27 / 42
22. 彼の選択 〜護るもの
しおりを挟む「捕⋯⋯まった⋯⋯?」
トリスタンが呆然と繰り返した。
だが彼はすぐに、私を見つめていた目をラザル卿に向けた。
「──事実だ。これもまだ機密事項だがな」
顔をしかめつつも、ラザル卿が答える。
すると突然、狂ったような女の笑い声が響いた。
「あの男、捕まったの⁉︎ あーあ、馬っっ鹿みたい!俺は次期公爵だって、あんだけ大口叩いてたクセに!」
人の不幸が余程おかしいのか、メリルはケタケタと不愉快な笑い声を上げる。
彼女自身も今まさに騎士に拘束されているというのに。それとも、彼女なりに現実逃避しようとしているのか。
「ねぇ子爵さま!あの男も極刑なの?極刑よねぇ、公爵の暗殺未遂だもの!」
「たいへん愉快そうなところ申し訳ないけれど、メリルさん。サイラスが捕まったのは別件よ」
「はぁ⁉︎」
歪んだ笑いを浮かべる彼女に言えば、噛みつくような勢いでこちらを向く。
彼女みたいにあの男も簡単にボロを出してくれるならいいのだが、そう上手くはいかない。
故に、あの男は別の罪状で押さえたのだ。
またラザル卿に視線を向けたら、渋い顔をされた。
「⋯⋯サイラスは、横領その他の罪で捕まっている。公爵暗殺未遂やその他の殺人の嫌疑については、これから詰める」
あの男は、あろうことか騎士団の金を掠め盗っていたのだ。
加えて暴行と恐喝も犯していたが、それは金を強請り出させるために、騎士団付きの財務官に対して行っていたという。
「不法にせしめたお金で高級娼館通いをしていたんですって。娼婦たちを侍らせて、お大尽様ともてはやされて、悦に浸っていたそうよ。随分と高潔なご主人様ね」
愚かな弟が信じる素晴らしい騎士の姿をぶち壊してやろうと、あえて嫌味たらしく言ってやる。
すると、ラザル卿がわざとらしく咳払いをした。
これは言ってはならぬ情報だったか──と思ったら、家令が非難の眼差しを向けているのに気づいた。
確かに貴族の女性としてはあまりよろしくない言葉の交じった台詞だったかもしれない。
今さらながら、私も咳払いをして誤魔化しておいた。
「──とにかく、サイラスの身柄を騎士隊が押さえていることに間違いはない」
ラザル卿が取り成すように言ってくれる。
トリスタンは、とうとう俯いてしまった。
「⋯⋯トリスタン、お前もそれなりの志をもって騎士を目指したはずだ。そんなお前が護ろうとしているものは何だ」
その厳しい顔つきに反し、ラザル卿は穏やかな声色でトリスタンに言う。
事ここに至って、この愚か者にまだそんな言葉をかけてくれるなんて、なんだかんだ彼は優しい人なのだと思った。
──だけどきっと、そんな風に優しい言葉ではこの愚弟は止まれないから。
「サイラスは公爵位なんて話どころではなく、もう社交界にも戻れないわ。この先、どれだけの罪が認められるかだけれど、命があるか、命があっても一生日陰を歩むことは避けられないでしょうね」
弟がぐっと唇を噛み締めるのが見えた。
剣の柄にかけた手は震えている。
彼だって分かっているのだ。もう、すべてが無駄だと。
自分が信じたものは──幻だと。
「⋯⋯それで?トリスタン。単刀直入に聞くわ。
──これでもまだ、その醜悪な我儘お嬢さんを護る価値は、本当にあるの?」
彼は瞑目し──震えるその手が、剣の柄から離れた。
その腕が、脱力してだらんと下がる。
「──え?な、何をしてるの?トリスタン」
縋るようなメリルの声にも、答えない。
その方を見ることもなかった。
彼は黙って──騎士たちに行く手を譲った。
「は⋯⋯はあぁッ⁉︎ ちょっと!何してるのよアンタは‼︎」
メリルが絶叫した。
彼女を押さえる騎士たちがうるさそうに顔をしかめる。
「馬鹿じゃないの⁉︎ わたしを助けなさいよ!早く!ねぇ、早く‼︎」
トリスタンはその罵声にも一切反応を示すことなく、ラザル卿のもとに向かった。
剣から手を離している彼に、ラザル卿も武器に手をかけることはない。
「ラザル第一騎士隊長、──愚かな行動をお詫びいたします」
その前に膝を着き、首を差し出すように深々と頭を下げ──それきり、トリスタンは動けないでいるようだった。
ラザル卿は軽く頷き、控える騎士に視線を送った。
「騎士の職務妨害で確保する。剣を渡しなさい」
トリスタンは素直に腰に提げた剣を渡した。
武芸の心得がある彼は、差し出した手をそのまま縄で縛られたが、俯いたまま何も抵抗をしなかった。
「そのまま詰所まで同行してもらうぞ。貴殿もサイラスに関与していたとなれば、話を聞かせてもらわねばならない」
「⋯⋯はい。もちろんです」
