリーナと一緒なのね。あの人前で並ぶ姿をアピールしたいのかしら」
ロザリーが苛立ち混じりに言う。私も胸が痛むが、ライネルの意図を信じたい。きっと何かの考えがあって、あえてリリーナに同行しているのだろうと思う。
ところが、それから間もなく、パーティーの中心で楽団が演奏を始めると、大きな異変が起きた。天井に取り付けられたシャンデリアが、ぐらりと音を立てて傾き始めたのだ。気づいた人々が悲鳴を上げ、あっという間に会場はパニック状態に陥る。
「危ない、みんな下がって」
甲高い声が響く中、私はあたりを見回す。すると、ライネルとリリーナがちょうどその真下付近に立っているではないか。リリーナは混乱して悲鳴を上げ、ライネルもすぐに気づいて彼女をかばおうとしているが、傾いたシャンデリアは今にも落下しそうだ。
「ライネル!」
私はとっさに走り出した。恐怖で足がすくむが、ここで躊躇えば命に関わるかもしれない。周囲の人々は慌てふためき、逃げ惑っている。私はその中をかき分けながら、ライネルのいる場所へ向かう。
その瞬間、王太子エリオット殿下の声が会場に響いた。
「落ち着いて行動せよ! 近衛兵たち、急いでシャンデリアを支えろ」
兵士たちが必死に柱やロープを手に飛びつき、なんとか落下の勢いを抑える。シャンデリアが完全に落ちるまでの時間がほんの一瞬だけ延びた。私はその隙にライネルへ突進する。
「ソフィア、危ない、下がれ!」
ライネルの必死の叫び。でも私は止まるつもりはない。リリーナはキャアと怯えたまま動けないでいる。ライネル一人では彼女を支えきれず、共倒れになる可能性だってある。
「大丈夫、ライネル様!」
私はライネルの腕をつかみ、リリーナも一緒に引っ張るようにして安全な方へ飛び退く。兵士たちが限界に近い声を上げる中、シャンデリアの鎖がついにプツリと音を立て、巨大な塊が床に激突する。大きな衝撃とともに破片が舞い上がり、会場は粉塵が立ち込めるほどだった。
「わああっ」
尻餅をついた私たちのもとへ、エリオット殿下が数人の兵を連れて駆け寄る。ライネルは私とリリーナを抱きかかえるようにしていたが、幸い大きな怪我はなさそうだ。
「無事か、ライネル、ソフィア、そしてリリーナ嬢」
殿下の問いかけに、ライネルは荒い息を整えながら頷く。リリーナはショックで顔面蒼白になっているが、怪我はないようだ。
「よかった……」
私も安堵した瞬間、体中の力が抜け、へたり込みそうになる。けれど、ここで終わりではない。なぜシャンデリアが落ちかけたのか。単なる老朽化ならまだしも、もし誰かの仕業だとしたら?
「……これは、事故じゃないかもしれない」
ライネルが息を整えながら、かすかにそう呟く。私も同感だった。リリーナを狙ったのか、それとも私やライネルを狙ったのか――目的はわからないが、これほど急なトラブルが偶然とは思えない。リリーナの背後には危険な勢力がいるのだから、こうした暗殺未遂があっても不思議ではない。
「皆さま、一度避難を。近衛兵が安全を確認しますので」
エリオット殿下の指示で、会場は一時的に封鎖されることになった。大混乱の中、ロザリーも私のもとへ駆け寄り、涙目で抱きついてくる。
「ソフィア、怪我はない? 本当によかった……!」
「うん、私は大丈夫。ライネル様は? リリーナは……」
振り返ると、ライネルが無言でリリーナを支えている。リリーナも怯えきって何も言わない。ただ、その横顔にはどこか複雑な感情が浮かんでいるように見えた。もしかしたら、今回の事件が自分に向けられた攻撃だと薄々感じているのかもしれない。
こうして波乱のパーティーは大混乱のうちに幕を下ろす。シャンデリア落下事件――それはリリーナとライネルをめぐる陰謀が新たな段階へ突入する予兆なのかもしれない。私たちがまだ見ぬ“黒幕”の存在が、ますます色濃く漂い始めていた。
王宮の大広間に集まった貴族たちを前に、司会役の貴族が高らかに宣言する。今日の催しは、王宮主催の比較的小規模なパーティーだったが、社交界の有力者や王太子エリオット殿下など、豪華な顔ぶれが揃っていた。
私もロザリーと一緒に参加し、ライネルやリリーナが来るかどうかを確認する。リリーナはもちろん姿を現すだろうと思っていたが、肝心のライネルの姿が見当たらない。
「ライネル様……いらっしゃらないのかしら」
ロザリーが肩をすくめる。昨日、公爵家での話し合いがどうなったのかは私の耳には入ってこない。ライネルがうまく立ち回れていればいいが、もしリリーナが邪魔をしたなら、きっと穏やかには済まないだろう。
そんな落ち着かない気持ちを抱えながら、私はエリオット殿下と目を合わせる。殿下は小さく頷き返してくれた。まるで「いざというときは動くつもりだ」とでも言わんばかりに。
パーティーが進む中、突然、入り口付近がざわざわと騒がしくなる。そこには、遅れて到着したライネルとリリーナの姿があった。リリーナはいつものように華やかなドレスをまとい、ライネルの腕を取っている。ライネルの顔を見ると、どこか疲れ切ったような表情で、瞳には迷いが残っているように見える。
「やっぱりリリーナと一緒なのね。あの人前で並ぶ姿をアピールしたいのかしら」
ロザリーが苛立ち混じりに言う。私も胸が痛むが、ライネルの意図を信じたい。きっと何かの考えがあって、あえてリリーナに同行しているのだろうと思う。
ところが、それから間もなく、パーティーの中心で楽団が演奏を始めると、大きな異変が起きた。天井に取り付けられたシャンデリアが、ぐらりと音を立てて傾き始めたのだ。気づいた人々が悲鳴を上げ、あっという間に会場はパニック状態に陥る。
「危ない、みんな下がって」
甲高い声が響く中、私はあたりを見回す。すると、ライネルとリリーナがちょうどその真下付近に立っているではないか。リリーナは混乱して悲鳴を上げ、ライネルもすぐに気づいて彼女をかばおうとしているが、傾いたシャンデリアは今にも落下しそうだ。
「ライネル!」
私はとっさに走り出した。恐怖で足がすくむが、ここで躊躇えば命に関わるかもしれない。周囲の人々は慌てふためき、逃げ惑っている。私はその中をかき分けながら、ライネルのいる場所へ向かう。
その瞬間、王太子エリオット殿下の声が会場に響いた。
「落ち着いて行動せよ! 近衛兵たち、急いでシャンデリアを支えろ」
兵士たちが必死に柱やロープを手に飛びつき、なんとか落下の勢いを抑える。シャンデリアが完全に落ちるまでの時間がほんの一瞬だけ延びた。私はその隙にライネルへ突進する。
「ソフィア、危ない、下がれ!」
ライネルの必死の叫び。でも私は止まるつもりはない。リリーナはキャアと怯えたまま動けないでいる。ライネル一人では彼女を支えきれず、共倒れになる可能性だってある。
「大丈夫、ライネル様!」
私はライネルの腕をつかみ、リリーナも一緒に引っ張るようにして安全な方へ飛び退く。兵士たちが限界に近い声を上げる中、シャンデリアの鎖がついにプツリと音を立て、巨大な塊が床に激突する。大きな衝撃とともに破片が舞い上がり、会場は粉塵が立ち込めるほどだった。
「わああっ」
尻餅をついた私たちのもとへ、エリオット殿下が数人の兵を連れて駆け寄る。ライネルは私とリリーナを抱きかかえるようにしていたが、幸い大きな怪我はなさそうだ。
「無事か、ライネル、ソフィア、そしてリリーナ嬢」
殿下の問いかけに、ライネルは荒い息を整えながら頷く。リリーナはショックで顔面蒼白になっているが、怪我はないようだ。
「よかった……」
私も安堵した瞬間、体中の力が抜け、へたり込みそうになる。けれど、ここで終わりではない。なぜシャンデリアが落ちかけたのか。単なる老朽化ならまだしも、もし誰かの仕業だとしたら?
「……これは、事故じゃないかもしれない」
ライネルが息を整えながら、かすかにそう呟く。私も同感だった。リリーナを狙ったのか、それとも私やライネルを狙ったのか――目的はわからないが、これほど急なトラブルが偶然とは思えない。リリーナの背後には危険な勢力がいるのだから、こうした暗殺未遂があっても不思議ではない。
「皆さま、一度避難を。近衛兵が安全を確認しますので」
エリオット殿下の指示で、会場は一時的に封鎖されることになった。大混乱の中、ロザリーも私のもとへ駆け寄り、涙目で抱きついてくる。
「ソフィア、怪我はない? 本当によかった……!」
「うん、私は大丈夫。ライネル様は? リリーナは……」
振り返ると、ライネルが無言でリリーナを支えている。リリーナも怯えきって何も言わない。ただ、その横顔にはどこか複雑な感情が浮かんでいるように見えた。もしかしたら、今回の事件が自分に向けられた攻撃だと薄々感じているのかもしれない。
こうして波乱のパーティーは大混乱のうちに幕を下ろす。シャンデリア落下事件――それはリリーナとライネルをめぐる陰謀が新たな段階へ突入する予兆なのかもしれない。私たちがまだ見ぬ“黒幕”の存在が、ますます色濃く漂い始めていた。
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