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第1話 追放宣告と婚約破棄、そして辺境行き
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王都アルディアの大聖堂は、いつもなら祝福と栄光の場である。だがその日の空気は重く、冷えきっていた。
集まった貴族や学徒たちの視線が、一人の青年に突き刺さっている。
リオン・グレイアード、王立学園の最終試験で「魔力量:E」「適性:無」「戦闘適性:極低」と診断された落ちこぼれだ。
「リオン・グレイアード。王国魔導士団への推薦は取り消し。よって、この場をもって学園から追放とする。」
声高に宣告したのは校長でもあり王族の権威を持つ人物、ゴードン院長だ。白髪を撫で付けながら、冷笑を浮かべている。
「無能な者に居場所はない。我らが王国に、無駄飯食いの余裕はないのだ。」
ざわざわと広間が揺れた。露骨な嘲笑が混じる。誰もが知っていた。リオンが、名ばかりの貴族であること。
父は辺境の没落伯爵、母は既に亡く、領地は荒れ果て、王都では誰にも相手にされなかった。
だがそれでも、彼は諦めなかった。
「……それでも、努力しました。誰より早く起きて魔導書を読み、誰より長く訓練場に立ってきました。認めてもらえると思っていたのですが。」
小さな声での抗議だったが、返ってきたのは乾いた笑い。
「努力?笑わせるな。才能がない者の努力ほど無意味なものはない。」
そう言ったのは、彼の婚約者だったセリーヌ・ローデリア王女。金糸の髪が光を弾き、完璧な笑顔のまま言葉を放つ。
「この婚約も、父のご意向で結ばれたもの。もう必要ないわ。無能な人と結婚なんて、私の未来を潰すことだもの。」
リオンの心に、何かが静かに崩れた。彼女はずっと、影で支えてくれていたと思っていた。
だがそれは全部、自分が勝手に信じていただけだったのだ。
「……そうですか。では、退学も婚約破棄も、受け入れます。」
リオンは静かに頭を下げた。驚くほどに冷静だった。怒りも悲しみも、通り過ぎたあとに残ったのは虚しさだけ。
その背に、セリーヌの言葉が追い打ちをかける。
「さようなら、リオン。あなたのような人が、この国の未来を背負えるはずがないの。」
そして、リオンの王都での人生は終わった。
――追放処理が済むと、翌朝には辺境行きの馬車が城門を出た。
荷物はわずか。古びたローブと、唯一の所持品――母の形見である革表紙の分厚い本。
古代語で綴られ、誰にも読めなかったその書物だけが、彼の心の支えだった。
王都を離れて数日、馬車が揺れるごとに、リオンの中の何かが変わっていった。
怒りではない。悲しみでもない。ただ、もう縛られることのない自由。
人に評価されずとも、生きていければいい。誰にも邪魔されない場所で、静かに本を読み、畑でも耕して暮らそう。
そんな想いが芽生えていった。
旅の終わり、夕闇の中に広がる荒れ果てた村が見えてきた。
「グラン辺境領」。王都から最も遠い、荒野と森に囲まれた土地。
馬車の御者がリオンを見て、気の毒そうに言った。
「あんた、本当にここで暮らす気なのかい? 魔物も強い、作物も育たない。まともな人間なんてもう残っちゃいないよ。」
リオンは微笑んだ。
「構いません。静かなら、それでいいんです。」
村の入口で馬車を降り、彼は木造りの朽ちかけた小屋を見つけた。屋根は穴だらけ、扉も傾いている。
それでも、奇妙な安堵を覚えた。ようやく、誰にも見下されずに済む。そんな場所が、ここだった。
翌朝、リオンは小川の近くで粗末な畑を耕した。
種も少ない。肥料もない。だが、ふと本を開き、古代語のページをめくると、不思議な感覚が指先を包んだ。
まるで本が、彼に何かを囁いているかのように。
「……“芽吹け、命の環”?」
古代語で書かれた節を、何となく声に出してみた瞬間――畑の土が淡く光を放った。
リオンは思わずのけぞった。すると、乾いた土から一斉に緑の芽が伸びてゆく。
一瞬で畑が若葉に満ち、やがて小さな花まで咲き始めた。
「これ……魔法、なのか? そんな馬鹿な、だって僕の適性は……」
信じられない景色に、思わず息を呑んだ。だが手帳に記された魔力残量は、まだ満ちたままだ。
今まで学園で使おうとしても発動すらしなかった魔法が、ここでは自然に動く。
王都の精密な魔力測定機が「E」と判定した男が、息をするように自然を癒していた。
ほどなくして、その光景を偶然見た村長の娘・ミーナが走り寄ってきた。
「な、なにこれ!? 本当にあなたがやったの!? この土地、十年も作物が育たなかったのよ!」
リオンはとっさに首を横に振った。
「いえ、僕はただ……古い本を読んでいただけで。」
「その古い本って、ちょっと見せて!」
ミーナが身を乗り出す。リオンは困りながらも本を差し出した。
ページをめくった瞬間、彼女の顔が真っ青に変わった。
「こ、これ……読めない。全部、古代語だわ。学者でも解読できないはずの……!」
リオン自身もわかっていなかった。
子どものころから、何となくこの言葉の意味がわかっただけだ。
母はその理由を聞かれても、ただ微笑んでいた。
「あなた、もしかして……とんでもない人なんじゃ……」
ミーナの呟きに、リオンは慌てて手を振った。
「そんなわけありません。ただ、ちょっと変わった本好きなだけです。」
だが村人の間に広がる噂は速かった。
「辺境にすごい魔法使いが来た」「枯れた畑を甦らせた」と。
リオンはただ静かに暮らしたかった。
