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21. 彼の選択 〜過去の命
項垂れた父と恨み言を呟くメリルとが、騎士たちに引き立てられて連行されていく。
その進む先に、立ち塞がる影があった。
母が息を呑む気配を感じた。
「──確か、騎士見習いのトリスタン・フィングレイだったか」
ラザル卿が呟く。
腰に提げた剣に手をかけ──トリスタンは、思い詰めたような表情で騎士たちの行手を阻み、彼らを睨みつけていた。
その様子に、生色を取り戻したのはメリルだ。
「そう⋯⋯そうよ、トリスタン!サイラスから命に換えても護り抜けと命じられたものね!わたしを助けなさい‼︎」
喜色を滲ませて言うメリルを、愚かだと思いながら眺める。
ラザル卿と共にやって来た騎士は6人。しかも騎士隊長が連れてきたのだ、少数精鋭であることは間違いない。
対して、トリスタンは単騎、しかも騎士見習いでしかない15の少年だ。
加えて、彼が護ろうとする少女はすでに騎士たちが囲んでいる。
──無謀だとしか言えぬほど、圧倒的不利な状況だ。
それに、ここでトリスタンが騎士たちと斬り結び、なんとか逃げおおせたとして──人に寄生しないと生きていけなかったその身を、どうするというのか。
引く様子のないトリスタンに、父とメリルを囲む騎士たちが殺気立つ。
その手が剣にかかろうとするのを制したのは、ラザル卿だった。
蒼白な顔色の母が彼を見やる。
「トリスタン。──後悔はせぬか?」
それはまさしく、最後通告だった。
トリスタンは、一瞬瞳を揺らしたものの、すぐに据えてラザル卿を見つめた。
その様を見たラザル卿の目にも、今度こそ敵意が灯るのが分かった。その手が剣の柄にかかる。
「──トリスタン。プライセル公爵家のお庭の奥深く、森の中にある拓けた空間に行ったことはある?」
臨戦態勢となり緊張が高まるそこへ、あえて呑気とも取れる声をかけた。
ラザル卿もトリスタンも、剣から手を離さないまま怪訝そうに視線だけを私に向けた。
「そこにはたまに、名を明かさない騎士様がいらっしゃるのよ。私、幼い頃に何度かお会いしたの」
トリスタンの目が、見開かれた。
「その騎士様からは、ご自身のお話を伺ったわ。
──実の妹と婚約者に嵌められて、転落していった人生の話を」
母が険しい表情で私を見ているのが分かった。
確かこれは、母にも話していない話だったか。
「貴方も、そこで会ったのでしょう。偶然を装って現れる、あの男──サイラスに」
トリスタンの顔色が悪い。
彼は射止められたように、私の顔を見つめていた。
先程、メリルがトリスタンに対してサイラスの名を出したことで、色々なことがやっと腑に落ちた。
何故トリスタンは突然 騎士を目指したのか。
──騎士のサイラスに会って、憧れたのだろう。
何故トリスタンは母や私に敵意を剥き出しにしていたのか。
──サイラスが自分に都合のいいように情報を吹き込んだのだ。
何故トリスタンはずっとメリルに甘かったのか。
──主人に仕える騎士のように、サイラスの命でその傍近くに侍っていただけだったのだ。ならば、主人の行動に口出しするはずがない。
もしかすると、トリスタンはサイラスのことを英雄視していたのかもしれない。
そして、その言葉を絶対視していた──今この場で、明らかに罪人として連れて行かれようとするメリルを、自らの騎士の立場を捨ててまで助けようとするほどには。
だがそれは、あの男をあまりにも美化している。
「あの男は、勘当された公爵家の敷地に厚かましくも忍び込み、ずっと私たちを見ていたのよ。そして、機を見て接触を図った。──正当な後継者のいないプライセル公爵家の、跡取りとなりえる私たちに」
公爵である祖父には、サイラスと母しか子供がいなかった。
そして、母は他家に嫁ぎ、サイラスは勘当された。
母には、侯爵家の嫡男であるトリスタンと、私が産まれた。
そのため、当時は私をプライセル公爵家に養子に出して、婿養子を取らせて爵位を継がせる案が出ていたらしい。
「貴方はどうやら、サイラスが特別に自分を目にかけてくれていると勘違いしているようだけど──残念ね、あの男が最初に狙ったのは私よ。あの男は、公爵家に入るかもしれない幼い私に接触し、傀儡にできぬものかと画策していたわ」
そのとき、自分は8歳かそこらだったか。
自分に付きまとう不気味なこの男は誰なのか、こっそり調べると──母の兄であった、サイラスという男に辿り着いた。
「すぐに、この男は公爵位を狙っているのだと分かったわ」
そう気づいてからは、極力一人にならないようにした。さすがのあの男も、家人の前にまで堂々と姿を現すことはなかったから。
そうすれば、すぐにあの男との接点は消すことができた。
そのうちに、私の公爵家入りの話は一時保留となった。
フィングレイ侯爵家側の、特に今は亡き祖父母からの強い反対があったからだ。
彼らの一人息子であった父トビアスが、甘やかされて育った挙句、『ヴァリシュの断罪劇』を起こすに至ったのだ。
そのため、また嫡男一人だけを育てるという状況に、強い抵抗感があったらしい。
祖父の公爵はその気持ちに配慮を示し、一先ずは甥子の息子を養子に取ることにした。
トリスタンがある程度の年齢になったら、私が公爵家に養子に入り、その甥子の子を婿養子にしてもいい──そういう結論に落ち着いたのだ。
おそらく、私が逃げ回っているときに、トリスタンはサイラスと会ってしまったのだろう。
あの男は、私がすぐに公爵家の養子にならぬようだと分かったら、すぐさま手を引いたようだったからだ。
ちなみにその後、女学院に進んだ私はマルクスの父君の目に留まり、彼との婚約話をいただいた。
そのお話をありがたく受け取ることとなり、公爵家への養子入りの話は完全になくなったのだ。
「分かるかしら?あの男が貴方に何を吹き込んだかは知らないけれど、あの男は貴方を便利な使い捨ての駒としか思っていないわよ。サイラスは自らが公爵位に就ければそれでいいのよ」
「──別にそれでいい」
トリスタンは唸るように言った。
「もとより自分が勝手にしたことだ。そもそもあの方に見返りなど求めていない」
──それは、盲従と呼ぶべきものなのか。
弟の想像以上に夢見がちな発言には呆れしか覚えなかった。
ひとつため息をつくと、私は首を振ってみせた。
「そう。ご立派な忠犬ぶりだけど、主人がいなくなっては意味がないでしょうに」
「⋯⋯どういう意味だ?」
トリスタンが訝しげな目を向ける。
私は一度ラザル卿に目を向け─意を察したらしい彼が瞑目したのを見て─またトリスタンに視線を戻した。
「あら。忠犬トリスタンは知らなかったの?
──サイラスはもうとっくに、騎士隊に捕まっているわよ?」
トリスタンの瞳を、瞬く間に絶望が侵食した。
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