その間もメリルは引き続き大音声で罵倒の言葉を叫んでいたが、あまりにヒステリックなその様子に、ほとんど人語としては聞き取れなかった。
「⋯⋯うるさいな。黙らせろ」
「はっ」
結局、ラザル卿の一声で猿ぐつわを噛まされることになった。
そのときにも、騎士の指に噛みつこうとするように歯を剥いており、もう貴族令嬢どころか人間以下、獣か何かに成り下がったようだった。
猿ぐつわを噛ませても激しく唸り、噛みちぎろうとする姿には恐れ入った。
「ラザル子爵様、お手数をおかけいたしましたこと、深くお詫びいたします」
今にも倒れそうな顔色だった母は、家令に勧められて椅子に腰を下ろしていた。
そのため、代わりに頭を下げる。
「⋯⋯大したことのない案件の割には、とんでもなく疲れた」
「そうでしょうね。重ね重ね、申し訳ありません」
ラザル卿の正直な感想に、苦笑を禁じ得ない。
私自身、この小一時間ほどで数日分の疲労を感じていた。
「──3名を連行する」
改めてのラザル卿の号令により、拘束された三人は粛々と─メリルは相変わらず唸りまくっていたが─引き立てられていった。
*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*---*
これ以降は、その後の沙汰や断罪劇に至るまでの裏話なんかをあれこれと⋯⋯。
蛇足的な感じになるかもしれません。
それと、話数を減らすために1話あたりの文字数が重めになります(^ ^;)
451
あなたにおすすめの小説
私ではありませんから
三木谷夜宵
ファンタジー
とある王立学園の卒業パーティーで、カスティージョ公爵令嬢が第一王子から婚約破棄を言い渡される。理由は、王子が懇意にしている男爵令嬢への嫌がらせだった。カスティージョ公爵令嬢は冷静な態度で言った。「お話は判りました。婚約破棄の件、父と妹に報告させていただきます」「待て。父親は判るが、なぜ妹にも報告する必要があるのだ?」「だって、陛下の婚約者は私ではありませんから」
はじめて書いた婚約破棄もの。
カクヨムでも公開しています。
私の、虐げられていた親友の幸せな結婚
オレンジ方解石
ファンタジー
女学院に通う、女学生のイリス。
彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。
だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。
「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」
安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。
透明な貴方
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
政略結婚の両親は、私が生まれてから離縁した。
私の名は、マーシャ・フャルム・ククルス。
ククルス公爵家の一人娘。
父ククルス公爵は仕事人間で、殆ど家には帰って来ない。母は既に年下の伯爵と再婚し、伯爵夫人として暮らしているらしい。
複雑な環境で育つマーシャの家庭には、秘密があった。
(カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています)
〈完結〉貴女を母親に持ったことは私の最大の不幸でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」ミュゼットは初潮が来た時に母から「唯一のこの家の女は自分」という理由で使用人の地位に落とされる。
そこで異母姉(と思っていた)アリサや他の使用人達から仕事を学びつつ、母への復讐を心に秘めることとなる。
二年後にアリサの乳母マルティーヌのもとに逃がされた彼女は、父の正体を知りたいアリサに応える形であちこち飛び回り、情報を渡していく。
やがて本当の父親もわかり、暖かい家庭を手に入れることもできる見込みも立つ。
そんな彼女にとっての母の最期は。
「この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。」のミュゼットのスピンオフ。
番外編にするとまた本編より長くなったりややこしくなりそうなんでもう分けることに。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜
ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる