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09. 夜会にて 〜窓際の幽霊

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本格的な夜会の始まりには少し早かったようで、マルクスとはしばらく密談をした後、お歴々への挨拶回りに繰り出した。

そこではやはり、一部から快くない視線を向けられた。
同情、好奇、侮蔑──一時期よりも改善されたとはいえ、年かさであればあるほど、まだまだそれはこびりついている。

しかし、それも仕方ないと言える。
プライセル公爵家と、フィングレイ侯爵家のあいの子なのだから。思わず色眼鏡で見てしまう気持ちも分からないことはない。


「──セシリア、大丈夫か?」

だいたいの挨拶を終えると、隣から気遣いの声がかかる。
こういうところは見た目通りに優しい、と失礼ながらいつも思う。

「大丈夫よ。最初の頃より随分ましだわ」

それに、マルクスやその父のように、自分のことを買ってくれる人がいる。理解してくれる人がいる。
そうした味方は少しずつ増えてきているのだ。

それでも──

先程の挨拶回りで、とある公爵夫人が言った言葉を思い出す。

『フィングレイ侯爵のご令嬢ね。お母様そっくりでお美しいわ。しかも、とても優秀だそうね。
でも──ご家族がでは、貴女も大変ね』

それは、同情であったのか、侮蔑であったのか。
夫人の目から下は豪奢な扇で隠されており、判断はつかないが、最近はそんな言葉をかけられることが増えてきた。

生まれは仕方がないと思っていた。
所詮は過去のこと。それならば、これからの自分の立ち振る舞いで挽回はできるはずだと。

だけど──そうやって築いたものすら、片っ端から壊されていくだなんて。

「──私、明日がとっても待ち遠しいわ、マルクス」

歪んだ、あまり美しくない微笑みになってしまったと思う。

「僕は残念ながらそこに居合わせられないから、是非とも後で顛末を教えてほしいな。⋯⋯あと、分かっていると思うけど、──徹底的にやりなよ」
「えぇ、約束するわ」

穏やかな笑みとともに返してくれたマルクスに、力強く頷いてみせた。


挨拶回りの後、ちょうど始まった曲に合わせてマルクスと踊った。
彼とのこんな機会ももうないかもしれないと思ったら、ひどく感慨深かった。

その後、マルクスと別れた。
彼は今、父君と同じ財務省で下官として働いている。やはり仕事をする上でのツテは重要らしく、大規模な夜会では父君にくっついてなるべく顔を売るようにしているという。
だから、次は父君に従っての挨拶回りだと、慌ただしくしていた。

むしろ、このまま自分と一緒にいない方が、メリルに突撃されなくて好都合だろうと、申し訳なさそうなマルクスを見送った。



そして。
今現在、私はいわゆる壁の花になっていた。

会場の片隅の壁際に、ひっそりと立つ。そうして、目の前の喧騒を眺めていた。
他の参加者はダンスに参加するか、数人で集まって談笑している。一人きりでいるのなんて、自分くらいだ。

そういえば、トリスタンが何やら言っていたと思い出す。
"窓際の幽霊"だっただろうか。

だって、仕方がないだろう。
下手に誰かと一緒にいたならば、そこに厚かましいメリルが割り込んでくるのだ。

それまでの話の流れをぶった切って好き勝手に自分のことを話し、しばらくして冷え切った雰囲気にやっと気づくと、ごめんなさいお邪魔ですねと引き留めてほしそうに言い、誰も何も取りなさなければ、他のご令嬢の婚約者を引っかけて去ろうとする。

さらに、後で父や弟に、どこそこのご令嬢に冷たくされたとか、意地悪されたとか涙目で言い、慰めようとした父に何かをねだるところまでがセットだ。

──そんな厄神を抱えているのに、おいそれと他のご令嬢とお話などできなかった。

だから、重要な方たちへの挨拶は早めに終わらせ、それ以降は知り合いに会っても長話はせず、ほとんどの時間を壁の花に甘んじていた。
それでも、ティルダ嬢を捜すための名目のもと、こうやって人々の動きをただ眺めているのもなかなか興味深い。

老いも若きも、男も女も、たったひと夜のために美しく着飾り、仮面を被るように微笑を貼りつけて、戦場とも言うべき夜会に臨む。
そこまでして自分たちは何を守ろうとしているのだろうと、客観的に見てしまった姿が、どこか滑稽に思えて。


「──セシリアさま、こちらにいらっしゃいましたの?」

ふと聞こえた少女の声に、思考に沈んでいた意識を浮上させる。
視線を向ければ、二人の令嬢が目の前に立っていた。──女学院でよく話しかけてくれる、仲の良い二人組だった。

「ご機嫌よう。いかがなさいましたか?」

微笑んで返せば、二人ともの表情に漂う心配の色に気づいた。

「またお一人でいらっしゃるようだったので、声をかけに参ったのです」
「婚約者の方はどうされましたの?」
「彼は仕事関係のことで、お父君と一緒にご挨拶に回っておりますわ」
「それでお一人でしたのね。それならばお声がけしてくださればよかったのに」

彼女たちの傍にも婚約者の姿は見えない。
最初のダンスを終え、別れたのだろう。それぞれの付き合いというものもある。

ここ最近、彼女たちはこうして一人でいる自分に話しかけて傍にいようとしてくれる。
ありがたいものの、どうしても申し訳なさが先に立つ。

「その⋯⋯お心づかいはありがたいのですが、私のことはお気になさらず。私といることで、皆さんにご不快な思いをさせてしまうかもしれません」

何と言おうか迷って、そのままを口にすれば、二人は目を丸くしながら互いに顔を見合わせあった。

「不快な思いとは、もしかして、のことでしょうか?」
「ええ⋯⋯何度か皆さんもご不快にさせてしまったでしょう?」
「そんなことおっしゃらないでください!セシリアさまがお気になさることではありませんわ」
「義妹だとはいえ、本来、あの方は控えるべきですもの」
「そうですわよね!ついこの間だって──」

少女たちは口々にメリルの態度を非難し、自分を庇ってくれる。
その言葉を聞いているうちに、頭に響いていた先程の公爵夫人の言葉が小さくなっていった。

「──お二人とも、一つだけよろしいでしょうか?」

小鳥のように賑やかにおしゃべりしていた二人が、はっと静かになる。
その様子を見て、微笑んだ。

「義妹とおっしゃいましたが、メリルさんは私の妹ではありませんの。訂正させていただきますわ」
「そうでしたわ!失礼いたしました」
「うっかりしていましたわ!本当にご無礼なことを⋯⋯申し訳ないですわ」

以前に簡単に事情を話してある彼女たちは、口々に謝意を述べるが、その様子もどこか楽しそうだ。

そのとき、ふと、近くでじっとこちらをうかがう人影に気づいた。
誰だろうと目を向ければ、視線が合う。

「──ティルダ様」

そこには、弟の婚約者である伯爵令嬢が立っていた。
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