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10. 夜会にて 〜弟の婚約者
しおりを挟む二人の少女たちもティルダ嬢の姿を認めると、その表情から何かを察したのだろう。
「わたくし、喉が渇きましたわ」
「おしゃべりのし過ぎですわね。ちょっと喉を潤して参りましょう」
「セシリアさま、私たちはすぐ隣の控えの間で少し休んでおりますわ。お待ちしておりますので、いらしてくださいね」
おそらく、軽食や飲み物が用意された部屋のことを言っているのだろう。
二人はさっさと行ってしまった。
あとには、自分ともう一人の令嬢だけが残された。
私はすぐにティルダ嬢に向き直ると、周りの注目を集めない程度に頭を下げた。
「ティルダ様、申し訳ございません。本来は私どもの方から向かわねばならないところを。
⋯⋯愚弟がまた、たいへんに失礼なことをいたしました。重ね重ね、本当に申し訳ございません」
「そんな⋯⋯」
慌てたようにティルダ嬢が距離を詰めた。
「おやめください、セシリアさま。⋯⋯よいのです。トリスタンさまのお気持ちは理解しているつもりです」
暗い声色に、そっと顔を上げる。
その声の通り、ティルダ嬢は暗い顔をしていた。
──何故、自身の婚約者を蔑ろにするのか。
あまりに見かねて、弟に聞いたことがある。
すると、トリスタンは皮肉な笑みを浮かべて答えた。
『蔑ろにしている?年上で、家格も劣り、しかも女学院などに通う小賢しい方です。私としても仕方なく婚約しているのに、それ以上を求められても困ります』
私はその言葉に、内心首を傾げた。
彼女は弟より年上─私の1つ下、トリスタンの2つ上─だ。
確かに、婚約は基本的に男性の方が年上であるように組まれることが多いので、少数派ではあるが、そこまで珍しい訳ではない。
それに、歳が離れ過ぎている訳でもないのだ。
家も家位では下がる伯爵家で、歴史も浅い家ではあるが、現当主がやり手だと評判の家だ。悪い噂もなく、領地運営も順調で財政状況も安定しているため、これといった瑕疵は存在しない。
だからおそらく、一番は最後の理由なのだろう。
私と同じ女学院に通っているということ。
女学院は、礼儀作法等に重きを置く他の学校の類いとは違い、女子にも政治や経済、世界情勢等の高度な学問を教えている。
そのため、女子に学問は不要と考える昔気質の人々には、生意気だと見られることも多かった。
『どうせ、姉上には理解していただけないでしょうね』
そして、最後にそう吐き捨てたトリスタンも、そのように考える一人だった。
「──愚かなことに、弟はティルダ様の素晴らしさを理解できていないのです。貴女の評判は、学年を超えて私の耳にも届いておりますわ」
「いえそんな。学院始まって以来の才女と呼ばれるセシリアさまに、そうおっしゃっていただけるなんて⋯⋯もったいないお言葉です」
言ってから、彼女は目を伏せた。
躊躇い、ためらい、そっと上目遣いでこちらをうかがう。
「その⋯⋯実は、セシリアさまのお母さま⋯⋯フィングレイ侯爵夫人から父宛に、お手紙をいただきました」
「⋯⋯内容は、どのような?」
尋ねると、彼女が周囲を見回したことに気づいた。
そのような内容の心当たりなど、一つしかない。
「いえ、大丈夫です、察しがつきましたわ。⋯⋯それで、お父君は?」
「⋯⋯どうしたものか、迷っております。せっかくの侯爵家とのご縁ですし⋯⋯」
言いながら、ますます彼女はうつむいてしまう。
「──それに、私など、次の縁談などありますかどうか⋯⋯」
「ティルダ様!」
思わず大きな声をあげてしまった。
びくりと肩を揺らした令嬢の手を咄嗟に握る。
「あの愚弟が貴女にどのような言葉を、態度をぶつけてきたのか、申し訳ありませんが私はすべては知りません。
ですが!見る目がないのはあの愚弟の方です!貴女は、そのように卑下してよいお方では、絶対にありません!」
ティルダ嬢の揺れる瞳が見開かれる。
それ以上の言葉は尽くさず、ただまっすぐに、その美しい瞳を見つめた。
「──ありがとうございます、セシリアさま」
その瞳に、力が宿った。
「実は私、お父さまにはトリスタンさまのこと、ほとんど話しておりませんでしたの」
「それは、本当でございますか?」
「ええ。⋯⋯この婚約は、家のためになると思っておりましたから、余計な心配はかけたくなかったのです」
通りで、と思う。
弟を諫め、何とかするよう父にも言い付けていたが、相手方が何も言ってこなければ、あの二人だ、それは何も改めようとしないだろう。
──実を言えば、訴えがあっても家格のことで下に見て蔑ろにしているのかとまで邪推したほどだ。
「もう一度、父とよく話し合ってみますわ」
「ええ、是非そうなさってください」
言えば、あぁでも、とティルダ嬢の表情が曇った。
「ということは、セシリアさまをお義姉さまとお呼びすることは、できなくなるのかもしれませんのね」
その呼び名は、別の人物からは嫌がっても何度も呼ばれてきたものだが。
彼女にそう呼ばれないことは、心の底から惜しい気がした。
「⋯⋯そうだとしても、同じ学院に通っておりますもの。学年は違いますが、是非また仲良くしてくださいませ、ティルダ様」
微笑んで言えば、彼女はしばらくぼうっとしていた。
どうかしたのかと声をかければ、はっとしたように朱の差した頬を押さえた。
「あの⋯⋯よろしければ、ティルダとお呼びください」
「よろしいのですか?では⋯⋯またよろしくお願いいたしますね、ティルダ」
「ぜひ言葉遣いももう少し砕けたものになさってください!婚約者の方にされているように!」
聞かれていたのか、と思わず天を仰ぎたくなった。
確かに、弟の無礼の謝罪に、何度かマルクスと共に彼女と会うことがあった。
しかし、たまに高位貴族の令嬢らしくない言葉になってしまうこともあるのだが。
「⋯⋯では、ティルダも"様"は止めて、気安く喋ってほしいわ」
「セシリアさまはセシリアさまです!⋯⋯でも、言葉遣いは少し崩しますね」
貴族令嬢で気安く名前を呼び合う相手はいない。
だから少し残念だったが、こちらの方が年上でもある。強要もできまい。
それからしばらく、ティルダと雑談をしてさらに親睦を深めた。
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