だがこの日から、辺境に伝説が始まり、やがて王都すら巻き込む「無自覚賢者」の物語が幕を開けることになるのだった。
続く
集まった貴族や学徒たちの視線が、一人の青年に突き刺さっている。
リオン・グレイアード、王立学園の最終試験で「魔力量:E」「適性:無」「戦闘適性:極低」と診断された落ちこぼれだ。
「リオン・グレイアード。王国魔導士団への推薦は取り消し。よって、この場をもって学園から追放とする。」
声高に宣告したのは校長でもあり王族の権威を持つ人物、ゴードン院長だ。白髪を撫で付けながら、冷笑を浮かべている。
「無能な者に居場所はない。我らが王国に、無駄飯食いの余裕はないのだ。」
ざわざわと広間が揺れた。露骨な嘲笑が混じる。誰もが知っていた。リオンが、名ばかりの貴族であること。
父は辺境の没落伯爵、母は既に亡く、領地は荒れ果て、王都では誰にも相手にされなかった。
だがそれでも、彼は諦めなかった。
「……それでも、努力しました。誰より早く起きて魔導書を読み、誰より長く訓練場に立ってきました。認めてもらえると思っていたのですが。」
小さな声での抗議だったが、返ってきたのは乾いた笑い。
「努力?笑わせるな。才能がない者の努力ほど無意味なものはない。」
そう言ったのは、彼の婚約者だったセリーヌ・ローデリア王女。金糸の髪が光を弾き、完璧な笑顔のまま言葉を放つ。
「この婚約も、父のご意向で結ばれたもの。もう必要ないわ。無能な人と結婚なんて、私の未来を潰すことだもの。」
リオンの心に、何かが静かに崩れた。彼女はずっと、影で支えてくれていたと思っていた。
だがそれは全部、自分が勝手に信じていただけだったのだ。
「……そうですか。では、退学も婚約破棄も、受け入れます。」
リオンは静かに頭を下げた。驚くほどに冷静だった。怒りも悲しみも、通り過ぎたあとに残ったのは虚しさだけ。
その背に、セリーヌの言葉が追い打ちをかける。
「さようなら、リオン。あなたのような人が、この国の未来を背負えるはずがないの。」
そして、リオンの王都での人生は終わった。
――追放処理が済むと、翌朝には辺境行きの馬車が城門を出た。
荷物はわずか。古びたローブと、唯一の所持品――母の形見である革表紙の分厚い本。
古代語で綴られ、誰にも読めなかったその書物だけが、彼の心の支えだった。
王都を離れて数日、馬車が揺れるごとに、リオンの中の何かが変わっていった。
怒りではない。悲しみでもない。ただ、もう縛られることのない自由。
人に評価されずとも、生きていければいい。誰にも邪魔されない場所で、静かに本を読み、畑でも耕して暮らそう。
そんな想いが芽生えていった。
旅の終わり、夕闇の中に広がる荒れ果てた村が見えてきた。
「グラン辺境領」。王都から最も遠い、荒野と森に囲まれた土地。
馬車の御者がリオンを見て、気の毒そうに言った。
「あんた、本当にここで暮らす気なのかい? 魔物も強い、作物も育たない。まともな人間なんてもう残っちゃいないよ。」
リオンは微笑んだ。
「構いません。静かなら、それでいいんです。」
村の入口で馬車を降り、彼は木造りの朽ちかけた小屋を見つけた。屋根は穴だらけ、扉も傾いている。
それでも、奇妙な安堵を覚えた。ようやく、誰にも見下されずに済む。そんな場所が、ここだった。
翌朝、リオンは小川の近くで粗末な畑を耕した。
種も少ない。肥料もない。だが、ふと本を開き、古代語のページをめくると、不思議な感覚が指先を包んだ。
まるで本が、彼に何かを囁いているかのように。
「……“芽吹け、命の環”?」
古代語で書かれた節を、何となく声に出してみた瞬間――畑の土が淡く光を放った。
リオンは思わずのけぞった。すると、乾いた土から一斉に緑の芽が伸びてゆく。
一瞬で畑が若葉に満ち、やがて小さな花まで咲き始めた。
「これ……魔法、なのか? そんな馬鹿な、だって僕の適性は……」
信じられない景色に、思わず息を呑んだ。だが手帳に記された魔力残量は、まだ満ちたままだ。
今まで学園で使おうとしても発動すらしなかった魔法が、ここでは自然に動く。
王都の精密な魔力測定機が「E」と判定した男が、息をするように自然を癒していた。
ほどなくして、その光景を偶然見た村長の娘・ミーナが走り寄ってきた。
「な、なにこれ!? 本当にあなたがやったの!? この土地、十年も作物が育たなかったのよ!」
リオンはとっさに首を横に振った。
「いえ、僕はただ……古い本を読んでいただけで。」
「その古い本って、ちょっと見せて!」
ミーナが身を乗り出す。リオンは困りながらも本を差し出した。
ページをめくった瞬間、彼女の顔が真っ青に変わった。
「こ、これ……読めない。全部、古代語だわ。学者でも解読できないはずの……!」
リオン自身もわかっていなかった。
子どものころから、何となくこの言葉の意味がわかっただけだ。
母はその理由を聞かれても、ただ微笑んでいた。
「あなた、もしかして……とんでもない人なんじゃ……」
ミーナの呟きに、リオンは慌てて手を振った。
「そんなわけありません。ただ、ちょっと変わった本好きなだけです。」
だが村人の間に広がる噂は速かった。
「辺境にすごい魔法使いが来た」「枯れた畑を甦らせた」と。
リオンはただ静かに暮らしたかった。
だがこの日から、辺境に伝説が始まり、やがて王都すら巻き込む「無自覚賢者」の物語が幕を開けることになるのだった。
続く
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